嵐に手を引かれて教室に入ってきた翠は、俺から少し離れた場所で嵐の話を聞いている。
「うちの組、まだ団長が決まってないの」
「えっ……? でも、もうほとんどの組が決まっているし、書類の提出も済んでいるんじゃ――」
「っていうか、ほぼほぼ決まってるんだけど、了承しないのよ……」
まとわりつくような視線を無視して窓の外を見ていると、
「もしかして、ツカサが推薦されていてそれを本人が了承しないとか、その手の話ですか……?」
「当たり」
「あの、もしかして……私に説得ができるとか思ってます?」
翠の声が上ずっていた。きっと、今ごろ苦笑を貼り付けているに違いない。
「お願いっ、助けてっ!」
「あの、全然お役に立てる気がしないのですが……」
「ここにいてくれるだけでもいいから!」
「はぁ……それだけでいいなら」
それだけでいいと言いながら、嵐は翠を俺の近くに立たせた。
「ツカサ、翠葉が誰の衣装作るか知ってる?」
今度はなんの話をしだしたのか、と視線を向けると、
「翠葉が誰の衣装作るか知ってるか、って訊いてんのっ!」
そんなの知るか。
何も答えずにいると嵐が痺れを切らした。
「翠葉は、翠葉のことが大っ好きな男子の衣装を作るのよっ!」
「……だから?」
「んもーーーっっっ! 司のことだから、紫苑祭におけるジンクスとか何も知らないんでしょっ!?」
「知らなくて困ることはない」
「今まではねっ!」
嵐は勝ち誇ったかのような顔をしているが、知ったところで困る気が一切しない。
「好きな人に衣装を作ってもらえたら両思いになる。好きな人の衣装を作ると両思いになる。また、彼氏の衣装を作ると仲が永遠に続く。その逆もしかり、彼女に衣装を作ってもらうと彼女との仲が永遠に続くっ」
たかがそれだけのことでなぜ勝ち誇った顔ができたのか理解に苦しむ。
「だから?」
「翠葉にほかの男の衣装作らせていいのっ!?」
「ただのジンクスだろ……」
まったく取り合わない俺を見限り、嵐はターゲットを翠に変えた。
「翠葉はっ!?」
「えっ!?」
「翠葉は司の衣装、作りたくないっ?」
……まさか、そんなジンクスに左右されるとか言うんじゃないだろうな。
若干の不安を覚え翠を見る。と、
「作れるのなら作りたいです。でも……ツカサが団長にならなくても衣装は作れるんじゃ――」
「翠葉、よく気づいてくれたわ。そうよ、トレードさえできれば司の衣装を作ることはできるの。でも、司を団長にしなければ、長ラン姿の司が応援指揮しているところは見られないのよっ! どうっ!? 応援団の先頭で、長ラン白手袋している司、見たくないっ!?」
翠はポカンとした表情で宙を見ていた。
これは良くない流れな気がする。
嫌な予感をひしひしと感じ始めたとき、
「見たいです……」
翠がポツリと答えた。
「翠葉、お願いしてごらん? きっと司は聞いてくれるから」
何を根拠に……とは思うものの、翠の視線には耐えられる気がしない。
こめかみを押さえ、嵐を蹴散らす方法を考えていると、
「ほら、視線を向けるだけでああなのよ。言葉を添えればなんのその……」
翠はゆっくりと俺の机に近づくと、かがんで机の上に顎を乗せた。
「ツカサ……見たいな。だめ……?」
小動物を彷彿とさせる目が俺を見上げている。
こういう上目遣いは反則だと思う。
対峙して数秒と経たないうちに、
「どうしてもだめ……?」
普段、翠にこんなふうにねだられることはそうそうない。
かわいいと思ってしまった時点で俺の負けは確定していた。
人に囲まれた状況に耐えかね、翠を連れて教室を出ようとしたら、
「ちょっと、司っっっ!?」
慌てて声をかけてきた嵐を肩越しに振り返り、
「嵐、覚えておけよ」
俺は団長を了承すべく言葉を残し、教室を出た。
そのまま翠を引きずるようにして部室階である三階を通り過ぎ、屋上へ続く階段を上る。
屋上は出入り禁止となっているため、三階の階段を上がる時点で人影はまったくなくなった。
「ツカサ、手、痛いっ」
その抗議すら上目遣いだ。
そんな目で見るな、煽るな。
「やりたくないことをするんだ。何か褒美があっていいと思うんだけど」
翠は呆けた表情で「ご褒美?」と訊いてくる。俺はその唇を荒っぽく塞いだ。
何度か角度を変えてキスをして唇を解放すると、翠はきょとんとした顔のあとにクスリと笑った。
「キスで引き受けてくれるのならいくらでもキスして?」
にこりと笑う様があまりにも余裕そうで、少し悔しかった。だから――
「……なら追加させてもらう」
「え? 追加?」
ずっと触れたいと思っていた部位に手を伸ばす。と、制服の上から触れた胸は、確かなる重量と柔らかさを兼ね備えていた。
「ツカサっ――!?」
「キスくらいどうってことないんだろ? それならこのくらい許されると思うけど」
戸惑いの瞳を感じながらも、出してしまった手を引くことはできなかった。そして翠も、それ以上の抵抗は見せなかった。
右手に胸の柔らかさを感じながらキスをすると、翠の頬が上気し始める。そんな顔にだって煽られる。ここが学校でなければ押し倒していたかもしれない。
いつだって余裕がないのは俺のほうで、そんなことにも苛立ちを感じていた。
粗方気が済んで翠の細い身体を抱きしめると、翠は静かに一筋の涙を零した。
「いきなりで悪い……」
謝ったけど、原因が自分にあるとは思えない。何もかも、全部翠が悪い。
「ツカサ……やっぱり学校では嫌」
学校じゃなかったらどうなっていたかわからないけど――
「学校じゃなかったら?」
翠は目を泳がせ何も答えない。けれど、学校じゃなければどうなのかは知りたくて、再度尋ねた。すると、
「……ものすごく時々――」
言いかけた翠は一度口を噤み、
「……ううん、ごく稀に……だったら」
尻すぼみに小さくなる声すら愛おしい。
どうしたら自分の気持ちがすべて伝わるのか……。
考えても答えは出ず、親愛をこめて翠にキスを落とす。
不器用な俺なりの愛情表現。それが翠に伝わりますように――
Update:2015/07/13(改稿:2017/09/13)


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