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私の過保護な婚約者



私の過保護な婚約者 Side 御園生翠葉 02話


 コンシェルジュに車をロータリーへ移動してもらい、唯兄は私に付き添ってエントランスまで下りてくれた。
「ホント、身体起こすと見る見るうちに血圧下ってくね」
「うん、気持ち悪い……。でも、まったく身体を起こせなかった一昨年よりはよくて……」
「あぁ……ちょうどこのマンションに越してきたときがそんな状態だったっけ?」
「そう……」
 そんな話をしながらエントランスまで下り、車に乗っては横になる。
 たかだか十階から一階まで下りただけでこの様。きっと点滴を打たないことには回復しないだろう。
 車が走り出して少しすると、スマホが「いつか王子様が」を奏で出す。
 着信音を聞いて、しまった……と思う。
 いつもなら、八時半にはミュージックルームにいる。でも今日は、具合が悪くてツカサに連絡を入れるところまで頭が回らなかったのだ。
「あああ……出たくないなぁ……」
 ものすごく出たくない……。
「なんで? それ司っちからでしょ?」
「だって、具合悪いって言ったら心配かけちゃうもの……」
 それに、旅行前まではあれだけ完璧に体調コントロールできていたのに、旅行が終わった途端にこれだなんて、怒られてしまう気もする。
「じゃ、嘘ついちゃえば?」
「嘘かぁ……。嘘をつくとね、ひとつの嘘で信用が五十ずつ減るの」
「じゃ、嘘はつかずにかわしてみるとか?」
「それ、ツカサ相手に可能だと思う?」
「容易ではないと思うけど……」
「ひとまず、トライしてみようかな……」
「おっ、勇者!」
 私は緊張しながら通話ボタンを押した。
「ツカサ……?」
『今日は練習しないの?』
「あー……えぇとね、少し疲れちゃったみたいなの。だから、今日は練習をお休みして、ゆっくり過ごそうかな」
『ふーん……』
 沈黙が恐怖でしかない……。
 これ以上何かを話すと嘘をつくことになってしまいそうだし、できれば早々に切りたいのだけど、ここで切ろうものなら何か勘繰られてしまいそうだし……。
『体調は?』
「本当に少し疲れただけだから……。事前に連絡入れられなくてごめんね?」
 ツカサの返答を待っていると、ツカサがくつくつと笑い出した。
「ツカサ……?」
『翠は本当に嘘がつけない性質なんだな』
「嘘」というワードにドキリとする。
「私、嘘なんてついてないよっ!?」
『だから、嘘がつけない性質だ、って言った』
 それはどういう意味だろう……。
 自分の言動を振り返ってみても、まずい言葉は使っていないと思う。
 家にいるとは言っていないし、具合が悪くないとも言ってない。ただ、練習を休んでゆっくり過ごすと話しただけだ。
 あれ……?
 嘘はついてないけど、嘘がつけない性質って言われてるということは――
『いつもならもう起きて行動している時間なのに、血圧の上が八十台後半から九十台。夏の今、この数値を維持できる体位は臥位しかない。つまり、身体は起こしていない。もしくは、起こせない状態なんじゃないの?』
 ツカサの分析能力を侮っていたわけじゃないのだけど、これはちょっと想定外――
 そこまでばれているなら、これ以上隠そうとしても意味を成さない。
 私は観念して、
「すごく体調が悪いというわけではないのよ……? でも、身体起こすのはちょっときつくて……」
『今、家?』
「ううん。病院へ向かう車の中」
『付き添いは碧さん? 唯さん?』
「唯兄だけど……?」
『翠、スマホをスピーカーにして』
「え? うん……」
 言われたとおり、スピーカーの状態にすると、
『唯さん、司です』
「お? 司っち、おはよう!」
『今から自分も病院へ向かうので、唯さんは翠を送り届けたら帰っていいですよ』
「……リィ、結局ばれちゃったの?」
「だって、すさまじく優秀な分析能力をお持ちなんだもの……」
「なるほど……。でもさ、この子今ひとりで身体起こしてることもできないから、ひとまず司っちが来るまでは付き添ってるよ」
『……実のところ、ここ一時間の翠のバイタルは履歴をチェックしているので、どんな状態かは粗方把握しています。その状態なら、今日は間違いなく点滴を受けることになるでしょう。それには自分が付き添います』
 そこから知られてたのかぁ……。
 思わず項垂れたくなってしまう。
 じゃあ、何? 電話をかけてきたのって、練習どうこうの確認じゃなくて、状況確認だったってこと?
「ちょっとリィ、どうなのよ。このストーカー並みの婚約者。婚約破棄するなら今じゃない? 今でしょ!」
『唯さんって、本当に余計なことしか言いませんよね。常々……』
「ははっ! 『常々』に情感篭ってんなー! ま、了解了解。司っちがすぐ来てくれんなら、俺も三十分くらいの遅刻で済みそうだし。じゃ、病院でね」
 それで通話は切れた。
「リィ、まじでいいの? これが婚約者で」
「隠し事が一切できそうになくて、先が思いやられる感はアリマス……。でも、いやというわけじゃないかも……?」
「いやじゃないって、それ婚約者に向ける言葉?」
「あ……ちょっと間違えた? 過保護すぎるなぁとは思うのだけど……」
 えぇとこれは――
「……しあわせ、かなぁ……」
「幸せ?」
「うん……。好きな人が自分を見てくれているのは、しあわせなこと、だよね? だからたぶん……しあわせ、なのだと思う」
「ちぇー、結局のろけかよー!」
 そんな会話をしているうちに、車は病院の駐車場へと着いていた。

