「あ、藤宮だ」
団長の言葉に視線を上げる。と、観覧席の最上階で海斗と司先輩が話をしていた。その話が済んだのか、ふたりは俺たちに視線を定める。
「俺たちに話あるっぽい?」
「さぁ……」
「ちょっと行ってこようかね」
団長のあとを追って観覧席を上がると、
「藤宮がここに来るってことは、御園生さん絡みでしょ?」
「何があったのか知りたいんだけど」
「へぇ……さすがの藤宮も、御園生さんが絡むと下手に出るんだ?」
団長の態度が気に食わなかったのか、司先輩は身体の向きを変え俺に視線を向けた。すなわち、早く話せ――
海斗と話していたのだから、貧血を起こしたことは知っているだろう。だとしたら、司先輩が知りたいのはその先のこと。
「さっき戻ってきて……少し口論になりました」
「口論の内容は?」
若干の面倒臭さを感じながら概要を伝えると、司先輩は人が気づくか気づかないかくらいの小さなため息をついた。
「御園生さんに負担かけすぎじゃね? あれじゃ彼女身動き取れないよ。こっちも、まさか生徒会サイドがそんな状況になってるとは知らなかったから、嫌がる彼女に副団長任せちゃった感否めないんだけどさ」
団長の言葉に続き、
「先輩、会計の仕事を分担するべきだと思います」
こんな状況に陥っても今の体制を変えないのは間違っている。それこそ、あの女のわがままではないのか。
司先輩らしい行動を、判断を目にしたい。
そう思っていたのに、司先輩が何を言うより先に、団長がどうでもいいことを口にした。
「それとさ、飛翔なんだけど、生徒会でもこんな感じなの? あまりにも御園生さんにきつく当たりすぎ。直したほうがいいと思うけど?」
「自分、間違ったことを言ったつもりはないので、態度も言動も改めるつもりはありません」
「どうなのよ、これ」
司先輩はこの件に関しては一言も触れず、
「詳細が聞けて助かった」
あまりにもあっさりと踵を返した。
「ちょっ、藤宮? おまえどうするつもりだよ」
司先輩は肩越しに視線だけよこし、
「翠の意思を尊重する」
「そうすると、御園生さん破綻するけどっ!?」
「破綻なんて認めない」
何をどうする、ということは一切口にせず、あっという間にその場を去った。
「御園生さんの意思を尊重させて破綻させないって無理じゃね?」
真顔の団長に同感。
今までの司先輩なら、使えないものは即切る。問題が発覚した時点で即対応。そういう方針だったはずなのに――
こんな状況に陥ってもフォローするほど、あの女にどんな価値があるというのか。
俺には理解ができない。
それはさておき、あの女の意思を尊重したうえですべてがうまく回る方法などあるのだろうか。
考えたところで、司先輩が会計を手伝うという手段しか思いつかないし、そんな様は見たくない。
自己中なうえに仕事もできない無能女は論外として、今まで尊敬してきた司先輩に失望するような結果は見たくない――
貧血騒動があった翌日、いつもと変わらない昼休みが存在した。つまり、ミーティング込みの弁当タイム。その場には御園生翠葉もきちんと出席していた。
弁当を食べ始める前に御園生翠葉は昨日のことを謝罪し、さらには頭をかばった俺に礼を述べた。
「で、解決策は見つかりそう? それを聞かないことには安心してミーティングできないんだけど」
団長の切り込みに、御園生翠葉は「はい」と答えた。
「それ、どんな策?」
「……実は、長ランをふたつ作らなくちゃいけない事態に陥っていたのですが、それが一着で大丈夫になりました。なので、このあとご迷惑をおかけすることはないと思います」
「会計の仕事は大丈夫なの?」
「はい。会計と勉強をする時間はきちんと取れていたんですけど、衣装を作る時間は睡眠時間を削るしかなくて……」
「納得した。それとさ、応援合戦の練習中、体調がつらくなったら無理せず早めに申し出てね。御園生さん以外全員男だから、その辺ちょっとわからなくてさ。少し休んでから再度参加って形で全然かまわないから。場所がどこであろうとやっぱ危ないからさ、倒れるのだけは絶対禁止」
「はい。本当にすみませんでした」
