光のもとでU

ふたりの関係 Side 御園生翠葉 02話

 短い始業式が終われば芝生広場でクラス写真の撮影。教室に戻ってくると自己紹介と委員会決めが行われた。
 クラス委員はなり手がいないかと思いきや、複数の立候補者がいてびっくりする。
 ほかの委員もすんなりと決まり、教材が配られれば解散。
 私は海斗くんと桃華さん、サザナミくんと一緒に図書室へ向かった。
 明日の入学式の準備があるため、生徒会役員は午後までかかるという。
 図書室にはすでに三年メンバーが揃っていた。
 会うのが久しぶりというわけではないのに、ツカサの姿を見ると嬉しくなる。
 ホワイトデーのあとも何度かうちに来てくれたけれど、私はいつでも眠くてあまり会話をすることはできずにいた。申し訳なくて、来なくていいと話したけれど、ツカサは「本ならどこでも読める」とうちに来ては本を読んで過ごしていたのだ。
「翠葉は春休みにどこかに出かけた?」
「知ってのとおり、お薬が変わってそれどころじゃなかったの……」
「え? あのあともずっと?」
 桃華さんが驚いた顔をした。
「うん。眠気が完全に取れたのは先週の土曜日くらいなの」
「……その間藤宮司とも会ってなかったとか言う?」
「……ううん。会ってないわけじゃないのだけど、来てもらっても、私寝ていたから……」
「会うことには会っていたのね?」
「とりあえず……?」
 会っていた、と言うのが申し訳ない状態ではあったけれど……。
「少しほっとしたわ」
「え?」
「だって、翠葉も藤宮司も、用がなかったらメールも電話もかけそうにないから」
「……それはそうかも?」
「だから、もしかしたら春休み中一度も会ってないんじゃないかと思ったんだけど、そういうわけじゃないみたいでほっとした」
「あの、桃華さん」
「何?」
「用事がないのにメールしたり電話したり……。何を話すの?」
「何って――」
 桃華さんが言葉に詰まると、海斗くんが「くっ」と笑う。
「用がなかったら連絡しないって、すげー翠葉と司らしいと思うけど?」
 私とツカサらしいってどんなだろう……。
 少し考えてみたけれど、海斗くんが思っているものを捉えることは難しそう。
「何なに? 御園生さんと藤宮先輩付き合うようになったん?」
 サザナミくんに訊かれて、「え?」と思う。
「え? って顔してるけど……もしかしてまだなの?」
 訊かれたことになんと返事をしたものかと考えていると、ツカサの声に遮られた。
「二年、早く席に着け」
 私たちが席に着くと、今年度の予算を組む会議が始まった。

