光のもとで

第09章 化学反応 12〜17 Side Akito 01話

 午後からの会議に出席するため家を出ると、エレベーター待ちしている栞ちゃんと湊ちゃんがいた。
 同じ階に住んでいるというのに、遭遇率が低い俺たちは、それだけでも少し驚く。
「秋斗……」
「湊ちゃんと栞ちゃん、ふたり慌ててどうしたの?」
 なんとなく、血相変えて、のほうがしっくりきた。
「翠葉ちゃんが……」
 口を開けた栞ちゃんが言いかけてやめる。
「……どうかしたの?」
 まさか容体悪化とか――!?
「違うわよ……」
 俺の考えを察したらしい湊ちゃんが否定した。
「危篤とかそういうんじゃない。ただ、面会するってだけ」
「え……?」
 それはそれで十分衝撃的なニュースだけど……。
「でも、まだ秋斗は呼ばれていないはずよ」
 確かに呼ばれていなければ声をかけられてもいない。その事実に気分が落ち込み、思わずエレベーターホールにしゃがみこむ。
「秋斗、スーツにしわが寄るわよ。あんたがスーツ着てるってことは、これから本社で会議なんでしょ?」
 もうスーツなんてどうでもいいし、会議なんてもっとどうでもいい。
「なんで……なんで、俺は呼んでもらえないかな」
「秋斗には今日か明日中には連絡があると思うって昇から聞いてる。ただし、『思う』だから確実ではない」
 その言葉に顔を上げると、栞ちゃんが申し訳なさそうな顔で俺を見ていた。
「こればかりは仕方ない。待ってみるよ」
 一緒にエレベーターに乗り平静を装ってみるものの、とても取り繕えている気はしない。
 あらかじめコンシェルジュに車を出してもらっていた湊ちゃんたちとは、渡り廊下のある二階で別れた。

 ひとり屋内駐車場へつながる廊下を進み思う。屋内とはいえ、この時期は暑い、と。
 車に乗り込み窓全開でエアコンをかけた。少しでも早く快適空間へとなるように。
「翠葉ちゃん……今、君の心には誰がいる?」
 携帯に向かって虚しい一言。
「……司、だったりするのかな」
 司といえば、会える状況になったら連絡くれるって言ってたけど、やっぱりあれはなかったことになっているのだろうか。
 湊ちゃんたちがOKということは、きっと蒼樹たちもOKなのだろう。
 ディスプレイに蒼樹と若槻の電話番号を交互に表示させるも、どちらにも電話をかけられずにいた。
 本人が会うと決めた人間しか面会しないことになっている今、電話をかけて状況を知ったところで、俺が会いにいける人間になれるわけじゃない。
 だいぶ涼しくなった車中にすら文句を言いたくなる始末だ。
 こうしていても仕方ない。
「仕事に行きますか……」

 夕方までかかる予定だった会議を三時に終わらせマンションへ戻ってくると、
「いったい、何をそんなに荒れてるんです?」
 蔵元が呆れたように口にする。
「まぁ、察しはつきますが……。翠葉お嬢様と何かありました?」
「……本人がさ、面会謝絶を解き始めてるんだ。でも、俺にはまだ連絡がない」
「さようですか」
 言いながら、蔵元は書類に目を走らせていた。
「なんでだと思う?」
「そんなこと私が知りますか」
「そうだよな」
 もう、布団に潜って寝てしまいたい心境だ。
「ただひとつ言えるとすれば、翠葉お嬢様のことですから、きちんと話ができる状態で連絡をしたいのでは?」
 蔵元は、俺が彼女に髪を切らせてしまったことを知っている。
「司様にはお会いになっていらっしゃるのでしょう? でしたら、翠葉お嬢様が今一番気にかけているのは秋斗様なのでは? あれほどのことをされたのは秋斗様だけしょうし」
 罪悪感から連絡がしづらい相手になってる――?
 確かに、彼女の性格からすると考えられないことではない。ただ、それが一番に会いたい人間になれないことにつながれば、少しイラつきもする。
 俺を好きなはずの子が、俺じゃないほかの男を頼り、挙句、家族や湊ちゃんたちと先に面会する。
「……俺ってなんなのかな」
 でも、俺に悪いことをしたと思っているであろう彼女が傷ついていないはずもなく……。
 そう考えると非常に複雑な心境だった。
「そんなんじゃ使い物になりませんね。仕方がないので、知ってのとおり素晴らしく忙しいさなかではございますが、本日は半休をさしあげます」
 かなりの温情措置。
 本来は俺が上司なわけだけど、スケジュール管理は蔵元の管轄だった。
「……助かる」
「私はここにある資料を片付けたら本社へ戻ります」
 蔵元は三十分ほどで片づけを済ませ、必要な書類を携えて出ていった。
「有能な秘書をつけてくれた父さんに感謝……」
 そこへ携帯が鳴る。相手は蔵元。
「何? 忘れ物?」
『そのようなものです。今日は昼食を召し上がられていませんよね? キッチンの上の戸棚にレトルトのお粥が入ってるので、それを食べしっかりと薬を飲んでからうな垂れてください。以上です』
 どこまでも面倒見のいい男だ。
 俺は言われたとおりに行動して薬を飲む。
 こんなことくらいで薬をさぼって吐血する羽目にはなりたくないし、それこそ情けなく思えるからだ。
 とはいっても、さすがに仕事には手がつかず、さっき抱いた願望どおり、布団をかぶって眠ってしまった。

