ホームから改札階へ上がると、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる。
白を基調とした構内は、広い壁のところどころに色調様々な絵が飾られており、人の動線を遮らない程度に四方を透明なガラスで囲われた陶芸品が飾られている。
見るからに、利便性よりもデザインが重視された駅。
「美術館みたい……」
ここはリゾート地なのだろうか。
藤倉や支倉の駅とは違い、私たちのほかに下車した人はいないようだ。
私と木田さんの足音がコツコツカツカツと響く。
ようやく人を目にしたのは改札口脇にある駅員室内だった。
不思議に思っていると、
「ここはリゾート地ですので、平日はもう少し乗り降りする方がいらっしゃいますが、土日のこの時間帯には駅を利用される方は少ないのです」
「そうなんですね……」
閑散とした駅を出ると、これまた無駄に広いロータリーがあった。
路面はアスファルトで舗装されており、人が歩く場所は白からグレーのグラデーションブロックで模様が施されている。
夜だというのに暗いという印象を全く受けないのは、LEDライトの強烈な街灯に照らされているからだろう。
前方十メートルは容易に見渡せる。けれど、人がいない場所がこれだけ明るく照らされていると、なんだか物悲しい。
私は明るいはずのロータリーに「孤独」を感じていた。
ところどころに植えてある木はどれも細く若い。そこから考えると、植樹されてまだ数年しか経っていないことが推測できる。
もしかしたら、この駅自体が新しい建物なのかもしれない。
ロータリーを分ける花壇中央にはオブジェも飾られていた。
ロータリーは大きく三つに分けられており、手前からバス乗り場、タクシー乗り場、一般車の乗り入れレーン。
バス乗り場は三番乗り場まであるものの、バスは一台も停まっておらず、タクシー乗り場も同様にガランとしている。そんな中、一番奥の一般車乗り入れレーンに一台の乗用車が停まっていた。
「ホテルからの迎えです」
木田さんはその車まで歩く際、さらなる情報を教えてくれた。
「この駅は八時を過ぎるころにはタクシーが来なくなります。バスは九時台まであるのですが、何分旅行客を相手とする地域ですので、需要がある時間帯しか賑わいません」
「……土地によって色々違うんですね」
「そうですね。藤倉駅ではまず考えられませんね」
車に着くと、
「ここからパレスまでは小一時間ほどです」
後部座席のドアを開けられコートを脱いで乗ると、木田さんは細心の注意を払ってドアを閉め、自分は助手席へと乗り込んだ。
パッと見ただけだから車メーカーも何もわからなかったけど、形状から言うならセダン。
けれど、車内は後部座席だというのにとてもゆったりとした空間で、車が走り出しても振動をあまり感じなかった。
気づいたときには私は寝ていて、パレスに着いてから木田さんに起こされた。
「お嬢様、大変お待たせいたしました。ただいまパレスに到着いたしました」
木田さんは先に降りると、乗るときと同様車のドアを開けてくれる。
「先にお荷物をお預かりいたしましょう」
いつもより大き目のバックを手渡すと、木田さんはそれを背後にいたベルボーイに渡し、次は私に手を差し出してくれる。
恭しく差し出されたその手に自分の左手を乗せると、ゆっくりと引き上げるように力をこめられた。
それはまるで、自分がお姫様にでもなったような感覚。
地に足が着くと、三度目のパレスを前に過去二回を思い出す。
「お嬢様、外は冷えます。館内へお入りください」
建物の中に入ると入り口脇にあるラウンジへ案内され、そこで宿泊カードに記入を済ませる。と、
「お部屋のご希望はございますか?」
木田さんにいくつかの客室が載っているパンフレットを見せられる。
「あの……ステラハウスは……」
「申し訳ございません」
ステラハウスは簡易的な建物で雪の重みには耐えられない構造だったため、今月頭に解体されたのだという。
「今は更地となっておりますが、来年のゴールデンウィークには離れのゲストルームとして新設されます。その際にはぜひお泊りにいらしてください」
「はい」
「本館にも外を一望できるお部屋はございます。本日はそちらをご案内いたしましょう」
「お願いします」
「本日でしたら一階か三階をご案内できますが、どちらになさいますか?」
「一階を」
「かしこまりました」
