俺は携帯を取り出し翠の警護班へ連絡を入れた。
「今からマンションまで徒歩で移動します」
『かしこまりました』
藤山や学園敷地内にはそこかしこにカメラや熱感知センサーが張り巡らされている。
それらを使って安全が確認されれば、俺たちに見えるところには警護の人間が姿を現すことはない。
「ツカサ、お待たせっ」
「走るな」
「はい……」
俺は視線を前方へ移す。
浴衣姿の翠は藤の会での振袖姿を彷彿とさせ、若干変な気になりそうだった。
暗がりに浮かび上がるうなじが
「今日、とっても楽しかった。来年もあるなんて楽しみ! ツカサの家では毎年七夕祭りをしているの?」
「いや、今回が初めて」
「そうなの? でも、涼先生は毎年お休みするって……」
「毎年、結婚記念日と七夕は休んでふたりでどこかに出かけてる」
「そうなのね。……なんだか、すてき」
翠ははにかんで口にした。
それはつまり、覚えていたらいいのか。それとも、覚えているうえで特別な日にするから「すてき」なのか。
「ツカサ?」
「……それ、どこにポイントがあるの? 覚えていること? それとも特別な日扱いしているところ?」
「ポイントは……ひとつは出逢った日が七夕であること。ふたつめは、出逢った日を覚えていてくれるところ。三つめは、覚えていてくれるだけじゃなくて、毎年特別な日にしてくれるところ。どれもすてきだな、と思う」
憧れる――まるでそんな口ぶりだけど……。
「……今さら出逢った日は変えられないし、出逢った日を覚えていたところで、学生であるうちはその日に出かけるのは無理だと思う」
言ってはっとした。隣の翠はきょとんとした顔をしている。
気恥ずかしさに視線を逸らすと、隣からクスクスと耳に心地いい笑い声が聞こえてきた。
「出逢った日が好きな人の誕生日って、それだけで特別感満載なんだけどな……。ね、来年の誕生日もふたりでケーキを食べよう?」
そんなことでいいのか、と思えば、
「うん。そんなことでいいの」
翠は何を言ったわけでもない俺にそう言って笑った。
「来年も七夕祭りがあるのなら、来年はどんな願いごとを書く? 私は何をお願いしようかな」
翠は足取り軽やかに、嬉しそうに話す。
「今日の願いごとを変えるつもりはない」
「……今日の願いごと、なんて書いたの?」
「それ、俺が教えたら翠の願いごとも教えてもらえるの?」
翠は真顔になって少し考えた結果、
「秘密。だから、ツカサも言わなくていいよ」
翠はスキップするように俺の前へ出る。
やめろ……前に行くな。俺に後ろ姿を見せるな。
そんな思いで腕を引き寄せる。
「ん? 教えてって言われても教えないよ?」
「訊かない。でも――」
「……でも?」
「インターハイで優勝したら、願いごとを聞いてほしい」
「え……?」
翠は少し間を置いてから、
「今日の願いごとの内容を教えてくれる、ということ?」
「違う。今日の願いごとは関係ない。叶えてほしいのは別のこと」
自分のやましさを気取られる前に返事を聞きたかった。だから、
「聞いてもらえるの? もらえないの?」
「……ツカサが願いごと?」
「願いごと」というワードが、よほど俺に似合わなかったのだろう。翠は目を丸くして俺を見ている。
「何か問題でも?」
「あ、ううん、少しびっくりしただけ。でも、私にきける願いごと?」
「翠にしか叶えられない願いごと」
これ以上深く突っ込まれたくないんだけど……。
「普段、お願いなんてされないからちょっと緊張する。どんな願いごとかな……。でも、毎日弓道の練習がんばっているものね。優勝したら何かご褒美があってもいいよね」
翠はにこりと笑った。
俺はそれで救われたけど、翠は根本的なところで脇が甘いと思う。
俺にどんなお願いをされるのかもわからず安請け合いする程度には――
END
Update:2015/01/05(改稿:2017/08/21)


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