光のもとでU+

翠葉・十九歳の誕生日 Side 藤宮司 03話

 ホテルからマンションへ帰ってくると、翠の手を引きリビングへと促す。
 ソファの背面には絵を梱包した箱が立てかけてある。それを見た翠がおもむろに首を傾げた。
「これ、なあに?」
「本命のプレゼント」
 翠は俺を振り返り、
「本命のプレゼントって……?」
 その大きさからしてものが何であるのかはわかりそうなものだけど、翠の顔には「さっぱりわからない」と書いてあった。
「自分でオーダーしておきながら忘れているとはいい度胸」
 そんな言い方をすると、翠は数秒後にはっとした顔で、
「もしかして、桜の絵っ!?」
「もしかしなくても絵しかないだろ」
 中身は「桜の絵」とは言いがたいわけだけど……。
「開けてみれば?」
 翠は慎重に箱をフローリングへ置き、斜めにかけられたリボンを解き始めた。
 続いて包装紙に手をかけたわけだけど、紙を剥がす指が、わずかに震えている。
「なんで震えてるの?」
「え? あ……本当だ」
 どうやら、本人は震えていることに気づいていなかったらしい。
「なんか緊張して……?」
「なんで……。俺が緊張するっていうならともかく、翠が緊張する必要はないだろ?」
「どうしてだろう? すっごく楽しみなのに、なんだかものすごく緊張するの」
 翠は震えた指先をぎゅっと握り締めては、包装紙を再度剥がし始めた。
 いざ蓋を開ける段階になって、翠は深呼吸をする。
「開けるよ?」
「どうぞ」
 そっと蓋を手に取った翠は、隙間から中を覗き見るような動作で絵を見ていた。
 しかし、少し見てすぐに蓋を元に戻す。
「何?」
「桜じゃない?」
「木は桜だけど?」
「でも、ピンクとか白じゃなかった」
「色は違うな」
 翠は「どうして?」というような顔だ。それでも絵を見ることを我慢できない様子で、そろりそろりと蓋を外した。
「新緑……と黄色い葉?」
「そう。緑と黄色」
 ふたつの色には意味がある。それをどのタイミングで話すか図りかねていると、
「きれい……。でも、絶対に桜の花が描かれていると思ってた」
「残念?」
「ううんっ。桜のお花も好きだけど、新緑はもっと好きっ!」
 心底嬉しそうに答える翠に、
「理由、知りたい……?」
「理由があるの……?」
「ある」
 翠はこれ以上ないほどに食いつき、「知りたいっ!」と目を輝かせた。
「フランスには葉の色にも花言葉があるんだ」
「葉っぱの色に花言葉……?」
 俺は頷くことで肯定する。
「緑の葉は『私の愛は生きています』。黄色の葉は『一緒になりましょう』」
 翠は目を見開き言葉を失う。
 そして、数秒経つごとに目が潤みだして、ついには涙が頬を伝った。
「もう婚約まで済んでるけど、プロポーズのやり直しのつもり……」
 翠はボロボロと涙を零し、
「嬉しい……すごく、嬉しい……」
 どうやら三度目のプロポーズは、翠の中で心に響くものとして受け止められたらしい。
 ただ、こんなに泣く翠をどうしたらいいのか困り果てる。
 困った末に、翠を抱き寄せ口付けると、それに応じるようにキスをしてくれた。
 不意に唇が離され、
「すっごく嬉しいプロポーズ。一度目のプロポーズも二度目のプロポーズも忘れることはないけれど、三度目のプロポーズはとっても嬉しいプロポーズだった」
 そう言ってはまだ涙の溜まる目で泣き笑いをして見せる。その様がひどく美しく、愛おしく思えた。
 やばい……このまま抱きたい――
「翠……」
「ん……?」
「このまま寝室に連れ込んだら怒る?」
「えっ……? ――あっ、でもシャワーっ。車移動だったとはいえ、夏だから多少は汗かいてると思うしっ」
「どうしてもだめ……?」
 翠をぎゅっと抱きしめ首元に顔を埋めてたずねると、
「そんな訊き方、ずるい……」
「それ、いいってこと……?」
「でも、汗くさいとか言わないでよ……?」
「言わない。翠からはコロンのいい香りしかしないし……。それに、どうせ汗かくようなことするし、シャワーは事後でもよくない?」
「…………今日、だけだからね……?」
「わかった」
 俺は我慢できずに翠を抱え上げ、寝室へと翠を連行した。


