光のもとで

第14章 三叉路 08〜20 Side Tsukasa 04話

 シャワーを浴び着替えを済ませるとすぐに家を出た。
 四時には庵にいると聞いてる。
 辺りの紅葉具合を確かめつつ歩いていくと、庵前の駐車場にじーさんの車が停まっていた。
 軽くノックしてから開き戸を開けると、
「よう来たのぉ」
 口髭をいじるじーさんがいた。
「コーヒーでも飲むかの?」
「いや、藤山の立ち入り許可をもらいに来ただけだから」
「それなら座れ。座ってコーヒーを一杯付きおうてくれたら許可しよう」
 相変わらず一筋縄ではいきそうにない。
 そうは思ったが、意外なことに一杯のコーヒーであっさり許可が下りた。
「司だけなら許可など必要なかろ? 誰を連れてくる?」
「……御園生翠葉。海斗のクラスメイトであり、生徒会メンバーでもある」
「ふぅむ……。わしもあのお嬢さんにはもう一度会いたいのぉ……。秋斗は会わせてくれんかったからのぉ」
「……は? じーさんが翠に会ったことがあるなんて聞いてないんだけど」
「ほ? 司には話しておらんかったかの? わしがボケていなければ五月の終わりにうちのデパートで会っておるわ」
「五月っ!?」
 そんな前に……?
「もっとも、お嬢さんはわしの仮の姿しか知らんがの。ふぉっふぉっふぉ」
 俺が唖然としていると、
「女性をエスコートするんじゃ。紅葉の見所くらいは押さえておけ」
 と、すぐさま庵を追い出された。

 じーさんと翠が知り合いって何……?
 そもそも、じーさんの仮の姿って……?
 じーさんは藤宮グループ会長以外の何者でもないと思うんだけど……。
 身元は伏せ、単なる一老人として接触したということか?
 わからないことが増えると苛立ちも増す。
 でも、訊いたところで答えてもらえないのは目に見えていた。
 苛立つままに進めた足をいったん止め、俺は深く息を吐き出す。
 頬を優しく撫でてる風が光朗道を抜けていく。

 ――「ここには風の通り道があるのよ」。

 車椅子に座った祖母が教えてくれた。
 ふと、祖母の穏やかな笑顔を思い出す。
 あたたかくて優しい気持ちになれる記憶。
 ここには小さいころ、祖母と母さんに連れられてよく来ていた。
 祖母の墓参りは欠かさないが、墓は別の区画にあるため散策ルートへはめったに来ない。
 前に来たのがいつだったかを覚えていないくらいには来ていなかった。
「小さいころはここが遊び場だったな……」
 歩調を改め、周りの景色に意識を戻す。
 赤く紅葉している葉もあれば、まだ緑から黄色に変化を始めたばかりの葉もある。
 久しぶりに色濃く思い出した祖母は、一瞬で俺を冷静にしてくれた。
 今日、ここへ来たのはじーさんに立ち入り許可を得るため。そして、紅葉の見所を確認するため――
 翠をここに誘ったのは単なる口実だった。
 翠と会うための、翠とふたりで過ごす時間を得るための……。
 でも、翠は違うだろう。
 きっと、純粋に紅葉を見たいと思ったに違いない。
 藤山は学校からも病院からも見える。
 翠の視界には必然と入るものだったはず。
 俺は紅葉なんてどうでもよくて、ただ、翠が喜んでくれればそれでいいと思っていた。
「それがどうしてこんなことになっているんだか……」
 翠からの連絡はまだない。
 会わないにしても、連絡なくすっぽかすということができる人間ではない。
 だとしたら、連絡が来るのは今日の夜か――
 俺は藤棚の下にあるベンチに腰掛ける。
 この藤棚は五本の藤の木で作られている。
 俺たちが生まれるたびに祖父母が一株ずつ増やし育ててくれたもの。
 今ではずいぶんと大きくなったものだ。
 記憶にあったそれより太くなった幹をたどれば、黄色くなった葉の合間から空が見えた。
 秋らしい空だな……。
 俺はベンチに寝転がり、視界に入る紅葉と空を見ていた。
 風を感じながら、ゆったりと流れる雲を見るのはどのくらい久しぶりだろうか。
 余計なものは一切介入しない場所――そのはずだった。
 しかし、しだいに近づく足音がある。
 ここに立ち入れるのは限られた人間のみ。
 音のする方へ視線だけを向けると、予想だにしない人物が立っていた。
「秋兄……」
「司、なんでおまえがここに……?」
 それはこっちの台詞だ。
「明日、ここに入る許可をもらいに来た」
「……翠葉ちゃんと、か」
 秋兄は俺の向かいにあるベンチに座り、どこか苦々しく、けれど含みある笑みを見せる。
 俺は身体を起こしベンチに座りなおした。
「俺も、デートって言える初めてのデートはここだった。……でもって、その日のうちに振られたわけなんだけど」
 最悪……。
「そういうの教えてくれなくていいから。……やなジンクスになりそう」
「ついでに、彼女が俺に初めて抱きついてくれたのもここ」
 聞きたくない……。
 翠が自分から抱きつくとか想像できないし、想像しようものならザラザラした感情に呑み込まれる。
 この場を離れようと動作に移したとき、
「あのさ」
 秋兄に声をかけられた。
 秋兄に視線を戻すとひどく真面目な顔をで、
「自分以外の男が彼女の隣に並ぶとしたら司以外は考えていない。でも、引くつもりも諦めるつもりも一切ないからそのつもりで」




