光のもとで

最終章 恋のあとさき 46〜49 Side Yui 01話

 リィ、司っちの髪型がいつもと違うわけ、知ってる? 知らないよね? 俺は秋斗さんから聞いて知ってるんだけど……。
 教えてしまいたい気持ちは盛りだくさん。でも、さすがにこれは教えられないかなぁ……。
 それは、式が始まる一時間前の話――

「兄さん……手っ取り早く顔を変える方法ってある?」
「は? 司、何言って……」
「……いや、なんでもない。忘れて」
「いや、あるにはあるけど……」
「どうすればいい?」
「髪型変えたら? 前髪切るとか分け目変えるとか、ワックスつけて束感出すとか……」
「髪型――」

 こんなやり取りが楓先生との間にあったらしい。
 そして、そのヘアスタイルを担当したのが海斗っち。
 スタイリングする際の条件が、「理由を白状せよ」とのことで、
「翠が……この顔に困るって言うから」
 司っちは渋々答えたそうな……。

 あの髪型はリィが困るから変えられたものなんだよ? なのに、それを見てますます困ってるリィを知ったら司っちはどう思うかな。
 残るは本格的な整形手術しかないと思う。
 ただ……好きだから困るのであって、嫌いなわけじゃないんだよね。
 司っちは喜ぶべきだし、リィは――とことん恥ずかしがって困ってればいいと思う。
 きっとそのうち免疫できると思うし。


 教会で式に参列して披露宴で歌歌わされて――気づいたら俺はゲストルームに寝かされていた。
「あー……酒飲みすぎた」
 っていうか、飲まずにはいられなかったっというか……。
 今日、会長の正体をリィが知ることになるのは前からわかっていて、その前に俺が教えることもできたんだけど、なんかできなくて……。
 ズルズルきて今日だった。
 案の定、リィはすごく動揺してたし、見ててかわいそうなくらいだったんだけど、全然気持ち楽にしてあげることもできなくて、俺、なんのためにリィの側にいんのかな――そんなふうに思ったら酒に手が伸びていた。
 俺、意外と酒に溺れるタイプなのかもしれない。「酒=危険」とインプット。

 むくりと起き上がると、零樹さんたちは服装を改めていた。
「もうそんな時間?」
「あと三十分くらいだな」
「唯も支度しなさい」
 碧さんの言葉に室内を見回すも、リィの姿が見当たらない。
「リィは?」
「疲れたみたい。晩餐会には出ないでゲストルームで食べるって寝ちゃったわ」
「そっか……。だから碧さんもここで食べるの?」
 装いが零樹さんと釣り合わない。そう思って尋ねると、
「さすがにひとりでご飯を食べさせるようなことはしたくないもの」
 うむ、なるほどね。なら……。
「その役俺が引き受けるんで、碧さんは晩餐会に行ってきてください」
「え? でも……」
「なんです? 俺ひとりじゃ不安?」
「そんなこと言ってないでしょう?」
「なんだったら俺も残るよ?」
 途中参戦のあんちゃんを、俺はさらりと吹っ飛ばす。
「あんちゃんは兄妹代表で行ってきてください」
「なんだそれ」
「仮にもお呼ばれしてる席なわけですよ。出られる人間はできる限り出るのが礼儀ってもんでしょ? 夫婦なら揃ってね。兄妹は代表ひとりいれば十分」
 少しは察していただきたい……。席次なんて昨日とさして変わらないわけで、昨日と一緒イコール社長や社長夫人と同席なわけで、そんな状況はできれば回避したいわけで……。
 ここでリィと一緒にご飯食べるほうが何百倍もマシ。ビバ、心の平穏っ!
「じゃぁ……唯に任せようかしら? ちゃんとご飯食べさせてよ?」
「任せてくださいっ」
 胸を叩いて見せたら思わず咽た。
「大丈夫か?」
 あんちゃんに背中をさすられてコクコク頷く。
「あんちゃん……俺さ、リィに謝んなくちゃいけないことあるから、だからちょっとふたりにしてよ」
 言うとしばし目が合い、「わかった」と言ってくれた。
 きっとわかってくれたと思う。俺が何を謝らなくちゃいけないのか。
 会長のことをリィに黙ってたこと。あんちゃんにも話してなかったこと。それ、謝らなくちゃいけないと思うから。

