光のもとで

第14章 三叉路 20〜26 Side Akito 03話

 武継さんの連絡のあと、俺はシャワーを浴びるとすぐ横になった。
 色濃く感じるのは眼精疲労。
 日中、根詰めて仕事をしていたうえに、夜の高速道路をかなり飛ばした。
 ここに着くまで神経の休まる暇がなかった。
 俺はかばんからサプリを取り出し無造作に飲み込む。
「あ、夕飯……」
 食べてないことに気づいたところで時計は深夜零時を回っていた。
「今さら食べるっていってもな……」
 ルームサービスを頼むことすら億劫に思える。
 テーブルに置いてあった携帯に手を伸ばし彼女のバイタルを見つめるも、血圧数値は維持している。
 いつもと比べるなら若干高いくらいだ。
 それが意味するところは、起きている、ということ。
「眠れない、か……」
 こんなところまで逃げてくるほどに、彼女は追い詰められているのだ。
 けれども、明日には藤倉へ帰らなくてはいけない。
 それは、彼女の中で決められている決定事項。
 君は家族からも遠く離れたこの場所で、ひとりでどんな答えを出すのかな。
「……なんてね」
 こんなとき、君が出す答えは安易に想像ができる。
 あの日、幸倉運動公園で俺に言ったみたいに、また好きな人の手を離すんだろう?
 大好きな司の手を離し、俺と同じように距離を置き、またひとりになろうとするに違いない。
 そして、司はあのときの俺と同じように決してそこで引きはしない。
 君は泣き虫なのに甘えてはくれず、寂しがり屋なのにひとりになりたがる。
 ……逃げてごらん。ひとりになってごらん。
 それで気が済むのなら。
 そうやってひとりになって寂しくなったとき、君は誰に助けを乞うの?
 誰に救いを求めるの?
 家族? 友達? 好きな人?
 君が手を伸ばすのは、誰……?

 二時を回ると徐々に彼女の血圧が下がり始め、心拍も体温もいつもと変わらない数値に落ち着いた。
「眠った、かな」
 俺は見えない壁の向こうを想像する。
 広いベッドの端に小さく丸まり、睫に涙を湛えたまま眠る彼女の姿を。
「ごめんね……。こんなにつらい思いをさせて、ごめんね」
 記憶がどれほど彼女の心を苛んでいるのか。
 それを考えるだけで胸が潰れそうになる。
 すべての要因が自分にあるだけに……。
「ごめん――それでも君が好きだ」
 自分の頬を涙が伝う。
 人を想って泣くことなどないと思っていた。
 人間らしい感情のひとつひとつを君は教えてくれる。
 痛いものも優しいものも何もかも。
 どんなに良心の呵責があっても諦められない。
 俺にとって、君はそういう存在なんだ。
 だから、お願い――
 もう少し神経図太くなって、自分の欲しいものに手を伸ばしてほしい。
 司を選んでほしくないと思う反面、何よりも強くそれを望んでいる。
 それは、自分が楽になるために。
 君が心を痛める必要はないんだ。
 だから、司に手を伸ばし、心から欲するそれを手に入れて欲しいと思う。
 君が心を痛めれば痛めるほどに、俺は罪の意識に押し潰されそうになる。
 君を救いたくて、自分が救われたくて。
 司にライバル宣言なんてしてみたものの、本当は――

 思考の淵を漂い常に浅い場所を彷徨う睡眠は、疲れが取れるどころか疲労を助長させるだけだった。
 三時前には眠りに落ち、今は五時を過ぎたところ。
 二時間ほど横になっていたというのに身体は鉛のように重かった。
 シャワーでも浴びたら少しはすっきりするか、とバスルームへ向かおうとしたとき、携帯が鳴った。
 着信は昨日と同じ人間、じーさんだ。
 俺は皮肉をこめて電話に出る。
「年寄りは朝が早いことで……」
『秋斗に先を越されるとはのぉ……』
「……それ、なんの話?」
『今、司とパレスへ向かっておる』
「あぁ、そういう意味」
 昨夜の件はじーさんの耳にも入ったのだろう。
 警護班がついたとはいえ、静さんとじーさんの持ち駒が外されたかどうかは俺に知る由はない。
『わしが行くということがどういうことかはわかっておるじゃろうな?』
「わかりたくはないんですがね……」
 つまり、この人も唯と同じことを言うつもりなのだろう。
 彼女に会うな、と。
『わかっておればよい。会うでないぞ』
 一方的に通話を切られるのも昨日と同じ。
 携帯から聞こえるビジー音が無駄に大きく部屋に響いた。
「……で、なんで司が一緒に来てるわけ?」
 あまりにも回っていない頭が今になって疑問を訴える。
 メールでそれを問えば、司らしいメールが届いた。


件名 :Re:なんで
本文 :約束を反故にした人間が
    どんなことを考えているのかと思って。

    因みに、俺も翠に会うなって言われてる。
    じーさんに盗聴器を持たせる用意しておいて。


 なるほどね……。
「翠葉ちゃん、ごめんね。じーさんに盗聴器持たせるわ」
 俺は武継さんに連絡を入れ、小型集音機の手配を依頼した。
 七時を回るとルームコールが鳴る。
「はい」
『おはようございます。木田です』
「おはようございます」
『今から朝食をお持ちいたしますがよろしいでしょうか?』
「はい。できれば消化のいいものをお願いできますか?」
『それでしたら、翠葉お嬢様と同じものにいたしましょう』
「お願いします」
 電話を切って十分と経たないうちにチャイムが鳴る。
 出ると、木田さんがカートと共に立っていた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
 木田さんは手早くテーブルセッティングを済ませ、最後の一品をテーブルに置く。
「こちらは警護班の方からお預かりしたお品です」
 言われて蓋を取ると、ボールペン型集音機がクロスに包まれスープボールに載っていた。
 それは俺が作った初代集音機と同じ形状だった。
「これ、誰が複製したんだか……」
 俺はくつくつと笑い、ボールペン型盗聴器を手に取った。
「翠葉ちゃんの朝食は?」
「七時半とうかがっておりますので、このあとお嬢様のもとへうかがいます」
「木田さんにお願いがあります」
「なんでございましょう」
「彼女が朝食を食べ終えるまで、同じ部屋にいてもらえませんか?」
 木田さんは俺の言葉に続きがあるのかないのかを確認するように、俺の目をじっと見ていた。
「彼女、ひとりでご飯を食べることに慣れていません。それから、人が側に控えていることにも慣れてはいない。ですから、木田さんが立っていれば必ず気にするでしょう。その場合、彼女ならお茶に誘うでしょうね。そのときは、彼女の意向に沿った行動をお願いします」
「かしこまりました」
「……昨日、木田さんが彼女と一緒にいると知ったとき、心底ほっとしました。ありがとうございます」
「私は何もしてはおりません。ただ、お嬢様の望むよう、こちらへお連れしたまでです」
「そのことに感謝したい。彼女はあのまま藤倉にいたらもっとつらかったはずです」
 場所が変わったところで抱えるものは変わらない。
 きっと彼女もそんなことくらいはわかっているだろう。
 それでも、どうにもできないくらいに追い詰められているのだ。
「秋斗様は本当にお嬢様を大切にお思いなのですね」
「……大切なのに傷つけてばかりです。守りたいのに、傷を増やす一方で……」
「秋斗様、お嬢様はきっとわかっておいでですよ」
 そう言うと、木田さんは静かに部屋を出ていった。



Update:2012/02/21  改稿:2017/07/18



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