光のもとでU+

夏の思い出 Side 御園生翠葉 13話

 お風呂から上がって洋服に着替え、髪の毛をまとめるアイテムをバッグから取り出すと、ツカサにそれらを取り上げられた挙句、
「こっちに来て座って」
「えっ? あ、うん……うん?」
 不思議に思いながら促されるままスツールに座ると、アップにしたままの髪の毛を解かれ、ツカサは丁寧にブラッシングを始めた。
「今日も髪は結ぶんだろ?」
「うん、そのつもりだけど……」
 これはどういう状況だろう?
 背後に立つツカサを振り仰ぐ。と、
「ちゃんと前向いてて」
「はいっ」
 ツカサはテーブルに置いた柘植櫛を手に取ると、先ほどと同じように高い位置でポニーテルを作ってくれた。そして、テール部分をツイストさせてはきれいなお団子を作ってくれる。
 美容師になろうとしているわけでもないのに、アメリカピンやUピンを完璧に使いこなす男子ってどうなんだろう……。
 もっと言うなら、普段から自分の髪の毛を扱っている私より、上手に結える彼氏とはどうなのか……。
 色々と納得がいかないながらもきれいに結ってもらえたことが嬉しくて、私は以前小宮さんにいただいたシュシュでお団子を飾った。
 
 スタイリング剤などを片付け終わり、
「お茶かコーヒー淹れる?」
「いや、そろそろ稲荷さんが朝食を持ってくる。オレンジのフレッシュジュースも持ってきてくれるって言ってた」
「じゃ、お茶とコーヒーは食後だね」
 そんな話をしているところへインターホンが鳴り、ふたりで出迎えると、
「おはようございます。朝食をお持ちしました」
 大きな保冷バッグを肩にかけた稲荷さんが立っていた。
 昨日お会いしたときにも感じたことだけど、稲荷さんは「森のくまさん」感がすごい。
 体格の良さに加え、もし保育士さんになったら小さい子にこぞって好かれそうなほど人相が良いのだ。
 稲荷さんが笑うと、つられて表情が緩む効果が間違いなくある。
 そんな稲荷さんは星見荘へ上がると真っ直ぐキッチンへ向かい、持ってきたものを手早く食器に盛り付け、テーブルセッティングを始めた。
「この時間ですとブランチですね。昼食は川原でバーベキューの予定ですが、司様と翠葉お嬢様はいかがなさいますか?」
 川原でバーベキューは楽しそうだけど――
「翠、今このボリュームを食べたとして、数時間後にバーベキュー行けそう?」
 問題はそこだ……。
 私は目の前に並べられたたくさんのご飯を前に、少しの自信をなくしていた。
 分量を調節してくれているこれらを完食することは可能だと思う。けれども、食休みは必須だし、数時間後にバーベキューという内容の昼食は食べられそうにない。
 バーベキューなら好きなものを、食べられるものだけを摘めばいいという状況だけど、一時間半後という時間差では朝食の消化真っ最中で、何を食べられる気もしないのだ。
「翠、正直に」
「……自信がありません」
「でしたら、この朝食を少し控えられてはいかがでしょう」
「それはいやです……」
 せっかく作っていただいて、さらには用意までしてもらったのだ。
 食べられるのならばきちんと完食したい。
 用意された朝食と睨めっこをしていると、
「それでしたら、二時か三時ごろに軽食をお持ちいたしましょうか?」
 稲荷さんにたずねられ、ツカサが私の方へと向き直る。
「さっきパントリーを見たら素麺や麺つゆがあったけど、どうする?」
「あ、それなら自分たちでお腹が空いたときに適当に作って食べちゃおうか?」
「ごま油はあったけど、すだち酢はなかったな……。稲荷さん、管理棟のストックにすだち酢と一味唐辛子はありますか?」
「ございます。それではあとでお持ちいたしましょう」
「お願いします。それから下の人間、今何してます?」
「男性陣は皆サバイバルゲームをなさっていらっしゃいます」
 サバイバルゲーム……?
 ツカサは呆れたような表情で、
「発起人は秋兄か……」
「さようでございます。秋斗様の号令で、警護班の方々も参加なさってペイント弾を打ち合っていらっしゃいますよ」
「それ、蔵元さんも参加してるんですか?」
 稲荷さんは肩を竦め、
「蔵元様は少々気乗りしないご様子でいらっしゃいましたが、やると決まった途端、秋斗様と敵対するチームのボスを買って出ていらっしゃいました」
「チーム編成は?」
「蔵元様が秋斗様と敵対すると決まりましたら、唯芹様と蒼樹様がご賛同なさいまして、秋斗様チームは、秋斗様以外皆警護班です。ほか二名の警護班が蔵元様のチームに加わり、五対五の対戦をなさっていらっしゃいます」
 チーム編成のあれこれに思わず噴き出したのは私。ツカサは、
「普段の鬱憤が晴らされる結果を祈るしかないな。雅さんと簾条は?」
「お嬢様方は納涼床で、お茶菓子を片手にご歓談なさっていらっしゃいます」
「じゃ、俺たちが下へ行く必要はなさそうだな」
「えぇ。皆様、それはそれは楽しそうにお過ごしですよ」
 テーブルセッティングが終わると、
「今日の夕飯は秋斗様のリクエストでカレーにする予定なのですが、司様と翠葉お嬢様はいかがなさいますか? 陽だまり荘でお召し上がりになりますか? それとも――」
 ツカサは稲荷さんの質問が終わる前に私の方を向いた。
「な、に?」
「カレー、作る気ある?」
「え……?」
 作る……?
「八人分のカレー、作る気ある?」
「いきなりどうしたの……?」
「昼のバーベキューに顔を出さないとなると、文句を言い出しそうな人間が数名いるだろ? それを黙らせる対策」
「なるほど……。うん、いいよ。ふたりで作るのでしょう?」
「手伝いはするけど、味付けは翠のでお願い」
「どうして?」
「一番うるさそうな秋兄と唯さんが一気に黙りそうだから」
 ツカサらしい理由に笑みが漏れた。
「稲荷さん、夕飯は私たちが用意してもいいですか?」
「もちろんです! 星見荘のお鍋は小さいので、すだち酢と一味唐辛子をお届けする際に、お鍋とカレーの材料もお持ちしましょう。カレーと言えば、じゃがいも、にんじん、玉ねぎにお肉、カレーのルーが一般的な材料ですが、ほかにご入用なものはございますでしょうか」
「じゃがいもの代わりに大根を使いたいのですが、大根、ありますか?」
「すぐにご用意いたします」
「それから和風だしの素とにんにくとバター」
「バターなら冷蔵庫に入ってた」
 ツカサの言葉に頷くと、
「お肉は何をお使いになられますか?」
 お肉、か……。
「ツカサは鶏のもも肉と豚の挽き肉ならどっちが好き?」
「どっちも好きだけど、挽き肉カレーは食べたことがないからそっちがいい」
「了解! じゃ、稲荷さん、お肉は豚の挽き肉をお願いします」
「かしこまりました。カレーのルーは四銘柄ほどございますが……」
 稲荷さんに提示された銘柄の中に普段使っているものがあり、それを用意してもらうことになった。
「では、一度管理棟へ戻って材料を揃えましたら、おふたりがブランチを食べ終わるころにまいります。あっ……あのぉ、サラダとデザートだけは私どもにお任せいただけないでしょうか……」
 おずおずと申し出る稲荷さんが少しおかしくて、ツカサとふたり顔を見合わせる。
 私たちはアイコンタクトを済ませると口を揃えて、
「「お願いします」」
「それから、ご飯もこちらで炊いたものを夕方にお持ちしますね。それでは、ごゆっくりお召し上がりください」
 そう言うと、稲荷さんは星見荘をあとにした。