 零樹さんたちが部屋を出ると、俺はスーツを脱いで楽な格好になった。そしてコーヒーを淹れて一息。
「やっぱりパレスのコーヒーは違うねぃ……」
 インスタントのくせに香りが格調高くて飲むのに萎縮しちゃうよ、まったく……。
 俺はやっすいインスタントコーヒーで十分。
 安いインスタントコーヒーに忠誠を誓い、熱いコーヒーを三十分ほどかけてちみちみ飲んだ。
 ロフトに上がりリィの寝顔を見下ろすも、ぐっすり眠っていて起こさない限りは起きそうにもない。
「それもそうか……。朝から緊張の連続だったもんね」
 朝は秋斗さんと司っちに出迎えられるわ、司っちがかっこよくドレスアップしてくるわ、会長が朗元と同一人物って発覚するわ、本当にかわいそうなくらいあれこれあった。
 ただでさえ悩みを抱えているのに、とんでもない爆弾を投下された気分だっただろう。
 そんなことを思いながら声をかける。
「リィ、起きられる?」
「ん……。今、何時?」
 リィは重い瞼を薄っすらと開く。
「六時半」
「蒼兄たちは?」
「晩餐会」
「そっか……」
 よほど眠いのか、またしても瞼は閉じられる。そして、数秒したらパチリと音が鳴りそうな勢いで目が開いた。
「……あれ? どうして唯兄がいるの?」
 リィは身体を起こすとサイドテーブルのランプを目がけて手を伸ばす。
「ちょっとたんま」
「唯兄?」
「リィ、ごめん」
「え?」
「俺、リィに謝らなくちゃいけないことがある」
「な、に……?」
 暗がりで言うのはちょっとずるいかもしれない。でも、明るいところで懺悔する度胸はないわけで……。
「俺……途中から知ってた。会長が朗元であることも、リィと面識あることも」
 本当にごめんなさい……。
 リィは、大仰にため息をつき、
「もう、やだ……。唯兄、驚かせないで? 今日はいったいどれだけ驚かなくちゃいけない日なのかハラハラしちゃった」
 一度起こした身を再度横たえて、脱力。それでも、視線は俺を捉えていた。
 本当にごめん……。
 視線でも謝って見せると、
「唯兄、朗元さんが会長であることを知ってた人はほかにもいたよね?」
 まるで労わるような声で言われた。
「いたけど……」
「お母さんが知ってたってことはお父さんも知ってたよね。蒼兄は私と同じ、知らなかった人。海斗くんと栞さんもびっくりしてたから知らなかった人でしょう? でも、秋斗さんとツカサ、涼先生、湊先生、静さんあたりは知っていたと思う」
 自分の右手を腕枕にして、左手で指折り数える。その様は実にのんびりとした調子で、緊張しているようには見えない。
「もう動揺してないの?」
「ううん、してる。してるけど……お昼よりは落ち着いていると思う。時間が経ったからかな? 少しだけ余裕ができたみたい」
「怒る?」
「どうして?」
「なんとなく……」
「怒らないよ。披露宴のとき、涼先生としていた会話は聞いていたでしょう?」
「聞いてたけどさ……」
「例外はなし。誰のことも怒っていないし、怒れない。だって怒る理由がないもの。……第一、疑問を抱かなかったのも深く追求しなかったのも私なの」
 こういうところ、面白いくらいに潔い。あんちゃんにもたまに感じるんだけど、この潔さはどこから来るんだろう?
「唯兄はいつ知ったの?」
「……終業式の日。秋斗さんから聞いたんだ。白野でリィと会った人が朗元で、藤宮の会長だって……」
 リィじゃなくったって衝撃は受けた。まさか、会長がリィと会ってたなんて。
 なんで初めて会ったときに名のならなかったんだよっ。だから今になってこんな面倒なことになってんだろっ!? と悪態をつきたくなるほどには――
「不思議だね。知ったときは衝撃が大きすぎて受け入れられないと思った。でも、少し時間が経っただけなのに、今は普通に受け入れられる」
「本当に大丈夫?」
「うん。大丈夫」
 リィは言ってから身体を起こし、
「大丈夫。だから、そんな顔しないでね」
 俺の頬に、ぷにっと人差し指を突き立てた。
 笑顔は人を幸せにするって言うけど、これは本当だと思う。
 リィのふわっとした笑顔を見ると、そのふわっと感が心に伝染する。
 今、笑っているのは無理してじゃない。
 そういうのもわかるから、なんかほっとした。
 一時的にでも、リィが心から笑ってくれてるの見て、ほっとした。



Update:2013/07/25  改稿:2017/07/26



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