絶対に入らない――そう思っていたものが自分の中に入っていて、中でみちみちと窮屈な音を発していそうな状態。
途中で「力を抜け」と何度も言われたけれど、力を抜くことができず今に至る。
「翠、深呼吸できる?」
「ん……」
口を開けてみたものの、深呼吸ってどうしたらいいんだっけ、と思うくらいには、もう何を考える余裕もなかった。
そんな私がいたたまれなかったのか、つながりはそのままに、ツカサは優しく抱きしめキスをしながら身体をさすり続けてくれた。
それがよかったのかな?
気づいたときには普通に呼吸ができるようになっていたし、身体に入った無駄な力も少しずつ抜けていく感覚があった。
「まだ痛い?」
「少し……。でも、入り口の部分がひりひりするだけ、な気がする……」
今現在自分の状況を把握しかねるので、基本的には「たぶん」という言葉がつくわけだけど……。でも、
「中は、そんなに痛くない」
……と、思う。
「異物感がすごいのと、圧迫感は殺人的だけど……」
この程度の痛みで済んでいるのは、ツカサが時間をかけて中をほぐしてくれたからなのだろう。
すごく恥ずかしかったけれど、その工程を踏まなければどれほどの痛みが襲ってきたのか――考えただけでも恐ろしくてたまらない。
「我慢できそう……?」
「大丈夫……。なんかね、変なんだけどね? 笑わないでね? 異物感や痛みはつらいのだけど、ツカサが中にいるのはなんだか嬉しいの。痛いのに、ものすごく充足感があって……」
こういう感覚、なんていうんだっけ……?
確かに知っている感情なのに、なかなか言葉に変換できない。
嬉しくて、心があたたかくなる感覚があって、どうしたことか安心感まで感じられるこれは――
「……あぁ、しあわせ、かな……? うん、この感覚は『しあわせ』だと思うの」
答えがわかったことに満足して目を閉じる。意識して深い呼吸を繰り返していると、
「翠……」
「ん……?」
目を開くと、
「少し動いてもいい?」
「っ……――」
そうだった……。中に入って終わりではないのだ。
でも、この状態で動くの……? 動く余地があるの……?
一気に不安が押し寄せてくる。と、
「なるべくゆっくり動くから。指を抜き差ししてたのとそう変わらない」
その言葉に、さっき何度も指を抜き差ししていたのはこういう行為に備えてのものだったのか、と納得する。
もうここまで来たらすべて受け入れよう。
「ん……いいよ」
ツカサは恐る恐るといった感じで動き始めた。
擦れるたびに入り口がひりひりしてて痛いのと、中でツカサが動くたびにゴリゴリとした感覚が骨まで伝ってくる。
痛いのは、初めてのとき限定なのだろうか。二回目も三回目も変わらず痛いのかな。
そんなことしか考えられないほど、痛みに身体が支配されていた。
それでも、なんとかツカサを感じようと意識を向ける。
ツカサは感覚を研ぎ澄ましているのか、目を瞑って時折「くっ」と苦しそうに声を漏らしていた。
その表情は、気持ち良さそうなそれではない。
どうして……?
男の人は律動運動をすると気持ちがよくなるんじゃないの……?
少し心配になって声をかけた。
目を開けたツカサと視線が交わるも、やっぱりつらそうにしか見えなくて……。
「なんだか、つらそうな顔……」
私がいけないの……?
私もつらいけど、
「ツカサも、つらいの……?」
そしたら、私はどうしたらいいの……? これ以上私に何ができるの……?
改めて自分が無知であることを知る。
どうしたらいいのかわからなくて、助けを乞うようにツカサの名前を呼ぶ。と、
「正直に言うなら、少しつらい」
「……どうしたら、楽になれるの?」
ツカサは少し言いづらそうに口を開く。
「中、きついはきついんだけど、少し揺するだけでも十分気持ちいい。でも、今より激しく動いたら、もっと気持ちよくなるって知ってるから、ちょっと――」
男性側の感覚はまったくわからない。けれど、つらいはつらいでも私の「つらい」とは異なるらしい。
でもそれって――私にできることはなくても、させてあげることはできる……?
