ツカサの指先がボタンに触れる直前、反射的に手で防御する。と、「なんで」といった視線を向けられた。
「……だって、これを脱いだら裸になっちゃう」
「今さらじゃない?」
確かに、今さらと言われたら今さらだ。
すでにショーツは取り払われてしまったし、上に羽織っているシャツだって、かろうじて腕が袖に通してあるものの、ボタンは上から半分くらいまで外されてしまっているのだから。
でも、恥ずかしいものは恥ずかしいし、何よりも――
「私だけ……なんて、ずるい……」
ツカサも下は何もはいていないけれど、上にはきっちりとボタンの留まったシャツを着ている。
でも、そんなのはただの言いがかりだったかな、と思わなくもない。
「俺も脱げばいいの?」と言われて焦るくらいには、あまり意味のない言葉だった。
ツカサは胸元のボタンをいくつか外すと、全部外すのが面倒くさくなったようで、そのままガバリと頭を通してシャツを脱いだ。
目にさらされたのは、程よく筋肉のついた白い肌。
けれど、正視できずに視線を逸らす。と、
「……あのさ、ずるいって言ったのは翠なんだけど。言わば、翠の言動が俺を脱がせたんだけど」
そんなこと、言われなくてもわかってる。
「わかってるんだけどっ、でもっ、見慣れなくて――」
去年の夏、みんなで海水浴へ行ったときはこんなにも意識することはなかったのに――
それはいったいどうしてだったのか……。
少し考えて合点がいく。
みんな海に入っているときは首から上しか見えなかったし、砂浜に戻ってくると上に一枚パーカなどを羽織ってくれていたのだ。
そんなことを思い出していると、
「翠、カーテン閉めたら少しは暗くなる。そしたら脱げる?」
カーテン……?
身体を起こして窓辺に視線を向けると、そこからわずかな光が部屋へと差し込んでいた。
ただ、あのカーテンを閉めたところでそれほどの変化があるとは思えない。
でも、ツカサが望むなら――
今日、こんなふうに関係が進展するとは思ってもみなかった。けれども、何かきっかけがなければ先へは進めそうになかった自分のことを考えると、これはこれでよかったのかもしれなくて……。
こんなところで段階を踏もうものなら、後日に伸ばした心構えなど未来永劫訪れそうにはない。
色んな意味で、ずっと待っていてもらったのだ。だから、最後の一歩くらいは自分から踏み出さなくちゃ――
コクリ――やっとのことで小さく頷くと、ツカサはすぐにカーテンを閉めに行った。
けれど、やはり室内の明るさが変化することはなく、往生際の悪い私はシャツの合わせ部分を両手で掴んだまま。
ツカサは力の入った私の手を宥めるようにさすり、キスをしながら残りのボタンへと手をかけた。
そのキスがあまりにも優しくて、「大丈夫だから」と言われているような気がしてしまう。
自然と腕の力は緩んだけれど、肩や背中が空気に触れてひんやりとした感覚を得ると、「何も着ていない」という現実をまざまざと実感し、恥ずかしさに拍車をかけた。
我慢できずに胸の前で両腕を交差させ、自身を抱きしめる。と、
「翠、そろそろ観念して」
ツカサにそう言われても仕方がないことなどわかっている。
それでも、恥ずかしくて仕方がない。
腕を握っていた手で顔を覆うと、ツカサは両肩に手をかけ、ブラジャーのストラップを肩から外した。
数秒後に背中のホックも外され、完全にブラジャーが緩んだところでツカサはそれを取り払う。
どうしよう……。恥ずかしくて死にそう――
「翠」
顔を覆っていた両手を外されてもなお顔を見られたくない私は、髪の毛に隠れる。
そんな抵抗はすぐに破られた。
ツカサは顔を覗き込むようにして視線を合わせてくる。
そのとき、じわりと目に涙が滲んだ。
でも、違うの……。
ツカサに見られるのがいやなわけじゃないの。
ただ、恥ずかしいだけなの……。
勘違いはされたくなくて、でも言葉にすることもできなくて、涙だけが溢れてくる。
すると、ツカサは目の縁にキスをして、横になるようにと身体を倒してくれた。そして薄手の毛布をかけられると、背後から優しく抱きしめられる。
「泣くほどいやだった?」
「っ……――ちがう……違うの」
「何が違うの?」
何が――
考えはまとまらないし、声を出そうにもなかなか出てきてはくれない。
でももし私がツカサの立場なら、こんな状況不安しか抱かない。
声にしなくちゃ。言葉に――
「すごく、恥ずかしいの……」
声にはなったけれど、情けないことにものすごく小さな声だったし、その声は震えていた。
でも、ツカサが怖くて震えているわけではないし、何が怖くて震えているわけでもない。
なんだか、今の私は言葉にしなかったらどうにでも勘違いされてしまいそうな状況で、そんな状況にだっていてもたってもいられない。
どうしたらいいのかわからなくて目をきつく閉じていたら、ちゅ、とうなじのあたりにキスをされた。
そのキスにまた、「大丈夫だから」と言われた気がする。
そして今度は、自分の方を向くように、とツカサの手に誘導される。
