「胃の調子は?」
突如訊かれた問いに、思わず笑みが漏れる。
「あのね、唯兄からプレゼントに食べ物もあるみたいって聞いて、お夕飯は少し控えてきたの」
「それは何より」
何を作ってくれたのかが知りたくて、席を立ったツカサについて行く。と、冷蔵庫から出てきたのはミルクレープだった。それも、単なる生クリームではなく、甘さ控え目の生クリームとチーズクリームが交互にサンドされたもの。
ホールを切り分けプレートへ載せると、今度は色鮮やかなミックスベリーのジャムを添えられた。
「わぁ……かわいい」
部屋へ戻って数字のキャンドルに火を点けると、室内の照明を落とし「誕生日おめでとう」と小さな手提げ袋を渡された。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
リボンを解いて箱を開けると、ゴールドのチェーンに小さな天然石がいくつかついたブレスレットだった。
オレンジ色の炎のもとだけれど、この天然石は――
「栞の天然石と同じ……?」
「そう。同じもので作ってもらった」
ツカサはブレスレットを手に取り、私の手首につけてくれた。そして、箱の台紙裏からもうひとつのチャームを取り出すと、交換していた携帯と一緒に渡される。
「これを使えば携帯ストラップにもなる。……ただし、秋兄がプレゼントしたストラップを外さないと付けられない」
急に二者択一を突きつけられ息を呑む。次のアクションを起こせずにいると、
「火、そろそろ消したほうがいいと思うけど?」
「あ、うんっ」
私は慌ててキャンドルの火を吹き消した。
真っ暗になった室内には、わずかな光が窓から差し込む。しかし、その光はデスクを照らすばかりで、ベッド際の私たちには届かない。
すぐに照明を点けてくれるだろう。そう思っていたけれど、部屋は一向に明るくならなかった。
「ツカサ……?」
隣にいるツカサを見ると、こちらをじっ見る目に捕まる。
距離が徐々に縮まり唇が重なる。一度離れて再度口付けられたときには、頬から頭にかけてツカサの手が添えられていた。
長いキスのあとも、照明はまだ点けられない。私は恥ずかしさをごまかすように、
「ケーキ……食べないと溶けちゃう」
「溶けたら冷蔵庫に入ってるケーキを出せばいい」
一瞬で策を講じられてしまった。
再度顔が近づいてきたとき、
「……ケーキ、食べようっ?」
ツカサはため息をつき、私を優しく抱き寄せた。
「キスはしてもいいんじゃないの?」
責めの響きを含む言葉に、
「……そうなんだけど……なんか、心臓、壊れそう……」
「キスじゃ心臓は壊れない」
それと同等のことを秋斗さんや湊先生に言われたことがある。でも、私の心臓は壊れると思う。今だってひどく鼓動がうるさいのだから。
胸に手を引き寄せようとしたとき、ワンテンポ早くツカサの手が胸に添えられた。
「つ、ツカサっ!?」
「……すごい鼓動」
「そんなのっ、私の携帯見ればわかるでしょうっっっ!?」
「触れるほうが早い」
その物言いに唖然としていると、わずかに手がずらされ、
「ツカサっ――」
胸に添えられたツカサの手を両手で掴み却下する。と、ピンポーン――
実に単調な音が響いた。
空耳ではない。間違いなく、この家のインターホンが鳴ったのだ。
ツカサは大きなため息をついて席を立ち、照明を点けてから部屋を出ていった。
「……びっくり、した――」
ツカサが目の前にいたときよりも、バクバクと心臓が駆け足を始める。
これ、どうしたら治まるんだろう……。
ツカサが戻ってくるまでにはどうにかしたい。
私は身を竦めた状態で懸命に深呼吸を繰り返していた。そこへ、玄関で話している声が聞こえてくる。
「上がってもいい?」
この声、秋斗さん……?