 ……そんなの。
「翠が俺以外の人間を選ぶとしたら秋兄以外を認めるつもりはない。それから、翠が俺を見ていてくれるうちは絶対誰にも渡さない。たとえ、相手が秋兄だとしても」
 秋兄は喉の奥でくくっ、と笑った。
「やっぱり……翠葉ちゃんの今の好きなやつは司か。……初めて好きな子と想いが通じた感想は?」
「……嬉しかった」
「そうだよな……。ま、座れよ」
 促され、再度腰を下ろす。
「俺はさ、気持ちが通じたと思った瞬間にだめになっちゃったから……。その幸せをあまり堪能できなかったんだよね」
 秋兄は薄く笑みを浮かべる。
 まるで、「おまえはいいよな」とでもいうように。
「俺だって堪能なんかしてない」
「……は?」
「秋兄と同じ。退院明けからずっと避けられてる」
「…………」
「その理由を考えていた」
 数秒の沈黙が流れる。
「司……最近、翠葉ちゃんの記憶が戻ったって話は聞いているか?」
「いや……」
 聞いてはいない。でも――
「唯さん情報。避けられていたのは俺と秋兄だけじゃない」
「え……?」
「御園生家……家族までも遠ざけようとしていたらしい」
 秋兄はひとつ大きなため息をついた。
「俺も記憶が戻ったんじゃないかと思ってる。もし、秋兄もそう感じているのなら、ほぼ確定なんじゃない?」
 秋兄は病院へ送っていったときのことを教えてくれ、現状に対する自分の考察を話してくれた。
「俺の見解もそんなところ」
「そう……」
 ここのところ、秋兄とは顔を合わせるたびに刺々しい接し方をしていた気がする。
 秋兄との言葉の応酬は今に始まったことではないにしても、棘の種類がいつもと違うことは明確で、原因はわかっているのにクリアにすることができなかった。
 翠がその空気を感じ取っていることに気づいていても、俺はどうすることもできずにいた。
 俺を避けている翠への当て付けもあったかもしれない。
 こうやって普通に話そうと思えば話せるのに……。
 何やってたんだか――
「秋兄、あのさ――」
「俺に言わせろよ。……好きな子が絡めば心穏やかにいかないこともある。でも、少なくとも彼女の前でギスギスしたところは見せないようにしよう。何かと鈍い子だけど、こういう空気には敏感だからさ」
 そう口にした秋兄の表情はひどく穏やかだった。
「俺たち、ライバルなんだけど同士だとも思わない? 好きな子が敵っていうか――」
「本当……何を考えているのかわからないわ、突拍子もない行動に出るわ……」
 俺の愚痴を秋兄は笑う。
「でも、そんな子が相手じゃなかったら惹かれなかったと思わない? 俺、自分の思いどおりになる子が欲しいわけじゃないんだな、って気づいちゃったよ」
 わからないからこそ関心が高まる、好奇心に駆られる。
 思いどおりにならないからこそ固執する。
 たぶん、今の俺はそんな状態。
 どうやら正面に座る秋兄も同じらしい。
 変だな……。
 この手の話を人とするのは苦手だと思ったはずなのに、相手が秋兄だと抵抗が少ない。
 秋兄はずっと嫉妬の対象だったはずなのに。
 俺は秋兄がほかの人間とどう違うのかを考えつつ、ベンチに背を預けた。



Update:2012/02/09  改稿:2017/07/18



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