光のもとでシリーズ 片恋SS

恋バナ

 うちの学校は敷地外に寮があり、当日五時までに宿泊申請を済ませれば、通いの生徒でも泊まることができる。大会前は、この制度を使って強化合宿する部が多い。
 事務室へ申請書を提出すると、
「はい、預かります。このあと、六時までに保護者と連絡がつけば申請書が受理されます」
 事務のおじさんに言われて事務所をあとにした。
「かまっちゃんところは親、大丈夫なの?」
 ハルに訊かれて頷く。
「これが友達の家とかだとなんで事前に言わなかったの、ってなるけど、部活絡みで学校の寮っていうなら大丈夫。さっき連絡入れておいた」
「そっかそっか」
「ハルんちは?」
「うちは隼人先輩が一緒ならそれだけで大丈夫っていうなんとも放任主義な家。その代わり、先輩から家に連絡ないとダメだけど」
「へぇ……隼人先輩の信用度ってすごいんだ?」
「ですです」
 その後、部活が終わる一時間ほど前に事務のおじさんがやってきて、申請が受理されたことを教えてくれた。

 部活が終わり着替えを済ませると、いつもは歩かないルートを歩く。
 学校から十分ほど歩いたところにある寮へ向かって。
「桜並木なんて春以来だねー?」
 ハルが無邪気にはしゃぐ。
 普段は住宅街の中を走る国道に沿って十五分ほど歩くと駅に着く。が、この桜並木ルートは少々遠回りになるため、駅に向かうには倍近い時間がかかるのだ。
 しかし、寮までは七分ほどで着くし、人が六人くらい並んで歩ける幅があるため、ぐだぐだしゃべって歩くのにはもってこいだった。
 夜七時を回ったというのに空はまだ明るく、街灯なしでも辺りを見渡すことができる。
「で? 気がそぞろだった理由は?」
 話そうとは思っているし、観念もしてるわけだけど、いざ話すとなるとどこから話したらいいのかに悩む。
「まさか、俺のことを好きになっちゃいました、とかそういう話じゃないんでしょ?」
 ハルらしくぶっ飛んだことを言う。けれど、少し頬が緩んで話しやすくなった気はする。
「むしろ、ハルを好きになったほうが簡単だったかもしれない」
 そんなふうに返すと、
「先輩助けてっ」
 ハルは隼人先輩の陰に隠れた。
「だー……ハル、うざい、離れろっ」
「だってっ! かまっちゃんがボーイズラブ発言するから!」
「「してないしてない、したのはハル」」
 俺と先輩の声が重なり、ハルがてへっと笑う。
「でも、要はその手の話です。ただ、俺の恋愛対象はきちんと女の子ですけど」
 たかだかこれだけのことなのに、口に出すのはちょっときつかった。
 だいたいにして、男同士で恋愛話っていつ以来だろう?
 考えてしまうくらいには久しぶりだった。
「かまっちゃんの好きな子かぁ……。考えてみたら、こういう話するの初めてじゃない?」
 先輩に言われ、照れ隠しに頭を掻く。
「なんていうか、こういう話を人にすること自体が久しぶりすぎて……」
「なるほど……。ね、どんな子? かわいい? 美人? その子のどんなところを好きになったの?」
 訊かれて、これは隼人先輩の優しさなんだろうな、と思った。
 何から話したらいいのかまるで要領が掴めない俺に、先輩は話す順番を提示してくれたのだ。
「外見は……学校で騒がれるほどにかわいいです。性格は……よく知らない、かな」
 俺は何度か話したことがあるだけだ。しかも、そのほとんどが内容という内容を有さない。
 俺は御園生に踏み込む勇気を持てずにいたし、御園生は踏み込むことを許してはくれなかった。
 つまり、俺は見てわかる程度のことしか知らないわけで、その断片のみで知ったつもりになるのは何か違うと思う。
「かまっちゃん、好きな子のことよく知らずに好きなの?」
 ハルに訊かれて、俺が見てきた御園生をかいつまんで話した。
「ふーん……そっか。それじゃかまっちゃんがその程度しか知らなくて当然って感じだね」
 ハルの言葉に違和感を覚える。
「当然」という言葉を呑み込んだらいけない気がして……。
 踏み込むことは許してもらえなかった。でも、そこで諦めてもいけなかったんじゃないか、と今になって思う。
「中身はあまり知らず、ってなると一目惚れって感じなのかな?」
 先輩に訊かれて頷いた。
「そっか……一目惚れするくらいかわいい子か。それは見てみたいな。どこ校の子?」
「藤宮、です」
「まじっ!? 藤宮って超頭いいじゃんっ」
 ハルの驚きを見つつ、俺はなんとも言えない顔になる。
 自分だってつい先日までは知らなかったのだ。
 メールが回ってきても半信半疑だった。でも、実際に目にしてしまったら信じるとかそういう問題じゃなく事実なわけで……。
「で? なんでこんな落ち込んでんのさ」
 先輩にそもそもの原因を訊かれる。
「昨日、塾に行く前にバッタリ会いまして……」
「ええええっ!? ドキドキバッタリ再会!? で? でっ!?」
 ハルの期待に申し訳ないと思う。
「本当、偶然会ったんだけど……。会っただけで俺舞い上がっちゃって、思わず付き合ってくださいとか――」
「告白キターーーっっっ!!」
「ハルうるさい、で? かまっちゃんっ」
 食いつき良好なふたりにさらに申し訳なくなる。
「俺の告り方もまずかったんですけど、かなり斜め上を行く返答もらいました……」
 そのときの様子を話すと、
「え……。一日付き合うって……ギャグか何か?」
 先輩に真顔で訊かれる。
「いえ……。超、真面目返答で。しかも、その直後にイケメン現れて思い切り牽制されたしだいです」
「「それ、彼氏!?」」
「そんなこと訊ける精神状態じゃなかったです……。気づいたときには逃げ出してた感じで……」
 先輩には肩をポンポンと叩かれ、ハルには「お疲れさん」と言われた。

