「ねぇ、あんちゃん。リィ、なんかあったでしょ?」
断定口調の尋ね方に、「さぁ、吐け。今すぐ白状しろ」と言われている気がしてくる。
「どうして?」
「んなの、リィを見てたらわかるじゃん。ここ最近あまり眠れてないみたいだし、今日は目ぇ充血させてたし」
さすがは唯だ。目ざとい……。
「すぐに気づいて突っ込みそうなあんちゃんが冷静なところを見ると、俺がいないときにあんちゃんだけは事情聞いてたりするんじゃないのー?」
「……相変わらず鋭いな?」
「ふっふっふ、侮ってもらっちゃ困りますよ」
唯はデスクチェアにふんぞり返ってこちらを向いた。
「なーんかさ、司とうまくいってないみたい」
「はー? 今度はなんなのさ」
「藤の会の翌週から、どうやら司が翠葉を避けているらしい」
「は?」
「学校へ行けば生徒会で会ったり、一緒に弁当を食べたりはするみたいだけど、手をつないでもすぐに解くし、隣の席に座っても席を立たれるらしいよ」
正直、それだけならば「避けている」という言葉を使っていいのかは微妙な気もするけれど……。
「それ、リィの考えすぎなんじゃん?」
「どうかな? 俺は実際にその場を見たわけじゃないし」
「いや、どうしたって考えすぎだよ」
唯は相変わらず断定口調だった。
「逆に、なんでそう言い切れる?」
「だって、そんなの意識してるからに決まってんじゃん」
「は……?」
「リィを女の子として意識しすぎるからゆえの行動じゃん?」
「……ごめん、なんで?」
あまりにも理解ができずに問いかける。と、
「だーもうっ! こんなん初歩的でしょっ!? あんちゃんも男なら察してやんなよ。つまり、リィのことが好きすぎて、近くにいられるとムラムラしちゃうから、ってことなんじゃないの?」
目から鱗だった。
「なるほど……」
「ちょっとちょっと、しっかりしてよ」
唯にじとり、と見られるものの、そんなことは考えつきもしなかったのだから仕方がない。
「振袖姿のリィ、すっごくかわいかったからね〜。普段はしないメイクまでしてたし。それがきっかけなんじゃない?」
「なるほどねぇ……」
好きで付き合っているわけだから、司がそういう目で翠葉を見るのはごく自然なことだ。でも、どうして距離を置くことになるのか――好きなら側にいたいと思うのが普通だと思うし、手をつないでいたい、というのが本音ではないだろうか。
「なぁ、唯……意識したりムラムラすると、側にいられないもの?」
「時と場合によるんじゃん? ま、司っちがどの程度ムラムラしてるのかにもよると思うけど……。俺はかなりムラムラしていた人なので、セリに会いに行けなくなった口。そういう意味では司っちの気持ち、わからなくもないよ。側にいたいけど、好きな女を自分が壊しちゃいそうだから距離を置く。そういうのはわからなくない」
唯の言葉を受け、自分に置き換えて考えてみる。
桃華に触れたくて触れられないとしたら、自分も桃華と距離を置こうとするだろうか。
現時点では抱きしめたりキスをする程度の関係だけど、いつまでこの状況が続くのか――
肉体関係を持ちたくないといったら嘘になる。でも、今すぐ求めようとは思わない。それは、桃華の社会的立場を考慮するから。
しかし、桃華はあと二年間は高校生だ。その期間、俺は我慢できるのだろうか――
互いが合意の上で肉体関係を持ったとしても、コンドームだけでは一〇〇パーセントの避妊にはなり得ない。リスクはそれ相応にあり、ダイレクトにリスクを負うのは桃華だ。そう考えれば、自分から言い出せることではない気がしてしまう。
「あんちゃんならどうするよ」
唯に尋ねられたときには頭を抱えたい心境だった。