 唯兄に付き添われ受付を済ませると、すでに検査のオーダーが入っていて、検査を先に済ませるよう案内された。
 検査を終わらせ二階の専門内科へ向かうと、待合室は相応に混んでいた。椅子に座って待つことができたならよかったのだけど、それすらも無理で、結局はすぐに処置室へ収容されることになる。
 処置室の看護師さんに体温を測られたり血圧を測ってもらっている最中に、ツカサがやってきた。
「じゃ、あと任せていい?」
「問題ありません」
「帰り、迎えが必要なら言って? ちょっと出てくるくらい問題ないからさ」
「いえ、自分の警護班を動かすので、その必要はありません」
「なるほど。たださ、検査結果は教えてよ? 心配だから」
「うん、わかった。あとで診察が終わったらメールか電話するね」
「じゃあね!」
 唯兄がカーテンから出て行くと、代わりにツカサがスツールに掛けた。
 その表情は、どこか不満げだ。
「……怒ってる?」
「俺が怒るようなことを翠はしたんだ? そういう認識だとか、自覚があるんだ?」
「えぇと……嘘はついてないけど、朝連絡を怠ってしまったから、その点については謝らなくちゃいけないな、と思っています……」
 気まずさから視線を逸らすと、プニ、と頬を摘まれた。
「嘘……怒ってはいない。ただ、体調が悪いことくらい話してくれてもいいんじゃないかとは思ったけど」
「ごめん……。心配をかけたくなかっただけなの」
「唯さんに検査結果は報告するのに?」
 え、そこ……?
「家族には心配させても、婚約者には心配させないんだ? 具合が悪いことすら言えないんだ?」
「だって……」
「だからさ、婚約者の心配くらい普通にするし、させてほしいし、こんなことも言えないような関係で結婚するつもりなの?」
「それはその……」
「その遠慮は早い段階で捨てて欲しいし、直してくれないと困るんだけど」
 私が唸っていると、紫先生がやってきた。
「まったく司は――そういう物言いしかできないのかい? もっと優しくならないと、翠葉ちゃんに嫌われてしまうよ?」
「紫先生……!」
「おはよう、翠葉ちゃん。今、バイタルの履歴を見てきたんだけど、今日はちょっとつらそうだね。診察をするから、司は少し出てなさい」
「はい」
 ツカサがカーテンを出て行くと、いつもの診察が始まった。
 全身のリンパの腫れを確認して、反射のチェック。胸の音を聴いたあとに、先生御用達の水銀計の血圧測定器を使っての簡易的なODテスト。
 さすがにこの体調でODテストをするのはかなりきつい。けれども、数値が如実に変化するため、先生も無理を強いるようなことはしないでくれた。
 ベッドに横になって呼吸を整えていると、
「紫先生、御園生さんの検査結果出ました」
 看護師さんの一言に、紫先生がノートパソコンの操作を始める。と、
「うん。今日は点滴だね」
「水分摂取はがんばっていたつもりなんですけど、やっぱり足りてないんでしょうか……」
「ひどい脱水症状というわけじゃないけど、軽度の脱水症状だね。ほか、血液検査のほうは取り立てて悪い数値は出ていない。うーん……どう説明してあげたらいいかな?」
 紫先生は少し天井を見て、私に視線を戻した。
「健康な人の血管は、水風船を膨らませたような状態で、血管に弾力があり、張りがある。ところが翠葉ちゃんの血管は、一度空気を入れて抜いたあとのようにふにゃふにゃした張りのない、緊張感に欠ける血管なんだ。通常それらは血管の周りに張り巡らせられた交感神経がうまく作用して維持されるものなんだけど、翠葉ちゃんの場合はそこがうまく働いていない」
 あぁ、やっぱり……自律神経さんの怠慢が原因なのだ。
 もう少しだけでいいから、働いてくれると嬉しいんだけどなぁ……。
 そうは思っても、働いてくれないのが私の自律神経さんで、意思でどうこうできるものではないのが自律神経さん……。
 諦めの境地でため息をつくと、先生に少し笑われた。
「だからね、その血管に張りを持たせてあげる必要があるんだ」
 それはどうしたらいいのだろう……。
「血圧を上げる一方法として昇圧剤を使うという手もあるけれど、もう少し身体へ負担のない方法をとろうと思う」
「身体に負担のない方法、ですか……?」
「そう。物理的に、血管に相当量の水分を補ってあげることが一番身体に優しい方法だ。それにはちょっと時間がかかるんだけど……」
「時間、ですか……?」
「今日はこのあとに予定があったりするかな?」
「いえ……とくに予定は――」
「じゃ、大丈夫かな? いつもとは違う点滴を一リットル入れるから、五時間から五時間半はかかるかな」
「えっ――」
「何か問題あるかい?」
「いえ……私は問題ないのですが、ツカサが……」
 付き添ってくれるとはいえ、さすがに半日近く拘束するのは申し訳なさ過ぎる。
 そう思っていると、ツカサがカーテン内に入ってきた。
「翠、俺のことは気にしなくていい」
「あぁ、そういうことか。今日は司が付き添い? ご家族は?」
「行きは唯兄と来たんですけど、ツカサが代わってくれて……」
「帰りも司が送って行くんだろう?」
「そのつもりです」
「なら、ゆっくり過ごせるように十階の病室に場所を移そう。点滴の交換には看護師が行くから問題ないよ。点滴が終わるころには普通に立てる程度には回復しているはずだ。帰りにもう一度診察するから、それまではゆっくり休んでおいで」
 先生はパソコンにオーダーを打ち込むと、カーテンから出て行った。



Update:2020/06/02



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