 情事の後、呼吸の乱れた翠を抱き寄せ背中をさすっていると、翠が胸元から俺を見上げて口を開いた。
「あの絵、どこに飾ろう? 自室のどこに飾ったらバランスいいと思う?」
 それはそれは嬉しそうにたずねてくるから、かわいくてたまらない。
「バランスを考えるならデスクの前か、ベッド脇の壁なんじゃない? サイドでも、ベッドヘッドの上でもありだと思うけど」
「やっぱりそうだよね?」
 翠は少し考えてから、
「寝ながら眺めたいから、ベッドサイドの壁にしようかな」
 そう言っては嬉しそうにはにかんで見せた。
「そんなに嬉しかった?」
「それはもうっ! 自分が描かれてるのは少し恥ずかしいけれど、私を見ているツカサの表情がとっても優しくて……それから、三度目のプロポーズもとってもとっても嬉しかったの」
「ちゃんと心に響いたようで何より」
 そんな言葉に翠はクスクスと笑みを漏らす。
「まさか、三度目のプロポーズを考えてくれてるとは思いもしなかったから、本当に嬉しかったのよ?」
「二度目のプロポーズであれだけ不服たっぷりの顔されたら考えもするだろ?」
「ごめんなさい……」
「いや、問題は俺側にあるから翠が謝る必要はないけど……」
「ずっとずっと大切にするね? 私の一番の宝物。結婚して一緒に暮らすようになってからも、お部屋に飾っていい?」
「それはもちろん……」
 この家で飾るとしたら、リビングの寝室側の壁面だろうな。
 今は別の絵がかかっているからそれを外すことになるだろう。
 そんなことを考えていると、翠の視線に気づき声をかける。
「どうかした?」
 翠は少し恥ずかしそうに視線を逸らしてから視線を戻し、
「キス、してもいい?」
「訊かれなくても大歓迎なんだけど……」
「たくさんしてもいい?」
 そんなふうに言われるのは初めてのことで、少し面食らっていると、
「だめ……?」
「だめなわけないだろ?」
 思わず自分からキスしようとすると、
「私がキスしたいのっ!」
 と翠に遮られ、宣言されたとおり、たくさんのキスをされた。
 たくさんキスして満足したのか、翠ははにかんだ表情で俺の胸に顔を埋める。
「突然どうしたの?」
「今日いただいたもののお礼をしたかったの。絵も、アクセサリーもマリッジリングも、全部全部嬉しくて」
「それ、お礼する必要なくない? 絵やアクセサリーは誕生日プレゼントだし、マリッジリングはいずれ必要になるものだし」
「それでも、お礼したかったの」
 それが「たくさんのキス」というところが翠らしくてなんだか微笑ましい。
「願わくば、たくさんキスしてくれた翠にお返しのキスをしたいんだけど?」
 そんなふうにたずねると、翠は嬉しそうに顔を上に向け目を瞑ってくれた。
 気の赴くままにキスを続けると、気づいたときには翠の唇が血色よく色づいていた。
 まるで口紅でも塗ったかのような唇にそそられ、再度唇を寄せる。
 不思議に思ったのか、翠がきょとんとした顔をしていた。
「今、翠の唇すごく血色がいい。なんかおいしそう」
 そう言ってもう一度キスをすると、
「今から帰るまでキス禁止……」
 翠は両手で唇を隠す仕草を見せる。
「なんで?」
「だって……いつもそんなに血色よくないのにすごく血色よかったら家族に色々勘繰られそうで恥ずかしいもの……」
 その恥ずかしそうにする様がまたかわいくて、俺は小さな声で「了解」と答えた。
 でも、唇以外なら問題はないはずで、俺は我慢できずにこめかみや頬、額、首筋へとキスをしまくった。
 これ以上くっついていたら二回目を求めてしまいそうで、けれど、時間的にそんな余裕はなく、
「翠、そろそろシャワーを浴びてきたほうがいい」
 そう言って、翠を手放す。
 翠が寝室を出て行って思う。
「早く翠の受験終わらないかな……。っていうか、とっとと六年後にならないかな」
 結婚すれば毎日のように翠を腕に抱いて眠れる。
 一年後には同棲に持ち込むつもりだけど、学業をおろそかにしないことを鑑みれば、部屋は別々になる。
 毎日のように一緒に眠ることはできないだろう。
 早く……早く六年後になればいい――
 俺は幸せな未来を夢見て目を瞑った。



END

Update:2019/09/30



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