 会議が終われば桜林館に場所を移して入学式の準備。
 桃華さんは壇上に飾られるお花をいけていて、男子は椅子を並べる作業。私と嵐子先輩は、十数種に渡るプリントを一部ずつ綴じていく作業。
 桃華さん以外の人は単純作業と言えるものだった。
 横長のテーブルにプリントを並べ、一枚ずつプリントを手に取ってホチキスで綴じていく。流れ作業でそれを続けるため、黙々とテーブルの周りを回っていた。
 ……付き合うってどういうことを言うのかな。
 サザナミくんに言われた言葉が気になって、会話が終わってからもずっと考えていた。
「付き合うって……どういうことだろう?」
 口をついた言葉に嵐子先輩が大きな反応を示す。
「ちょっ! 翠葉っ、恋バナっ!?」
「えっ?」
「だって今っ、付き合うって言わなかったっ!?」
「あ……えと、付き合うってどういうことをいうのかが知りたくて……」
「それって対象は司だよねっ!?」
「あ……そういうわけではなくて、ただどうなれば付き合っていることになるのかな、と思って……」
「そりゃーお互いが好きってわかったらじゃない?」
 お互いが好きってわかったら……?
 そういえば、朝陽先輩が告白してきた人に「ありがとう」と答えるとそういうことになると言っていた。
 でも――二月二日、私は好きと伝えたけれど、ツカサから「ありがとう」は言われていない。返事というか、言葉はとくにもらわなかった気がする。
 ただ、ぎゅっと抱きしめてくれた。好きと言うたびにキスをしてくれた。それだけ……。
 言葉はなくても気持ちは通じたような気がした。でも、それでは付き合うということにはならないのだろう。
「翠葉は司と付き合うことになったんじゃないの?」
「……それはどういう基準を満たせばそうことになるんでしょう?」
「基準って……。だって、司ったらずっと翠葉のところにお弁当食べに行ってたし」
 それはそうなのだけど……。
 でもそれは、「付き合っているから」ではなく、「保険屋さん」のオプションのような気がするし……。
「春休み、デートしたりしなかったの?」
「えぇと……新しいお薬に慣れるのに必死で家からは出られなくて……」
 さっき桃華さんに答えたことと同様のことを口にすれば、
「ええええっ!? じゃ、電話は? メールはっ!?」
 嵐子先輩が必死な様子で訊いてくる。
「あの……とくにこれといった用はなくて、私からメールや電話をすることもなければ、ツカサから連絡があることもなかったです」
 ツカサは携帯にかけて私を起こすのは嫌だから、とたいていはコンシェルジュにお母さんの在宅の有無を訊いてから九階にやってきて、インターホンを押す、もしくは指紋認証をパスして部屋に入ってきていた。
「あんたたち何やってんのっ!?」
 何を……? なんだろう……。
 嵐子先輩も用事がなくてもメールや電話をかけられる人なのだろうか。
「嵐子先輩は用事がなくてもメールや電話を優太先輩できますか?」
「うん」
 あまりにも当然、と言わんばかりの返事だった。
 でも……私はちょっと無理かも。
 同じ空間にいられれば言葉がなくてもいいけれど、空間の媒介に携帯電話がある場合、どうやったって言葉が必要になる。話さないでいようものなら、「これ通信機器だから。言葉を話さないと意味を成さない」と言われかねない。
「翠葉は違うの? 私、声が聞きたくなっただけでも電話しちゃうけどな」
「それで、会話が続きますか?」
「んー……私たちだと次のデートはどこに行こうとか、今やってる映画の話をしたり、勉強でわからないところ訊いたり。その日にあった出来事とか、話すことなんていくらでもあるでしょう?」
 そっか……。付き合っている人たちはそういう会話をするのね……。
 私とツカサには無理な気がする。
 どこに行こうなんて話はしたことがないし、映画の話もしたことがない。その日に起きた出来事を話したことがあるだろうか。
 唯一、勉強の話ならできそうだけれど、電話で訊こうものなら「翌日教えに行く」と言われかねない。
 ツカサと会話が続く話題はないものか……。
「うーん……」
「翠葉、ストップっ!」
「えっ?」
「それ、二週目っ。ふたつ戻ってホチキスで一度留めようか?」
「わっ、すみません」
 私は言われたとおり、ふたつ戻ってホチキスで留めた。
 息を吐き出し、
「嵐子先輩、私、冊子もまともに作れない人になりそうなので、しばらく冊子作りに専念します」
「……了解」
 そのあとはふたり黙々と冊子を作った。
 冊子を作り終えれば新入生が座る椅子一つひとつに置いて回る。すべての作業が終わると午後一時を回っていた。
「嵐子、お昼食べに行こう」
 優太先輩が声をかけると、嵐子先輩は嬉しそうに腕を絡めて桜林館をあとにした。
「俺らもとっとと弁当食って、午後練行かなくちゃ」
 海斗くんとサザナミくんもいそいそと桜林館から出ていく。
「翠葉、このあとは?」
「何も予定ないから真っ直ぐマンションに帰る予定。桃華さんは?」
「私は梅香館に本を返してから帰るわ」
「あ、俺も梅香館行くから桃ちゃん一緒に行こう」
 朝陽先輩が会話に加わり、早々にふたりは桜林館を出ていった。
 その場に残されたのは私とツカサなわけだけど……。
「薬の副作用は?」
 そんなふうに話しかけられ、いつもどおりだなと思う。
「先週の土曜日くらいから眠気とふらつきが取れたの」
「痛みは?」
「今はほとんどなくて、すごく楽。……ツカサ、春休みにどこかへ行った?」
 いつもとは違う会話を振ってみる。けれど、
「とくには……。読みたい本が溜まってたからそれを読んで、あとは部活」
 いつもと変わりない答えが返ってきた。
「そっか……」
「なんで?」
「ううん、深い意味はないの」
 あっさりと話は終わり、先に続く言葉は見つからない。
 声を聞くためには会話をしなくちゃいけないわけだけど、これといって話すことがない。
 今まで一緒にいたとき、何を話していたかな……。
 思い出そうとしても思い出せない。きっと、そんなに重要な話はしていないのだろう。
 お昼休みにツカサがお弁当を食べにくるといっても、とくに何を話すわけでもなかった。ただ、目の前にツカサが座ってお弁当を食べていただけ。それだけで私は満足だった。
「ツカサ……」
「何」
「私たち、一緒にいて何を話してたかな?」
「は?」
 何を訊かれたのかわからない。そんな顔で見下ろされている。
「ううん、ただ訊いてみただけ」
「あっそ……」
「もうひとつ訊いてもいい?」
「どうぞ」
「私たち、付き合っているの?」
「…………」
 ますますもって意味がわからない、という顔をされた。
「そうだよね。私もサザナミくんや嵐子先輩に訊かれてびっくりしちゃった」
 別にこのままでいい。「付き合っている」なんて言葉がなくても側にいられるならそれでいい。
 望むとすれば、かけたいときに電話をかけられるようになれたらいいけれど、それは私の課題であって、ツカサにどうこうしてもらうものじゃない。
 話す内容がなかったら天気予報くらい話せるようになろう。
 でも、電話をかけずとも携帯にはツカサの声が録音されている。その声を聞く分には何を話さなくちゃいけないと思うことも、何か話せと要求されることもないのだ。
 出口に向かって歩きながら、
「今日、このあとは部活?」
 訊くと、ツカサはまださっきの表情のままだった。
「……そうだけど」
「じゃ、早く行かなくちゃだね」
「……翠の予定がないならこのあと少し付き合って」
「え?」
「さっきの予算案、パソコンに入力してプリントアウトするから」
「……うん、わかった」

