私が返信した唯兄取り扱い説明書に対する返信もなければ、ツカサが送ってきた謎の長文メールが話題にあがることもなかった。
でも、話題にあがらないからいいや、と自分が思えることはなく……。
どうしてかというならば、その後、私の携帯が鳴るたびにツカサが気にしているように見えたから。
そんな変化には気づいたけれど、私は直接ツカサに訊くことができなかった。
ゴールデンウィーク数日前に鎌田くんから連絡があった。
いつもと違ったのは連絡方法。
いつもはメールなのに、このときは電話だったのだ。
「もしもし?」
『あのさ――ゴールデンウィークって何してるっ?』
突然の問いかけに思考が一時停止。
数回の瞬きのあと、慌てて思考を再開させる。
「……ゴールデンウィーク?」
『うん』
「家族で旅行に行く予定はあるけれど……でも、四日、五日は地元にいるよ」
『その日、弓道の試合があるんだけど』
「うん、知ってる」
『五日、少し時間もらえないかなっ? 試合を見にきてほしいのと、試合のあとに少し話したいっ』
「うん、大丈夫。鎌田くんも弓道の試合に出るのね?」
『そうなんだ。地区大会の決勝まで残ることができて……。場所は、御園生の家の裏にある幸倉運動公園だから』
「うん、応援に行くね。がんばってね」
それだけを話すと、鎌田くんは「突然電話してごめんっ」とすぐに通話を切った。
「……鎌田くん、どうしたのかな?」
気にはなったけれど、ようやく鎌田くんに会えるんだ、という気持ちのほうが上回る。
進級試験が終わったあとは新しい薬の服用を始めたため、春休みに入ったからといって予定を入れられる状況にはなかった。
そうしているうちに新学期が始まり、お互いがなんとなくバタバタしている感じでやっぱり会う機会は作れず……。
そして、今――
「会ったらどんな話をするのかな?」
気負いはないけれど、どんな会話をするのかは少し考える。たとえるなら、電話をかける前に何を話すのか用意している感じ。
「……でも、きっといつもメールで話しているようなことを話すんだろうな」
餌付けした猫さんと進展はあっただろうか。
そんなことを考えながら携帯を充電機に置いた。
ゴールデンウィークは家族で一泊旅行という話をしていたけれど、結果的には母方父方、双方の実家へ行くことになった。
祖父母と唯兄を未だ引き合わせていなかったためだ。
養子にした時点で報告はしていたみたいだけど、去年はお父さんたちの仕事が忙しかったこともあり、引き合わせるには至らなかった。
当初、お正月に引き合わせる予定だったけれど、私が緊急入院したため、それも先延ばしにされた。
いざ引き合わせると決まってからというもの、唯兄はひどく緊張していた。
「唯、あまり気にしなくていいわよ? 私の両親も零の両親も、子どもの突飛な行動には免疫があるはずだし。ほら、私たち、蒼樹ができて学生結婚しているでしょう? この際養子で子どもがひとり増えようと何も問題ないわよ」
あっけらかんとした調子で話すお母さんに対し、唯兄は苦笑を浮かべるのみ。
「自分、家族とか親戚とかあまり免疫がなくてですね……」
「大丈夫大丈夫。うちでうまくやれてるんだ。ほかでうまくやれなくても問題ないよ」
お母さん以上に楽観的な意見を口にしたのはお父さんだった。
「唯兄、大丈夫だよ。おじいちゃんもおばあちゃんもお母さんやお父さんにはいい顔しないことがあっても、私や蒼兄にはとても優しいもの」
「ははは……それは孫だからですよ、翠葉さん。俺、赤の他人だからね?」
唯兄はまるで自分が異分子であるかのように口にする。
「唯、大丈夫だよ。どっちのおじいちゃんもおばあちゃんも、俺が翠葉離れできないことを危惧してるところがあるから、唯が入ることで兄妹のバランスが良くなったことには気づくと思う」
すべて聞いて、一番まともなフォローをしたのは蒼兄に思えた。
引き合わせ当日――お母さんの実家では、普段は世界を飛び回っている叔父も揃っていた。
おじいちゃんとおばあちゃんが戸惑っている中、
「姉さんも義兄さんも、相変わらず好き勝手やりたい放題だな。でも、唯くんを迎えるメリットがあったからこそ養子に迎えたんだろう?」
黄叔父さんは信じて疑わない、という目をお母さんたちに向ける。
「そのとおりよ。うちには大きなメリットがあるの。すてきなことにデメリットはなしよ。最高でしょう?」
手を腰に当て胸を張るお母さんに、黄叔父さんは吹きだす。
私は唯兄の緊張を少しでも和らげたくて、そっと唯兄の手を取り力をこめた。
「唯くんにとっては規格外な両親ができて大変かな? でも、翠葉と蒼樹ともうまくやってるみたいだね」
「あ、はい……」
