光のもとで

第14章 三叉路 30〜45 Side Akito 05話

 散策ルートに入り、なだらかな坂道を歩く。
 ここはばーさんのことだけを想って作られた場所だからこそ、優しさで溢れている。
 愛が溢れている……。
 山道だというのにアップダウンが少なく、歩きやすいように考えられている。
 山は自然を侵さない程度に手入れがされており、いつ来ても何かしら花が咲いていた。
 今は紅葉もみじの見頃は少し過ぎてしまったが、そこかしこに小さな菊が顔を覗かせている。
 黄色、白、ピンク、赤、薄紫――
 翠葉ちゃんが見たら喜ぶだろう。

 俺は藤棚にあるベンチに腰を下ろし、ふたりが来るのを待っていた。
 十分ほどすると足音が聞こえてきた。
 聞こえる足音はひとり分。
 不器用そうにゴツゴツと音を立てて歩いているのは翠葉ちゃんだろう。
 足元はローヒールのブーツかな。
 一緒に歩いているであろう司の足音が聞こえないのは、柔らかい素材のソール、スニーカーを履いているから。
 そんな予測をしつつ思う。
 ふたり一緒に歩いているだろうに、聞こえてくるのが会話じゃなくて足音っていうのはいかがなものか……。
 音のする方を見ていると、少しずつふたりの姿が見え始める。
 司は俺の存在に気づいたが、下を向いて歩いている翠葉ちゃんは俺に気づかない。
 近くまで来てようやく顔を上げた彼女と視線が交わる。
 それはすぐに逸らされ、彼女は驚いた顔のまま司を振り仰いだ。
 司は、「さぁ、どうしてだか」と短く答えるのみ。
 俺は立ち上がり、ふたりのもとへと歩みを進める。
 一歩二歩、三、四、五歩目で翠葉ちゃんの真正面。
「こんにちは」
 彼女に声をかけると、小さな声で「こんにちは」と返してくれた。
「司がね、今日ここでデートするって連絡くれたんだ。教えてくれるくらいだから来てもいいのかと思って」
 にっこり笑ってふたりを見る。
「俺がいると困る?」
 司は素っ気なく「別に」と答え、翠葉ちゃんは慌てて声を発した。
「こ、困らないですっ」
 そんな彼女に笑みが漏れる。
紅葉もみじの見頃は過ぎちゃったけど、ほかにもきれいな葉はあるよ」
 彼女の手を引き、「こっち」と場所を教える。
「翠葉ちゃん、ドウダンツツジの葉がいい感じでしょ? ハゼもきれいだし、落葉した桜の葉もきれいだよ。あと、少し奥に行くと小菊も咲いてる」
 指を指して場所を示すと、目に入ってくる植物たちに、彼女は「わ……」と声をあげた。
 ここに着くまでにだってところどころに同じ植物はあっただろうに……。
 ずっと下を向いていたのだろうか。
 彼女は今始めて知りました、というように周りの景色に呑まれていく。
 司、おまえ何をしにここへ来たんだよ……。
 思いながら振り返ると、司は俺と彼女の後ろで眉間にしわを寄せていた。
「司、別に、とか答えてたけど、やっぱ迷惑だったりする?」
 こんなはずじゃなかった、って顔。
 でも、俺に情報を流した時点でこうなることはわかってたよな? むしろ、俺が来ることを望んでいると解釈したけど?
「さっき、迷惑か、とは訊かれなかった」
「あぁ、確かに……。困るか、って訊いたんだっけ?」
 とぼけて訊き返す。
「そう」
「じゃ、迷惑ではあるわけだ」
「想像に任せる」
 じゃ、良かったことにさせてもらうよ。
 俺たちの応酬に彼女が困惑しているように見えたから、にこりと笑みを向けた。
 君になら、笑顔の押し売りでもなんでもするよ。
 俺は目の前にある藤棚の話をする。
「この藤棚の話、前にしたっけ?」
「え?」
「藤棚が五角形になっているでしょ?」
「あ、はい」
「これはさ、俺たちが生まれるたびにじーさんとばーさんが一本ずつ植樹してくれたんだ。で、最終的には五人で五本、五角形。一定の背丈で剪定してあるからもう高さの差はないけど、植えられたばかりの藤の木はとても小さくてかわいかったんだよ」
「秋斗さんにとって、とても愛着のある場所なんですね」
「そうだね、ここはあまりにも優しい場所だから」
 君に逢うまでそんなことは考えもしなかったけど。
 少しすると彼女に尋ねられる。
「秋斗さん、今日、お仕事は?」
「翠葉ちゃん、今日が何曜日かわかってる? 今日は日曜日だよ?」
「あ――そうでした」
 曜日感覚がずれていることですらかわいいと思えるのだから、病気だな、と思う。
 俺はこんな会話だってかまわないんだ。
 日常的な会話を顔を見て話せるだけでも幸せだと思う。
 会えない期間があったからこそ余計に、今、この時間が大切なものだと知ることができた。
 ただ、人の欲とは深いもので、その状況に慣れてしまうと「次」なる欲求が生まれるんだよね。
 彼女は恥ずかしくなったのか口を手で隠し俯いてしまったけど、できれば顔を上げてこの景色を見てほしい。
「翠葉ちゃん、見て? あの葉っぱきれいじゃない? すっごく美人さんだと思うんだけど」
「え? ……あ、本当ですね。グラデーションになっていてきれい……」
「今日は空が青いから、空とのコントラストもきれいなんじゃないかな?」
 彼女は木の下から空を見上げ、口をポカンと開けていた。
「カメラ、持ってきてるんでしょ?」
 訊くと、嬉しそうに首を大きく縦に振った。
「俺たちはここにいるから、少し写真撮ってくるといいよ。毒虫はいないだろうし、足元が滑りやすい崖側に行かなければ大丈夫。こっちの山側なら問題ないよ」
 そう言って彼女を藤棚の奥へと送り出した。

