光のもとで

第14章 三叉路 30〜45 Side Tsukasa 11話

 その週の木曜に事は起きた。
『越谷まりあが動きました』
 警備員から連絡を受けたのは三限の中ごろ。
 授業中ともなれば、風紀委員が気づくことはできないだろう。
『対象の携帯を盗み出した模様。監視カメラの映像を転送いたしましたので、のちほどご確認ください』
 俺は何も答えずただ聞くのみ。
 それは監視を続行するように、という意味を持っていた。
 インカムから、
『昇降口へ移動します』
 昇降口……?
 不思議に思っていると、
『一年B組、対象の靴にメモ用紙を入れました。内容を確認しだい、追ってご連絡いたします』
 その声を最後に通信はいったん途絶えた。
 人に気づかれないくらい小さなインカムを随時左耳にセットしていた。
 情報は授業中にも上がってくる。
 それとは別に、時系列順に見られるようデータが転送されてくる。
 事が起きたそのときから、俺が直接警備員に指令を下せるようになっていた。
 まだだ――まだ早い。
 今はまだ監視を続けていればいい。
 取り押さえるときは、言い逃れが一切できない状況になってから。
 物に危害が加わることは想定内。
 翠の身が守られるのならば問題はない。
 そう思っていた――

 これから越谷がどう出るか……。
 ここからの動きで雅さんが絡んでいるのかどうかが明らかになる。
 病院で雅さんが翠に接触したとき、雅さんは翠を傷つけるのにもっとも効果的な言葉を浴びせた。
 本当に、これ以上ないという言葉を。
 あれは、雅さんが翠のことを事前に調査し、何が一番有効かを考えたうえでの言葉だったに違いない。
 心理学を学び、その分野に秀でた人間ならそのくらい造作もない。
 もし、今回も雅さんが絡んでいるのなら、何かしらその片鱗が見えてしかるべき。
 それを見極めたかった。
「司、どうかした?」
 優太に声をかけられ我に返る。
「昼休みだけど……翠葉のとこに行かないの?」
 嵐の言葉で四限が終わったことに気づいた。
「らしくないの。何、ぼーっとしちゃって」
 ケンに顔を覗き込まれ、目を逸らして席を立つ。
「やっぱ行くんだ?」
 嵐がにんまりと笑う。
「あぁ」
「そのうち、藤宮司はしつこい男、っていう噂でも流れ始めるんじゃん?」
 ケンの言葉を聞き流し、教室をあとにした。

 一緒に弁当を食べるも、翠は携帯がなくなったことに気づいたふうではない。
 少しずつ、翠の纏う空気が和らいでいく。
 俺がこの場で食べることにだいぶ慣れたようだ。
 箸の進みも悪くない。
 ただ、この一件が片付いたら携帯のロック機能くらいは教えるべきだと思う。
 それから、携帯の扱い。
 コートのポケットに入れたまま、鍵のついていないロッカーに入れておくとかあり得ないから……。
 翠の世間知らずをどうにかしなくては、と真面目にプランを考える。
 御園生さんも唯さんも、どうしてこういう部分を叩き込んでくれないんだか……。
 秋兄に認められるほどには頭の切れるふたりが、こんなところは綻びだらけだ。
 越谷が動き出したというのに、俺は卵焼きを口に入れて嬉しそうに頬を緩ませる翠のことしか考えていなかった。

 そのあとも越谷の監視は行われ、情報は次々と上がってくる。
 越谷はまんまと唯さんのトラップにはまっていた。
 まず、自宅パソコンにデータを転送する。
 転送先はすぐ唯さんに知らされるようにプログラミングされていた。
 唯さんは転送先を調べ、さらにはその転送先のネットワークまでお釈迦にするタイミングを刻々と計っている。
 自宅パソコンへの転送だけでは物足りなかったのか、赤外線通信で自分の携帯にアドレス帳を転送しようとしたらしい。が、その機能は使えないようにされている。
 転送ボタンを押せば唯さんに通告されるのみだ。
 それらの行為が行われていたのはいずれも女子トイレ。
 さすがにその中へは警備員も入っていくことはできないし、監視カメラもつけられない。
 だが、翠の携帯には発信機が備わっているため、位置特定に困ることはなかった。
 自宅のパソコンにデータ転送をしてもなお、赤外線通信を使おうとしたくらいだ。ほかにもバックアップを取りたかったのだろう。
 俺なら次に考えるのはメモリカードのデータコピーだが、それすらできないようにされている。
 騙すのではなく、物理的にできないのだ。
 このあたりに唯さんの意地の悪さが垣間見れる。
 翠の携帯のデータはすべて内部ストレージに保存されている。ならば、通常はメモリカードを挿入して転送すればいいわけだが、それができない。
 パソコンへの転送はできるのに、メモリカードへの転送はできないようにあらかじめプラグラミングされている。
 そしてそれは、その場で気づくようになっていた。
 つまり、ディスプレイに「転送ができません」と表示される。
 越谷は自宅のパソコンに転送したものがきちんと届いているかの確認をしたがったに違いない。
 ノートパソコンを持ってきていれば携帯を経由して確認できないこともはないだろう。が、後ろめたいことをしているとき、人は人目につくことは避ける。
 ほかにできることといえば、アナログ行為。
 携帯のカメラ機能、もしくはデジカメで翠の携帯ディスプレイを撮るか、手書き描写。
 それくらいしか方法は残されていない。
 だが、それすらもトラップだ。
 そう誘導されるようにトラップが仕組まれている。
 行動のすべてが唯さんに読まれている。
 アドレス帳の中身は、翠が使用するのには困らないよう実際のデータが入っているが、ディスプレイに表示される番号やアドレスはでたらめ。
 翠が疑問に思わない程度に似せた英数字が並べられている。
 唯さんはどこまでも手を抜かずにトラップを仕掛けていた。
 ここまでくると、仕事というよりも趣味の域な気がしてならない。

