その列に並び受付を済ませると、見知った講堂へ入る。
あらかじめ、事務の人間に言われていた席に着くと、それから二十分ほどして入学式が始まった。
式の途中で新入生代表の挨拶を済ませ入学式が終わると、鎌田と風間に声をかけられた。
どうやら学籍番号が前後で入学式の席が隣。しかも同じ学部とわかって意気投合したという。
そんなどうでもいい話を聞いていると、
「おまえ大学でも新入生代表かよ。そういうの、高等部までかと思ってたけど、大学でも当然のように一位を掻っ攫ってくところが実におまえらしくてむかつくぜっ!」
「風間くん、風間くん……藤宮で一位なのはともかくとして、藤宮くんは全国模試でも一位でしょ? ってことはさ、全国レベルで向かうところ敵なしってことじゃないかな?」
「あ、そっか……。うちの大学を受ける人間に限って全国模試を受けてないやつはいないだろうしな。言われてみればそうだった」
「そんなすごい人に勉強見てもらってたなんて、未だに信じられないよ」
「……は? 何、かまっちゃん、藤宮に勉強見てもらってたのっ!? えっ!? ってか、ふたりってどういう関係っ!? それ以前に勉強教えるとか、こいつそこまで面倒見のいい人間じゃないだろっ!?」
風間は言いたい放題口にする。でも確かに、近しい人間以外の勉強を見たのは初めてのことだった。それも、自分の知らないところで翠と連絡を取られるのが嫌で、という理由でだけど。
「藤宮くんとは弓道を介して知り合ったというかなんというか……」
「あ、何? かまっちゃんも弓道部だったの?」
「うん。入学早々ちょっと性質の悪い人間に捕まって、ほぼ強制的に入部させられたんだけど、意外と自分にあってたみたいで、今は中学のときにやってた剣道よりもしっくりくる感じ。それから俺、御園生と中学が一緒で友達なんだよ。そういう関係性もある」
やけに丁寧に、そして詳しく話す鎌田の話に風間は目をキラキラと輝かせ始めた。
「御園生さん知ってんのっ!?」
「え? う、うん……」
食い気味の風間から、鎌田は一歩後ずさって肯定した。
「御園生さん、めっちゃかわいいよなっ! なんでこんな顔と頭と運動神経がいいだけの性悪男と付き合ってんだか。かわいいし頭もいいし性格もいいのに男の趣味だけは悪いよなぁ……」
鎌田はクスクスと笑う。
「それ、藤宮くんのこと結構褒めてるように聞こえるけど?」
「え? 顔と頭と運動神経がいいけど性格は悪いって、結構アレだと思うんだけど?」
「僕はまだそれほど藤宮くんのことを知らないけど、御園生曰く、ちょっと人見知りが激しいだけって言ってた。それに、俺が藤宮に合格できたのって間違いなく藤宮くんのおかげだし、成り行きから家庭教師を引き受けてくれただけでもいい人だと思うよ。それに、きちんと合格させてくれる程度には責任感もあるんじゃないかな」
鎌田はとても穏やかな物言いで言わなくていいようなことまでペラペラと話す。それも悪気があればいやみのひとつも言えるものを、一切悪気がないところがこいつの扱いづらいところというか、翠と似てる部分というか……。
「それ、何度聞いても真実味ねえし……。うちの学校じゃ、こいつの教えを乞えるのなんて生徒会メンバー限定だったけどっ!?」
「そうなの……?」
返答を求められた俺は、視線を逸らすことで肯定する。と、
「かまっちゃん、こいつの弱み握ってるとかっ!? それならぜひとも俺にも共有させてっ!」
「えええっ!? 別に弱みなんて握ってないよ。ただ……」
鎌田はちらりとこちらを見てから少し言いづらそうに、
「もともとは、勉強でわからないところがあると御園生にSOSメール送って教えてもらってたんだよね」
「はああああっっっ!? 何その羨ましい関係っ! 俺にもよこせよっ」
風間にヘッドロックされた鎌田は早々に「ギブギブギブっ」と手を上げる。すると風間は話の先を聞くために、あっさりと腕を外した。
「去年の大晦日もそんな感じでメールしたら即行返事が送られてきて、起きてるんだって思ったから新年の挨拶しようと思って電話したんだけど、その電話の途中で藤宮くんが出て、メアドと電話番号送るから、次からは俺に訊いてこい、って。この先御園生の受験勉強が忙しくなるからって話だったけど、アレ、間違いなく牽制とか口実だったよね?」
