光のもとで

第14章 三叉路 30〜45 Side Akito 07話

 こんな充実した一日を過ごしたのはどのくらい久しぶりだろう。
 午前中はのんびりとマンションで過ごし、午後からは藤山へ。
 じーさんに会ったあとばーさんの墓参り。
 散策ルート内にて数時間を司と翠葉ちゃんと過ごし、帰りは大学敷地内のカフェでお茶。
 蒼樹の車でマンションまで戻り、唯と一緒に藤倉市街へ。
 車はホテルの駐車場に停め、駅で蔵元と落ち合う。
 そして、一般的に言われるところの「居酒屋」なるものに足を踏み入れた。

 一階は座敷とテーブル席が縦二列に分かれており、テーブルごとに小さなグループがいくつもある。
 店員の出入りが激しいうえにかなりうるさい。
 これでは落ち着いて飲めないだろう。
「秋斗様、面食らってらっしゃいますね」
 蔵元がくつくつと笑う。
「ま、秋斗さんがこういうところに馴染んでるところも想像できませんけど」
 唯に言われて口を噤む。
 あまり馴染みたくもない、と思った自分がいたから。
「こちらですよ」
 蔵元が指したのは箱――いや、違う。小さな箱に見える店内エレベーター。
 男が四人乗ると窮屈さを感じそう、というあり得ないほど狭いエレベーターで二階へ上がる。
 次はどんなフロアなのか、と足を踏み出すと、一階とは趣の異なるフロアだった。
 一階の、目にうるさい色調とは打って変わり、グレーに若葉色、上品な藤色を合わせたしっとりとした和の印象。
 すべての部屋が個室になっており、廊下には靴がずらりと並べられている。
 そこからすると、人の入りはそれなりなのだろう。しかし、一階ほどの賑わいはない。
 行き交う店員にも変化はあった。
 一階にいる店員が法被姿なのに対し、二階の店員は皆着物を着ていた。
 さらには、一階の店員が元気よく大声で対応するのに対し、二階の店員が声を張ることはなく、部屋から出てくる際には腰を折り一礼して出てくる。
「大勢で酒を飲めばテンション上がるのが普通です。飲み屋なんてたいていそんなもんですよ。でも、それを好まない人もいますし、周りを気にせず飲みたい人もいる。二階はそんなニーズを担って全室に防音が完備されているそうです」
 蔵元が開けた部屋には見知った顔が揃っていた。
 声をかけたいのにかけられない理由――皆が皆探知機を手に不審な動作をしているから。
 正確にはアンテナを四方八方へ向けて盗聴器チェックをしている。
「何してんですか……」
 呆れた口調で唯が言うと、
「秋斗様がいらっしゃるわけですから、念入りに盗聴器チェックはしなければと思いましてっ」
 真面目な顔で返される。
 言われたことを真に受けて、一瞬頭が真っ白になった。
「や、冗談ですってば! これ、中身カラですからっ、なっ!?」
 返事を求められた人間たちがそれぞれ反応する。
 中には箱の蓋を開けて見せる人間もいた。
「ほら、自分、もともと精密機器工作課の人間なんで、こういういたずら大好きなんですよ」
 たはは、と笑う男、倉田篤弘くらたあつひろは頭をかいて笑って見せた。
 俺はこみ上げる笑いを堪えきれず、その場に転がって笑った。
 だって中身が空なのに胡散臭さは本物そのもの。モニターやボタンの照明はしっかりと点灯されている。
 たまにピー、という音まで鳴るのだから、どこまで手の込んだ箱なんだ、と思わざるを得ない。
 しかも、俺が来るまでずっとあんな不審行動を取っていたのだろうか。
 何、このメンバーっ。
「あらら……珍しい。秋斗さん、笑いのスイッチ入っちゃったよ」
 唯の言葉に蔵元が答える。
「ホント珍しい……。この人、今なら箸が転がっただけでも笑えるんじゃない?」
 次の瞬間にはその場の人間がこぞって割り箸を転がし始める。
 そこへ日下部部長と日比野福部長が到着。
 座敷に転がる俺をみてびっくりするくらいに俺は笑っていた。
 こんな大笑いしたのは人生で初めてだったかもしれない。
 この日、胃潰瘍後初めての酒を口にした。
 普段飲む酒と比べたら酒の質は劣る。でも、朗らかに笑う連中と飲む酒はうまいと思えた。

 翌日マンションに帰ってきたのは十時過ぎ。
 午前中に軽く打ち合わせをして帰ってきたからだ。
 午前中に済ませようと思っていた仕事が押して昼食を摂る時間が少しずれた。
 それでもまだ一時前。
 コンシェルジュにランチをオーダーしようとしたとき、テーブルの上にあった携帯が鳴る。
 相手は司。
 左手で通話ボタンを押すと同時に、右手はパソコンに表示されるウィンドウを切り替え学園警備から情報が上がってきていないことを確認した。
「どうした?」
『翠の携帯のバックアップ、唯さんに取ってもらいたいんだけど』
「それ、翠葉ちゃんにも話すのか?」
 少し期待をするも、
『いや、余計なことは言いたくない。それに、携帯が狙われるかだってわからない。万が一のため。それだけだから』
「……わかった。唯に話しておく。唯なら今日中には終わらせるだろ」
 そう言って切った。
 俺はそのまま唯に通信を入れる。
 今なら間違いなくパソコンの前にいるだろう。
『なんですかー? まだ一時ですけど? 今やってるのって六時が納期でしたよね? 違いましたっけ?』
「その件じゃない」
 唯はタイピングをやめることなく訊いてくる。
『じゃ、どの件ですか?』
「オーダーが入った。翠葉ちゃんの携帯のバックアップを取るように」
 タイピングの音がピタリと止み、次の言葉を待っているのがうかがえる。
 司に学園警備の指揮権が与えられたことを伝えると、
『何かあったんですか?』
 声音が変わった。
「いや、何も……」
 俺は一拍おいて言葉を続ける。
「あるとしたら、司が試されてるってところかな」
『試すも何も、何もないじゃないですか』
「そうだな。何もないけど、雅のファイルが司の手元にある」
 あの日蔵元に話したとおり、唯には何も話さずにいた。
 唯に司サイドへついてもらうために。
『雅さんのファイルと司っち、それと学園警備なんて関係ないじゃないですか』
「あぁ、ないな。まるでないとは言い切れないけど、司が陣頭指揮を任される必要性はゼロ。ただ、ファイルを渡したのはじーさんだからね。司に何をどう話してあのファイルを見せたのか……」
 本当は全部知っているけど、まるで知らないようなニュアンスで話す。
『なんですか、気持ち悪い』
 唯にどう話すかはとくに決めていなかった。
 そのことを少しだけ後悔している。
 目を背けたくても少しくらい考えておけばよかった……。
「じーさんがやろうとしていることを正しくは理解できないけど……」
『歯切れ悪さが増しましたけど?』
 唯の突っ込みは正しい。
 今、歯切れ悪い返答しているのは、どうしたら唯が司の肩を持ってくれるだろうか、と考えているから。
 唯は人に情けをかけるタイプではない。
 でも、相手がうちのじーさんならどうだろう。
 司が嵌められているのだとしたら、少しは司の肩を持ってくれるだろうか――



Update:2012/06/04  改稿:2017/07/19



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