10th Anniversary 夏の思い出 / 「光のもとで」シリーズ

Side 御園生翠葉 08話


 部屋へ戻ると、ツカサは早々に窓を閉めてしまった。
「もう少し見ていたかったのに……」
「それなら、カーテンを開けておけばいい」
 そんな会話をしているところへ、ふたりのメールが鳴り出す。
 同時に鳴ったところを加味すると、きっと送信者は同じ。
 下の別荘にいる誰かからかな、と思いながらメールを開くと、送信者は真白さんだった。


件名:星見荘に着いたら
本文:リビングテーブルに置いてあるリモコンを見てみて?
    照明を調節するボタンのほかに、
    屋根を開けるボタンがあるから。
    ふたりとも、楽しんでいらっしゃい。


「「屋根を開ける……?」」
 ふたり声を揃え、天井を見やる。と、天井と思われるものの下に透明なガラスのような隔たりがあることに気づく。
 つまり、天井と思われるものと屋内の間にもう一枚、透明なガラスの板のようなものが存在しているのだ。
「なんのためのガラス……?」
 否、材質がガラスかすらわからないのだけれども。
「とりあえず、ボタン押してみる?」
 提案すると、ツカサがリモコンの一番下にあるボタンを押した。
 ウィーン――機械音が静かに響き、最初は何が起こっているのかよくわからなかった。けれども、天井がキッチン側から徐々に開けて行く。ゆっくりな動作で屋根がワンフロアを移動すると、天井には先ほどボートの上から見た満天の空がっていた。
 思わず、開いた口が塞がらなくなる。
 屋根の動作音が止まってはっと我に返り、
「ツカサっ! 空っ! 空っ! 空っっっ!」
「あ、あぁ……」
 ツカサも驚いたらしく、ちょっとらしくない反応だ。
 でも、それも仕方がないと思う。
 リビングからキッチンまで、天井が一面の星空なのだから。
 誰が家の中から星空を見られると思う? そんなの――プラネットパレスのゲストルームと白野のステラハウス以来だ。
 プラネットパレスはドーム状の天井で、ステラハウスは三角錐だったのに対し、こちらは平面。ところどころに梁はあるけれど、そんなの全然気にならない。
「もしかして……」
 言いながらツカサは曇りガラスの引き戸を開ける。と、先ほど想像したとおり、そこはベッドルームだった。
「翠、こっちの部屋でも空が見える」
 急いで移動して確認する。
「わー! 本当だ! 夜空見ながら眠れるなんて、プラネットパレスかステラハウス、もしくはキャンプにでも行かないと無理だと思ってた!」
「もしかして……」
 ツカサは足早に移動して先ほどの洗面所の引き戸を開ける。
「翠、こっちも」
「本当にっ!?」
 そんな調子で家のあちこちを回ると、どこからも星空を楽しむことができた。もちろん、トイレの中やお風呂の中からも。
「すごいすごいすごーいっっっ! 名前のまま、星見荘ね!」
 納涼床や夕飯でもテンションは上がりっぱなしだったけれど、今日一番のハイライトはこれだと思う。
 そんなところへもう一度、メールの着信音が鳴り響いた。もちろん、ふたり同時にだ。
 顔を見合わせツカサのスマホを覗き込むと、今度は涼先生からのメールだった。


件名:屋根をオープンにするのはかまわないが
本文:夜気は空から降ってくる。
    寝るときはきちんと羽根布団をかけて寝ること。
    場合によってはエアコンを使うように。
    予約ボタンを押しながら赤いボタンを押すと
    室温が20度を切ると暖房が作動するようになっている。


