光のもとでT

第二章 兄妹



第二章 兄妹 03話


 ほとんどの決勝は午後から。
 決勝戦だけはなるべくみんなが観戦できるように、と考慮されていて、午後からの試合はほぼ全校生徒での観戦になるらしい。
 どれほど盛り上がるのか、と今から楽しみで、少し緊張もしている。
 クラスに戻ってお弁当、と思いきや、ランチバッグを机に置くと同時、飛鳥ちゃんに右手首を掴まれ、そのまま教室の外へと連れ出された。
 走りはしなかったけど、走りだしそうな勢いはあったと思う。
「あのね、さっきの話、聞いてほしくて……。桜香苑でいい?」
 連れ出したときの勢いはすでになく、眉がハの字型にひそめられていた。
「うん、いいよ。でもね、今はきっとこっちの方がお花がきれいなの」
 にこりと笑って、飛鳥ちゃんの手を握りなおす。
「こっち」
 と、飛鳥ちゃんの手を引張り、先日見つけた中庭へと案内した。
 以前、写真を撮っていて加納先輩に声をかけられた場所。
 とくに名前はついていなかったので、私は勝手に「春庭園」と呼んでいる。
 着いてみると、サツキやツツジ、藤の花が満開だった。
「わぁっ! きれいっ! 翠葉よく見つけたね!?」
 飛鳥ちゃんのテンションが少し戻ってほっとした。
 桃華さんは球技大会の集計があって、生徒会とクラス委員が集まる視聴覚室でお弁当を食べている。
 桃華さんと藤宮先輩がいる教室――少し考えて、身震いを起こす。
 なんとなく、笑顔の応酬が繰り広げられている気がして……。

 お弁当を広げ始めたとき、
「あのね。……された」
「えっ?」
「佐野に告白されたっ」
 一息に言われてびっくりする。
「……そうだったんだ」
「ジュースの買出し一緒に行って、そのときに言われたの」
 なるほど……。だから帰ってきたときに空気がおかしなことになっていたのか。でも、それって
――
「飛鳥ちゃんは佐野くんのこと、好きじゃないの?」
「……友達としては好き。でも、恋愛対象じゃないから断った」
「そうなのね……」
 なんとなく理解ができた。両想いだったらもっと明るく幸せそうな空気が漂ってきそうだけれど、ふたりが纏っていた空気は「気まずさ」だったのだ。
「好きな人がいるからって断ったんだけど……」
「うん……」
 さっきからずっと、お弁当大好きっ子の飛鳥ちゃんのお箸が止まっている。
「知ってるけど、だからって諦めるとかできないから、って言われた」
「そっか……」
 ……だからあの言葉だったんだ。
 佐野くん、納得した。でも、
「飛鳥ちゃんはどうしてそんなに困った顔をしているの?」
「今まで何度か告白されたことはあるんだけど、断ったらいつもそれでおしまいだったの。でも、今回はなんか違くって……。このあと佐野とどう接したらいいのかわかんない」
「……なるほど」
 私、さっきから全然力になれていない気がする。ここに桃華さんがいたら良かったのに、なんて思ってしまうくらいには、何を言ったらいいのかがわからない。
「飛鳥ちゃん……。私ね、恋っていうものがまだどんなものなのか知らないの。本で読んだくらいのことならわかるのだけど……」
「えっ!? 翠葉、初恋まだなのっ!?」
 それまで下を向いていた飛鳥ちゃんがガバッ、と顔を上げる。
「うん。ほら、あまり学校行っていなかったし、今みたいに周りに男子がいる環境じゃなかったから……。教室では女子と男子が真っ二つに別れているような学校だったの」
 話すと、「そんな学校もあるんだぁ……」なんて、違う世界の話を聞いているような感想を言われる。
 この学校は女子も男子も関係なく仲がいいから、そういうのはきっとわからないのだろう。
「なので、これと言った助言もできないのだけど……。――普通じゃだめなのかな?」
 飛鳥ちゃんの顔を覗き見る。
「……え? 普通って?」
 きょとんとした顔の飛鳥ちゃんがかわいい。
「えーと……普通は普通、かな? 今までどおり。佐野くんは変にぎこちなくなる関係を望んではいないと思うの」
「そう、なのかな? だって、普通どおりって言ったら肩組んじゃったりするし、ストレッチ一緒にしちゃうし。……そんなんでいいのかな? 期待させちゃったりしない?」
 うーん……それは難しい。
 私は佐野くんじゃないから、佐野くんの考えを丸ごと理解しているわけではないし……。でも――
「うーんとね……。私的解釈なのだけど、さっき佐野くんと少し話したの。そのときにね、『何かあったと言えばあったし、だからといって何も変わらないと言ったら変わらない』って言ってた。私がふたりの様子がおかしいって言ったら、『それはいけないからあっちに行こう』って飛鳥ちゃんたちのところへ一緒に戻ったの。だからたぶん、今までと変わりなくいたいんじゃないかな、って……」
「……そっか。そんな話してたんだね」
「うん。だって、体育館に入ってきたときからおかしかったから」
「……私、今までどおりでいいのかな?」
「いいと思う」と答えようとしたとき、噴水の向こう側から声がした。
「立花はそのままでいて」
 と。
 水柱の向こうには、佐野くんが立っていた。
 佐野くんが私たちのもとまで歩いてくると、躊躇せず飛鳥ちゃんの隣に腰を下ろした。
「立花にはそのままでいてほしい。立花に好きな人がいることなんて知ってたし、そのうえで告ったわけだから」
 佐野くんは持っていたペットボトルの蓋を開け、一気に半分くらい飲んだ。その隣で、飛鳥ちゃんは困った人の顔をしている。
「私、席外したほうがいい?」
 ふたりに訊くと、飛鳥ちゃんは縋るような目で見てくるし、佐野くんは「いや、いてよ」と言う。
 ならば、と思ってお弁当を食べるのを再開したわけだけど、なんとなく居心地が悪い。
「さっき話したこと、ちゃんと伝わらなかったんならもう一度言う。相手に好きな人がいるからって、じゃあそこでやめる、ってできないだろ? だから、断られても俺は変わらないし、立花が変わる必要もない。……わかる?」
「んー……わかりそうでわかんない」
「なんて言ったら伝わるかなぁっ!?」
 佐野くんは頭を抱え込む。
 私は少し躊躇いながら、口を挟むことにした。
「佐野くん……それは気持ちを伝えたかった、ということ? 自分が飛鳥ちゃんを好きなことを知っててほしかった、ということ?」
「あ、そう。それ……かな? だから、関係が変わることを望んでるわけじゃない」
「それならわかる、かも……?」
 さっきと同じ、飛鳥ちゃんのきょとんとした顔がかわいくて、思わず声を立てて笑ってしまった。
 それがきっかけで、ふたり笑顔になる。
「じゃあ、このままでいいんだね」
 そう言った飛鳥ちゃんはもう、一点の曇りもない笑顔だった。
 その顔を見て佐野くんも安心したのか、
「じゃ、簾条の蛇に見つかる前にクラス委員の仕事に戻るわ」
 と、フットワーク軽く去って行った。
 桃華さんの蛇って……。
「やっぱりメドゥサってことかな?」
 口にしたら、飛鳥ちゃんがお腹を抱えて笑い出した。
「やっとお弁当が喉通るー!」
 言いながら、おいしそうにお弁当を頬張り始めた。
 口にものを詰めすぎて咽ている飛鳥ちゃんにお茶を勧めたりして、なんだか長閑なランチタイムを過ごした。
 春が恋の季節というのは、強ち間違ってはいないのかもしれない。
 春は別れと出逢いの季節だから。
 人の恋を目の当たりにして、初めてそう思った。

