どうして手をつながれているのか、と不思議に思っていると、リビングのソファに厚みの五センチほどの四角い大きな箱が立てかけてあった。
リボンがかかっているところを見るとプレゼントなのかな、とは思うけれど、今日は色々いただいたし、それが自分へ向けられたプレゼントであるかは謎だ。
「これ、なあに?」
ツカサにたずねると、
「本命のプレゼント」
「本命のプレゼントって……?」
てっきりアクセサリーが本命のプレゼントだと思っていたのだけど、違ったらしい。
でも、こんなに大きなプレゼントとはなんだろう。
想像ができなくて首を傾げていると、
「自分でオーダーしておきながら忘れているとはいい度胸」
自分でオーダー……? …………あっっっ――
「もしかして、桜の絵っ!?」
「もしかしなくても絵しかないだろ」
ツカサは呆れた様子で壁に寄りかかっている。その少し気だるそうな様が格好良すぎて頬が熱を持ちそうだ。
「開けてみれば?」
ツカサに促され、私はちょっとした大きさのある箱をフローリングに置き、斜めにかけられているリボンを引っ張る。
滑りのいいサテンリボンはシュルと音を立て、すぐに解けた。
次はサーモンピンクの包装紙を破れないように剥がしていく。と、
「なんで震えてるの?」
ツカサの問いかけに驚き顔を上げる。
そして、指摘された指先に視線を落とすと、本当に手が震えていた。
「なんか緊張して……?」
「なんで……。俺が緊張するっていうならともかく、翠が緊張する必要はないだろ?」
そう言われてみればそうなのだけど……。
「どうしてだろう? すっごく楽しみなのに、なんだかものすごく緊張するの」
たとえるとしたらなんだろう……。
あぁ、ツカサがお弁当を作ってくれて、その蓋を開ける直前の気持ちとかそんな感じ。
本当に楽しみなのだ。楽しみなのに、緊張が付随する。
私は蓋に手を添えると大きく深呼吸をしてから、
「開けるよ?」
「どうぞ」
そっと蓋を開けて、隙間から絵を覗き見る。
目に飛び込んできたのは緑色だった。
え? 緑……?
びっくりした私は一度蓋を閉じ居住まいを正す。
桜と言えば、白とか薄紅色を想像するけれど、今見たものは緑だったと思う。
一瞬何を見たのかわからず戸惑っていると、
「何?」
その言葉に、
「桜じゃない?」
言葉少なにたずねると、
「木は桜だけど?」
「でも、ピンクとか白じゃなかった」
ツカサはくつくつと笑いながら、
「色は違うな」
色は違うってどういう意味……?
緑の桜……? ――あ、違う。新緑ということ……?
どうしても確認したくなって、私はもう一度蓋をずらし、今度はきちんと蓋を開けた。
そこにあったのは緑が眩しい新緑の絵。
白木の額縁の内側には爽やかな緑が描かれ、ところどころに黄色の葉も見える桜の木が描かれていた。その中央にハープを弾く私と、私を眺めるツカサの姿が描かれている。
「新緑……と黄色い葉?」
「そう。緑と黄色」
ふたつの色には馴染みがある。
ツカサがプレゼントしてくれた栞やブレスレットに使われている石も緑と黄色。
そんなつながりが嬉しくて、思わず笑みが零れる。
「きれい……。でも、絶対に桜の花が描かれていると思ってた」
だって、あれだけ見事に桜が咲いていた中で下書きをしていたのだ。誰だってそう思うはず。
「残念?」
「ううんっ。桜のお花も好きだけど、新緑はもっと好きっ!」
笑顔で答えると、思わぬ言葉をかけられた。
「理由、知りたい……?」
理由……?
「理由があるの……?」
「ある」
理由、あるんだ……。
思い当たることといえば、私が新緑を好きだから、だけれど、ツカサのこの感じはそんな簡単な理由ではなさそうだ。
これは教えてもらえるの? もらえないの……?
