それが終わると放送委員の手にマイクが渡る。
『お待たせしました! 今日のプログラムを始める前に、モニュメント審査、応援合戦の結果を発表いたします! まずはモニュメント審査っ! こちらはインパクト、芸術的観点共に評価の高かった赤組が一位を獲得しました! おめでとうございます! 御神輿の完成度も高ければ、衣装との統一感もあり、それを台車に載せて押すのではなく、担いでパレードに加わったことが決定打となったようです。赤組のモニュメントは、紫苑祭が終わったあと一ヶ月間、食堂に飾られます。その際にはぜひお近くまで寄ってご覧ください! さて、気になる応援合戦の結果はっ!? ――生徒会長率いる黒組がダントツの一位! 噂どおりの結果となりました! このあと、黒組には全校生徒へ向けてエールを送ってもらいます。黒組の皆さん、すばやく着替えて十分以内に整列を完了させてくださいっ! なお、黒組の応援が終わりましたらチアリーディングへと移行しますので、女子の皆さんは準備を――』
マイクを持った飛鳥ちゃんがフロアを見渡し、
『失礼しました! 女子の着替えはすでに完了しているようですね。それでは皆さん、観覧席へ戻って黒組の準備を待ちましょう!』
きれいな列がたちまち崩れ、皆が皆、それぞれの目的地へと散らばり始める。
次の演者となるチアリーディングの女の子たちは一階フロアの脇へ集合し、ほかの生徒たちは組ごとの観覧席へ向かう。
そんな中、赤組の観覧席へ戻って思う。
桜林館中央にある観覧席を見事引き当ててくれた風間先輩、「ありがとうございます」と。
席に置いていた一眼レフを手に取り、観覧席最前列の手すり間際でカメラを構える。
「御園生さん、撮る気満々?」
風間先輩の笑い声に振り返る。と、その隣には飛翔くんもいた。
「返り討ちに遭うんじゃなかった?」
鼻で笑っているふうの飛翔くんに思わず自慢をしたくなる。
「色々あって、交換条件なしで撮影許可が下りたの!」
さほどおかしな返答をした覚えはなかった。けれど、その場にいた組の人たちに笑われてしまう。
笑われた理由を考えていると、
「御園生さんと藤宮の関係っていまいち理解できねぇ……。写真ひとつで返り討ちとか交換条件とか、なんか違うだろそれ」
風間先輩はそう言うけれど、ならばどういう関係が彼氏彼女、恋人なのだろう。
自分が知るカップルを思い浮かべてみるも、答えらしい答えは見つからない。
ただ、「写真」というものを前にしたとき、「交換条件」というキーワードが浮上するのは私とツカサのほかにはいない気がした。
思考の魔手が手当たりしだい伸びる寸前、意識をカメラへ無理やり戻す。
普段人を撮ることがないため、試し撮りを試みるもどうにもぶれる。笑えないほどにぶれる。
躍動感溢れる写真とか手振れがどうのという次元ではなく、写っている人の目鼻口がどこかすらわからないような写真ばかりが撮れる。
まさに、被写体が動くゆえの現象。
「シャッタースピードを優先にしているのにどうして……?」
しばらくはその状態で試し撮りをしていたけれど、埒が明かないので別の手段を講じることにした。
メニュー画面から連写モードを選択する。
このモードは、シャッターを押している間中連写されるというもの。
試しにシャッターを押してみると、すごい勢いで連写が始まった。
あまりの勢いにびっくりしてシャッターから指を離したけれど、驚いたのは私だけではなかったみたい。
周りにいた人たちの注意を引くほどの音だったし、階下にいた人たちの視線まで集めている。
挙句の果てには被写体であるツカサとも視線が合ってしまい、咄嗟に手すりの陰に隠れてしまった。
は、恥ずかしい……。
居たたまれない状況に恐る恐る顔を上げると、
「御園生さん、本気出しすぎ」
風間先輩の一言に、その場がどっと沸いた。
そんな状況で海斗くんに話しかけられる。
「でもさ、司が応援してる間って、団長副団長はエールを受け取るためにフロアに下りるじゃん? 翠葉写真撮れないんじゃん」
そんなこと、言われるまできれいさっぱり忘れていた。
写真を撮る許可が下りたことに気を取られ、ただの一ミリも覚えていなかった。
「……海斗くん、どうしよう……。せっかく撮ってもいいって言われたのに……」
「……なんつーか、司のやつ、そこまで見越して許可出してたりしない?」
「えええっっっ!?」
びっくりする私の傍らで風間先輩が、
「超絶あり得そうっ!」
そんなことはないと思いたいけれど、実際はどうなのか……。
階下で団員の整列を指示しているツカサに視線をやると、
「うちのクラスに写真部いないの?」
海斗くんに尋ねられた。
「いない……」
そもそも、二年生で写真部に所属しているのは私だけなのだ。
