光のもとでシリーズ 片恋SS

 学園祭 01話

 インターハイで見事優勝を遂げた隼人先輩は、夏で部を引退した。
 それからはしばらく会うこともなく、廊下で会うと挨拶を交わす程度だった。
 そんなある日、クラスまでやってきた先輩に廊下へと呼び出された。
 いつもなら、二年のクラスとか関係なしに入ってくる人が、いったいどうしたものか……。
「かまっちゃん、元気?」
 実にのんきな調子で訊かれ、「はぁ」などと答えたわけだが、何をしに来たのかがさっぱりわからない。
 夏で引き継いだ部長業のことでも心配されているのだろうか。
「部のことですか?」
「ブッブーーー! さて、なんでしょう?」
「いや、わかりませんってば……」
「ふっふっふ……女々しい鎌田くんにプレゼントをあげようと思って」
「は?」
 俺が女々しいとどうしてプレゼントをもらえるんだ? そもそも、誕生日でもないのに?
 そこまで考えて、先輩が後ろ手に何かを隠しているのがわかった。
「なんですか……びっくり箱とか?」
 半ば呆れた調子で尋ねると、
「彼女のこと、まだふっ切れてないんじゃないの?」
 いきなり御園生のことを持ち出されて息が詰まる思いだった。
 諦める、なんて潔いこと言っておきながら、全然諦められてないしふっ切れてもいない。
 朝も夜も、塾の日に藤倉で降りるときも、駅構内に彼女がいるんじゃないか、と常に探していた。
 先輩はパシパシ、と俺の肩を叩くと、もう片方の手に持った封筒を見せてくれた。
「これ、藤宮の学園祭チケット」
「えっ!?」
 藤宮の学園祭チケットって、あの、巷ではプレミアムチケットって言われているアレ……?
 藤宮の学園祭はセキュリティの都合上、在校生から招待チケットをもらわない限り行くことができないのだ。
 でも、どうしてそんなレアチケットを先輩が……?
「何? 信じられないの? 中見ていいよ?」
 言いながら封筒を開けてくれたけれど、問題はそこじゃなくて――
「あぁ、入手経路?」
 俺はコクコクと頷いた。
「インターハイのとき、藤宮くん(注1)にお願いしてたんだ」
 なんて……?
「俺が勝ったらプレミアムチケットちょうだいって」
 先輩はいたずらっ子のように目を細めて笑う。
「そしたら本当に届いた」
「先輩、そんなこと一言も言ってなかったじゃないですかっ」
「だって、あまりにも彼の反応が薄かったからさ。本当に送ってくれるかなんてわからなかったし」
 なんでもないことのようにカラッと笑って話す先輩が、あまりにも先輩らしくてうな垂れたくなる。
「これ、欲しいでしょ?」
「……喉から手が出るほど欲しいです」
「素直でよろしい。とりあえず、チケット五枚あるんだわ。俺とかまっちゃんとハル。ほかにふたり行けるから誰か誘っといて」
「了解です」
 そんなわけで、ひょんなことから御園生に会えるかもしれないチャンスを手に入れた。