私は我慢できずに声をあげる。
「知りたいっ!」
ツカサは表情を少し和らげた。
「フランスには葉の色にも花言葉があるんだ」
「葉っぱの色に花言葉……?」
ツカサはゆっくりと一度頷く。
葉っぱの色ごとに花言葉があることも初耳ならば、ツカサから花言葉という言葉が出てくることにも違和感を覚える。
でも、いったいどんな花言葉なのだろう。
「緑の葉は『私の愛は生きています』。黄色の葉は『一緒になりましょう』」
ツカサの表情は真剣そのものだった。
その表情や言葉の意味に息を呑む。そして、言われた言葉を反芻させるごとに目が潤みだし、頬に涙が伝った。
心が、「嬉しい」という感覚にじわじわと侵食されていく。
「もう婚約まで済んでるけど、プロポーズのやり直しのつもり……」
その言葉に涙が止まらなくなる。
二回目のプロポーズのときに「それ、プロポーズなの?」と言ったことを気に留めてくれていたからこその三度目のプロポーズなのだろう。
そう思うと、感動もひとしおだ。
「嬉しい……すごく、嬉しい……」
涙が止まらなくて困っていると、ツカサが近くまでやってきてそっと抱き寄せキスをしてくれた。
まるで、「泣く必要はないだろう?」とどこか困ったような表情に見えなくもない。
でも、泣いちゃうくらい嬉しいんだよ。嬉しくて嬉しくて仕方がないんだよ。
けど、こういうのは言葉にしないと伝わらないのだ。
だから私は言葉を繰り出す。
「すっごく嬉しいプロポーズ。一度目のプロポーズも二度目のプロポーズも忘れることはないけれど、三度目のプロポーズはとっても嬉しいプロポーズだった」
言いながらも涙が零れて止まらない。すると、
「翠……」
「ん……?」
「このまま寝室に連れ込んだら怒る?」
「えっ……? ――あっ、でもシャワーっ。車移動だったとはいえ、夏だから多少は汗かいてると思うしっ」
「どうしてもだめ……?」
ツカサは私を抱きしめながら、私の首元に顔を埋める。
その様に懇願されている気になってしまう。
「そんな訊き方、ずるい……」
「それ、いいってこと……?」
「でも、汗臭いとか言わないでよ……?」
「言わない。翠からはコロンのいい香りしかしないし……。それに、どうせ汗かくようなことするし、シャワーは事後でもよくない?」
それを許してしまったら、次からもシャワーを浴びさせてもらえない気がしてならない。
考えに考えた結果、
「今日、だけだからね……?」
念を押すと、ツカサはクスリと笑い「わかった」と請合ってくれた。
寝室へ移動すると、ツカサは器用に洋服を脱がせては、いつも以上に優しく丁寧に抱いてくれた。
珍しいくらい何度も、「愛してる」と伝えられ、これ以上ない幸せを感じながら全身くまなく愛されたあと、ツカサの腕の中で呼吸を整えていると、優しく優しく背をさすられながら、体調がつらくないかしきりに声をかけられる。
「だいじょぶ……」
「気持ちよかった?」
「〜〜〜もうっ、訊かなくてもわかってるくせにっ」
ツカサの胸をポカポカとぶつと、ツカサはおかしそうにくつくつと笑っていた。
「……ツカサは?」
なんか今日は私ばかり気持ちよくさせてもらっていた気がしてならなくて、不安に思ってたずねると、
「それだって確認する必要ないだろ?」
「でも……」
「そんな不安がらなくていい。十分気持ちよかったから」
「よかった……」
言いながらツカサの胸に額を預ける。
そうして呼吸が落ち着いてから、
「あの絵、どこに飾ろう? 自室のどこに飾ったらバランスいいと思う?」
ツカサは少し考えて、
「バランスを考えるならデスクの前か、ベッド脇の壁なんじゃない? サイドでも、ベッドヘッドの上でもありだと思うけど」
ベッドサイドかベッドヘッドの上か……。それなら――
「寝ながら眺めたいから、ベッドサイドの壁にしようかな」
部屋に入ったらすぐに目の着く場所であり、ベッドに横になっても見える位置なら申し分ないだろう。
早速部屋に飾ったところを想像すると、口元が締まりなく緩んでしまう。すると、
「そんなに嬉しかった?」
不思議そうにたずねる声が降ってくる。
「それはもうっ! 自分が描かれてるのは少し恥ずかしいけれど、私を見ているツカサの表情がとっても優しくて……。それから、三度目のプロポーズもとってもとっても嬉しかったの」
「ちゃんと心に響いたようで何より」
ツカサはそんなふうに茶化して言うけれど、今後ずっとプロポーズが形あるものとして手元に残るのだ。それが嬉しくないわけがない。
絵を見るたびに、緑の葉と黄色い葉の花言葉を思い出すだろう。それはどれほど幸せな時間になるだろうか。
「まさか、三度目のプロポーズを考えてくれてるとは思いもしなかったから、本当に嬉しかったのよ?」
「二度目のプロポーズであれだけ不服たっぷりの顔されたら考えもするだろ?」
「ごめんなさい……」
「いや、問題は俺側にあるから翠が謝る必要はないけど……」
「ずっとずっと大切にするね? 私の一番の宝物。結婚して一緒に暮らすようになってからも、お部屋に飾っていい?」
「それはもちろん……」
ツカサのおうちに飾るとしたらどこかな?
