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ミッションと和解 Side 立花飛翔 03話

 入学式当日――土曜日の今日、在校生は午前四時間の授業を終えると、大半の生徒が部活動へと移行する。が、桜林館を使う運動部に限っては、昼食を摂ってすぐに部活、というわけにはいかない。
 入学式の片付けが残っているからだ。
 入学式の片付けは、桜林館を使う運動部の部長がジャンケンをして、負けた部がすべてを担うことになる。
 うちの部長は千里なわけだけど……。
「あいつ、ぜってー負けんなよ……?」
 呪詛じみたメールを送ろうとスマホを手に取った瞬間、簾条先輩からのメールを受信した。
 内容は生徒会メンバーの招集。
 つまり、千里は自動的に片付けジャンケンから免れたわけだけど、その代わりにジャンケンへ行かされる人間は副部長こと、河野和総。
 ……詰んだな。
 和総はジャンケンが弱い。そのほか、くじ引きにおいては致命的と言わざるを得ないほどにくじ運がない。
 天と地がひっくり返りでもしない限り、片付けはバスケ部がすることになるだろう。
 あぁ……面倒くせぇ。いっそのこと、生徒会の会議が長引けばいいのに。
 そんなことを考えながら図書室へ向かうと、四枚組のプリントを渡され、その見出しに一年の生徒会メンバー候補リストであることを認識する。
 リストには内進生と外部生を一緒くたにした状態で、上位二十人の名前が記されている。しかしこれは、あくまでも候補リストであり、最終リストではない。
 一学期の中間考査の成績が開示されて初めて、上位二十名が確定する。
 そんなわけで俺たちは、リストに載っている人間が中等部でどんな活動をしてきたのかにざっと目を通し、目ぼしい人間をピックアップするに留め解散した。
 御園生翠葉は昨日のことを気にしているのか、今日も図書室の戸締りを買って出る。
 そう手間のかかることでもないことから、みんな気が済むようにすればいいと承諾した。
 三年メンバーが図書室を出て、竜と紫苑の含みある視線を受けた俺は、その場に留まることを決める。すると、
「飛翔くんも部活に行っていいよ? あとは戸締りだけだから」
 何を疑うでもなくそんな言葉をかけられ、俺は少し戸惑っていた。
 昨日紫苑が言っていたことは筋が通っている。
 役職を盾に知っておきたいと話せば、いくら強情なこいつでも話さざるを得なくなるだろう。
 自分に有利に話を進められる状況が整っている。なのに、どうしてこんなにも躊躇うのか――
 思考をめぐらせていると、
「それとも、何か話があるとか?」
 小首を傾げてたずねられた。
 この、小動物惑星の小動物めが……。
「おまえ、そういう仕草、男の前でホイホイすんなよなっ!?」
「え……? 仕草……?」
 御園生翠葉は大きな目をパチパチと瞬かせ、さらに首の傾斜を追加させる。
「首の骨が折れたらどうすんだっ!」
 急遽目の前の人間の頚椎が心配になって、頭を元の位置へ戻してやる羽目になる。
「あ、首を傾げるのがだめってこと?」
「それだけじゃなくてっ――」
 あああああ……こんな話をしたくて残ったわけじゃないのにっっっ――
 なんだっ!? 身長の高低差がいけないのかっ!?
 俺は近くの椅子を引き寄せ視線の高さを変えてみることにした。
 今度は下から見上げている状態だというのに、目線の高さが変わっただけでは小動物惑星の生き物と対峙するのは至難の業。
 御園生翠葉は未だきょとんとした目で俺を見下ろしている。
 なんだ? 司先輩ってこの仕草とか目にしてやられたんじゃないだろうな……。
 そんなことを考えていると、目の前に立つ御園生翠葉も椅子を引き寄せ、俺の目の前にストンと座った。
「今日、飛翔くんと飛竜くん、紫苑ちゃんの視線をいつも以上に感じていたのだけど、それは気のせい? それとも、何か理由があってのこと?」
 こうやってまっすぐ目を見て訊いてくるところがこの女の扱いづらいところで、なんとなく苦手な部分だったりする。
 初めて会ったときは不必要に怖がられて、のちに男性恐怖症の気があると知った。
 男性恐怖症の理由を訊けば驚くほどあっさりと教えてくれたし、俺の考えを口にしたら、「目から鱗」なんて言うほどには真に受けて、その後は男どもと接する姿を見るようになったっけ……。
 気づけば俺とも普通に話せるようになっていて――あぁ……こんなふうに真っ直ぐな視線や言葉を投げかけてくる人間自体が俺の周りには数人しかいなかったんだ。
 そういう環境を作り上げたのは自分だし、その状況に満足だってしている。
 高等部での目標は、司先輩のように教師にすら一目置かれる存在になることで――
 そんなあれやこれを思い出していたら、なんとなく合点がいった。