 十月末日、待ちに待った藤宮の学園祭当日。
 寝よう寝ようと思いつつ、ほとんど眠れずに朝を迎えた。
 朝から熱めのシャワーを浴び、念入りに歯磨きをする。そして何を着ていこうかと悩むものの、どんなに悩んでも結果的にはいつもと変り映えしない格好に落ち着くわけで……。
 浮き足立つまま藤倉へ向かい、駅で先輩たちと落ち合うとすぐに学園経由のバスに乗り込んだ。
 ツンツン――ハルに腕をつつかれ、
「かまっちゃん、緊張しすぎ……」
 ハルに笑われようともかまわない。っていうか、今現在ハルの相手をする余裕なんてない。
「そんな緊張するほどかわいいの?」
 隼人先輩に訊かれてコクコクと頷いた。
「それは楽しみだ」
 楽しみにされても困るんだけど、と思いつつ学園前のバス停に降り立つ。
 厳重な身体チェックを受けたあと、緩やかな坂道を上がれば校門が見えてきた。
 校門の脇には実行委員らしき人たちがパンフレットやブレスレットを配布している。
 御園生は実行委員とかやるタイプじゃない。
 そうは思いつつも、ひとりも漏らさず顔を見て確認していく。
「かまっちゃんの真剣度合いがストーカー並みな件……」
 ハルにからかわれるものの、もうそんなことはどうでもよかった。もう一度、もう一度会えたら今度こそちゃんと話したい。普通に言葉を交わしたい。
 けれど、そう簡単に会えるはずもなかった。
 学園祭なのだ。人が一所にずっといるわけがない……。
「この中から見つけるのは至難の業だなぁ……」
 隼人先輩の言葉に頷きつつ、それでも諦めることはできずに周りの生徒を一人ひとり確認していた。
「俺も藤宮くんの携帯にかけてんだけど、全然つながんないの。彼は携帯を所持しているんだろうか」
 隼人先輩が携帯片手に苦笑する。そのとき、
「ねぇ? あれ、なんの行列かな? ちょっと行ってみようよ!」
 ハルが指差したそれは長い行列だった。
 列は校舎の中まで続いており、その校舎は一、二年生の展示場と書いてある。
 御園生が留年していることははっきりと話したわけじゃなかった。ただ、話の流れからして留年していることは察することができただろうけれど……。
 ふたりはあえてそこを突っ込んで訊いてくるでもなかった。
 御園生は俺とバッタリ会ってどう思っただろう……。もし自分だったら――
 ……嫌かもしれない。自分が留年したことを知っている人間に会うのは。
 そう思うと少し怖くなってきて、どこへ続くのかわからない列に並ぶという案に賛成してしまった。