「そんなに緊張することも気後れすることもないよ。これからは気軽に遊びにおいで。ここに来づらかったら僕の家でもかまわないしね」
「は、い……」
硬い空気を纏ったままの唯兄の肩に手を乗せた蒼兄は、ずいずい、と唯兄を前に押し出した。
「叔父さん、パソコンの調子悪いって言ってなかった? 唯に任せたら稼働率上げてもらえること間違いなし!」
そんなふうに話して、三人はそそくさと二階へ上がってしまった。
二階から下りてきたときにはすっかり打ち解けているように見えた。けれども、おじいちゃんたちを前にすると、唯兄は借りてきた猫のようになってしまう。
そんな唯兄を笑い飛ばしたのは黄叔父さんで、黄叔父さんが間に入ることで、おじいちゃんともおばあちゃんとも少しずつ距離を縮めることができた感じ。
夕飯の途中で、今年のお年賀は唯兄が手配したものだと知れると、おじいちゃんはワインクーラーから白ワインを取り出し、おじいちゃん自らグラスにワインを注ぎ始めた。
どうやら、そのワインこそが唯兄が贈ったお年賀だったらしい。
お母さんの実家にはワイン、お父さんの実家には日本酒。お母さんやお父さんから好みを聞いて、ホテルの人に相談してものを決めたのだとか。
唯兄はそのことを後ろめたいように口にしたけれど、おじいちゃんは朗らかに笑った。
「君の事情は碧から聞いている。だが、私は君という人間を知らない。君も私という人間を知らないだろう? 昨日の今日で家族になれるわけじゃない。だから、今日から始めよう。君が歩み寄る努力をしてくれるのなら、私たちからも歩み寄る努力をしようと思う。どうだろう?」
唯兄の緊張の糸が切れたのはこのとき――
ボロボロ、と涙を零したままおじいちゃんを見ていた。
そして、おじいちゃんにワインを注いでもらえないか、と尋ねられると、カタカタと震えながらワインボトルを傾けた。
人が歩み寄る瞬間――心と心が触れ合う瞬間を目にしたと思った。
その晩、おじいちゃんたちはお父さんたちに一室、蒼兄と唯兄に一室、私ひとりに一室、と客間を用意してくれていたけれど、私はわがままを言って唯兄のベッドで一緒に寝させてもらうことにした。
白野のパレスに泊まったときはベッドルームが分かれていたこともあり、一緒に寝ることはなかった。プラネットパレスでは同じスペースに横になったものの、本調子ではなかったことから三人であれこれ話すこともできなかった。
でも、この日は枕投げに始まり、深夜遅くまで三人でお話をして過ごした。
おじいちゃんちに泊まりにきたのは初めてじゃないし、三人枕を並べたのも初めてじゃない。でも、こんなふうに過ごしたのは初めてのことだった。
翌日、朝食は唯兄が作るというサプライズを経てお父さんの実家へ。
途中でスーパーに寄り、おつまみを作るのに必要な材料を購入してから行くと、おおらかなおばあちゃんに出迎えられた。
おじいちゃんはいつもと変わらず無口だったけれど、こちらでもお年賀の話をお母さんが明かしたことで、そのときに贈られてきた日本酒が振る舞われた。
おじいちゃんの職業は大工さん。職人気質で無口な人だけれど、そんなおじいちゃんの空気が和らぐのは確かに感じられた。
最後には家の玄関前に七人で立ち、記念写真を撮った。
「唯は車の免許は持っているのか?」
おじいちゃんが訊くと、
「はい、去年の秋に取りました」
「なら、これからは翠葉を連れてちょくちょく遊びに来い。平日は仕事でいないが、土日ならいるから。零樹に言っても蒼樹に言ってもまったく当てにならないからな」
お父さんと蒼兄は肩を竦めて苦笑を漏らし、唯兄はクスクスと笑いだす。
「了解です。リィを連れてきます」
「そのときはまたつまみを作ってくれ」
どうやら、唯兄がキッチンを借りて作った即席おつまみがとても気に入ったらしい。
「今度は私にも作り方を教えてね」
おばあちゃんがそっと唯兄の肩に手を添える。
「はい。次はご飯作りに来ます」
唯兄のはにかんだ笑顔がとてもかわいく見えた。
幸倉の家に帰ってくると、唯兄はシャワーも浴びず夕飯も食べずに寝てしまった。
「この二日間、気が張りっぱなしだったのね」
「疲れたんだろうなぁ」
「明日は起きてくるまで寝かせておきましょう」
「そうだな」
お母さんとお父さんの会話に、私と蒼兄は顔を見合わせてにこりと笑う。
兄妹ごっこを始めたときから私と蒼兄にとっては家族同然だったけれど、そこにお父さんとお母さんが加わり、さらにおじいちゃんたちが加わったことで家族が増えた喜びを再度感じることができた。
Update:2014/09/09(改稿;2017/08/01)


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