 疲れが溜まっていたこともあり、久しぶりにまとまった時間を熟睡したと思う。気づけば夜七時半を回っていた。
「夜の薬を飲むのにまた食べなくちゃいけないのか」
 面倒だな……。
 そうは思いながらもレトルトのお粥に手を伸ばす自分は、いくらか生活改善ができていると思う。
 薬を飲んだ直後、インターホンが鳴った。
「誰?」
 湊ちゃんかと思ったら、モニターには司が映し出されていた。
 玄関を開け、
「どうかした?」
 普通を繕ってリビングへ促そうとしたら、
「ここでいい、数分で済むから」
 なんのことかと思えば、
「八時に翠から連絡が入る。それ、手に持って」
 シャツの胸ポケットに入っていた携帯を手にするように言われる。
「俺も八時に翠に電話することになってる」
 時計を見ればあと数分。
「なんでそんなややこしいことになってるんだか……」
「俺もわからなくて訊いた」
 司は眉間にしわを寄せて顔を逸らす。
「どうやら、勇気総動員かけないと秋兄に連絡できないらしい」
「で、なんでおまえが同時刻に電話かけることになってるんだよ」
 さっぱり意味がわからない。
「俺が電話して翠が出たら叱ってくれって」
 ……あの子らしいといえばあの子らしいけど――。
「ほかの人には昇さんから連絡が入ってる」
 知ってる。知りたくて知ったわけでもないけど。
「でも……秋兄だけは違う。翠が……自分で連絡するって言った」
 え……?
「でも、自信がないから、その時間に電話してきて通話がつながったら怒ってくれって頼まれた」
 自分の逃げ道すら閉ざすところが彼女らしい。
 苦笑を零しそうになった次の瞬間、
「俺、なんでいつもこんな役っ!?」
 司が割と本気で俺を睨んでいた。
「悪いっていうか……ありがとう、かな」
 こういう場合、なんて言ったらいいものか……。どういう表情を作ったらいいのかもわからない。
 すごく嬉しいのと、すごく申し訳ないのと――すごく悔しいのと。
「俺は司が少し羨ましい」
「は?」
 司は眉間にしわを寄せたまま、嫌悪感を露にする。
「翠葉ちゃん、俺にはそんな相談はしてくれない」
 なんでも話してほしいし、なんでも聞くのに……。でも彼女は俺には話さない。
「話してくれるからってそれがいいこととは限らない」
 司は言ってから時計に目をやり携帯を手に持った。時間を察して自分も同様に待機する。
「一コールで出てよ」
 司に言われて頷いた。
 今、俺ができることは何かな……。
 きっと、優しく包み込むだけじゃだめなんだ。それでは彼女に刺さった棘は抜けない。
 どうしてあげたらいい?
 着信のランプが点灯した瞬間に、俺は通話ボタンを押した。



Update:2010/04/24  改稿:2015/07/20



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