光のもとでU+

司・十九歳の誕生日 Side 御園生翠葉 02話

 クラス分け掲示板の前でツカサと別れると、すぐに桃華さんに声をかけられた。
 桃華さんの満面の笑みに、また同じクラスであることを悟る。
「出席番号は連番がよかったのだけど、まーた間に真咲がいるわ。でも、三年連続クラスメイトよ。この一年もよろしくね!」
「こちらこそ」
 ほかにどんな面子がいるのか、と掲示板に目を走らせると、二年で仲良くなったメンバーはたいていの人がAクラスに見つけることができた。
 ほっとしていると、
「翠葉ーーーっっっ!」
 いつでも元気な飛鳥ちゃんが、いつも以上の勢いで抱きついてきた。
「私っ、Bクラスっ! めっちゃがんばってAクラス入りしたかったけど無理だったああああ」
 飛鳥ちゃんがものすごくがんばっているという話は海斗くんから聞いていたし、学業を決して疎かにしない人たちの中でCクラスからBクラスへステップアップしたということは、それだけでもすごいことなのではないだろうか。それに、
「じゃ、今年からは文系選択授業は桃華さんや海斗くんたちと一緒ね?」
「そうなのっ! それだけが救いっ!」
「おめでとう!」
「ありがとう! それからね、香乃と希和も一緒にBクラスに上がったんだよ!」
「そうなのっ!?」
「「そうなのーっっっ!」」
 気づけば近くにいた希和ちゃんと香乃子ちゃんも一緒になって抱きついてくる。その周りには元一年B組の面子が揃っていた。
 こうしていると、まだ一年生のような気がするけれど、実際には高等部最高学年である三年だ。
 泣いても笑っても、あと一年で高校生活が終わってしまう。
 今は次なる居場所を決めるために受験勉強に勤しんでいるわけだけど、またこんなあたたかい関係を築ける仲間に巡りあえるだろうか。
 それは、自分しだい……?
 常に受身だった自分だけれど、この学校へ通い続けることで少しは成長できただろうか。
 おそらく、次の場所でその成果を目の当たりにすることになる。
 この学校の人たちは、人間関係のリハビリに付き合ってくれる人たちだった。でも、次の場所はそうじゃない。もう、甘えられる人はいないのだ。
 私、大丈夫かな……。
 正直に言うなら、不安でしかない。それでも、ずっとここにいることはできないし、私ひとりがここに留まったところで、周りのみんなは先へと駒を進めてしまうだろう。
 次の場所は倉敷芸大……?
 受験する選択肢を失わないためにピアノやハープ、楽典の勉強をしているけれど、そこが本当に次の居場所になるかはまだ明確ではなくて――
「……は、すーいーはっ!」
「えっ――!?」
 気づけば桃華さんが目の前にいて、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「難しい顔して何考えてたの? 反応ないから心配しちゃったじゃない」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいから、何を考えてたのかが知りたいわ」
「あ……」
 私は周りを見渡し、浅く酸素を吸い込んだ。
「こうして元一年B組の人たちと話してるとまだ一年生みたいな気がするけれど、もう三年生なんだな、って……。これから十一ヶ月で卒業なんだな、って思ったらちょっと寂しくなったのと、また次の場所で一からのスタートなんだな、って……」
「なんだ、そんなこと……。別に高校を卒業したって友達だし、今のご時世連絡なんていかようにも取れるんだから、なんの問題もないわ。そうでしょ?」
「そうだね……」
「ほら、クラス行くわよ!」
「はいっ!」

 入学式の朝はホームルームというホームルームはなく、出席確認だけ済ませるとすぐに桜林館へ向かう。
 そして、校長先生の短い挨拶を聞いて終わるわけだけど――
「翠葉、おはよう」
「あ、湊先生おはようございます」
「ふ〜ん、最初からここにいるだなんて成長したじゃない」
 少し前までは、「つらくなったら途中で抜ける」という方法をとっていた。でも、何も具合が悪くなることを前提に動く必要はないな、と思ったのだ。
 最初から列に並ばず、会場内のどこかに座らせてもらえたらなら保健室で休む必要はなく、式すべてを見ることが可能。
「でも、年度初めの始業式はそんなに時間かからないですよね? 今さらながらに、列に並んでいても問題なかったんじゃないかと思い始めてるところでした」
「まあね……。でも、今日に限って校長先生が話したいことがたくさんあって、長話になったとしたら?」
 そんなたとえ話をされても、そうなる確率は限りなく低い気がする。
「不安要素は最初に摘んじゃうのが正解。何かを諦めろって言ってるんじゃないわよ? ただ、何事も先手必勝――予防策は知っておくに越したことはないってこと」
 それはわかる。
「この二年でずいぶん進歩したんじゃない?」
「そうですね……。二年前はこんな対処法、思いつきもしませんでした」
 ただ、朝礼や全体集会が苦手で、貧血を起すとわかっていながら列に並び、時間が経つにつれて具合が悪くなるのをひたすら耐えていた。それしか方法はないと思っていたし、それ以外の方法を教えてくれる人もいなかった。でも今は、「こういう方法もある」と提示してくれる人もいれば、人と違う行動をすることにもさして抵抗を覚えなくなった。
 みんなと一緒に行動するから友達なんじゃない。私がとる行動の意味を理解してくれるのが友達で、行動を共にすることだけがつながりではないと学んだ。
「先生……」
「ん?」
「私、この学校に来てよかった」
「何よ。まだあと一年あるでしょ?」
「そうなんだけど……でも――今、誰かに話したい気分だったんです。この学校にきて、ものすごく生きやすくなった気がします」
「そう、よかったわね」
 そう言うと先生は、観覧席に座る私の頭をポン、と軽く叩いて階段を下りていった。
 
