さすがにもう抵抗されないと思っていたが、やんわりと遠慮気味に翠の手が邪魔をしてきた。
ここまでの行為をしてもなお、シャツは脱いでもらえないのか。
視線で訴えると、
「……だって、これを脱いだら裸になっちゃう」
「今さらじゃない?」
それに、シャツを脱いでもまだブラジャーはつけているわけで、完全な裸ではない。
視線での攻防を続けた末、
「私だけ……なんて、ずるい……」
何それ。
「俺も脱げばいいの?」
そんなのお安い御用なんだけど。
即座にシャツを脱ぎ捨てると、翠はわかりやすく俺から視線を逸らした。
「……あのさ、ずるいって言ったのは翠なんだけど。言わば、翠の言動が俺を脱がせたんだけど」
「わかってるんだけどっ、でもっ、見慣れなくて――」
兄がふたりもいるのだから、上半身の裸くらい目にする機会はありそうなものだが……。
そこまで考えて
去年の紫苑祭の棒倒しでもこんな状態だったし、何より翠の第一の兄は御園生さんだ。
あの兄にかわいがられ、守り育てられてきたのなら、こんな生き物に仕上がっても仕方がないというもの。
翠という箱入り娘は、家の中でさらなる箱に入れられていたのではないか、と疑わずにはいられない。
「翠、カーテン閉めたら少しは暗くなる。そしたら脱げる?」
そんな提案をすると、翠は身体を起こして窓辺へ視線を向けた。そして、少し考えてからコクリと頷く。
カーテンを閉めて戻ってくると、翠はシャツの合わせ部分をきつく握り締めていた。
その手に触れ、優しくキスをしながら残りのボタン四つを外していく。
シャツを肩から落とすと、細い肩が露になった。
鎖骨近くにあるIVHの痕は、時間が経ってだいぶ目立たなくなってきている。
その部分に指を這わせると、翠は最後の抵抗を見せるかのように、自身を抱きしめ胸元を隠した。
「翠、そろそろ観念して」
その言葉に、翠は両手で顔を覆う。
ブラジャーのストラップを肩から落とし、背中側にあるホックを外す。と、カップに隠れて見えなかった桜色の頂が姿を現した。
色白で形のきれいな胸にすっきりとしたウエスト。柔らかな丸みを帯びたヒップライン――
華奢すぎることに目を瞑ればどこをとってもきれいなシルエットなのに、翠はまだ顔を隠したまま。
「翠」
声をかけ顔を覆う手を外すも、翠は髪の毛で顔を隠そうとする。
そんな翠の顔を下から覗き込むと、またしても目に涙を浮かべていた。
あんな行為をしてもまだ恥ずかしさが残るものなのか……。
よくよく考えてみたら、うちに来てからまだ三時間と経っていない。その間にどれほどのステップアップをしたことかと考えれば、翠がこんな状況なのも仕方がない気がする。
俺にとってもそうだけど、翠は俺以上に目まぐるしい数時間だったことだろう。
翠の涙を吸い取るようにそっと口付け、優しく肩を押しベッドへ横にさせる。
壁の方へ向かせた翠に薄手の毛布をかけてやると、俺は翠の背後に横になり、まるでスプーンが重なるように抱きしめた。
肩を震わせている翠に、
「泣くほどいやだった?」
訊くのが怖かった。でも、訊かなければ引き返すことも先へ進むこともできない気がして、訊かざるを得なかった。
「――ちがう……違うの」
それは反射的とも言える反応。
言葉をそのまま信じていいのか疑問だし、もし違うというのなら何が違うのか――
「何が違うの?」
問い質すような声音にならないよう細心の注意を払ってたずねると、翠はポツリ、ポツリ、と言葉を発した。
「すごく、恥ずかしいの……」
恥ずかしい、か――
でもそれ、慣れてもらうしかないんだけどな……。
未だ震える肩を優しく撫で、髪を掻き分けうなじに口付ける。そして、こちらを向くよう促すと、翠はゆっくりとこちらを向いた。
翠の大きな目から涙がいくつも零れ落ち、唇はわずかに震えていた。
痛々しい姿に若干胸が痛む。
でも――
「恥ずかしいのは慣れるしかないと思う」
「ん……」
もうひとつ気になるのは――
「怖いのは?」
翠ははっとしたように顔を上げ、
「……行為に対する恐怖心はあるけれど、ツカサのことは怖くないよ」
そう言うと、恥ずかしさを紛らわせるように俺の胸へ額をつけた。
やばい……。
翠がどんな言動をしても、それらすべてに煽られる。
煽られるままに抱いてしまいたいけど、まだ――まだ準備が整っていない。
