光のもとでU

紫苑祭 二日目 Side 藤宮司 04話

「司、翠葉ちゃんのワルツ、上行って見て来たら?」
「そうする」
 優太に送り出され、俺は本部席裏手の観覧席へ上がった。
 今まで翠と踊ることはあっても、翠が踊っているところをこんなふうに見ることはなかった。
 自分以外の男と踊るところなど見たくはないが、相手が佐野ならまだ許容範囲内。
 それに、教えた集大成なるものは見ておきたい。
 ワルツのテンポをすっかり自分のものにした翠は、最初の礼からダンスへ移る際の体重移動も何もかも、申し分のない動きだった。
 基礎点は間違いなくオールクリア。ほか、動作の滑らかさ、身体のしなやかさ、リズム感、視線、表情、何をとっても加点されこそ減点などされようがない。
 ざっと会場を見回すも、赤組の三ペアほど完成度の高いダンスを踊っている組はなく、中でも翠の踊りはダンス部の唐沢と渡り合えるほど。
「姫の笑顔、超かわいい……」
「唐沢さんはさすが、華やかに躍るコツを心得てるよね。それと比べると、姫は可憐なイメージ」
「姫、超きれぇ……」
 あちこちでそんな声があがり、息を呑む人間の姿も数知れず。
「ドレスはみんな同じデザインなのに、姫がきれいに見えるのどうしてだろう?」
「あの子、バランス感覚ものすごくいいんじゃない? さっきから全然芯がぶれない」
「確かに、唐沢さんと姫は糸で釣られてるみたいに見える」
「あと、動きがすっごく滑らかだよね? 同性ながら、背中のラインに惚れちゃいそう」
「あの子、本当に運動できないの?」
「あぁ、今回スローワルツになったのも御園生さんがこのテンポなら参加できるからだって」
「そうだったんだー」
「でも、初めてのダンスでしょ? かなり練習しないとここまで踊れなくない?」
「ま、姫さんが参加する種目少ないからな。その分練習……――あれ? 姫って赤組の副団もやってなかったっけ? それに、生徒会の会計――」
「え、御園生さん、どれだけ仕事抱えてたのっ!? しかも、藤宮くんの長ラン製作もでしょっ!?」
「さすがに会計職は藤宮たちがフォローしてたんじゃん?」
 フォローなどしていない。むしろ、うちの総元締めは翠だ。
 心の中で呟き階段を下りようとしたとき、
「いいこと教えてあげようか。これ、生徒会の人間しか知らないことなんだけど、去年の紅葉祭も今年の紫苑祭も、会計を統括しているのは翠葉ちゃんなんだよ。さらには、ちょっとした理由があって、仕事の大部分を翠葉ちゃんがひとりで請け負ってる。誰もフォローなんてしてないよ」
 知った声に振り返ると、「ね?」と朝陽が自慢げに笑みを浮かべていた。
「嘘っ!?」
「マジでっ!?」
「確か、去年の会計ってプラマイゼロだったって――」
 次々と向けられる視線に何を答えることなくその場をあとにした。
 未だ翠という人間を誤解している人間は多いが、こうして少しずつ翠を知る人間が増えればいい。そうして翠の努力が報われれば――
 そう思う反面、俺だけが知っていればそれでいいという思いがあるのも事実だった。