 始業式が終わると、芝生広場では三年A組から順にクラス写真の撮影が始まるため、私たちは昇降口を出ると、長蛇の列をなし芝生広場へ向かった。その途中、スマホがメールの着信を知らせる。
 誰……?
「あ……秋斗さん」
「秋兄なんだって?」
 海斗くんに訊かれ、「まだ読んでない」と答える。
 メールには添付ファイルがついていた。
 拡張子からすると画像のようだけれど……。
 メールを開くと、短い文章と一緒に和服姿の秋斗さんが表示された。


件名:お誘い
本文:弓道部の「矢渡し」って儀式の
   射手を務めることになったんだけど、
   俺の勇姿を見に来ない?
   十一時から十五分くらいで終わるからさ。


 一緒になってスマホのディスプレイを覗き込んでいた海斗くんはくつくつと笑いだす。
「秋兄も本当、諦め悪いよな。余裕ぶってるけど、必死さが滲み出てるっつーの!」
「海斗くん、『矢渡し』って何?」
「俺も詳しいことは知らないけど、確か何か始まるときに射手の安全とか無事を祈って弓の神様に挨拶する儀式のこと。ここ三年間くらいずっと秋兄に射手の依頼がきてるみたいで、部外者も見学に行くちょっとしたイベントだよ」
「ふーん……」
「興味ない?」
「ううん、すっごく興味ある。私、秋斗さんが弓道してるところは見たことがないの。だから見てみたいなぁ、って……。でも、ホームルームが終わったら生徒会の作業があるし……」
「そんな時間かかるもんじゃないし、紫苑と桃華の了解がとれたら行ってくればいい」
「何? なんの話?」
 香月さんと話していた桃華さんが話しに混ざり、
「あのね、秋斗さんからメールが届いて、矢渡しの射手を務めるから見に来てって……。十一時から十五分くらいみたいなのだけど、行ってきてもいい?」
「そうねぇ……十五分ないし、二十分の遅刻か。それなら、図書室の戸締りと、桜林館の鍵を職員室に返す役目を買って出てくれるなら許しましょう?」
「もちろん引き受ける! ありがとう、桃華さん!」
 そんな話をしつつ、海斗くんに向き直る。
「弓道ってずっとやっていなくても的に中てられるものなの?」
「そりゃ無理じゃね?」
「え? でも秋斗さんが弓道を続けてるなんて話、聞いたことないけれど……」
「あの人、努力とかそういうのあんま人に見せたがる人間じゃないからね」
「それは、ずっと続けていたということ……?」
「そっ! それこそ、ここに仕事場を構えていたのは弓道場を好き勝手使うためだし」
「え?」
「弓道部員が引き上げたあと、夜間にひとり道場貸切状態で練習してたわけですよ」
「知らなかった……」
「そうでしょうとも。朝は司が道場貸切状態。ったく従兄弟揃って似たり寄ったりのことしやがって、って話ですよ」
「本当に……」
 思わず笑ってしまうほど、似た者同士だ。
「あとは、たまに琴平弓道場に通って範士に指導を仰いでるよ」
「琴平弓道場……?」
「うん。藤倉市内にある一番大きくて一番古い弓道場。秋兄と司は六歳のころからそこの範士を招いて本家の弓道場で弓を引いてた」
 元おじい様のおうちには弓道場もあるのか、という新しい情報とともに、疑問がいくつか浮上する。
「琴平弓道場があるのに、本家の弓道場に先生をお招きしてお稽古してもらっていたの?」
「そっ。弓道場で小学生OKってところは意外と少ないみたいなんだよね。それに加え、会長直系の孫を外にあまり出したがらなかったじーさんの意向もある」
 なるほど……。ではどうして、本家に道場があるのに高校の弓道場を使っているのか。たずねてみると、
「あのふたりがじーさんの目の届く場所でどうこうしようって人間に見える?」
「あ……」
「そういうことです」
「ハイ……」
 ふたりとも本当にそっくり……。
 先日聞いた洋服の話も、今知った弓道の話も何もかも。まるで双子なんじゃないか、と錯覚するほどに。
 違うところがあるとすれば、秋斗さんがこれらのことを受けれているのに対し、ツカサが反発していることくらいだろうか。でもたぶん――秋斗さんのことを誰よりも認めていて、だれよりもわかっている。それがツカサ――
 そんな関係性が少し羨ましく思え、微笑ましくも思える。
 私は気づけば口角が上がるほどに笑顔になっていた。



Update:2019/01/02



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