「今日は司来ねーの?」
海斗くんに訊かれて首を傾げる。
「どうかな?」
「どうかなって……聞いてないの?」
飛鳥ちゃんに訊かれてコクリと頷いた。
「ま、三年は校舎が違うし、そりゃそうか」
佐野くんの言葉に、あぁそうか、と納得する。
「今言われるまで忘れていたのだけど、三年生って校舎が違うんだね?」
口にするとみんなに呆れられた。
「だいたいにして、翠葉と藤宮司ってどうなってるの?」
「どうって……何が?」
「何がって……」
桃華さんが言いよどむと、代わりに海斗くんが口を開いた。
「もちろんそこは恋愛事情でしょー」
レンアイ、ジジョウ……?
「バレンタインは友達と並列でチョコあげてたし、ふたりの仲ってどうなってんのかな、って話ですよお嬢さん」
海斗くんが進行役となり、みんなの視線が私に集る。
「恋愛、事情……?」
改めて口にすると、みんながうんうんと頷いた。
「まず、バレンタインのお返し、ホワイトデーはどうだったの? ほら、あの日翠葉熱出して休んだじゃん?」
「私、あの日授業のノートを持って行くように藤宮司に押し付けたわよ?」
あぁ、あの日……。
「あの日はその日のうちにツカサがノートを持ってきてくれて勉強も見てくれたの」
「「バレンタインのお返しはっ!?」」
海斗くんと飛鳥ちゃんが声を揃え、ずい、と顔を寄せてくる。
「えと……直接渡されたわけじゃなくて」
「「じゃなくてっ!?」」
「……ツカサが帰ってから気づいたの。教科書に栞とメモが挟まっていて、バレンタインのお返しって書いてあった」
「「でっ!?」」
「それで……えーと……ありがとうの電話をしました」
「「以上っ!?」」
何を期待されているのかわからないけれど、残念ながら「以上」だ。
「ね、もっとダイレクトに訊いていい?」
「佐野くん、何?」
「御園生と藤宮先輩って両思いじゃん? 付き合うとかそういう話はしたのかな、って……」
佐野くんの質問には首を振った。
「同じようなことをサザナミくんにも言われたからツカサに訊いてみたの」
「「「「「「でっ!?」」」」」」
今度は桃華さんや空太くんたちも一緒になって話に食いつく。
「えと……そういう話はしてないよね、で……終わり?」
みんなは頭を抱えてしまう。
「あの……頭抱えられちゃうくらいにおかしいことかな?」
「いや……おかしいことじゃないんだけど――司あああっっっ」
海斗くんが雄叫びを発する。
「なんつーか……御園生さんはそれでいーの?」
サザナミくんに新たなる問いかけをされて首を傾げる。
「それでいいというか……私はツカサといられたらそれでいい、かな」
みんなは顔を見合わせ、何かを諦めたような表情で乾いた笑みを浮かべた。
「もー放っとこうぜ……。このふたり、自覚してないだけで付き合ってるようなもんじゃん」
サザナミくんの言葉にみんなが頷く。
付き合ってるとか付き合ってないとか、よくわからない。
たぶん、私はツカサの側にいられたらそれでいいのだ。
このときはそう思っていた――
その日の夜、ツカサは八時ぴったりにやって来た。
自室に通し、前置きのような質問を試みる。
「ツカサ、栞持ってる?」
「は?」
「本に挟む栞、持ってる?」
「……持ってるけど」
「素材はなんでしょう……」
「皮とステンレスといくつか持ってるけど……」
ちょっと落胆。これからプレゼントするものを、ツカサは間違いなく持っている気がする。
「やっぱり、ちゃんと聞いてからにすればよかったな……」
「……なんの話?」
「誕生日プレゼント……」
小さな手提げ袋をおずおずと差し出すと、
「開けていいの?」
「もちろん……。でも、ツカサは同じものを持っている気がするの」
ツカサはペリペリと器用に包みを開けていく。開け方ひとつとっても几帳面なことがうかがえる。
箱から栞を取り出すと、「確かに持ってる」の一言。
「……ごめん。来年は喜んでもらえるものを考えるね」
「……別に嬉しくないとは言ってない」
「え……?」
「……この栞は使い勝手が良くていくつか持ってるけど、人にプレゼントされたのは初めて」
ツカサは栞の背面を見て、
「名前やメッセージが入ってるのはこれだけ」
「……本当?」
「本当……。もし翠が俺と同じ立場だったらどう思う?」
「……嬉しい」
「……だから、ありがと」
言ったあと、ツカサの顔が少し赤らんだ気がした。
その顔を見て、
「お茶、淹れてくるっ」
私は慌てて部屋を飛び出た。
ズンズン歩いてキッチンへ入り、冷蔵庫の前に座り込む。
「……リィ、何冷蔵庫に向かって懺悔してんの?」
「えっ、わ……その……」
「ん?」
唯兄が目の前にしゃがみこみ、
「ツカサが……」
「司っちが何?」
「……プレゼント嬉しいって……」
「で?」
「……なんか、顔赤くて」
「……誰の?」
「……ツカサの」
「くっ……それを見てリィは赤面しちゃったんだ?」
コクコク、と頷いた。
「だって、赤面してるツカサとか希少価値高すぎて……」
唯兄はキッチンの床をパシパシ叩いて笑いだした。
「超絶見にいきてぇっ! ファイト我慢っ、俺っ!」
「もう……唯兄、ひどい……」
お茶を淹れて戻ると、いつものツカサに戻っていた。顔を赤らめた形跡もない。
勉強を見るにあたり、容赦ないのもいつもと変わらず。
無言空間に答えを記入していくシャーペンのコツコツという音だけが響く。そんな空間がとても心地よかった。
十時になると、
「終わり。今日はここまで」
「え? いつもなら十一時くらいまでやるでしょう?」
「今回は余裕持って勉強してるから、そこまで目一杯やる必要はないだろ」
「……そっか」
ツカサは私の答案用紙を手にすると、すぐに採点を始めた。
お茶を淹れて戻ると採点はすでに終わっていて、私はツカサの隣に腰を下ろす。
「間違えたところは明日までにさらっておいて」
「はい」
ふたりの間は幅三十センチくらい。ツカサの左手までは十五センチほど。
「……手、つないでもいい?」
訊くと、ひどく驚いた顔をされた。
「あのっ、だめだったらいいのっ」
「……いや、だめじゃないけど……」
「本当?」
ツカサは答える代わりに私の手を取る。
ツカサの手はいつもあたたかい。じんわりと熱が伝わってくるのがとても気持ちよかった。
「……相変わらず冷たい手」
「あ、ごめんっ」
反射的に手を引こうとしたら、いっそう強く握られた。
「別に責めてるわけじゃない。一感想」
「……ツカサの手はいつもあたたかいね」
言葉なく時間が過ぎていく。
ツカサは右手でカップを持ち、私は左手でカップを持ち、それぞれ口へ運ぶ動作のみ。
このカップが空になったら手を離さなくちゃいけないんだろうな。
そう思うと、自然と飲むのはゆっくりになった。
どうしてだろう……。
広くもない室内にいるのにツカサの近くに座りたいと思ったり、手をつなぎたいと思ったり。ただ一緒にいられたらそれで満足だったはずなんだけどな……。
右手から伝う体温に幸せを感じつつ、貪欲になる自分を少し怖いと思った――
Update:2013/11/19(改稿;2017/07/28)
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