光のもとでU

藤の会 おまけ Side 藤宮秋斗

「……藤の会へようこそ」
 俺は屋敷の一角から、彼女がリムジンを降りるところを見ていた。
 リムジンの近くにはじーさんが迎えに出ており、中から誰が出てくるのか、と人の視線を集めいている。
「ついにお披露目、か……」
 本当なら、俺の婚約者としてこの場に出席してもらう予定だったのにな。
 予定は早々に崩れ、今俺と彼女はどんな関係にあるのか――未だその答えは出ない。
 友人とは言いがたいし、顔馴染みや知り合いよりはもう少し踏み込んだ付き合いをしていると思う。
 ……想う者、想われる者――そんな関係が一番しっくりくるかもしれない。
 何分、彼氏ポジションは司に持っていかれた。それでもまだ、彼女を諦めることはできないわけだけど。
「あーあ……あんなかわいく着飾って。みんな、どれだけ翠葉ちゃんを飾り立てれば気が済むのかな」
 さて、司はあんなに着飾った彼女をエスコートできるのかね。
 俺とは違う場所から彼女を見つめる司を見て、
「トップバッターはじーさんに奪われて正解なんじゃない?」
 思わずそんな言葉が口から漏れる。
 司は、食い入るように彼女を見ていた。

 じーさんと彼女が大藤棚の茶席へ入って三十分ほどしてから、俺は彼女を迎えに出る。
「翠葉ちゃん、いらっしゃい」
 おっとりとした動作で振り返る彼女は、きょとんとした顔で俺を見上げる。俺はそんな彼女の近くに片膝をつき、
「今日はいつも以上にきれいだね。赤い紅がよく似合ってる」
「秋斗さん、こんにちは。あの……口紅、本当に似合ってますか?」
 よほど自信がないのか、彼女の視線は紅と同じく赤い敷布に落とされる。
「とってもよく似合ってるよ。ショーケースに入れてずっと見ていたいくらい」
「それは褒めすぎです……」
 上目遣いは反則級のかわいさだ。そんな表情で見られたら、今すぐにでもキスをしたくなる。
 俺はその気持ちにブレーキをかけ、
「真白さん、じーさん、翠葉ちゃんを借りてもいいかな? 少し庭園を連れて歩きたいんだけど」
「かまわぬ。お嬢さんに失礼のないようにの」
「わかってる。翠葉ちゃん、行こう」
 彼女に手を差し出したけれど、彼女はその手をじっと見て何かを考えているふう。そのあとは、人目を気にしつつも辺りを見渡した。
 これは司を探しているんだろうな……。
「翠葉ちゃん、今はこの手を取って?」
 彼女の耳元で囁くと、彼女は素直に手を預けてくれた。が、俺はその動作だけでは満足できずにもう一言付け加える。
「もういっそのこと、俺が翠葉ちゃんに求婚していることもばれちゃえばいいと思ってね」
 それはただ、司から自分へ意識を戻してほしいがために口にした言葉。
 彼女は俺に手を預けたまま固まってしまった。
「じーさんと静さんの庇護下に入り、俺の意中の相手ともなればそれなりの警護がついていることは想像に易い。そこまでわかっていて翠葉ちゃんに手を出そうとする輩はそうそういないと思う」
 俺はあってもなくてもかまわない説明を補足して、彼女を大藤棚から連れ出した。

 俺が彼女をエスコートするだけで視線が集まる。
 それもそのはず。俺は未だかつて、藤の会で未婚女性をエスコートしたことはないのだから。
 話しかけられれば会話には応じる。が、決して失礼にはならないよう配慮したうえで、エスコートだけは逃れてきた。
 たかがエスコート、されどエスコート。少しでも思わせぶりな態度を取れば、後日間違いなく縁談話が持ち上がる。それが面倒で徹底して避けてきた。
 それができない楓は、藤の会のあとは毎年縁談の嵐。
 今思えば、毎年冷たい目で見られる季節でもあった。しかし、それも去年までの話。
 楓は今年の二月に入籍し、今では立派な妻帯者。さらには、七月には子どもが生まれて父親になる。
 先を越されたな……。別に競っていたわけでもないけれど。
 隣を歩く彼女はまだ緊張の中にあり、辺りの藤を見ることすらできていない。
「翠葉ちゃん、見てごらん。藤がきれいでしょ? 今日の青空に良く映えると思うんだけど?」
 人が少ない場所を選んで彼女の視線を誘導すると、
「……私、こんなにたくさんの藤棚、初めて見ました。それに、どの藤も立派な房……」
 それはそうだろう。ここの藤は庭師が徹底したメンテナンスを施している。それに、藤の名所であろうと、ここまでの敷地面積に藤を植えているところはそう多くはない。
「五〇〇畳敷きの藤棚はどうだった?」
「とってもきれいでした。……でも、実はあまりよく見ることができなくて」
「人の目が気になる?」
「……はい」
「俺といるときは俺が護ってあげるよ」
 甘く笑うと、彼女は頬を染めて俯いた。
 どうやら、この笑顔はまだ有効なようだ。