 少し気になることと言えば、
「飛鳥ちゃんの好きな人って、秋斗さん?」
「えっ!?」
「はずれ……?」
「……ふふふ、ばれちゃったかぁ! もう、秋斗先生ってなんであんなに格好いいんだろうね?」
 少し間があったのは気になるけれど、初めて話したときから秋斗さんのことを格好いいと言っていたし、テラスを歩いているところを見つけるだけで、どれほど遠くにいても「秋斗先生ーっ!」と全力で叫び手を振る。
 そんな様を見ていたからか、あっさりと納得できてしまった。
 そっか……飛鳥ちゃんは秋斗さんが好きなんだ。
 すごく不思議な感覚なんだけど、誰が秋斗さんを好きと言っても疑問になど思わない。
 格好いいし、物腰穏やかだし、女の子の扱いも上手。
 改めて秋斗さんという人を頭の中に思い浮かべ、
「そっか……」
 と、笑みが漏れた。
 お弁当を食べ終えると、ふたり背中合わせに座って藤棚を見上げる。
 大粒の藤の花が、それは見事に咲き誇っていた。
「藤を見ると、七五三を思い出さない?」
「あっ! 簪(かんざし)っ!?」
「そう。私、あの簪が大好きで、着物を着たら付けてもらえると思っていたの。実はそれがきっかけで着物を好きになったんだ」
「なんだか、翠葉らしいね」
 お昼休み終了のチャイムが鳴るまで、ふたりして無言で藤を見ていた。
 午後には決勝戦がある。
 うちのクラスが残っているのは男子サッカーのみ。それもどういうわけか、因縁の二年A組との対決。
 今度は自分のクラスだけを応援しよう。そう固く心に誓った。



Update:2009/05/18  改稿:2020/01/29



 ↓↓↓楽しんでいただけましたらポチっとお願いします↓↓↓


ネット小説ランキング   恋愛遊牧民R+      


ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。


↓コメント書けます↓



Page Top