光のもとで 番外編

七夕祭り Side 藤宮真白 02話

 浴衣を着て外に出ると、司と楓が帰ってきていて、楓はバーベキューのセッティングを始めていた。キッチンに用意していたお肉もお野菜も、すべてガーデンテーブルへ出ている。
「母さん、あとはやるから座ってて」
 言われて、私は涼さんの隣に腰を下ろした。
「楓がやってくれるみたいです」
「えぇ、そのようですね。ハナは果歩さんのことを忘れてお肉に釘付けのようですよ」
 そんなハナの様子を見ながらクスクスと笑う。
 ノンアルコールビールを飲みながら、野菜のグリル、お肉、焼きそばを食べたところでバーベキューは終わった。
 みんなが笑顔でまったりとしているところに短冊を持っていく。と、涼さんと楓は受け取ってくれたけれど、予想どおり司は「俺はいい」と受け取らなかった。
 諦めて短冊を引っ込めようとしたら、
「ツカサは無欲なのね?」
「無欲って……」
「だって、私なんてこんなにたくさん書いたのよ?」
 翠葉ちゃんが願いごとを書いた短冊を裏にして司に見せる。
「せっかく真白さんが一枚一枚丁寧に作ったのだから、何かひとつくらいお願いごと書こう?」
 司はどうするだろう、と見ていると、意外なことに短冊を一枚手に取った。
 ……今度から、何かお願いごとがあるときは翠葉ちゃん経由でお願いしようかしら。
 そんなことを考えるほどには、翠葉ちゃんに言われたことは素直に聞いているように思えた。

 すべての短冊を飾り終わったあと、
「翠葉ちゃん、七夕様弾いてくれる?」
 果歩ちゃんの問いかけに、翠葉ちゃんは「え?」と首を傾げる。そこへ、楓がガレージから大きな荷物を抱えて戻ってきた。
 何を持っているのかと思えば、翠葉ちゃんが「ハープ」と零す。
「弾いてもらいたいなーと思って、楓さんに持ってきてくれるようにお願いしていたの」
 果歩ちゃんはにっこりと笑って翠葉ちゃんにお願いする。翠葉ちゃんは少し戸惑っているようだったけれど、
「私も聴きたいわ」
「私も聴きたいです」
 私と涼さんからもお願いをすると、うろたえつつもハープを受け取った。
 調弦が済むとハープをかまえ、
「それでは、即興で……」
 と、馴染みある曲を奏でてくれる。
 小さいころ、実家で七夕祭りをしたことはあるし、幼稚舎でも初等部でも七夕祭りはある。ときに、楽器の演奏を聴いたこともあったけれど、ハープの演奏は初めて。
 翠葉ちゃんが爪弾く音は、とても優しい澄んだ音色だった。
 曲がリピートされたとき、果歩ちゃんが七夕様の歌詞を口ずさみ、私もつられて歌を歌った。
 和やかで幸せを感じられる時間。湊と静くんも来られたらよかったのに……。

 翠葉ちゃんの演奏が終わると締めの花火が始まる。
 今日はお父様も誘ったけれど、バーベキューと花火、という煙の上がる行事に「遠慮する」と断わられてしまった。でも、来なくて正解だったかもしれない。
 果歩ちゃんと楓が次々と花火に火をつけるものだから、あっという間にお庭は煙が充満してしまったのだ。
 少し離れたところでは、翠葉ちゃんもケホケホと咽ている。
「涼さん、翠葉ちゃんが――」
「司がついています。このくらいのエスコートはできてしかるべきでしょう?」
「……そうですね」
 しばらくすると、翠葉ちゃんの咳は聞こえなくなった。
「涼さん、来年も七夕祭りをしたいです」
「いいですね。年中行事にしましょうか。来年には楓と果歩さんの子どももいますし、もしかしたら湊と静くんの子どももいるかもしれない。家族が増えてもっと賑やかになるでしょう」
「そうですね。そんな未来が楽しみです」
 花火も終盤を向かえ、線香花火で片付けの分担を決めることになった。
 線香花火をより長く落さずにいられた人が勝ちというルールで、一位は翠葉ちゃん。二位は私、三位が果歩ちゃんだった。
「じゃ、翠葉ちゃんと司は花火の片付け。お義母さんとお義父さんは笹の片付け。私と楓さんはバーベキューの片づけで!」
 軽快に果歩ちゃんが割り振ったものの、翠葉ちゃんはとても気まずそうな顔をしていた。
「これ、毎年恒例にしましょう?」
 来年は翠葉ちゃんが三位かもしれないでしょう?
 そんな思いをこめて口にしたけれど、翠葉ちゃんはそのくらいでは身を引かなかった。
「あの、果歩さんは妊婦さんなので私がっ――」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 座ったり立ったりは大変だけど、食器を運んだりできることはあるからさ」
「そうそう。果歩が動けない分、俺が動くから翠葉ちゃんは花火の片付けお願いね」
 ふたりに一蹴され、翠葉ちゃんは渋々花火を片付け始めた。しかし、その片づけが終わればすぐに楓を手伝おうとする。
「翠葉ちゃん、せっかくの浴衣が汚れちゃうからだめ。それに、こういうのは慣れてるから気にしないで?」
 楓はにこりと笑って背を向ける。翠葉ちゃんは次に私たちのもとへやってきた。
「お手伝いさせてください」
 切実そうなお願いに、
「お気持ちはありがたいのですが、『願いごと』という個人情報を扱いますのでご遠慮ください」
 涼さんはそう言って断わった。見るに見かねた楓が、
「翠葉ちゃん、ハープは車で運ぶから、マンションまで司に送ってもらったらどう?」
 翠葉ちゃんが司を振り返ると、司は素っ気無く「送っていく」と口にしてお庭を出ていく。
 翠葉ちゃんはキッチンにいる果歩ちゃんに声をかけ、
「今日は楽しかったです。ごちそうさまでした」
 私たちに頭を下げてから司の元へと走っていった。

「こちらのお手伝いならしていただいても良かった気がします」
 少し翠葉ちゃんがかわいそうに思えて抗議をすると、
「ですが、かわいい願いごとが書かれていますからね」
 涼さんに青い短冊を差し出される。そこには、司の願いごとが書かれていた。
「翠が少しでも安定した日々を過ごせますように……」
 それは翠葉ちゃんの健康を祈願したもの。
 その願いごとを読んだ途端、心にじんわりとあたたかなものが生じた。
「やはり、願いごとは秘密のほうがいいでしょう?」
「そうですね……」
 そのあと、願いごとには触れずに片づけを進めたけれど、願いごとに目を通してしまうのが人の性だろうか。
 翠葉ちゃんの願いごとは、「ツカサがインターハイで優勝しますように」「果歩さんが無事出産できますように」「栞さんが妊娠できますように」「家族の健康、商売繁盛」――そして、「ツカサとずっと一緒にいられますように」。
 一方、果歩ちゃんは「元気な子が生まれますように」「早くなんでも食べられるようになりたい」「出産後のダイエットが成功しますように」「自分の減らず口がなおりますように」。
「来年は今日の面子に湊たちが加わるといいですね」
 涼さんの言葉に笑顔で「はい」と答える。
 私と涼さんは短冊に書かれた願いごとが叶うことを祈りつつ、一枚一枚丁寧に燃やし、立ち上る煙を眺めた。


END
Update:2015/01/07(改稿:2017/08/22)



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