 彼女を静さんのもとまでエスコートすると、俺は庭園のはずれにある東屋へ向かって歩きだす。
 そこで待っているのは雅。今日は雅と彼女を引き合わせる日でもあった。
 引き合わせる時期を見計らっていて、気づけばこんなタイミングになってしまった。それでも、雅が日本を発つまでにセッティングできて良かったと思う。
「雅」
「秋斗さん……」
「やっぱり今日発つの?」
「えぇ……。その代わり、一時の便ではなく、三時過ぎの便に変更しました」
「そう」
「翠葉さんは……?」
「ついさっき、俺から静さんにエスコート権を渡してきたところ。ここへは静さんが連れてきてくれることになってるから安心して」
「……秋斗さんがエスコートしたともなれば、注目を浴びたのでは?」
「まぁね。でも、それを言うなら、俺の前にじーさんがエスコートしている時点で視線を集めることは必須だったと思う」
 雅は、「あら……」と口元に手を添える。
「会長に秋斗さん、静様だなんて……」
「かわいそう?」
「えぇ、お気の毒に思います」
「……そうだね。普段、これだけ大勢の大人に注視されることはないだろうから、緊張の連続だろうな」
 俺が苦笑を漏らすと、
「そのあたり、考慮して差し上げなくてよかったのですか? ……それとも、翠葉さんの気持ちより牽制効果を優先した……?」
 雅の言葉にひとつ頷く。
「翠葉ちゃんは俺たちに関わっていくことを選んでくれたからね。それなら、使えるものは何を使ってでも護るよ」
 雅はクスリ、と笑みを漏らした。
「秋斗さんに護られたいと思っている女性は少なくありませんのに、翠葉さんには通用しないのですね」
 雅と笑って話をする日がくるなんて、去年の俺にはまったく想像できなかった。こうして話せるようになったのは、彼女のおかげと言えるだろう。
「そういえば……あれ、試してみましたか?」
 雅が言う「あれ」とは、「ザイオンス効果」のこと。
 先日、まだ翠葉ちゃんのことを諦めていない旨を話すと、こんなことを教えてくれたのだ。

「秋斗さんがチャンスを逃した一因は私にもありますので、ひとつ簡単な心理学をお教えします」
「心理学……?」
「ザイオンス効果をご存知ですか?」
「いや、知らないけど……」
 それは別名「単純接触効果」と呼ばれ、繰り返し接するうちに印象や好感度が上がっていくというもの。つまり、繰り返し接することで印象が良くなり好意を持たれる、というものらしい。
「それが何……?」
「人は単純なんです。身近にいる異性を好きになることが多いのは、この効果の影響でもあります。つまり――」
「翠葉ちゃんの側にずっといたら好感を持ってもらえる……ってこと?」
「はい」
 理論はわかったが、
「でもそれ、全然役に立ちそうにないよ」
「なぜです?」
「だって、どうやっても俺より司のほうが翠葉ちゃんといる時間が長いからね」
「それは……今は、ですよね?」
「え……?」
 雅はにこりと笑みを深めた。
「職場をマンションに引き上げはしましたけれど、秋斗さんがマンションから離れることはないでしょう? ですが、司さんは? 医学部へ進めば一年目は藤倉キャンパスでも、二年目からは支倉キャンパスへ移ります。湊さんや楓さん、ほかの方々を見ていても、支倉にあるウィステリアヴィレッジでひとり暮らしになるのではありませんか?」
「……そしたら、俺のほうが翠葉ちゃんに会う頻度が上がる……?」
「それは秋斗さんしだいですけど」

 ザイオンス効果を知ってから、俺はゲストルームへちょこちょこと顔を出すようにしていた。平日の夕飯はほぼ毎日、御園生家に混ざって食べている。
「今じゃ、平日の夕飯はゲストルームで一緒に夕飯を食べてるよ。一緒に食べられなかった翌日には、『昨日はどうしたんですか?』って訊かれる程度にはなったかな」
「なら、あとは継続するのみですね」
「んー……全然俺に靡きそうな気配はないけどね」
 そんな話をしているところに静さんが彼女を連れてきた。
「雅、どうする? ふたりで話したいのなら俺は席を外すけど」
「秋斗さん、来てくれてありがとう。彼女とふたりで話すことが許されるのなら、ふたりで話します」
 雅に迷いはなかった。
 精神的にも落ち着いているようだし、ふたりにしてなんら問題はないだろう。
「翠葉ちゃん、大丈夫かな?」
 彼女にも確認の声をかけると、小さくコクリと頷いた。
 さっきまでとは違う緊張をしているように見えるが、きっと大丈夫だろう。彼女は目の前にいる人をきちんと見ることができる子だから。
「じゃぁ、俺は少し離れたところにいる。話が終わったら声をかけて」
 俺はひとり東屋を出た――


END

Update:2014/11/23(改稿;2017/08/08)



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