「正直な話、したいよね……。したいけどさ、桃華が高校生のうちは自分から言い出していいのか悩むよね。……藤の会で楓先輩に会ったんだけど、楓先輩できちゃった婚だって。それも、避妊していたにも関わらず……。そういうの聞いちゃうとさ、やっぱ色々考えるっていうか……」
「あーもう、なんかずれてんだよなぁ……。あのさ、ヤりたいかどうかじゃなくて、ヤることしか考えられなくなったとき、あんちゃんならどうするかって話だよ」
あぁ、なるほど……。もしかしたら、今司はそんな状況にいるのかもしれない。
「……そのことしか考えられなくなっちゃったらきっついなぁ……。しかも、相手は自分のことが好きなわけで付き合っているわけで……」
「そのうえ、相手はリィなわけだよ」
そこまで言われて、ズシ、と重い負荷が加わった。
翠葉は秋斗先輩とキスはしている。もしかしたらディープキスくらいまでは経験しているかもしれない。でも、キスマークを付けられただけで擦過傷に発展させてしまった経緯があり、さらには男性恐怖症の気があるときたもんだ。
「今までのリィを見てきたら、そう簡単には手ぇ出せないんじゃない? 過去には性的なものがネックで秋斗さんと付き合うことを取りやめにしちゃった子だしさ」
司の心境を考えると非常に申し訳ない気分になる。
「なんつーかさ、そういう意味では司っちに同情するよね。でも、秋斗さんっていう前例を見てきたわけだから、同じ過ちは犯してほしくないかな。たぶん、リィは今でも性行為に対しては恐怖感を持ったままだと思うし。それをどう司っちがクリアしていくのか見ものだな」
唯はにたにたと笑っているけれど、俺からはため息しか出てこない。
「翠葉はどういう状況なら受け入れられるんだろうな」
「さぁ、それはリィ本人だってわからないんじゃん? ……わかることはひとつ。心の準備ができてないうちに押されたら、リィは間違いなく引く」
自信に満ちた物言いで、唯は鼻歌まで歌い始めた。
「あれだよね? リィの成長も楽しみだけど、司っちがどこまで我慢できるのかも見もの。たかだか着物姿のリィを見ただけで戸惑ってるなんてさ。司っちのかわいい一面を見た気がするけど……くくく、そろそろ秋斗さんが付け入る隙、出てくるんじゃないの? あ! そうだ! 秋斗さんにこの情報流してあげよーっと!」
くる、とデスクチェアを回転させ、タイピングを始めた唯を取り押さえ羽交い絞めにする。
「やーめーとーけっ」
「だって、面白いじゃん!」
「面白がるなよ……」
「あんちゃんは相変わらず過保護だなぁ……。ムラムラしている司っちよりは、万年発情期の秋斗さんのほうが安心かもよ? たぶん、次に秋斗さんにチャンスが回ってきたら、あの人絶対にそのチャンスは逃さないだろうし。いくら自分がヤりたくても、次は絶対にリィのペースに合わせるよ? そっちのほうがいいんじゃない? ほらほら、会社や仕事と同じでさ、男だって競合させたほうがいいんだって! そのほうがよりいい物件をリィに与えられるじゃん」
言われてしばし考えた。考えに考えて、自分も唯に遊ばれていることに気づく。
「ゆ〜い〜〜〜っっっ!」
「あははっ! とりあえずさ、俺たち今回は相談にのるとかじゃなくて、傍観決め込もうよ。ふたりで前に進むことも必要でしょ? リィが体調を崩すほどじゃないならちょっと見守ろう」
「……そうだな」
「いやぁ……しっかし、このネタで司っちをからかえたら楽しいだろうなぁ〜」
「唯、やめとけよ?」
「わかってるって」
「その笑顔が怪しいんだ、その笑顔がっ」
「ひどいな、これが俺のデフォルトです」
そんな会話をしながら深夜のひと時を過ごした。
Update:2014/11/21(改稿:2017/08/12)
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