 寮に着くと、夕飯を食べてから風呂。風呂から上がると学習時間が二時間あり、九時半から就寝時間の十時半までは自由時間。
 四人一部屋の一室を三人で使っているため、とくに部屋から出ることなく、何を気にすることなくさっきの話の続きを始めた。
「で? このあとはどうするの?」
 ハルに訊かれ、どうするも何も、と思う。
「もう会うこともないんじゃないかな……」
「なんで?」
 先輩が不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
「だって、自分その子の携帯番号もメールアドレスも知りませんし……」
「かまっちゃん、機会って作るもんじゃない?」
 先輩に言われて唖然とした。
「どうやって、ですか?」
「んー……駅で待ち伏せ、とか?」
「先輩……朝は部活で早いし、帰りも部活で遅い俺にどうやって待ち伏せろと?」
 訊くと、「ははっ」と乾いた笑いが返ってきた。
「んじゃさ、部長命令。次の大会が終わったら一週間朝練休んでいいよ。彼女に会えるよう努力してみなよ。で、会ったなら携番なりメアドなりゲットすること。いい?」
「……はい」
 強引といえば強引だ。でも、機会を作ることのできない自分にきっかけをもらえた気がしてありがたく思う。
 機会は作るもの、か……。
 次の大会が終わったら、一歩踏み出してみよう。御園生に近づくための一歩を――

 寮に泊った翌週の大会が終わると、俺は先輩了承のもと朝練を休んだ。
 学校に間に合うギリギリの時間まで駅で待っていた。彼女が訪れるであろう南口で。
 藤宮と海新だと、藤宮のほうが近い。ゆえに、どうしても待つことのできない時間帯ができる。その一点を嘆いても仕方がないので、待っている間は延々と考えるのだ。もし、御園生が来たらなんと声をかけようか、と。
「偶然」という言葉は使いたくなかった。かといって、待ってたっていうのも少々怪しい……。
 いかにも「待ってました!」な場所にいる自分がいたたまれなくなって、柱の陰に隠れてみたり。
 さりげなく、「あ、おはよう。御園生ってこの時間の電車に乗ってるんだ?」なんて頭の中でシミュレーションしてみるものの、何度やっても声が上ずっているイメージしか想像できない。
 でも、最初の取っ掛かりさえできれば自然な流れで同じ車両に乗り、藤倉に着くまでにメールアドレスや携帯の番号くらい訊けると思っていた。
 学校はどう? 部活には入った? 何部?
 そんな他愛もない会話でどのくらいの間がもつのかはわからないけど、話に詰まったら自分の話をすればいい。そう思いながら、人が上がってくる階段をじっと見ていた。
 けど、待てども待てども彼女は現れなかった。
 最後の一日はホームルームに遅刻する覚悟で、祈るような気持ちで待っていた。でも、とうとう彼女を見かけることはなく一週間が終わった。
 携帯からハルに連絡を入れ、ホームルームに遅れる旨を伝えると即行でメールが返ってきた。
「会えた?」と一言のみ。「収穫なし」と返信を送ると、そこでメールは途絶える。
「なんてげんきんなやつ……。ハルらしいけど」
 車窓から、遠くに連なる山を見ながら考える。
 噂になるということは、誰かしら御園生の制服姿を見たってことだと思う。でも、この一週間駅を使った気配はなかったし……。
 彼女はどうやって通学しているのだろう。
 ……もしかしたら、両親が送迎しているのかもしれない。
 それは割と簡単にはじき出された答え。
 御園生は、自分で通うことを考えたら光陵しか選択肢がなかったと言っていたのだ。でも、もし人の手を借りることができたらなら? それなら、光陵へ行かずにほかの高校を選択することもできたのかもしれない。
 とにかく、また振り出しに戻ってしまった。
 そしてまた、先輩に言われるのだ。
「朝がだめなら帰りだっ!」
 と。
 なんて安直な……。
「先輩、午後は午後で午後練があるじゃないですか……」
 さすがに午後練を一週間休むのは自分的に抵抗がある。
「かまっちゃんはその子に会いたいんじゃないの?」
「会いたいです……。でも……」
「『でも』とか『だって』とか言ってたら一生会えないよ。俺からしてみたら全然努力が足りない。会いたければ自宅に行くなり家に電話するなりしてみればいいんだ。そんな初歩的なこともせず駅で待ち伏せとか効率悪いことしてるわけでさ」
 もっともすぎて何も言い返せない。
 自宅に行くのも家に電話かけるのも、もう、そんなことが普通にできないくらいの時間が過ぎてしまった。
 去年の春ならクラスメイトとして連絡することができただろう。でも、もう一年以上が経っているわけで……。
「たださ、偶然を装って会いたいって気持ちはわからなくもないから……。最後のチャンス。今週二回だけ部活さぼっていいよ」
 言われたものの、その二日間で彼女に会えることはなかった。
 そして先輩に言ったのだ。もう、彼女のことは諦める、と。
 それは入梅した六月末のことだった――



Update:2013/11/30(改稿:2017/05/07)



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