「いいよ、この話はこれで終わり。さっ、いつものミーティング始めるよー」
団長は深く突っ込まなかったけど……。
この女が作るはずだった一着は誰が作ることになったのか。
……司先輩? まさか……いや、でも、司先輩なら裁縫もできるのかもしれないし……。
司先輩と裁縫、というワードを同時に出すのは憚られ、誰に訊くこともできずにミーティング時間を過ごした。
それからも、俺は毎日のように図書室へ向かい、御園生翠葉の仕事ぶりをチェックをしていた。
収支報告のチェックは滞ることなく行われており、組間で行われる金銭トレードも、日ごとにわかりやすくまとめられている。さらには、会計あてに届くメールにだって、わかりやすい説明を記し素早くレスポンスしていた。
目を皿のようにして粗を探そうとも、粗という粗は見当たらない。
これごときの仕事が自分にできないとは思わない。ただ、副団長をしながら、組で競技の練習をしながらだったらどうか、と問われると、御園生翠葉ほど早くメールへの対応ができているかは疑問が残る。
これらの仕事を四人で分担していたら……。
分担するにしても、リトルバンクに携わる仕事が一番ウェイトが重い。それをひとりに任せること自体がフェアではない。
だとしたら、シフトを組むことになるだろう。その場合、引継ぎが必要になるだろうし、メールへの対応はここまで迅速にとはいかなかっただろう。ゆえに、組から上がってくる収支報告にだって遅れが生じたはずだ。
それらを考えれば、この女が引き受ける利点はあったのかもしれない。
現状況を客観的に見れば、御園生翠葉がひとりで会計を請け負うことが最良の方法だったように思える。ただ、想定外だったことがひとつ――あの女が副団長に任命されることだけは誰にも予想ができなかったのだろう。
エクセルを閉じようとしたとき、昨日見たときにはなかったシートが追加されていることに気づく。それを開くと――
「なんだよこれ……」
そこには当日の集計をスムーズにするための方法が競技ごとにまとめられていた。
それらは会計の俺たちが工夫を図るというものではなく、体育委員と実行委員の了承を必要とするものばかり。
すでに調整が終わっているものとまだ終わっていないものに分けて記されていた。
「あの人、収支報告とリトルバンク、メールの返信に加えてこんなことまでやってたかよ……」
一見してなんてことのないようなものばかりだが、これらの交通整理ができているのとできていないのでは当日のウェイトが明らかに変わってくる。
残りのシートを開いてみると、競技ごとに集計しやすい表が作られていた。しかし、エクセルにはあまり慣れていないであろうことがうかがえる。
思わず脱力してテーブルに突っ伏した。
「何、この痒いところまで手が届きますって状況……」
どうやら、「無能女」というのは改めなくてはいけないらしい。
たぶん、俺や春日先輩、司先輩がやっても、ここまでのことはやらなかったと思う。俺にいたっては気づきもしなかった。
用意された仕事以上のことをしているのを見てしまったら、認めざるを得ない。
それになんとなく、あの女の中では必要最低限のことと認識されていそうだから救えない……。
これだけのことをやろうと思えば時間などすぐに足りなくなる。成績を維持して、さらには長ランふたつの製作を抱えるなんてバカだ……。間違いなくバカのすることだ。
バカだバカだバカだバカだ……すっげーバカだ。
一度引き受けたことをひとつでも人任せにするようなことがあれば、「責任感がない」とでも言ってやろうと思っていた。が、これを見てしまっては言うに言えない。言う余地がない。
ただ、よぉくわかった。この女は頭がいいかもしれない。気が回るのかもしれない。それでも、超ど級のバカだ。
俺は疲労を感じる手でパソコンを終了させ、悪態をつきたい気持ちを抑えながらクラスへ戻った。
Update:2015/07/21(改稿:2017/09/13)


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