泣いている自分を見られたらさらに勘違いさせてしまいそうだし、震える唇を見られても勘違いされてしまいそうだ。
でも、この誘いを拒否したら根本的な部分から誤解されてしまいそうで、そろりそろりと身体の向きを変える。
私の好きな切れ長の目は不安そうに揺れ、心配そうに私のことを見ていた。
「恥ずかしいのは慣れるしかないと思う」
「ん……」
「怖いのは?」
「……行為に対する恐怖心はあるけれど、ツカサのことは怖くないよ」
そう言って、ツカサの胸に額をつける。と、まるで包み込むように優しく抱きしめられた。
ツカサの素肌に自分の素肌がピタリと重なりものすごく動揺した。けれど、ツカサの腕にゆっくりと力がこめられ肌が密着することで、普段とは違うツカサの体温を感じる。
熱い……。
いつもは服越しに感じる柔らかな体温が、今は素肌から直接熱が伝ってくる。
その熱さに戸惑いながら、
「臆病で、ごめん……」
「問題ない。そういうの全部ひっくるめて引き受けるつもりだし……。それに、前に進もうとはしてくれてるんだろ?」
その問いかけには自然と頷くことができた。
「なら、時間をかけよう。身体に触れられるのはいや?」
「ううん。いやじゃない」
「じゃ、まずはそこから」
ツカサに抱きしめられ髪を梳かれる。とても気持ちがよくて目を瞑っていると、ツカサの手はうなじ、肩、腕へと移動していった。そして、私の指に自分の指を絡めては薬指を愛おしそうに撫で、口元へと近づけられる。
キスをされる――そう思ったのに、ツカサは私の薬指を口に含んだ。
予想だにしない行動に思わず手を引くと、至近距離で絡む視線が「どうして?」と言っている気がする。
だって――
「指、食べるの?」
質問がおかしかったのだろうか。ツカサはクスと笑みを零した。そして、
「そう。翠の指を食べる」
「どうして……?」
「なんかおいしそうだから?」
その言葉に、何がどうしたらこの指がおいしそうに見えるのだろうか、と悩む。
特別なことといえば、ツカサからいただいた指輪がはまっているだけで、おいしそうな匂いはしないし、お世辞にもおいしそうな肉付きでもない。
「おいしくは、ないと思うよ……?」
「じゃ、確かめさせて」
ツカサはそう言うと、すぐにパクリと私の指を口に含んだ。
そしたら、舌先で指の側面をなぞられたり、指全体に吸い付かれて変な気分。なんていうか、ただ指をしゃぶられているだけなのに、鳥肌が立つほどぞくぞくするのだ。何より、指を咥える様や舌を這わせる様が異様なまでに色気たっぷりで――困る……。
私の視線に気づいたツカサが指を解放して、
「どうかした?」
うぅ〜〜〜……。
「……ツカサが、えっち……」
もう、なんていうかそれしか言えなかった。すると、
「今してる行為自体がそれに属するものだと思うんだけど」
「そうなんだけど――なんか、ものすごく――……色気があって、困る……」
尻すぼみに小さくなる声にツカサはふっ、と笑い私の唇を塞いだ。
ツカサの手は、身体の輪郭すべてをべてスキャンするみたいに触れていく。
さっき、ちゃんと触れてと抗議したにも関わらず、今もツカサの指先が軽やかに背筋を滑り落ちていく。
普段人に触れられることのない場所は、ツカサの指を敏感に感知しては私に伝える。そのたび、私は仰け反る羽目になったり、身体を捩る羽目になる。
ツカサは、そんな私を見ては満足そうに目を細める。
くすぐったい……。それが本音だけれど、くすぐったいのにどこか気持ちいい気もして……。なんか変な感じだ。
手のやり場に困ってツカサの背に腕を回す。と、自分から抱きついているみたいになって少し恥ずかしかった。
抱きつく行為が恥ずかしいというよりは、裸で抱き合うことにいっぱいいっぱい。
ツカサもドキドキしてると言っていたけど、やっぱり私のほうが鼓動がうるさく速い気がする。
そんなことを思っているとツカサの腕が緩み、気づいたときには覆いかぶさるようにして胸元にキスをされていた。そして次の瞬間には胸の先端を咥えられてしまう。
「きゃっ……」
ツカサははっとしたようにこちらを見て、
「痛い?」
私は首を横に振って否定した。
痛くはない……。痛くはないのだけど――
「やっぱり、えっちだと思うの……」
まさか指や胸を食べられてしまうとは思わなかったのだ。ほかにどんなことをされるのか、と変にドキドキしてしまう。なのにツカサときたら、
「男なんてみんなこんなものだと思うけど?」
などと言う。
「そう、なの……?」
「……たぶん」
そこで私が何も言わなかったからか、ツカサは片手で右胸をやわやわと揉みながら、左の胸にパクついた。
さらには舌先で胸の先端を執拗に弄ってくる。
「んっ――」
恥ずかしいからいやなのに、吐息交じりの声は勝手に出てしまう。
身体中が熱を持ち、お腹の奥の方がひどく疼くこんな感覚は、生まれて初めて感じるものだった。
Update:2018/10/10
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