光のもとで

最終章 恋のあとさき 27 Side Akira 01話

 終業式の日は朝練がない。それでも余裕をもって早くに来た俺は、教室に御園生の姿を見つけた。
 なんてことのないシチュエーション。
 御園生が誰より早くに登校してくることも、窓際の席から外を眺めていることも、なんら珍しいことじゃない。
 ただ、ひとり言を聞いてしまった。妙に気になるひとり言を。
「終わる、のね……」
「何が?」
 驚かすつもりはなかったんだけど、結果、ひどく驚かせてしまった。
「悪い、驚かせた?」
 御園生は繰り返し頭を上下に振る。
「で、何が終わるって?」
「あ……二学期」
 言われたことに納得する。頭をポリポリと掻きながら、
「確かに……今日で終わり、だなぁ。でも、それがどうかした? 成績の心配はする必要ないだろ?」
「あ、うん……成績は――自分がやれることはやったと思うから」
 そうは答えるのに、御園生は浮かない顔をしていた。
「じゃぁ、なんでそんな憂い顔?」
「なんで、かな……。たぶん、少しびっくりしているの」
「何に?」
「……二学期が終わるまでここにいられたことに」
 春からずっと使ってきた机にそっと手を伸ばし、それをじっと見つめる御園生の額を軽く叩いた。
 強く叩くつもりはなかったけど、思いのほか指先に伝う衝撃は大きくて、音もそれに伴う。
「残り一学期。三学期だって一緒に終業式迎えるつもりなんだから頼むよ……」
 御園生は目の前にいるのに、どうしてか現実味がない。存在も言葉も、すべて儚く消えてしまいそうで……。
「……ごめん。……そうだね、がんばらないと」
 話せば言葉が返ってくるのに、ひどく空虚だ。
「御園生……」
「ん?」
「二学期が終わるのに――どうして御園生は入学当初に戻ってんの?」
「え?」
「……無自覚?」
「ごめん、何が……?」
「……ごめんと作り笑いの回数が増えた」
「っ……」
「二学期後半ずっとマスクしてたけど、でも……目が笑ってなかった。そういうの、気づくやつは気づくよ」
 言い出したら止まらなかった。
 御園生の一進一退は何度となく見てきたけど、それでも少しずつ前に進めてると思ってた。自分たちの距離が縮まっていく実感は確かにあったんだ。
 なのに、ここに来て何も話してもらえなくなった。
 終業式までには話してもらえると思ってた。でも、御園生は何も話してくれなかった。
 マスクで顔を隠し、笑って見せるのに目が全然笑ってなくて、そんな御園生を見ているのはひどくつらかった。
 見てるこっちがつらいなら、当の御園生はどれだけつらいのかな……。
「見ない優しさ」はどこまで、いつまで続けなくちゃいけないのか、俺にはわかりかねて今日を迎えてしまった。
「俺さ、助けてって言われたとき、本当に嬉しかったんだ。でも――御園生、俺たちが四月から築いてきたものってなんだろうな?」
 言うだけ言って、御園生の顔を見ることはできなかった。
 自分の言った言葉で傷つく御園生を見たくなかった。
 だから、俺は言い逃げみたいにその場をあとにしたんだ。