私は覚悟を決めて口を開く。
「いいよ、好きに動いて……」
「でも――」
「大丈夫……私、痛みには、意外と強いのよ?」
今見せることのできる精一杯の笑顔を添えると、ツカサにぎゅっと抱きしめられた。そんなツカサの首に手を回し、ちょっとだけ甘えてみせる。
「その代わり、あとでたくさんキスしてね?」
ツカサは返事をするように額にキスを落とし、身体を離す。そして身を少し引いてから、さっきと同様にゆっくりと、けれどそれまでより深く奥まで進んでくる。
それを何度か繰り返すと、
「やばい……すごい気持ちいい」
掠れた声にまで色気を感じるってなんだろう……。
そんなことを考えていると、ツカサはよりリズミカルに動き始めた。
私はというと、痛みのことはあまり考えないようにして、ツカサに揺すられるまま身を任せていた。
しだいに激しくなる動きに、身体の揺れも大きくなる。
ツカサは自身が抜けてしまわないよう、私の腰を掴んで律動する。
私の息が切れ始めてすぐ、ツカサも苦しそうに息を荒らげていた。そして、
「くっ――」
一気に奥まで貫かれ、ツカサの動きが止まる。けれど、中ではツカサのそれがビクビクと別の生き物のように蠢いていた。
おそらく、達したのだろう。
息を切らしたツカサが覆いかぶさり額にキスをしてくれる。と、ズル、と中に入っていたものが引き抜かれた。
身体がやっと自分だけのものになった気がして、一気に力が抜ける。
脱力ってこういうことを言うんだろうな、なんてぼんやり考えていると、
「翠……?」
心配そうな双眸が私を見つめていた。
「だいじょう、ぶ……。ツカサは? ツカサは、気持ちよかった?」
「……あり得ないほど気持ちよかった。ありがとう」
そう言ったツカサが涙ぐんでいたような気がしたのは気のせいかな……。
残念だけど、私にはそのあとの記憶がない。
ツカサに毛布で包まれたところまでは覚えているのだけど、その後どうしたのか、どんな会話をしたのか、まったく記憶に残らなかった――
「翠……。翠、起きて」
「ん……」
そっと目を開けると、四角いプレートを持ったツカサがベッドの枕元に腰掛けていた。
「ん……?」
どうしてお皿を持っているの? しかもこの匂い――
「ホットケーキ」
ツカサに答えを提示され、やっぱり、と思う。
「それはわかるのだけど……」
何がどうしてホットケーキなのだろう。
まだ頭がぼんやりとしていて、自分の思考はストップしたまま。
なんとなしに身体を起こす。と、一口サイズに切られたホットケーキが口元に差し出された。
えぇと……。
「翠はもっと太るべき」
フトルベキ――ふとるべき……太る、べき……?
漢字に変換されてはっとする。
無防備に身体を起こした私は裸で、すぐ近くに座るツカサはしっかりと洋服を着ていた。
「きゃっ――」
慌てて毛布を顔の近くまで引き上げたけれど、
「今さらだし……」
ツカサに言われて、それはそうなのだけど、と思う。
「もぅ……やっぱり脱がなければよかった……」
太れとか言われると、もう少しふっくらしてから抱いてもらいたかったという後悔が生まれてしまう。と、
「もっと建設的な思考回路を心がけてくれない?」
「建設的……?」
「ただ太ればいいだけだろ?」
「そんな簡単に言わないでっ! これでも努力してるんだから……」
何かものを投げたい衝動があったけれど、自分の背後にある枕は投げるにはちょっと大きすぎた。
むぅむぅ唸っていると、
「翠……」
「ん?」
「……キスマーク、つけてもいい?」
まるで子犬のような目で見られ、あまりのかわいさに承諾してしまう。
「でも、病院の先生たちに見られないところにしてね……? 見られるのは恥ずかしいから」
それだけ守ってくれればかまわない。でも、治療で先生の目に触れない場所ってどこだろう……?
鍼だと背中と腹部、顔、頭、腕、手、膝下……はNGだ。トリガーポイントブロックだと――
「治療のとき、ブラ外す?」
「え? ううん、外さない」
「じゃ、胸に――」
ツカサは左手にプレートを持ったまま、右手で毛布を剥がして左胸の内側に唇を寄せた。
見た感じキスと同じだけど、違うことといえば、音が鳴りそうなくらい強く吸い付かれていて、ほんの少し痛みを感じる。
ツカサが唇を離したときには花びらのような赤い痣が胸にできていた。
私はそっと右手の人差し指でそれに触れてみる。
痛みはなく、ただ内出血しているだけ。それがキスマーク――
以前、秋斗さんに首の後ろへつけられたものと同じ……。
でも、決定的に違うことがある。
「翠……?」
「えっ?」
「どうかした……?」
「あ……あのね、秋斗さんにつけられたときは消したくて消したくて仕方がなかったのに、今はこの小さな痣が愛おしく思えるから不思議で……。どうしてなのかがわからなくて……。あのころ私は秋斗さんのことが好きだったはずなのに、嬉しいなんて思えなかった」
考えても答えが出ないものもある。でも、その問題はさほど重要なことではなくて、今はこの「嬉しい」を大切にすればいい気がした。
再びホットケーキが口元へ運ばれてきて、私は何を言われる前にそれにかぶりつく。
ゆっくりと咀嚼しているうちに、この数時間のうちに起きたあれこれが走馬灯のように頭をめぐりだす。
うわぁ……私、とうとうツカサと――
そこまで考えれば毛布をかぶってしまいたいほどの恥ずかしさがぶり返してくる。
「ツカサ……絶対に私をお嫁さんにもらってね?」
「は? 婚約したんだから当たり前だろ?」
何を今さら、そんな言い方をされたけど、
「そうなのだけど……絶対よ……?」
どうしたって念を押しておきたくなる。
「わかってるけど、どうして……?」
「だって……。こんなに恥ずかしいことしたんだもの……。もうツカサ以外の人のところになんてお嫁に行けないもの……」
「何……俺とこういう関係にならなかったら、俺以外の人間のところに嫁ぐつもりだったわけ?」
「ちっ、違うっ! そういう意味じゃなくてっ。でも、絶対絶対絶対よ……?」
言質はとっておきたくて押せる限りの念を押す。と、左手を取られ、薬指の指輪にキスをされた。
「この指輪に誓って翠と結婚するし、生涯幸せにする」
……ツカサはわかってないな。
思わず笑みが零れる。
「ツカサ、幸せにする必要なんてないよ」
「え……?」
「だって、もうとっても幸せだもの」
そう伝えると、途端にツカサが赤面した。
今のどこら辺に赤面の地雷があったんだろう?
そんなことを考えながら、無造作に口元へ運ばれてくるホットケーキを最後まで残らず食べきった。
Update:2018/10/12


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