「なんだかとっても真白さんと涼先生らしいメールね」
「確かに……」
「ものすごく新鮮だから、屋根はこのままにしておこう? ツカサ、飲み物飲む? 私はハーブティーを淹れるけど、ツカサは?」
 キッチンへ行き冷蔵庫、冷凍庫を順番に開けると、そこにはきちんとツカサの好きなコーヒーが入っていた。
「コーヒー豆もあるみたいよ?」
「いや、食後にコーヒー飲んだから、今は翠と同じでいい」
「了解」
 電気ケトルはキッチンテーブルの上にあるけれど、食器やティーポットはどこだろう?
 キッチン内でうろうろしていると、パントリーを見ていたツカサに名前を呼ばれる。
「翠、食器棚こっち」
「あ、ありがとう!」
「奥半分がパントリーで、手前半分が食器棚っぽい。ざっと見たけど、割とバリエーション豊かに揃ってる」
「キッチンも充実しているし、食材だけ調達してきたら、家にいる感覚で滞在できるのが嬉しいね」
「母さんがそういう空間を望んだんだと思う」
「真白さんが……?」
「母さん、あまり家から出たがらないから」
 それは――
「警護の関係……?」
「それもあるし、あまり外交的な人じゃないから」
 そうなのかな……? 病院で初めてお会いしたときも優しく接してくれたし、藤山の自宅を訪れるときは、いつだって手作りのお菓子でもてなしてくれる。
 それは真白さんのホームグラウンドだから……?
 ひとつ思い当たることといえば、プラネットパレスで元おじい様の誕生パーティーが開かれたあの日、「こういう場は苦手なの」と言っていた。
 きっと外出をするにしても警護班が完璧に警護してくれるだろう。けれど、真白さんクラスなら間違いなく近接警護。だとしたら、気が休まる間はないのかもしれない。
 だから、藤宮所有の山で、周りを気にせずにいられるここを欲した……?
 それなら藤山の自宅でも十分条件を満たす気はするけれど、誰だって気分転換はしたくなるものだし、旅行にだって出かけたくなる。
 そういう意味では藤山とは違う植物が植わる緑山が真白さんにとって格好の場所だったのかもしれない。
 そんなことを考えつつキッチンからリビングを見渡すと、ひとつのことに気づく。
 家電製品はある。照明も点くのだから電気は通っているのに、たいていの家のリビングにあるべきものがない。
「テレビ、ないのね……?」
「見たかった?」
「ううん。そういうことじゃなくて……」
「あえて置いてないって聞いてる」
「その理由は?」
「世間の喧騒から離れるためだって」
 世間の喧騒……。
 なんだかものすごく深い言葉に唸ってしまいそうになる。
「ネットにつながる環境こそ備わってはいるけれど、ここに来るときは父さんもノートパソコンの類は持ち込まない。持ってくるのは紙媒体の本と着替えくらいなもので、あとは母さんと会話したりボートに乗ったり、そこのウッドデッキから釣りをしたり、そんなふうに過ごすって聞いてる」
「でも、病院から連絡が入ったりはしないの?」
「スマホは持ってきているし、連絡はつく状態にしてあるけれど、ここに来るときは極力電話も鳴らないように、事前に綿密な調整をしてるっぽい」
 その姿が容易に想像できて、思わず笑みが零れる。
「唯兄だったら気が狂いそうな環境だけど、真白さんと涼先生にとっては幸せで特別な時間なんだろうね。なんかいいな、憧れちゃう」
「……どの辺に?」
「全部だよ!」
「全部……?」
「そうだな……。たとえば、一緒にいることがまったく苦にならないからこそ、こんな環境でも問題なく過ごせるわけで……。それってものすごくすごいことだと思うの。場をつなぐ何かがなくても一緒にいられるの、たぶんとっても理想的な関係だと思うよ? 仕事を持ち込まないでくれるのは涼先生の優しさで、旅行へ出かけても手料理を振舞いたいのは真白さんの涼先生を労わる気持ちなのだろうし……本当にすてきな夫婦だと思う」
 願わくば、私もツカサとそんな関係になりたい。
 ツカサはどんな関係を理想に掲げているだろう……?
 私に、どんなことを望むだろう……。
「翠はそういう夫婦になりたいんだ?」
「夫婦」という言葉を当然のように使ってくるからちょっと面食らって、でも、そうなることを当然のことのように話してくれることが嬉しくて、私の心は柔らかなものに包まれていく。
「……ツカサは? ツカサはどんな夫婦になりたい?」
「……どんなっていう具体例はないけど、強いて言うなら、両親のような夫婦は悪くないと思う。互いが近くにいるのが当たり前で、相手のすること、したいことは尊重するし、反対や否定してるところは見たことがない。何年経っても労わりあえる関係は見てて悪くない」
 そこで「理想的」と言わないところがなんともツカサらしいけれど、つまり涼先生と真白さんの関係は、ツカサの中でも「理想」に近いものなのだろう。
 それが知れただけでも嬉しい。
「翠はもっと碧さんとか零樹さんぽい夫婦を理想としているのかと思ってた」
「うち?」
 うちかぁ……。
「でも、うちもそういう意味では涼先生と真白さんっぽい関係だと思うよ? ふたりともお仕事大好きだから、お休みの日でも建築やインテリアの話をしていることが多いけれど、相手の何かを否定することはしないし、話を聞いてもっと楽しくするにはどうしたらいいか、って率先して考える人たち。さらには子どもの意見とか訊き始めるから収拾つかなくなって大変」
 言っていてついつい笑ってしまうほど、うちは和気藹々とした家族だと思う。
「そういう意味ではうちとは正反対だと思うんだけど。うちは会話が絶えないって感じの家じゃないし」
「んー……会話や笑いが絶えない家もいいと思う。でも真白さんと涼さんみたいに穏やかな夫婦もいいと思う。何がだめで何がいい――そういう話じゃなくて、きっと夫婦にも色んな形があって、色んな関係、色、雰囲気があると思うのね。私たちは――」
「……私たちは?」
「……私たちは、どんな夫婦になるだろうね?」
 ツカサは少し考えてから、
「夫婦も人と同じで成長していくものだと思うから、常に成長できる夫婦であれたらいいかな」
 成長、か……。
「私ね、今の高校に入るまでは成長や未来とは縁遠いところにいて、でも今は、大好きな友達がいて、ツカサがいて、未来を楽しみなものと思えるようになったし、六年も先のことが楽しみになった。たぶんこれから先もずっと、ツカサが側にいてくれたら、成長し続けられるし、楽しみな未来を作っていけると思う」
 口にして、ずいぶん前向きになれたな、と自己分析。すると、顔に影が差し、顔を上げた瞬間にキスをされた。
「俺たちらしい関係を築いていけばいい」
 穏やかな声で言われ、私は静かに頷き、ツカサの胸に額を預けた。



Update:2019/05/02



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