校庭に視線を戻すと、スウェーデンリレーの選手がトラックの二ヶ所に集合していた。
うちの組からは一〇〇メートルに佐野くん、二〇〇メートルには飛翔くん、三〇〇メートルには陸上部の三年生、四〇〇メートルには海斗くんが出ている。優太先輩によると、ツカサは二〇〇メートルの代表らしい。
「見てくる? 本部には俺がいるから大丈夫だよ」
優太先輩はそう言ってくれたけれど、私は首を横に振った。
本部の前には観戦規制テープが貼られていて視界が開けているため、姿形は小さくとも見えないこともない。それに、近寄って見ようものなら自分の組を応援せずにツカサを応援してしまいそうだったから。
トラックの周りには各組の応援団が応援に駆けつけている。うちの組は団長が中心となって応援をしていた。
「赤組は大変だよね? 副団長のふたりが生徒会会計じゃ、組にいないも同じだし」
「はい……」
今でも、私ではなくほかの人に副団長をお願いしたほうが良かったのではないか、と思う。でも、赤組の応援を見てみると、ほかの組に引けを取らない応援をしていた。
その並びには黒組の応援団がいて、朝陽先輩が中心となって応援をしている。
「……黒組もうちと変わりませんよね?」
「ま、そうだね。司は会長だけど会計と言っても過言じゃないし」
そんな会話をしていると、スタートを知らせるピストルの音が鳴り響いた。
「おぉっ、さすが佐野くん。はっやいなぁ〜……」
徒競走ほど顕著ではない。しかし、明らかに群を抜いて速い。
トップで第二走者の飛翔くんにバトンが渡ると、組を問わない黄色い声があがった。次位でバトンをつなげたのが黒組ならば、声援に女の子の声しか聞こえなくなるほどだ。
「すんげー人気……」
「本当に……」
球技大会や陸上競技大会で知ってはいたけれど、知っていたとしても改めて感心するほどの声援があがっているのだ。
飛翔くんとツカサはタッチの差で次の走者へバトンをつないだ。すると、途端に歓声が弱まる。
「女子の皆さん正直すぎでしょー……」
「正直ですね……」
「でもって、次の海斗が走り出したらまた盛り上がるんじゃない?」
「かもしれません……」
そんな冷めた会話をする隣では、放送委員が競技を盛り上げるべく実況中継を行っていた。
順調に競技が進み、午前中最後の種目を迎えた。
騎馬戦は三学年男子全員参加。
こちらはあらかじめくじ引きで決まっていたトーナメントをもとに進められる。
組が七つと奇数のため、一番いいくじを引いた組はシード権を獲得できるのだ。その組こそが赤組だった。
今はグラウンドをふたつに仕切り、残りの六組が対戦すべく準備に入っている。
トーナメントを確認してからグラウンドへ視線を向けると、向かって左側のトラックに人が群がっていた。
人、イコール、女子……。
応援に回る女子は当然自分の組を応援するものだと思っていたけれど、どうやら違うようだ。
どちらのコートにも応援する女子はいるものの、女子の大半は黒組対青組のコートに集まっている。
球技大会でも好きな人を応援する傾向が強かったけれど、紫苑祭でもそれは変わらないらしい。
もし、赤組と黒組が対戦することになったなら、海斗くんと飛翔くん、ツカサと朝陽先輩が揃う試合になる。そんなことになろうものならますますもって応援に熱が入るのではないだろうか。
想像ができるだけに、
「……これは男子の反感を買っても仕方ないかな」
ツカサや海斗くんたちを遠くに見ながら苦笑を漏らし、私は今までの集計にミスがないかの確認を始めた。
『さぁて、騎馬戦の準備が整ったようです! 向かって左側のコートでは青組対黒組! 右側のコートでは黄組と白組! それぞれ位置に着いて――用意』
放送委員の掛け声のあと、パンッ――ピストルの音が鳴り響いた。
突如、甲高い女子の歓声と地響きのような男子の雄叫びが轟く。あの中にいたらどんなふうに声が聞こえるのか。
そんなことを考えつつ、私はツカサを探していた。
たくさんの騎馬が行き交い砂煙が立つため、ツカサの姿はなかなか見つけられない。
「あ……」
見つけた瞬間、ツカサが青組の団長のハチマキを取り上げた。
動くツカサは何度となく見てきたけれど、やっぱり動いている姿はいつ見ても新鮮に思える。
「格好いい……」
ポツリ、と零した言葉をまさか人に拾われるとは思っていなかった。
「誰が格好いいって?」
顔を覗き込んだのは飛鳥ちゃん。
「あっ……わ、えと……」
「ふふ、藤宮先輩でしょ?」
「……うん」
「だ〜よねぇ。自分の組も応援しなくちゃ、って思うけど、やっぱ好きな人を目で追っちゃうよね。でも、女子の皆さんは若干正直すぎ!」