 越谷がその携帯をどうするのか予想する。
 ばれないように元に戻すのか、それとも持ち帰るのか。 俺の予想はふたつとも外れた。
 越谷はそのどちらでもなく、翠を呼び出すという行動に出た。
 下駄箱に入れられたメモの内容は、話したいことがあるから放課後に池のほとりで待っている、というもの。
 俺がそのデータを有効に使おうとするのなら、あえて本人に接触しようとは思わない。
 だが、越谷は翠に接触を図った。
 次は翠がどう動くか……。
 携帯をなくしたことに昼の時点では気づいていなかった。
 気づかないまま放課後を迎えるのか、携帯がないことに気づいてそのメモと関連付けることができるのか。
 このあたりは予想のしようがない。
 わかることといえば、翠という人間が律儀なことくらい。
 呼び出しには必ず応じる。
 携帯と関連づけようがつけまいが、翠は行く――
 ……どっちもバカだ。
 俺は、駒が盤上で動くのを見ているような感覚でそれらを見ていた。
 翠には警護班がついている。身の安全は守られる。
 俺は、そのことに甘えていた――

「司、部活行かねーの?」
 ホームルームが終わっても席を立たない俺にケンが尋ねる。
「あぁ、用が済んだらいく」
「何、生徒会?」
「うんにゃ、それは関係ないっしょ? だって俺聞いてないし」
 俺の代わりに優太が答え、嵐と顔を見合わせる。
「うん、私も聞いてないけど……? 司会長、なんかありましたっけ?」
「生徒会は関係ない」
 必要最低限の答えを返す。
「相変わらず秘密主義だな」
 優太が軽くため息をつき、「また明日な」と嵐を連れてその場を去った。
 それは、これ以上嵐が俺をつつくのを回避するための行動。
 ケンはまだ俺の隣の席にいた。
「例の件?」
「詳しくは話せない」
「いいよ。ま、片付いたら来るんだろ?」
「その予定」
「了解した。ま、来れなかったときは俺が鍵閉めておくから心配すんな」
 バシ、と背中を叩かれ、俺は小さな声で「頼む」と口にした。
「おうっ! 任せとけっ!」
 ケンが教室を出ていっても俺はまだ動かない。
 情報が上がってくるのをじっと待っていた。

 教室はホームルーム三十分後には鍵がかけられる。
 だから、三十分以内に翠は動く。絶対に……。
 しばらくして通信が入った。
『対象、携帯がないことに気づいた模様です』
 クラスに設けられているカメラ映像からの情報だろう。
『現在は教室にひとり』
 だが、そこに越谷は現れない。
『廊下に風紀委員がいます。――対象、クラスを出ました』
 翠が校内にいる間は警備室でモニターチェックしている人間から連絡が上がってきていたが、校舎を出ると警護班からの報告へと切り替わった。
『対象を確認、真っ直ぐ桜香苑へ向かっています。後ろから風紀委員が追ってきていますが、どうしますか?』
 見知った人間の声だった。
 藤守武明――紅葉祭のとき、翠の警護についていた人間。
 聞いた話だと、先日、藤守武政と共に異例の昇格を遂げた人間だ。
「風紀委員は足止めして」
『了解』
「映像に残せる準備は?」
『ご用意してあります』
 通信の直後、別の人間から通信が入った。
 警護班リーダーの藤守武継さんだ。
 内容は越谷のいるポイントだった。
 意図しているかはわからないが、池のもっとも深いとされる場所にいるらしい。
「今から向かう」
 俺はようやく席を立った。

 今までのやり取りをすべて聞いていたであろう人物に連絡を入れる。
「秋兄、俺のかばん預かってほしいんだけど」
『わかった、途中まで取りに行く』
「頼む」
 俺と秋兄はテラスの中央あたりで落ち合った。
「終わったら取りに行くから」
「了解」
 それ以外には何も言葉を交わさず、秋兄と別れ桜香苑へ向かった。
 翠は桜香苑を前に一度足を止めたようだが、桜香苑内にある池の周りをじっと見つめ、すぐに歩きだしたという。
 それも、ほぼ越谷がいるあたりを目がけて。
 分析能力はそこそこあるのかもしれない。
 そんなことを考えられるくらい、俺には切羽詰まったものはなかったのだと思う。
 行けばわかる。
 越谷が発する言葉を聞けば、雅さんが絡んでいるのかどうかがはっきりする。
 そこだけに気を取られていたとしかいいようがなかった――



Update:2012/05/17  改稿:2017/07/18



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