 残った俺と司は藤棚のベンチに座ったまま。
 こんなシチュエーション、少し前にもあったな。
 確か、翠葉ちゃんが白野へ行った日。
 そんなに遠くないけど、ひどく懐かしいと思える。
 彼女が記憶を取り戻してから、なんだかんだとあったからな……。
 ぼんやりと景色を目に映す司の隣に座り、
「司」
 司はあたりを見回し彼女がカメラに集中しているのを認めると、ひとつため息をついた。
「すごい仏頂面」
「うるさい」
「俺、帰ろうか?」
「気遣われるともっとむかつく」
 何か問えば間をおかずに一言ピシャリと返される。
 俺はそんな会話も好きだったりする。
 彼女はこの容赦ない会話が苦手みたいだけど……。
「本当、司の表情が豊かで見てて飽きない。俺、割と好きだけど?」
「気色悪い」
 俺ははくつくつと笑う。
「不機嫌な理由は俺だろ?」
「秋兄だけなら苦労しない」
「……翠葉ちゃんとケンカでもしたの?」
 何を理由にケンカするのかは謎だけど、翠葉ちゃんとケンカできるのだとしたら、それはそれでものすごく引き離された気がする。
 俺はどうがんばっても彼女とケンカなんてできそうにはないから。
「ケンカはしてない……。俺の個人的な感情の問題」
 それはそれで興味深いけど……。
 関心の眼差しを向けたら拒絶された。
 思い切り無理やり話題を変えられる。
「越谷に動きは?」
「毎日報告は上がってきてるはずだけど?」
「きてるけど……」
「それ以上のものは俺のところにも上がってはこない。情報はすべて司に渡している」
「雅さんの件も?」
「それは司の管轄外だろ?」
 一瞬だけ睨まれた。
「あくまでも学園内だけを見ろってこと?」
「見ろというよりは、集中しろ、かな」
 悪いな、教えられなくて。
 でも、司は薄々気づいている気がする。
 自分に課せられたものが本当はなんなのか。
 そこに疑問を抱いているんじゃないだろうか。
 悩んだところで出る答えなのか、と問われると微妙だけど。
 俺は静さんの取った行動を聞いて、目から鱗だったわけだから。

 司、この先には何があるんだろうな……。
 正しいと思って進んだ道が間違えていたら、司はどうする?
 そのまま突き進んで道を作るか、間違えたところまで引き返すか……。
 俺はどうしようか――
 無言の俺たちは彼女がカメラを構える姿をずっと見ていたわけだけど、彼女はキョロキョロと周りを見ては一ヶ所にへばりつく。
 しゃがみこんで空を見上げたり、葉っぱを食い入るように見ていたり。
 突然ピタリと動きが止まる。
 そして、カメラを構えるとしばらくは動かない。動くのは指先のみ。
 ずっと見られていたことに気づかなかった彼女がこちらに気づいた。
 きっと集中力の切れ時だったのだろう。
「すみません……つい、時間を忘れてしまって」
 カメラのレンズにカバーをつけながらこっちに戻ってくる。
「かまわないよ。司だって翠葉ちゃんが楽しむためにここへ連れてきたんだろうし。だろ?」
 また少し睨まれた。
 そして、顔を逸らしたまま彼女に向けて言葉を放つ。
「迷惑ならとっとと声をかけてやめさせている」
 俺は慣れているけど、彼女はそういう物言いにさほど慣れてはいないんじゃないかな。
 案の定、彼女は眉根を寄せていた。
 司、俺ね、困ってる翠葉ちゃんも好きなんだけど、それは自分が困らせる場合に限るんだよね。
 だから、ほかの男に困らされている彼女はとっととピックアップするよ。
「三時半、か……」
 帰ろう、と俺が口にする前に彼女が口を開いた。
「まだ太陽はあそこにあるのに、四時を過ぎるとすぐに陽が落ちちゃうんですよね」
 翠葉ちゃんは太陽を見ていた。
 その横顔がかわいかったから、やっぱり攫っちゃおうと思う。
「陽が沈むと急に冷え込むから、そろそろ引き上げようか」
「はい」
 引き上げる――つまり、司がマンションに帰ると言わない限り、ここ藤山でさようなら、ということになる。
 司、どうする?
 そんなふうに彼女と接しているのなら、俺は容赦なく彼女を攫っていくけど。
 司は俺の視線に気づかなかった。
 どこか面白くなさそうな顔で路地脇の草なんか見て……。
 ――司、本当にそれでいいの?



Update:2012/06/03  改稿:2017/07/18



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