クスクスと笑いながら鎌田に訊かれ、さっきと同じようにそっぽを向いた。すると、今度は風間が馴れ馴れしく肩を組んできた。
「本当おまえ、御園生さんにぞっこんだよなぁ〜。一昨年の紅葉祭の話とかかまっちゃんに一から話して聞かせたいぜ」
「え? それ、僕行ったけど?」
「あ、一日目? 何、御園生さんからチケットもらったの?」
「いや、うちの先輩がインハイのときに藤宮くんに催促したみたいで、その恩恵にあやかった感じ。で、そこで御園生と再会を果たして連絡先を交換したというか……」
「そうだったんだ?」
「うん」
そんな話をしているところへ朝陽と優太がやってきた。
「珍しい、司が俺ら以外とつるんでるなんて」
「優太、その認識は間違っている。つるんでるんじゃなくて絡まれてるだけだ」
「ひでえっ!」
「藤宮くん、それはちょっと……」
風間と鎌田は声を揃えて俺を非難する。
朝陽はクスクスと笑いながら鎌田に向き直り、
「俺は美都朝陽、経営学部の経営学科。司とは幼稚舎からの腐れ縁。君は?」
「海新高校出身の鎌田公一。医学部医学科。藤宮くんとは御園生を通して知り合った感じかな」
「翠葉ちゃんと知り合い……?」
「うん、中学が一緒なんだ」
「……へぇ、中学が……」
朝陽と優太の顔が一瞬にして険しいものになる。俺も同様の態度を取ったことがあるだけに、少しだけ鎌田が不憫に思えた。
「朝陽、優太、そんなに構えなくていい。翠曰く、鎌田は中学で唯一の友人らしいから。翠にとって害のある人間じゃない」
その言葉にふたりは表情を緩め、鎌田に謝罪した。鎌田は少し苦笑して、
「本当、御園生は高校でいい先輩や友達に出逢えたんだな。そんな話は前に聞いてたけど、こういう対応されるたびに実感するよ」
「君は人がいいって言われない?」
朝陽の言葉に鎌田は肩を竦めて見せた。
「言われるけど、人に言われるほどいい人なわけじゃないと思う」
「俺は春日優太。教育学部の教育科学科。学部違うし、医学部は来年からキャンパスも変わっちゃうけどよろしく!」
「こちらこそ」
携帯の番号やメアド、SNSのアカウントなどを交換しだした四人を見て、ここに自分がいる必要があるのか、と考える。
――いや、ないだろ……。
離脱しようと思ったそのとき、朝陽にスーツの後ろ襟を掴まれた。
「こいつ、本当に無愛想なんだけど、懐に入れた人間の面倒は割と見るほうだし、悪いやつじゃないから、六年間よろしくね」
「そんな、こっちこそ仲良くしてほしいくらいで」
「あ〜……『仲良く』は結構難しいんだけどさ」
優太の言葉に鎌田はあっさりと頷いた。
「でも、六年もあれば相応に話せるくらいにはなれるかな、と思って」
「うんうん、そのくらい長期戦覚悟してれば大丈夫! 俺たちも協力するし!」
なんの協力だよ……。
「司、大学ともなれば、グループで研究することだって出てくるだろ? ある程度の人付き合いは必要だよ」
朝陽の言葉にしばし考える。
確かに、研究はグループでやることが多くなるし、グループディスカッションなんかもあるか……。そうなった際には嫌でも誰かと組まなくちゃいけないわけで――
そう考えれば、風間と鎌田、すでにふたりは確保できたも同然。ほかのメンバーはこのふたりに集めさせよう。そのあたりの面倒と引き換えならば、ふたりの面倒くらいは見てやるか――
今度こそ離脱しようと足を踏み出すと、
「司、十九歳の誕生日おめでとう」
背後から朝陽に声をかけられた。振り返ると、ほかの三人にも口々に「おめでとう」を言われた。
朝陽は今までだってこんなふうに声をかけてくれてたけど、その言葉に温度を感じたのは今が初めてで――
変わったのは朝陽じゃなくて自分……?
人の言葉を素直に受け止められるようになったのは、ひとえに翠の影響あってのもの。
そんなことを考えながら、
「ありがとう……」
「おめでとう」という言葉に「ありがとう」を返すのも初めてのことで、気恥ずかしさに俺はすぐにその場を立ち去った。
Update:2018/12/27
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