ベッドへ座るよう促すと、翠は後ずさりをしてみせた。
「や、やだっ。だって、ショーツは濡れたままだものっ」
「なんだったら下着も洗うけど?」
このあと確認のために脱がす予定だし、それが今でもあとでも大した差はない。
恥ずかしさと何かが混在したような目を向けてくる翠に、
「翠に触れたい……」
ごくストレートに本音を伝えた。
「……何言って――」
俺をかわそうとする翠を抱き寄せ、首筋に唇を這わす。と、翠は首を竦めた。
「キスだけじゃ足りない。もっと翠に触れたい」
「さっきたくさんキスしたし、胸だって触ったでしょうっ!?」
暴れる翠を抑えるように抱きしめ、
「服の上からじゃなくて、直接翠に触れたい」
「やだ、恥ずかしいっ」
「それでも――」
強引に翠を押し倒し、抵抗される前にシャツのボタンに手をかける。
もし、すぐにでも抵抗されようものなら、ボタンを外すなんて行為には出ず、服を引き裂いていたかもしれない。
透けて見えていた淡いピンクのブラジャーが露になると、誘われるように胸元へ唇を這わせた。
いつもは服の上から触れる背に、今は直に触れている。
肌は吸い付くように滑らかで、服の上から触るのとはまったくの別物。
そんな認知がされれば、では胸はどうなのか、という好奇心を煽られる。
柔らかな胸に触れると、五本の指がやんわりと肌に食い込んだ。
「やっ――ツカサ、怖いっ」
その言葉に我に返る。
俺に組み敷かれた翠は涙を流していた。
その涙を見ても、自分の欲望を抑えることができそうにない。
「……悪い。でも、先に進みたい」
「私の気持ちは……? 無視……?」
「そうじゃない」
そうじゃないけど――
葛藤を胸に抱きつつ、翠の隣に横たわる。
右側から小さな振動が伝ってきて、ふと隣を見ると、翠はシャツを引き合わせ、わずかに震えていた。
俺は何を――
ひとつ間違えば強姦だ……。
……俺、秋兄よりも最悪なことをしたんじゃないか?
そんな自分を呪いたくなる反面、もう自分の欲求を抑えられる気はしなかった。
そのくらいには我慢してきたと思う。
だからといって、無理やり押し倒すのは間違っているし、こんなふうに翠を怯えさせていい理由にはならない。
意識して深呼吸を繰り返し、出来得る限りいつもの自分を取り戻そうと苦心する。
たぶん、今までの関係ではもう我慢ができない。次なるステージへ進ませてもらえなければ気が狂う。
す、と静かに息を吸い込み翠の気持ちを確かめることにした。
「翠……クリスマスの約束覚えてる?」
翠は小さくコクリと頷いた。
「俺の誕生日まであと三日なんだけど……それでもだめ?」
むしろ、当日ならいいのかが知りたくもある。
翠は浅い呼吸を何度も繰り返し、
「クリスマスのときみたいに……」
クリスマスのときみたいに……?
「段階、踏んでもらえる……?」
こちらを向いた翠に、涙目の上目遣いで懇願された。
こんなの却下できないだろ……。
「どこなら触れていいの?」
翠は涙を湛えた瞳で、
「……腕とかなら」
をぃ……。
思わず突っ込まずにはいられない部位。
「抱きしめたいから腰と背中も希望」
要望を伝えると、思いのほかあっさりと、
「腰と背中なら……」
と許可が下りた。
「……胸にも触れたいんだけど」
少しの願望を織り交ぜると翠は口を引き結び、一点を見て何か考えているようだった。
即答で拒絶されなかったということは、許容される可能性が少しはあるということだろうか。
それなら時間をかけて考えてくれてかまわない。
そう思って翠を見ていたが、瞬きもせずに一点を見つめているから少し不安になる。
「翠……?」
小ぶりな頭がわずかに動く。それは首を縦に振り頷いたように見えた。
つまり――
「それはいいってこと?」
翠はもう一度コクリと頷いた。
胸の前できつく両腕を合わせている翠を優しく抱き寄せ、シャツの裾から手を忍ばせる。
腰から背中へのラインを指でなぞると、
「んっ……くすぐったいっ。触るならちゃんと触ってっ」
抗議とも懇願とも取れる言葉に、触れ方を改める。
手のひらで肌をさすると、翠の身体から無駄な力が少し抜けた気がした。
「キス、しても?」
「……訊かないで」
「訊かなかったら抗議されそうなんだけど」
「……キスなら抗議なんてしないもの」
少し前の緊迫した空気はすでにない。
目の前でむくれている翠はいつもの翠だし、すぐ側にいる俺を怖がっているようには見えなかった。
ほっとして翠の唇へ自分のそれを重ねると、翠は軽く目を閉じキスに応じる。
耳たぶから首筋へと唇を這わせ、左手をうなじに添えると、翠の腕が少し緩んだ。
開けていく胸元に唇を這わせ手を添える。けれども今度は抵抗という抵抗はされず、それどころか甘やかな声を発し始めた。
「んっ……ぁ……ゃ……」
唇を這わせるだけでは留まれず、舌を這わせる。
何にたとえることもできない柔らかな肌は、舌先で触れるだけでも形を変える。
ブラジャーのカップに収まっている先端に舌を伸ばそうとしたとき、翠が身を縮こめた。
感じているのか、そうではないのか――
自分が我慢できる気はしない。それでも――
「本当にいや……?」
翠を傷つけたいわけではない。
この思いが根底にあれば、ひどいことをせずに済む気がしていた。
翠は潤んだ瞳で、
「お願い……少し、待って……心臓、苦しい……」
今にも泣いてしまいそうな目で請われる。
「わかった。何もしないから、抱きしめさせて」
両腕を翠の背に回すと、翠は自ら俺に寄り添った。
腕に収まる翠が愛おしくて愛おしくて仕方がない。
こんな気持ち、どうしたら全部伝えられるのか――
そんなことを考えていると翠が顔を上げ、ひどく驚いた顔で俺を見ていた。
なんとなくだけど、考えていることがわかる気がした。
目や表情が雄弁に語りすぎ……。
「心臓がフル稼働なのは翠だけじゃない」
「……ツカサもドキドキしているの?」
「聞けばわかるだろっ!?」
「……本当に?」
翠は再度胸に耳を当てる。
胸に手が添えられ、それまで以上に鼓動が速まった気がする。
第一、
「好きな女に初めて触れるのに、平静いられるほど強靭な神経は持ち合わせてない」
文句を言うと、翠はきょとんとした顔をしていた。
こんな会話は前にもした覚えがある。
そのときにも思ったけど、自分だけが、と思うなバカ……。
Update:2018/10/16


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