 桜林館から学食へ移動し、ツカサは定食をオーダーした。
 てっきり今日はお弁当じゃないのかと思いきや、図書室に戻るなりかばんからお弁当箱を取り出す。
「両方食べるの?」
「まさか……。翠は今日弁当持ってきてないだろ?」
「うん」
 入学式の準備は午後少し過ぎるくらいに終わるということだったからお弁当は持ってきていなかった。
「弁当は翠が食べていい」
「えっ……もしかしてそのために学食でオーダーしたの?」
「そうだけど……」
「言ってくれれば良かったのにっ。私、まだお腹空いてないし大丈夫だったのに」
「……もう一時半。お腹が空いてなくても何か食べるべき」
 その一言で私の意見は却下される。
「でも……私、これ全部は食べられないよ?」
 真白さんの手料理は好き。けれど味と分量は別問題。
「言われなくてもわかってる。食べられる分だけ食べればいい。残した分は俺が食べる」
「……ありがとう」
 そんなやり取りをして思う。
 そういえば、私とツカサはこんな会話ばかりだな、と。
 何か特別な話題があるわけではない。ただ、何を食べるとか何をするとか、身の回りにある話ばかり。
 特別な存在だけど、常に特別な会話があるわけではないのだ。
 そのことに気づいたら、何を悩んでいたのか、とばかばかしくなる。
 差し出されたお弁当を不思議な気持ちで開ける。と、
「最近秋兄に会った?」
 唐突な質問に驚いた。
「……ほとんど毎日会ってるよ?」
「なんで毎日?」
「唯兄が夕飯に戻ってくるとき、たいていは秋斗さんも一緒に来るの。だから、三月末からかな? 土日以外は一緒に夕飯を食べることが多いよ」
「……ふーん」
「……それがどうかした?」
「別に。……来週にある模試の準備は?」
「少しずつやってはいるけど……」
「必要があるなら見るけど?」
「嬉しいっ!」
「……そんなに自信がないわけ?」
「ツカサほどの自信を持ち合わせてい る人はそうそういないと思うの……」
 ふたり真顔で見つめあい、どちらからともなく視線を逸らしてお昼ご飯を食べることに集中した。
 食べ終わったあとは予算案の入力。それは教えてもらいながらやっても三十分とかからなかった。



Update:2013/11/15(改稿:2017/07/28)



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