「戻った」
「あ、お帰り。ってか、モニターで見てたんだけど、翠葉ちゃんめっちゃくちゃきれいだった! どんなスパルタ教育したんだよ」
「もともと覚えは悪いほうじゃない。それより、ここまでの集計は?」
「あぁ、出てるよ。入力ミスもないしアナログの集計とも一致してる」
「飛翔は?」
「そういえば、この時間には本部に戻ってくるはずだけど、どうしたんだろ? 連絡入れる?」
「いや、そこまでする必要はない。それより、ワルツの結果が出たらすぐにプリントアウトできるようにしておいて」
「了解」
 ワルツの結果が出てしばらくすると、赤いドレスを着たままの翠が本部へやってきた。
 達成感やなんやかやで満面の笑みを見られるかと思いきや、翠の表情はどこか硬い。
 そんなふうに感じた俺が間違いなのか、優太は何を気にすることなく賞賛の言葉を口にする。そして、「ファーストワルツ」という言葉を口にした途端、翠はそれまで以上に表情を強張らせた。
「後夜祭のファーストワルツって、なんの話でしょう?」
「あれ? 翠葉ちゃん知らないの?」
 優太は俺の顔を見て再度翠の表情を見て、何か察したように一歩下がる。
「後夜祭は、フロア中央で姫と王子がファーストワルツを踊るとこから始まるんだ。で、曲の途中からその他大勢が加わって踊りだす。一曲目のワルツが終わるとカントリーダンスに移行して、二曲踊ったらもう一度ワルツ。そして最後にチークダンスなんだけど……知らなかった?」
「そんなの知りませんっ! だって去年は――」
 翠は言葉に詰まり、手近にあったポールに向かってうな垂れる。
「あぁ、去年は姫がふたりいたし、翠葉ちゃんは運動だめだと思ってたから茜先輩と司が踊る予定だったんだよね。でも、翠葉ちゃんも来なければ司も来ないしで、茜先輩のご指名を受けて会長がファーストワルツを踊ったんだ」
「ツカサっ、どうして教えてくれなかったのっ!?」
「知ってると思ってたから?」
 それ以外の返事などない。すると翠は、拍車をかけてうな垂れた。
「すみません……知らなかった私が悪いです」
 そもそも、ファーストワルツを踊るからと言って、何か特別な用意をする必要はないし、たかが数分人の視線を集めるだけのこと。何をそんなにうな垂れる必要があるのか……。
 そんな話をしているところへ飛翔と青木が連れ立ってやってきた。
 緊迫した空気が窺い取れ、何か明確な目的があって本部席へやってきたことがわかる。
 青木は翠の前に立つなり、
「姫を突き落とした犯人並びに、妨害工作をした組が判明したけど、ここで留めておく? それとも、体育委員と紫苑祭実行委員に情報を上げてペナルティーを発令する?」
 突き落とされたって――
「青木、それ、なんの話?」
 即座に問いただすと、
「姫、話すわよ?」
 青木は断わりを入れてから俺たちに向き直った。
「創作ダンスが行われている最中、姫が観覧席で人に突き落とされたの。最上階から踊り場まで落ちて足に怪我を負ったわ」
 足に怪我……? でも、先のワルツでは――
 何を考えることなく翠のドレスに手を伸ばす。と、
「だめっ」
 翠は一歩身を引きドレスの裾を押さえた。
「応急処置はしてある。今は誰にも見せたくないし悟られたくもないっ」
「…………」
 ワルツでは怪我を負っているような素振りは一度たりとも見せなかった。
 怪我が軽症なのか、重傷だがいつもの強がりで乗り切ったのか……。
 スカートに隠れる足を気にしつつ翠にパイプ椅子を勧めると、翠は抗うことなく腰を下ろした。
「で、犯人は?」
 優太が尋ねると、
「実行犯はひとりだけど、話を聞いたところによると三人で企てたことみたいね。組自体はまったく感知してないでしょうよ」
 青木の言い方と視線に引っかかりを覚える。
 知っていることは全部話せと告げる前に、青木は再度口を開いた。
「だって、黒組の女子の犯行だもの。春日くんも藤宮くんも知らなかったでしょ?」
「青木、三人の名前を」
 青木から受け取ったメモ用紙には同じクラスの女子三人の名前が記されていた。
「一番上に書いてある芳川彩加が実行犯。三人とも藤宮くんのファンよ。もっとも、ファンというか本気というか……そのあたり難しいけど」
「難しいって何が?」
 どちらであっても浅はかな人間たちに代わりはない。
「つまり、藤宮くんとワルツで踊りたかった子たちの犯行」
 また、俺が原因で翠が傷つけられた……。
 湧き起こる怒り抑え付け、体育委員長と実行委員長のもとへ向かおうとしたとき、
「ツカサっ!? 待ってっっっ」
 椅子に座った翠は、今にも立ち上がりそうな勢いで俺を引き止めた。
「黒組の優勝を取り消す」
「だめっ。それ、全然意味ないから」
 翠の近くまで戻り、
「意味がないって?」
「だって、私を突き落としても、ワルツに支障はなかったよ? うちはワルツで一位をとった」
「それ、結果論じゃない? 事実、翠は怪我をしたわけで、何もペナルティーを受けないのは筋が通らない」
「だからっ、どうしてそれを黒組が負わなくちゃいけないのっ!? 私が突き落とされたことを知っている人が黒組に何人いるのっ? 私を突き落とした人が黒組の人だとしても、黒組を背負って突き落としたわけじゃないでしょう? 個人的な恨みが根源でしょう? それ、黒組も赤組も関係ないでしょう?」
「でも――」
「大丈夫。ちゃんとペナルティーは負ってもらうから」
 翠は深刻な面持ちで、何かを決するように口を閉ざした。
「さ、姫さんどうする?」
「……実行犯を含め、その三人は後夜祭の参加禁止。でも、後夜祭が終わるまでは下校するのも禁止で」
「あはは」
「くっ」
 声をあげて笑ったのは青木と飛翔。優太は呆気に取られた顔をしていた。
「それ、ペナルティーになるの?」
 俺の問いかけに答えてくれたのは優太だった。
「なるでしょ。後夜祭のためにみんな必死でテスト勉強がんばってきたんだから」
 そんなものだろうか、と翠へ視線を戻すと、翠は飛翔へ向けて笑顔を取り繕っているところだった。



Update:2016/10/19(改稿:2017/09/28)



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