翠は段階を踏みたがっているし、せっかくもらった兄さんのアドバイスも生かせていない。
翠から性行為に対する恐怖心を打ち明けられて、自分なりに色々調べてみたものの、ネットから得られる情報が正しいとは限らないし、信用していいのかすらわからず、俺は兄さんに相談を持ちかけた。
「そっか……そうだよなぁ、そろそろそういう関係になってもおかしくないか。ってか、付き合い始めたのが去年の四月って言ってたっけ?」
「そうだけど……」
「おまえ、よく我慢したなぁ……」
「好きで我慢してたわけじゃないし……」
インハイあたりからの経過を話すと、
「そっか。なんていうか、結構怖がってる感じなのかな?」
「それなりに。……秋兄が原因かはわからないけど、もともと恐怖心は持ってたみたいで、そこに海斗と立花の体験談を聞いて余計に怖くなったみたい」
「海斗の体験談? 何その楽しそうな話」
食いついた兄さんを白い目で見つつ、
「挿入のとき、立花が痛いって言ってもやめなかったらしい」
「あぁ……なるほどねぇ……」
兄さんはくつくつと笑う。
「……あのさ、そういうの、やっぱり途中でやめられないもの?」
「まぁな……初めてだったりすると余計に難しいかもな」
兄さんは遠かりし日を思い出すように話す。
「初めてのときって、女はそんなに痛いものなの?」
「俺も女性側を体験したわけじゃないからあれだけど、痛いことは痛いと思う。果歩も痛がってたし。でも、その痛みの程度を下げてあげることはできるよ」
「その方法が知りたい」
「うん。まずは身体中に触れて優しく愛撫することで翠葉ちゃんをリラックスさせてあげることが第一。司が触れることに慣れてもらうっていうのかな? 急に胸に触ったり局部に触れると緊張させて身体硬くなっちゃうから、そのあたりは徐々にね。あと、翠葉ちゃんの場合は線維筋痛症だから、ソフトタッチを心がけてあげたほうがいいと思う。胸を揉むにしても、彼女の様子を見ながらね?」
「留意する」
「好きな人に愛撫されれば自然と陰部は濡れてくるものなんだけど、それだけじゃ準備不足。膣の中も指を入れて徐々にほぐしてあげないと、自分の一物はすんなりとは入らない。おそらく、海斗はそこをすっ飛ばしたんだろうな。適度に濡れてれば入るとでも思ったんだろ。で、豪快に突っ込んで痛がられた、と」
兄さんの解説に納得する。
「でも、膣の中をほぐすって……:?」
「言葉のとおりだよ。最初は指一本から。ゆっくりと挿入して、膣壁を優しく押し広げるようにさすって、指の抜き差しに慣れさせる。で、指にかかる圧力が緩んできたら、指の本数を二本に増やす。二本が大丈夫になったら三本。そこまで時間をかけて中をほぐしてあげれば、自分のを入れてもそこまで痛がらないはず。ただ、線維筋痛症の子は性行痛があることが多いみたいなんだよね。ほら、内臓はほぼ筋肉だからさ。だから、翠葉ちゃんのことを思うなら、激しいピストン運動はNG。あくまでも緩やかな動きでな」
「注意する」
「司、スローセックスって知ってる?」
「いや……」
「じゃ、これ読んでみるといいよ。たぶん、翠葉ちゃんにはこういうのが向いてると思う」
その本に書かれていたのは、オーガズムを得ることを目的としたセックスではなく、互いが肌を重ね、労わり合い気持ちよくなる時間を目的としたセックスのことだった。
触れ合うことが目的にあるため、相手に優しく触れることが基本となる。
確かに、翠相手にはそこから始めるのがいい気がするし、これなら翠の求める「段階を踏む」を十分に満たせる気もする。
そんなことを思い出していたら、
「臆病で、ごめん……」
「問題ない。そういうの全部ひっくるめて引き受けるつもりだし……。それに、前に進もうとはしてくれてるんだろ?」
翠は間をあけることなく頷いた。
「なら、時間をかけよう。身体に触れられるのはいや?」
「ううん。いやじゃない」
「じゃ、まずはそこから」
翠を驚かせないように気をつけながら、細い身体をゆっくりと抱きしめ、腕の中にしまいこむ。と、翠の肌から柔らかな体温が伝ってきた。
焦るな……。焦る必要は、ない――
Update:2018/10/19


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