 列は少しずつではあるものの、きちんと一定の速度で前へ進む。
 そうして二階の階段を上りきったところで他人の空似かと思う後ろ姿を見つけた。
「わー! 先輩っ、すっごいかわいい子がいますよ!」
「あ、本当。美人さんだね?」
 同級生の下田しもだが声を挙げ、隼人先輩が応じる。
 さらりと髪が揺れてこちらを向いたのは御園生だった。
「みそ、のう……?」
 曇りのない目が俺を捉えた。きちんと目が合ったという実感を得て言葉を紡ぐ。
「やっぱり、御園生だ……。久し、ぶり」
 普通に喋りたいのに、イントネーションがおかしくなってしまう。
 御園生は目を思い切り見開いて、「鎌田くん?」と名前を呼んでくれた。
 直後、一緒にいた人に知り合いかと訊かれ、「中学が一緒で……」と話すと、目つきの険しい女子に睨まれた。
「へぇ……中学が、ねぇ?」
 爪先から頭のてっぺんまで舐めるように睨まれ居心地が悪い。でも、こんな目で見られるのは二回目だった。デパートで一緒にいた人も同じような視線を向けてきた。そのとき同様、御園生が友達である旨を伝えると、
「まだ、全体通信終わらないのよ。もう少しだけ待ってて?」
 御園生はその女子に腕を掴まれたまま、こちらに視線を戻した。
「……元気?」
「うん、鎌田くんは?」
「このとおり、元気。今日は部の先輩が連れてきてくれたんだ」
「そうなの?」
「うん。弓道部なんだけど、この学校にインハイニ位入賞の藤宮くんっているでしょ? 彼とインハイで一緒だった先輩がいて――」
 隼人先輩を紹介しようとしたら、
滝口隼人たきぐちはやと。海新の三年です。鎌田と同級ってことはニ年?」
 実に違和感なく学年を尋ねる。
 御園生は少し困った顔をしていた。すると、
「試合でね、藤宮くんに勝ったら紅葉祭のプレミアムチケットちょうだいってお願いしてたんだ。それで見事に勝って今日ここに来れたわけだけど……。その藤宮くんと携帯つながらないんだよねぇ。居場所知らない?」
 初対面なのに、なんとも自然な調子で会話をつなげる。
 御園生は「あ」って顔をして、
「あの、すみませんっ」
 ぺこりと頭を下げた。
「御園生さんだっけ? 君が謝ることないでしょ?」
 言いながら、隼人先輩は頭を上げるように促す。一連の会話を聞いていたのか、御園生の腕を掴んでいる女子が口を挟んだ。
「姫、チケット確認。本当に藤宮くんの招待客ならチケット番号が『二〇〇一』で始まるから」
 御園生、姫って呼ばれてるんだ……。
 話をする以前に、視界におさまる御園生に満足してしまいそう。けれど、そんな俺の傍らで次々を言葉を交わす隼人先輩。
「これ、番号に意味あったんだ?」
 ハルが訊くと、
「はい。一応……この『二〇』というのが学年番号になっていて、次にくるニ桁はクラス番号。その次が出席番号でその次がひとりひとりに割り当てられた五人分の通し番号になってます」
「なるほどね」
 隼人先輩が納得する。
「確認取れた? なら藤宮くんに連絡とってやんなさい」
 御園生ははっとしたように反応する。
 自分にもようやく話せる会話の糸口を見つけ、ここぞとばかりに声をかけた。
「御園生、彼と知り合い?」
「あの……生徒会で一緒なの」
 その言葉に絶句してしまった。
 御園生が生徒会……!?
 意外すぎて、意外以外の何ものでもなくて――
「ここの生徒会ってめっちゃハイレベルって噂なんだけど……」
「成績も容姿もって噂まで本当だったとは……」
「藤宮恐るべし……」
 下田、郷田ごうだ、ハルの順で呟く。
 御園生はポケットから黒い携帯を取り出すと、両手で携帯をいじり片耳に添える。
「ツカサ……? あのね、海新高校の……方がいらしてるの。弓道部の……えと、インターハイが一緒だったっていう人」
 頭を鈍器で殴られた気分だった。
 御園生が男子の名前を呼び捨てにしてるなんて……。中学のときには想像もできなかったことだ。
「うん? わかった。待ってね」
 御園生は隼人先輩に携帯を差し出す。「ツカサ本人です」と。
 隼人先輩は、「ありがとね」とにこやかに笑って携帯を受け取った。
「――じゃ、そこに行けばいるのね? ところでさ、君、忙しいのかもしれないけど、携帯出ようか? あ? 持ってない? は? 昨日、今日と忘れた? 見かけによらずドジっ子?」
 なんの会話をしてるのか、御園生は先輩を気にしてチラチラと見ていた。それが少し面白くなくて、もう少し自分を見てほしくて声をかける。
「御園生、相変わらず名前覚えるの苦手?」
 御園生は苦笑した。是、と取れる愛想笑い。
「藤宮くーん? 姫さん一緒だと男が釣れて釣れて巡回になんないから返却願いたいんだけど?」
 御園生と一緒にいた女子が声を挙げる。どこに向かって話してるのかと思ったけど、どうやら無線で通信しているようだった。御園生もそれを聞いているのか、瞬時に表情が変わった。
「ツカサっ、縄はひどいっ」
 は……? 縄?
 不思議に思ったのは俺だけじゃなかったみたい。
「それなんの会話?」
 隼人先輩が訊いたものの、答えを得ることはできなかった。
 一応相手はしてくれる。でも、男子が苦手なのがありありとうかがえる接し方だった。
 そんなところは中学のときと変らない。でも、何かが違う。
 御園生の目がきちんと人やものを視界に認めているように見えた。何も見ないように過ごしていた、あの頃の御園生とは違って見えた。


注1)「藤宮くん」とは、藤宮学園に通う高校二年生男子(藤宮グループの御曹司であることも有名だが、全国模試で常に
   上位常連者であることも有名)。今年のインターハイで滝口と戦い負けた(二位入賞)。

Update:2013/12/01(改稿:2017/05/07)



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