こうなったらカメラの使い方を教えて代わりに撮ってもらうしかない。
意を決して海斗くんに向き直る。と、海斗くんが観覧席の上段に座っていた山下くんに声をかけた。
「真咲っ! おまえ、写真撮るの好きって言ってなかったっけ?」
「好きだけどー?」
「翠葉の代わりに撮ってやってよ」
山下くんは私の持つデジ一に視線を移すと、
「あ〜……代わってあげたいのは山々なんだけど、俺、デジ一の使い方はさっぱりだ」
「教えるっっっ」
咄嗟に声を挙げると、その場がしんとしてしまった。
そしてまた、みんなに笑われてしまうのだ。必死すぎ、と。
もう、この際なんと言われてもかまわなかった。
最前列の通路へ下りてきてくれた山下くんにデジ一の使い方を説明するも、基本操作は問題なく理解していた。
色調設定は済んでいるし、モード選択も済んでいる。撮るときに必要なのはズームとシャッターボタンくらいなもの。
「山下くん、人を撮るの得意?」
「やー……静止してる人間を撮るのは慣れてるんだけど、動いてる人間を撮るのは難しいよね」
苦笑を浮かべる様に思わず頷いてしまう。
「私も同じ。何度か試し撮りしてみたのだけど、どうしてもぶれちゃうから連写モードにしてあるの。シャッターを押している間はずっと連写されているし、一度押すだけなら二、三回連写されるのみ。最悪、このボタンを押したら録画モードになる。……お願い、できるかな?」
「がんばりましょー? その代わり……」
ん……?
「交換条件とまいりましょうか」
「え……?」
山下くんは人好きのする顔をくしゃりと崩し、
「知ってると思うけど、俺、御園生さんのファンなんだよね。去年も今年も姫投票で御園生さんに入れた口」
……えぇと、
「……ありがとうございます?」
「なんで首傾げて疑問形かな」
山下くんはくつくつと笑う。
嫌な予感を覚えつつ、
「交換条件って、何……?」
山下くんはにこりと笑って、
「ワルツのとき、御園生さんの写真撮らせてよ。ぜひ、この高そうなデジ一で。ズームきくからここからでも寄って撮れそうじゃん? で、あとでデータちょうだい!」
ツカサに交換条件を持ち出されなかった代わりに、まったく予期しなかったところから交換条件を提示された。
写真を撮られるということに対して一瞬身構えたものの、自分が躍る予定の場所から観覧席までの距離を考えれば大丈夫な気がしてくる。
スローワルツとはいえ、曲が鳴っている間は絶えず動き続けているのだ。
観覧席で誰がカメラを構えていようと、その人に意識を持っていかれることはない。間違いなく、最初から最後までダンスに集中しているだろう。
「だめ?」
顔を覗き込まれ、私はフルフルと首を振った。
「ダンス中なら大丈夫っ」
山下くんは口角を上げて笑い、「契約成立!」とデジ一を掲げて見せた。
「御園生さん、そろそろ時間! フロアに下りるよ!」
風間先輩に声をかけられ慌てると、
「ストップ」
山下くんに手首を掴まれた。
「急に立っちゃいけないんでしょ?」
「……ありがとう」
「どういたしまして。願わくば、そろそろ真咲くんって呼んでほしいけどね」
山下くんはバチ、と片目を閉じ、わざとらしいウィンクをして見せる。
あまりにもウィンクが似合わなくて、思わず吹き出してしまった。
「あ、ひどい」
「ごめんっ」
私は笑いを堪えながら謝った。
「真咲くん、写真、お願いします」
改めてお願いをしてから、私は風間先輩と飛翔くんのもとへ向かった。
二年生になってから、日常生活における制約の話をしたことはない。
ただ、香月さんと美乃里さんは一緒に行動することが多いから、「知っておきたい」と言われて話したことがある程度。
おそらく、真咲くんは普段の行動や海斗くんたちとのやり取りを見て気づいたのだろう。
自分の気づかないところで見ていてくれる人がいるということに、ほんのりと心が温かくなる。
今でも注目を浴びるのは苦手だし、姫と呼ばれることに困惑はする。けれど、真咲くんのこれは嬉しいと思う。
性質の悪い好奇心からではなく、仲良くなろうと歩み寄ってもらえた感じがするから、その気持ちが素直に嬉しい。
ふと、自分の変化に気づき笑みが漏れた。
人の記憶に残りたくない。誰とも関わりたくないと思っていた中学生のころからすると、考えられない進歩だ。
鎌田くんに話したら一緒になって喜んでもらえそうだ。
そんなことを考えていると、
「少しは前進したんじゃねーの?」
飛翔くんがボソリと呟いて私を追い越した。
Update:2016/07/18(改稿:2017/09/25)


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