 一時間ちょっとかけて朝食を食べたあと、お皿を洗ってくれるツカサの代わりに、私はコーヒーとハーブティーを淹れる役を買って出る。
 それぞれ作業を終えて一息つき、なんとなしにキッチンテーブルの方へ視線を向けると、あることに気づく。
「ここで食べるのは大賛成なのだけど、スツールは三つしかないね? キッチンテーブルとリビングテーブルに分かれて食べる?」
「それなら、あとでスツールを持ってきてもらえばいいだろ? ここのテーブルなら大人八人で囲んでも余裕がある」
「確かに……」
 キッチンテーブルは幅が三メートルあり、奥行きは一・五メートルもあるのだ。八人で囲ってもなんの問題もないだろう。
 そんな話をしているところへインターホンが鳴り、稲荷さんの到着を知らせる。
 ツカサとふたり玄関へ向かいドアを開けると、森のくまさんが材料が入っているであろう大きなバッグと五つのスツールを持って立っていた。
「スツールっ!」
 思わず声をあげた私に、稲荷さんはにっこりと笑う。
「ここのキッチンテーブルであれば、大人八人で囲んでも問題はないでしょう」
 きめ細やかなサービスに感激していると、稲荷さんは大きなバッグをキッチンテーブルへと下ろした。そして、中身をひとつひとつ取り出しては、必要なものを冷蔵庫へ入れていく。
「また何かございましたら、管理棟までご連絡ください」
 そう言うと、長居することなく早々に引き上げていった。



Update:2019/10/13(改稿:2020/05/01)



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