木田さんはフロントでカードキーを受け取ると、そのまま私を客室へ案内してくれた。
客室は先日私たち兄妹に用意されていた部屋と同じようなつくりだった。
部屋に入ったら廊下があり、その先にあるのは簡易キッチンのついたリビングダイニング。
その部屋に面するドアが三つ。
ひとつはバスルーム、もうひとつはトイレ、最後のひとつが主寝室だった。
この間よりも部屋数は少ないけれど、ひとりで過ごすのには広すぎる。
「広すぎますか?」
「あ……はい」
木田さんはにこりと笑みを浮かべ、私を寝室へと案内する。
「こちらのお部屋でしたら十畳ほどです。何もリビングで過ごさなくてはいけないわけではありません。サイドテーブルもございますので、お飲み物をこちらにお持ちいたしましょう。何をお飲みになられますか?」
「あ、自分で……」
「よろしければ、ウェルカムティーは私に淹れさせてください」
「……はい」
木田さんはカモミールティーをカップと魔法瓶に入れてくれ、魔法瓶は寝室のサイドテーブルに置いてくれた。
「こちらのチェストの中にはお着替えが入っております。何かございましたらフロントか私の携帯にご連絡ください」
「はい……」
「……心細いですか?」
今日二度目の質問だった。
「……心細くないと言ったら嘘になります」
「私でよろしければこの場に留まりますが……」
「――いえ。ひとりになるためにここへ来たので、ひとりになります」
木田さんはしわくちゃの手を私の肩に乗せ、ゆっくりと優しく撫でてくれた。
「あまりご自分を追い詰めてはいけませんよ」
泣きそうになるのを必死で堪える。
「木田さん、今日はありがとうございました。おやすみなさい」
「……ごゆっくりお休みください。明日の朝食はこちらへお持ちいたしましょう。何時ごろになさいますか?」
「……七時半にお願いします」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
ドアは音という音を立てずに、す、と閉まった。
部屋にひとりになったことを痛感する。
少しでも狭い部屋に身を置きたくて、木田さんの勧めどおり寝室で過ごすことにした。
チェストの引き出しを引いてみると、ウィステリアホテルのパッケージに包まれた下着類が入っていた。
サイズもS、M、Lと揃っている。
これなら素泊まりのお客様にも対応ができるだろう。
私はそれらを手に持ちバスルームへと向かった。
バスルームにはバスローブやバスタオルが完備してある。それは以前の部屋と何も変わらない。
バスタブにお湯を張っている間に身体や髪の毛を洗い、バラの香りがする入浴剤を入れたお風呂に身を沈める。
バスルームもそれなりの広さがあるからだろうか。香りは心地よい程度に香る。
「さすがに一日動きっぱなしだときついな……」
心拍数がどんどん上がっていくのがわかる。
「長湯は無理ね……」
私はすぐにバスタブから出て、我慢できる程度の水を手足に浴びせてバスルームを出た。
火照った身体をクールダウンさせるため、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペットボトルを首に当てる。
こうすることで動脈を通った血液が冷やされ、脳に「冷やされてますよ」という信号を送ってくれるのだ。でも、一番手っ取り早いのは外に出てしまうことだろう。
寝室から出られるテラスへ出ると、身を刺すような冷気に包まれる。
「……さすがに凍るかも?」
出て十秒と経たないうちに部屋へ入ったけれど、お風呂であたたまったぬくもりはすでになくなっていた。
携帯を手に取りバイタルを見るも、この数値なら薬を使う必要はないと判断できる。
髪の毛のタオルドライを済ませると、私は部屋の一角、窓際へと足を向けた。
身体は疲れ切っていて上体を起こしているのもだるいくらいなのに、頭は眠れそうにないくらいはっきりとしている。
車の中で少し眠れたのが大きいのかもしれない。
窓に手をつけると、外の寒さをダイレクトに感じることができた。
身体を冷やすのは良くない――そうわかっていても、私はその場から離れることができず、最終的にはその場に腰を下ろし、窓から見える満天の星空を眺めていた。
Update:2012/02/13 改稿:2017/07/16
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