飛鳥ちゃんは左側のコートを指差してケタケタと笑っていた。
数回の合戦を見守ると、さっき危惧したとおりの決勝戦となった。つまり、赤組対黒組。
コートの周りは女子一色。
私は変わらず本部からその様子を見ていた。
『位置について――用意』
パンッ――
戦いが始まった瞬間、海斗くんの騎馬と飛翔くんの騎馬、風間先輩の騎馬がツカサの騎馬へと向かって走り出し、衝突する寸でのところで止まったかと思うと、ツカサに向けて三方向から手が伸ばされた。
ツカサはひるまず応戦したけれど、さすがにすべての手を防ぐことはできず、あっという間にハチマキを取られてしまう。
『おおっとっ! これは藤宮先輩意表をつかれた感じでしょうか。黒組の団長は早くも敗退です! 風間先輩の進撃が止まらないっ! 誰か彼を止められないのかっ!? おおっ!? 風間先輩も三方向から囲まれた! これはやはり逃げられないのかっ――』
飛鳥ちゃんの軽快な実況中継を聞きながら、騎馬戦の最終決戦は赤組の勝利に終わった。
騎馬戦まで集計した得点表を放送部へ渡すと、午前の部が終わったことを告げるアナウンスと共に、得点経過がアナウンスされた。
『騎馬戦を持ちまして、午前の競技を終了いたします。それではっ、途中経過を発表いたします! まずは〜、今の得点に徒競走の結果を追加しますっ! 一位から順に、黒組、青組、赤組、桃組、紫組、白組、黄組。そしてぇ〜、準備期間に発生した点を反映させるとぉっ!? 一位はその座を譲らず黒組! 次位は繰り上がって赤組っ、青組、紫組、桃組、白組、黄組っ! 白組と黄組はどんぐりの背比べ。午後の競技もがんばっていきましょうっ! 今から六十分間の休憩です。一時までにはグラウンドへ戻ってくるようお願いいたします。も、ち、ろ、ん、ひとりでも遅れた組は減点が課せられますのでご注意あれ!』
観覧席へ戻ると、早々に風間先輩から声をかけられた。
「御園生さんも飛翔もお疲れ」
「いえ、ずっと集計にかかりきりで申し訳ないです」
私が頭を下げると、同じように飛翔くんも頭を下げる。
「いや、ふたりが会計なのは知ってたし、当日集計で組にいないことも承知の上。それでもふたりを副団長にするのにはメリットがあると思ってる」
そんな自信満々に言われても困ってしまう。
飛翔くんはともかく、私に関してはどんなメリットがあるのかまったくわからない。できれば、そのメリットなるものを教えていただけると嬉しい。
「御園生さん、思ってることが顔に出すぎ」
風間先輩は腰を折って笑う。私はばつが悪く苦笑を貼り付けた。
「ほーら、そんな顔しないで。御園生さんは苦手かもしれないけど、応援合戦なんてどこの組も似たり寄ったり。応援合戦自体に変化を出すのは難しいけど、紅一点で御園生さんが入っていれば男子の目は引けるよね」
それがメリットだと言われても納得はできない。
二年続けて「姫」に選ばれはした。けれども、自分の容姿がそこまで秀でたものだとは思えないし、男子の目を引ける、と言われても困ってしまう。
何より、うちのクラスは「姫だから」という理由で私を推したわけではない。
参加できる競技が著しく少ない私に、少しでも参加できるものを多く、と考えてくれてのこと。
もし副団長にならなければ、私は衣装製作班かモニュメント製作班に属していただろう。お裁縫が苦手であることを踏まえれば、間違いなくモニュメント製作班になっていたと思う。
衣装製作班もモニュメント製作班も、紫苑祭当日は色別パレードでモニュメントを押してトラックを回ることになる。そこに参加するだけだったとしても、楽しむことはできただろう。けれども、色別パレードと応援合戦を比べるなら、応援団に属しているほうがより応援合戦に参加しているふうではある。
その場合、問題がひとつ――
そういう決まりがあるわけではないものの、チアリーダーが女子だけで構成されるように、応援団は男子ばかりで構成されるのだ。そのため、ただの団員として参加するだけでは中途半端に悪目立ちしてしまう。だからこそ、「副団長」という表向きの立場を与えられたのではないか。
「ま、何はともあれ、まずは着替えないとね。みんな、すばやく着替えて戻ってくることー!」
風間先輩が声を張ると、そこかしこから、「はーい」「うーっす」という間延びした返事が聞こえてきた。
Update:2015/12/22(改稿:2017/09/23)
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