「今、来客中」
「それって翠葉ちゃんじゃない?」
「わかっているなら帰ってくれない?」
「さて、どうするかな……」
「今からケーキ食べるところなんだけど」
「それ、本当?」
目の前に秋斗さんがいるわけではないのに、私の心臓はさらに鼓動を速める。
「おまえさ、翠葉ちゃんがバングルつけてること忘れてるだろ」
秋斗さんの言葉にはっとして、返されたばかりの携帯を見る。と、そこにはいつもからは考えられないような数値が並んでいた。
もうやだ……泣きたい。
こんなの、あとで何があったのか蒼兄や唯兄に訊かれるに決まっている。お父さんやお母さんだって疑問に思わないわけがない。しかも、ツカサの家に来ていることは家族みんなが知っているのだ。何も訊かれなかったとしても、それはそれで複雑だ。
「翠葉ちゃんには平常時のバイタルをループさせる方法を教えてあるけど、忘れているか、もしくは設定する余裕もなかったのかと思って。とりあえず、翠葉ちゃんが覚えているか確認してもらえる?」
部屋に戻ってきたツカサに、
「……覚えてる」
私が答えると、ツカサはすぐに部屋から出ていった。
「……その方法、俺も知りたいんだけど」
「それは俺が教えられることじゃない。知りたければ翠葉ちゃんに訊きな。用件はそれだけ」
玄関が閉まり部屋に戻ってきたツカサは、
「悪い……バングルのこと忘れてた」
ひどくばつの悪い顔で謝られた。
「あの、バングルのことは私もすっかり忘れていて、でも、待ってっていうのはそういうことじゃなくて――」
なんと説明したらいいのか、と頭も目もぐるぐると回り始める。よほど見ていられなかったのか、ツカサは近くまで来て膝をつき、
「まずは深呼吸……」
と、猫背になっていた背を正し、呼吸のコントロールを始めてくれた。
数分も経つと、身体症状的にはだいぶ落ち着いた。酸素が入ったからか、まるで使いものにならなかった頭も、だいぶ回復したように思う。それでも、まだ言葉を発するには至らない。
「言ってほしいって言われたから言うけど、俺はキスもしたければ翠に触れたいとも思ってる」
……本当だ。言われたところで困るだけだった……。
でも、私だって立ち止まっていたいわけではない。
「ツカサ、もう少しゆっくりがいい……。玉紀先生が仰っていたの。こういう欲求は女子より男子のほうが衝動的だって。その意味を今身をもって知ったのだけど、私は……もう少しゆっくり進みたい。まだ、キスをして抱きしめられるだけでいっぱいいっぱいなの。だから、それに慣れるまで、もう少し待ってもらえないかな……」
ツカサは私の目をじっと見ていた。
「ずっとこのままがいいって言ってるわけじゃないの。ただ、もう少し待ってほしい」
前回こういう話をしたときよりも、自分の気持ちをしっかりと提示できた気がした。でも、ツカサはどう思っただろう……。
「高校生のうちは、とか思っていたりする?」
「……うん。性行為が怖いと思うのとは別に、そういうのもある。もし子どもができたら中絶するのは嫌。でも、私はまだ高校生だし高校生でいたいから、そういう意味でも悩んでる……」
ツカサは何も言わず、私の頭を抱えるように抱きしめてくれた。
「翠の気持ちをどこまで汲めるか、どこまで待てるかはわからない。けど……翠が何をどう思っているかは理解できたと思う。……自分が取った行動の責任は取るつもり。でも、行為に対して翠に起こる変化すべてを負えるわけじゃないから――その部分は翠の判断に任せる」
「ごめん……」
「いや、前回よりは明確に提示してもらえたと思ってる」
「……ツカサのこと、好きだからね。大好きだからね? ツカサが怖いとか、嫌だとか、そういうのはないからね?」
身体を離してツカサを見て言うと、ツカサは少し顔を赤らめた。そして、
「ケーキ、冷えたのを持ってくる」
「え、でも――」
「こんなことでもなければケーキなんて作らない。だから、美味しい状態のものを食べて」
END
Update:2014/12/09(改稿:2017/08/17)
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