 自分が最も尊敬する先輩の「彼女」という肩書きを持ったイレギュラーな存在がこの女で、さらには最初こそ畏怖の目で見られていたものが、徐々に友好的なそれに変わって、その変化に対応しきれていなかったのではないか。
 今もこの女は俺からの返答を待つべく、俺の目をじっと見ている。決して言葉を急かしたりはせず、ごく自然体で俺の前に存在していた。
 紫苑の存在がこの女に近い気もするけれど、あれは付き合いが長いから、という別の要素が多くを占める。
 目の前に座る女を見据え、浅くなっていた呼吸を改める。
 今まで斜に構えて人と接してきた感が否めない。こんな膝と膝を突き合わせて話すとか、どれくらい久しぶりなのか……。
 若干うろたえつつ、それでも襟を正して話そうと思った。
 すっと息を吸い込み、
「紅葉祭準備で忙しくなる前に、おまえの体調について知っておきたい」
 そう――紫苑が言うとおり、駆け引きなど何も考えず、ただ真っ直ぐに訊けばいい。そしたら、きっとこいつは真っ直ぐ言葉を返してくる。
 俺がかわいげのない後輩だろうと、しょっちゅう突っかかってくる扱いづらい人間だろうと、立場や状況を加味して相応の答えを返してくるはず。
 じっと御園生翠葉を見ていると、一瞬息を呑んで見せ、
「もしかして、飛竜くんも紫苑ちゃんも、そのことを気にしていたの?」
 まるで拍子抜け、そんな顔をしている。
「……肯定。竜や紫苑が訊くよりも、会計でフォローしあう俺のほうが話してくれやすいだろうと踏んで、俺がその役を引き受けた」
「なるほど……」
 御園生翠葉は少し笑って、
「別に普通に訊いてくれても良かったんだけどな」
 などと言う。それはもう、肩に力など微塵も入っていない様子で。
「でも……やっぱり訊くほうも訊きづらい内容か……。私も、誰にでも話せるわけじゃないしね。……あ、でもね、例外はいるのよ? 事、生徒会で接することが多い人たちには話しておいたほうがいいことでしょう?」
「でもおまえ、一向に話す気なかったじゃねえか……。俺が聞いたのだってずいぶん端的な説明だったけど?」
「え? 何か話したっけ……?」
 忘れてやがるし……。
「去年の七夕イベントのとき、持病があって走れない、ってそれだけ教えてくれただろ?」
「……あぁ、そんな話もしたっけ……。なんか懐かしいね」
 御園生翠葉は懐かしむように目じりを下げて笑う。
「あのころは男子全般が苦手で、飛翔くんはとくに苦手だった。思い出したのだけど、私にちょっかい出してきた男子と飛翔くん、背格好が少し似ていたの。というよりは、首? 喉仏……?」
 は……? 首と喉仏ってどういうチョイス?
「すごく忘れたい出来事だったから、だいぶ記憶から抹消されているのだけど、今でも背格好は忘れられなくて……」
「どんなヤツだったの?」
「んー……性格についてはよく知らない。でも、いつだって傲慢で、常に何人かの男子を従えているような人だった。それから、中学生なのにひとりだけ高校生みたいな体格で、飛翔くんみたいに首の周りに筋肉がついていて、まるで主張するように喉仏が出ていたことだけ覚えてる」
「その条件だと、千里もあてはまると思うんだけど……」
「っ……大当たり! サザナミくんはすっごく苦手で、最初のうちは避けてしまうほどだめだったの」
 やっぱりか……。
 同士がいることに若干の慰めと諦めを感じつつ、ため息をつきたくなる。
 でも、トラウマになる程度には恐怖感を植えつけられていたのだから、仕方ないといえば仕方ない……。
「でも、飛翔くんに男子の何が苦手なのか訊かれて初めて、そのあたりをきちんと理解できたんだよね。本当、その節はお世話になりました。今では色んな人と話せるようになってきて、本当に感謝しているの」
 俺はただ思ったことを言っただけなのに、そんなふうに言われると多少の気恥ずかしさを伴う。
「あのころは飛翔くんがどんな人なのかよくわかっていなかったし、それほど親しかったわけでもないでしょう? でも今は、背中を預けられる仲間――生徒会で私をフォローしてくれる人。信頼関係はそれなりに築けていると思うのだけど、そう感じているのは私だけ?」
 そんなことはない。
「俺もあんたの能力は認めているし、気遣いその他諸々学ぶべきところはたくさんある……と、思う……」
 うっかり素直に答えてしまって、さらにうろたえる羽目になる。
 御園生翠葉はクスリと笑って立ち上がると、自分の席に置いてあったリング式バインダーから一枚のルーズリーフを取り出し、ペンケースを持って俺のもとへと戻ってきた。



Update:2019/03/05



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