でも、日常的に目に入る場所に飾って欲しいから、リビングの寝室側の壁がいいな。
そんなことを考えつつ、今日はたくさんプレゼントをいただいてしまったことを振り返る。
ネックレスにイヤリング、マリッジリングに新緑の絵。
何かお礼をしたいけれど、今できることといったらそんなにたくさんあるわけではない。
それでも、嬉しかった気持ちやありがとうの気持ちを伝えるならキスをするのが一番な気がする。
ほかにはぎゅっとすることくらいしか思いつかないわけだけど、「ぎゅっ」よりはキス、かな……。
「どうかした?」
ツカサにたずねられ、目が合ったことが少し恥ずかしくなって一度視線を逸らしてしまった。
でも、視線を逸らしたまま希望を言うのはなんか違う。
思い切って視線を戻し、
「キス、してもいい?」
「訊かれなくても大歓迎なんだけど……」
でも、一度じゃないの……。
「たくさんしてもいい?」
ツカサは少し面食らっているふう。
返答がないことに焦りを覚え、
「だめ……?」
「だめなわけないだろ?」
直後、ツカサにキスをされそうになって、私は両手でそれを防ぐ。
「私がキスしたいのっ!」
ツカサはそれを受け入れてくれるようで、静かに目を閉じた。
いつ見てもきれいな顔だな、と思いながら、私は形のいい唇に自分のそれを重ねる。
そうして何度か唇を合わせ、いつもツカサがしてくれるようなキスを自分からしてみた。
ツカサの口腔内に舌を這わせ、歯列をなぞり、舌を絡ませる。
上手にできてるかな……。
少しの不安を感じていると、それに応じるようにツカサが舌を絡めてくれた。
そうなってしまうと、主導権がどちらにあるのか微妙になってくる。
でも、キスをしたいだけすると満足感を覚え、私はそっとツカサから離れた。
けれども、すぐにツカサの体温が恋しくなってぴたりとくっつく。すると、
「突然どうしたの?」
少し驚きを含む声音がかけられた。
「今日いただいたもののお礼をしたかったの。絵も、アクセサリーもマリッジリングも、全部全部嬉しくて」
「それ、お礼する必要なくない? 絵やアクセサリーは誕生日プレゼントだったし、マリッジリングはいずれ必要になるものだし」
「それでも、お礼したかったの」
ほかにも、今うんと甘やかされたお礼とかあれこれもある。でも、口にするのは恥ずかしくて無理だった。
「願わくば、たくさんキスしてくれた翠にお返しのキスをしたいんだけど?」
お礼のお礼……?
なんか変な感じだ。でも、ツカサにキスされるのは嬉しい。
私は進んで顔を上げ目を瞑る。と、優しく優しく唇を啄ばまれ、ちゅうっ、と強く唇に吸いつかれる。
そんなキスを何度もして唇が離れると、再度唇にキスをされる。
最後のキスは完全に不意打ちで、目を開けていたからツカサの表情まで見れてしまったわけで、何がどうしてそんなに嬉しそうな表情なのかと思えば、
「今、翠の唇すごく血色がいい。なんかおいしそう」
そう言うと、食べられるようなキスをされた。
私はすぐに身を引き、
「今から帰るまでキス禁止……」
少しジンジンする唇を両手で隠して牽制をすると、
「なんで?」
「だって……いつもそんなに血色よくないのにすごく血色よかったら家族に色々勘繰られそうで恥ずかしいもの……」
もうこういう関係になっていることはばれているだろう。それでも、色々勘繰られるのは恥ずかしいのだ。
それを察してくれたのか、ツカサは小さな声で「了解」と了承してくれた。
「もう唇にキスはしないから」
ツカサに再度引き寄せられ、額やこめかみ、頬や首筋に何度となくキスをされて少しすると、
「翠、そろそろシャワーを浴びてきたほうがいい」
そう言うと、背中に回されていた手が緩められた。
「今何時……?」
ツカサは枕元のスマホを手繰り寄せ、
「八時を回ったところ」
頷いて、私はベッドを出た。
END
Update:2019/09/29


ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。
↓コメント書けます*↓