 終業式という形だけの全校集会にホームルーム。それらが終わると、俺は中庭にある藤棚へ向かった。
 集まるのは御園生以外のいつものメンバー。
 みんなそれぞれ思うところはあって、それでも御園生から話してくれるのを待つと決めた同志。
 けど――俺はひとり先走った感が否めない……。
 たぶん、朝の会話は御園生を精神的に追い詰めた。
「どうしよ……これを黙ってるのはフェアじゃないよな」
 藤棚に着いたのは俺が一番で、次に海斗と立花がやってきた。
 最後の簾条が揃うと、弁当を食べながら本題に入る。
「ちょっと褒めてよっ。私何も訊かなかったよっ!? 本当は何があったの? どうしたの? なんで話してくれないの? ってにじり寄って白状させたかったんだけどっ」
 立花のがんばりに胸がチクチクと痛み、
「よしよし、よくがんばった。ま、俺も何も訊かなかったけどな……」
 海斗の言葉に罪悪感がドドンと降ってくる。
 俯いて視覚情報をシャットアウトしていたこともあり、俺と同じ心境の人間がいることにはすぐに気づけなかった。
 俺が口を開いたのと同時、簾条がカミングアウトする。
「悩みそのものを訊くことはしなかったけど……でも、きつく当たっちゃったわ」
「えっ!? 言いだしっぺの桃華がっ!?」
 立花の言葉に簾条は決まり悪そうに顔を逸らす。すると、海斗が「まぁまぁ」となだめ、
「で? 何を言っちゃったわけ?」
 と先を促した。
「……少しだけよ。だってあの子何度も謝るから……だからつい……」
 どうやら教室から昇降口へ行く間に一悶着あったらしい。
 でも、気持ちはわかる……。御園生に「ごめんなさい」って言われると、本当にキツイ。ほかの誰に言われるよりも堪える。
 簾条が言ってしまった言葉と同様のことを俺も感じていた。
 御園生の「ごめんなさい」は時として、「これ以上踏み込んでこないで」って聞こえるんだ。
 本人が無意識であればあるほどに、超えがたい一線に思えるわけで――
 しかしこれは……俺、セーフどころか完全にアウトだろ。
「さーせん……。俺が一番だめっぽ……」
 正直に白状すると、
「「はっ!? 佐野、あんた何言ったのよっ」」
「おま、何言ったんだよっ!?」
 三人に詰め寄られた。でも、それも覚悟のうえ。
 もう言っちゃったし、自分が口にした言葉を取り消せるわけでもない。だから白状……。
「……何入学当初に戻ってやがんだ……とか。ごめんと作り笑いの回数が増えた……とか。四月から俺たちが築いてきたものってなんだっただろうな……とか?」
「思っきしど真ん中ついてんじゃねーよ、タコッ!」
 海斗に頭をはたかれた。
「だってさあああっっっ」
「「「や……気持ちはよくわかる。よくぞ代弁してくれた……」」」
 詰め寄って頭はたいたくせに、結局みんな思うことは一緒なんだ。
 それだけ大切に思っている相手で、踏み込みたい踏み込ませてほしい相手。
 御園生、気づけよ……。
 時間をかければ話してくれる、誰もがそう思ってた。少なくとも、俺たち四人には話してくれるだろう、と。
 でも、御園生は誰にも何も話さず帰ってしまった。俺たちの予定では、この場に御園生もいるはずだったのに……。
 絶対問い詰めたりしない同盟を結んでいた俺たちは、結果散々で落ち込む有様。
 神様がいるならこの状況を録画して、御園生の夢に割り込んで見せてほしい。そんなことを思うくらいにだめだめだった。
 うまく訊きだそうと思えばできたかもしれない。でも、訊き出すんじゃなくて話してくれることに意味がある気がして――だから、簾条も核心には触れなかったんだと思う。
 タイミングって難しい。見ない優しさ、待つ優しさ、手を差し伸べる優しさ。そのどれが御園生に必要なのか、見極めるのは非常に困難だ。
「とりあえず……今以上に体調を崩さないといいのだけど……」
 簾条の言葉に俺たちは頷いた。
 記憶が戻ってからと言うものの、御園生の食欲はひどく落ちて、顔色は拍車をかけて悪くなっていった。
 まるでそれらを隠すためだけにマスクをつけているんじゃないかと思うほど。
「大晦日……来れるかな」
 なんとなしに口にした言葉に、
「風邪ひいて来られないとかは絶対に許さないって言っておいたわ」
 簾条の言葉にはっと顔を上げる。
「「桃華、ぐっじょぶ!」」
 海斗と立花がすぐさま反応する。
「佐野、大丈夫よ……。翠葉、今は周りが見えていないけど、でも、私たちが四月から築いてきたものが無になったわけじゃない。それは私たちが翠葉をこんなに心配していることが証明しているでしょう?」
「そうだよ。俺たちがなかったことにさせなければいい」
「大丈夫。翠葉はちゃんと気づいてくれるっ!」
「……あぁ、そうだな」
 弁当を食べ終わると、立花と海斗は部活の準備当番ということで、そそくさとその場をあとにした。
 藤棚に残った俺と簾条はある意味「やっちゃった者同士」で、なんとも言えない表情を突き合わせる。
「さすがに後味悪いわよね。明日から休みでそうそう会えないわけだし……」
「これ、簾条経由で御園生さんにフォロー頼めないかな?」
「私も同じこと考えてた。だって……あの子どう見てもキャパシティオーバーだもの」
「本当……。そんなところに自分たちのなんやかやを増やすつもりはなかったんだけど……」
「言った言葉は戻ってこないわ。でも、そのあとのフォローならできる。だから、私たちも前へ進みましょう」
「……だな」
 俺は簾条にフォローを頼んで藤棚をあとにした。
 御園生――いつでもいい。待ってる。だから……潰れるな。



Update:2013/07/11  改稿:2017/07/26



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