ペットボトルを傾ける佐野くんに尋ねると、
「うん、いいよ。進路のこと? それとも――」
私は小さな声で、「ツカサのこと」と答えた。
「なんかあった?」
「……ん。あったようなないような……」
「何それ」
私はバッグの中から携帯を取り出し、ツカサからいただいた誕生日プレゼント、携帯ストラップを佐野くんに見せた。
「このストラップ、誕生日にツカサにプレゼントされたものなの」
「そうなの?」
「うん。その前につけていたのは秋斗さんからいただいたものだったのだけど……」
「それがどうかした?」
「……ツカサにプレゼントされたとき、秋斗さんからいただいたストラップを外してほしいようなことを言われたの――というのは直接言われたわけじゃなくて、私が勝手にそう解釈しただけなのだけど……」
「ま、なんとなく想像はできるし、先輩の気持ちも理解できる」
問題はその先なのだ。
「それでね、ツカサからいただいたストラップをつけたのだけど、ものすごく驚いた顔をされたの。それこそ、信じられない、とでもいうような目で見られて……」
佐野くんはきょとんとした目で、「なんで?」と訊いてくる。
「……わからない。でも、わからないなりに考えてみたの。それはつまり、私が秋斗さんからいただいたストラップを外さないと思ったから驚いたんじゃないか、って。でも、どうしてそんなふうに思われるのかな?」
佐野くんはすっきりした表情で、「あぁ……そういうことか」と納得してしまう。
「どうしてだろう? 私はツカサが好きだからツカサを選んだでしょう? なのに、どうしてツカサはこんなことで驚いたりするのかな?」
佐野くんは一拍開けてから口を開いた。
「ライバルが秋斗先生だからじゃん?」
「え……?」
「うちの生徒が御園生にちょっかい出してたとしても、先輩はそれほど気にしないと思う。気にするのは秋斗先生が相手だからだよ」
秋斗さん、だから……?
「秋斗先生は大人だし、御園生に振られても未だ諦めてないし。御園生だって秋斗先生にはクラスメイトに対するよりも心許してる感あるじゃん。そんな状況じゃ、たとえ御園生が自分を選んでくれていても不安になることもあるんじゃない?」
「……私が好きなのはツカサなのに? そう言葉で伝えても不安は拭えないの? 気持ちは伝わらないの?」
佐野くんは首を傾げて悩みこんでしまった。
「意味がないとは言わないけどさ、言葉だけじゃ不安が拭えないことってない? 御園生が抱えているトラウマだってそういう類じゃない?」
私の抱えているトラウマ――つまり、漠然とした不安のことだろうか。
進路のことであったり友達に関すること。それらは確かに言葉だけではどうにもできないものだ。
そういったものを前にしたとき、私は何を求めただろう。何に縋っただろう……。
人間関係の不安にもがき苦しみ手を伸ばした先にあったものは、人のぬくもり。
あのとき、ツカサは毎日電話しようかとか、毎日一緒にお弁当を食べようかとか、色んな案をあげてくれた。
「言葉以外にも色々あるでしょ? 御園生が藤宮先輩にしかしないことをしてあげればいいんじゃん?」
私がツカサにしかしないこと……?
……手をつなぐ、とか?
「御園生、今何考えた?」
「手をつなぐ……?」
「思考回路がメイドイン御園生だよね……」
佐野くんは、たはは、と乾いた笑いを見せる。
「手をつなぐのなんて友達とだってするだろ? 現にさっきだって俺と手つないでたし。あくまでも、先輩としかしないこと」
「……ぎゅっとする?」
「それはいい線いってると思うけど……」
佐野くんは答えを持っているようだ。なのに、教えてもらえないのはどうしてだろう。
佐野くんの顔をじっと見ていると、
「たとえばキス、とかさ」
き、キス――っ!?
ただでさえ暑いのに、さらに顔が熱を持つ。
「御園生からキスするくらいのことをすれば、不安は簡単に拭えるんじゃないかな?」
「無理っっっ」
「無理ってお嬢さん……まさかキスもまだとか言うっ!?」
「……言わない、言わないけどっ――でも、自分からするなんて……」
どんどん小さくなる声に佐野くんがうな垂れた。
「ま、女子からするのって勇気がいるものなのかもしれないけど、だからこそ威力があるっていうか、効力があるんじゃん? そういう感じの、『先輩だけは特別』の『特別感』を感じさせてあげればいいんだと思う」
特別感――
キス以外なら、何で特別感を伝えられるだろう。
真面目に考えていたら、隣に座っていた佐野くんがレジャーシートに転がった。
佐野くんは転がったまま頭を抱え、
「忘れてた……御園生って『特別感』を素でゼロにするのが超絶得意なやつだったっけ……」
「え……?」
「お忘れだろうか? 俺らと同列で先輩にバレンタインのプレゼントしたの」
「あれはっ――」
「そのクレームは受け付けねーぜっ。人力か機械を使ったかなんて、見た目じゃわからないんだからなっ! 来年のバレンタインこそ、ちゃんと特別感を演出しろよっ?」
「……むぅ、納得いかない」
「いかなくてもなんでもっ! これだけは他人事だけど譲れないっ!」
ふたり見合って「引かない」意思を固持するものの、一分と経たないうちに佐野くんが離脱した。
「それはひとまず置いておいて、御園生が気づいたんだから間違いないよ。たぶん、先輩は不安なんだ。どうにかしてあげなよね、御園生にしかできないことなんだからさ」
「……ん」
佐野くんの真似をして、私もレジャーシートに転がる。
タープの下で目を瞑っても、容赦のない光をそこかしこに感じる。
そんな中、私がツカサとしかしないこと、ツカサにできることを想像してみた。
手をつなぐことなら問題なくできるだろう。でも、ぎゅっとするのは――
今までだって、何度か抱きしめられたことはある。でも、自分から抱きついたことはないのではないだろうか……。
あるのは、泣いて縋ったことがあるくらいのはず。そのうえキスだなんて……。
なんてハードルが高いのだろう。
ツカサを安心させたい。その気持ちは嘘じゃない。でも、実際に行動に移すとなると、ひどく難しいことに思えた。
もしかしたら――不安だから性行為を求められているのだろうか。
不安だから、つながりを求められているのかもしれない。
だとしたら、それを何度も拒んでいる時点で、ずいぶんと不安を募らせているのではないか……。
でも、まだ勇気や覚悟が不十分すぎて、今すぐどうこうできる気はしない――
その場でうんうん唸っていると、
「そういえば、今日先輩は? もともと海とか来そうなタイプには見えないけど」
確かに、海へ行くといって参加するタイプには見えない。でも、だからこの場にいないわけではない。
「インターハイが終わってからすぐ、車の教習所へ合宿に行ったの」
佐野くんは目を丸くして驚いていた。
「私もツカサに聞くまで知らなかったんだけど、十八歳になると免許取れるのね?」
「そっかそっか……。車の免許かぁ……なんか大人って感じだよね?」
「そうだね」
「こうやってできることが増えて大人になっていくのかな?」
その言葉にふと思う。
小学生のころ、高校生の蒼兄はとても大人に見えた。でも、実際に自分が高校生になってみると、大して大人になった気はしない。
「どうかな……。きっと、大人に近づくたびに何かしらできるようになっていくのだと思うけど、そのときの自分は思ったほど大人ではないのかも」
「あ、それ……なんとなくわかる。小学生から見た高校生って大人だけど、今の自分が大人かって訊かれるとガキだもん」
「それそれ」
私と佐野くんは転がったままクスクスと笑った。
Update:2015/03/31(改稿:2017/09/03)


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