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私の過保護な婚約者



私の過保護な婚約者 Side 御園生翠葉 03話


 カーテン内にふたりきりになり、ツカサの様子をうかがい見る。
「ツカサ、好意は嬉しいのだけど、それでも五時間よ? さすがに暇でしょう? 帰りは唯兄に迎えに来てもらうから――」
「その遠慮、どうにかしてって言ってるんだけど」
「でも……」
「これが家族なら甘えるの?」
 これが家族なら――
「……家族だとしても、一度家に帰ってもらうと思う……」
「翠がいつまでそのバングルをつけているつもりなのかは知らないけど、現況はまだまだ外せそうにないな」
 そう言うと、ツカサはそっぽを向いてふて腐れてしまった。

 ――「いつまでそのバングルをつけているつもりなのかは知らないけど――」。

 なんか、鈍器で頭を殴られた気分だ。
 このバングルは、私が体調不良を言えないことが原因で作られたものであり、私が自己申告できるようになったなら、いつでも外せるアイテムなのだ。
 バングルをつけて二年以上経つけれど、未だ外せる状況には至っていない。
 というよりは、だいぶ話せるようになってきてはいるのだけど、この時期の体調不良にはトラウマがあるのと、突発的にこういうことが起きると、周りにかける負担や迷惑を反射的に考えてしまう。
 お母さんの仕事のスケジュールを変更しなくちゃいけないとか、唯兄が会社に遅刻していくことになるとか、そういうのを目の当たりにすると、どうしても気が引けてしまう。
 だからといって、もう「消えたい」だなんて思わないけれど、すべて自分でどうにかできたらいいのに、とは思う。
 けど、どうしたって無理。だから人の手を借りることになるわけで――
 でも、もしひとりでどうにかできる方法があるのだとしたら……? まだ私が知らないだけで、自分ひとりでどうにかできる方法があるのなら、その方法を知りたい……。 

 少しすると看護師の芳野さんがやってきて、点滴の準備を始めた。
 もう誰に何を言わずとも、私が来ると芳野さんが担当してくれる。
「今日も例に漏れず血圧低いのよねぇ……。私、一発で刺せるかしら」
 芳野さんは唸りながら私の腕と睨めっこをする。でも、芳野さんがこの外来で一番針を刺すのが上手で、芳野さんが二回失敗すると紫先生にお出まし願うことになる。
「今日も左手でいい?」
「お願いします」
「じゃ、いっくよー!」
 芳野さんは空気が重くならないよう、けれど真剣に針を構える。
「よっし! 血が上がってきた。これで点滴落としてみて大丈夫なら十階に上がろう」
 結果、問題なく輸液を落とすことができ、五〇〇ミリリットルを二時間半で落とすよう制御式輸液装置の設定を済ませると、処置室を送り出された。
 ストレッチャーで十階の第二病室へ運ばれ、病室のベッドに移動する。
 相変わらず、広くて明るくて開放感溢れる病室だ。
「今年はこの部屋を使わずに済むと思ってたんだけどなぁ……」
 ポツリと零すと、
「処置室で五時間よりはいいだろ」
 ツカサはぶっきらぼうにそう言うと、点滴がつながっている私の手を、壊れ物でも扱うみたいに優しく包み込む。
 早くも点滴で冷たくなり始めていた手が、柔らかい熱に包まれて気持ちがいい。
 もし付き添ってくれているのが唯兄だったら、早々にカイロを買ってきてほしいとお願いしただろう。でも、ツカサが手を握っていてくれるなら、カイロがなくてもいいかな……。
 けれども、ずっと手を握っていたら、ツカサはスマホを見ることもできないよね。
 やっぱりカイロは買ってきてもらうべきかな……。
 あれこれ逡巡していると、
「俺には言わないの? 言えないの?」
「え……?」
「……点滴するとき、いつもならカイロが欲しいって言うだろ? 俺にはそれすら言えないの?」
「違っ――」
 なんかさっきから、ずっとこんな感じで悪循環だ。
「何が違うの?」
「……確かに、唯兄が付き添ってくれていたら、すぐに言ったと思う。でも、ツカサが手を握ってくれたから……」
「は……?」
「ツカサが手を握ってくれたからあたたかくて……。でも、ずっと手を握ってたらツカサは何もできないから、やっぱりカイロは買ってきてもらったほうがいいのかな、って今考えていたところで、決してツカサだから頼めないとかそんなふうに思ってたわけじゃなくて……」
「それならいいけど……。手、ずっと握っててほしいなら握ってるけど?」
「それは本当に申し訳ないからっ、カイロを買ってきてください……。でも、カイロを買ってきても、片手だけは貸してくれる……? 手、つないでたい……」
 少しのわがままを口にすると、ツカサは目を見開いたあと、片方の口端を上げ、ひどく満足そうな顔になった。
「カイロと飲み物買ってくる。翠は経口補水液でいい?」
「うん……」
「じゃ、ちょっと行ってくる」
 ツカサは席を立つと、チェストからタオルを取り出し、
「俺がいない間は、これに包まれてて」
 と、手首にタオルを巻きつけてくれた。
 紫先生、ツカサはとても優しいです。誰よりも、優しいです……。
「ツカサ、大好き……」
 小さく呟くと、
「知ってる。だけど、もう少し素直に甘えてくれると嬉しい」
 そう言うと、ちゅ、と軽く唇にキスをして病室を出て行った。
「もう少し、素直に甘える……か。難しいな……」
 ベッドの上から窓の方を見ると、レースカーテン越しでもものすごく暑そうだった。
「お日様の恵みが燦々と……って感じね。でも、もう少し暑さ的に容赦してくれると助かるのだけど……」
 そんな文句を零しながら、私は目を閉じた。

 目が覚めると、左腕にはカイロが巻かれており、約束したとおり、ツカサは手をつないでくれていた。
「ごめん、寝てた……」
 申し訳なく思うのに、手をつないでいてくれたことが嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
「問題ない。でも、もう十二時を回ってる。どうせ朝は食べてないんだろ? サンドイッチを買ってきたけど、食べられそう?」
「うーん……身体を起こしてみないことにはなんとも言えないかな?」
「あと少しで点滴一本目が終わる。多少はよくなってるんじゃない?」
「うん。身体起こしてみる」
 ツカサに介助されてゆっくりと身体を起こすと、まだ少しクラクラするものの、吐き気が襲ってくるほどではなかった。
「このくらいなら大丈夫かも」
「なら、昼にしよう」
 ツカサが買ってきてくれたのは、たっぷりのレタスとハムとチーズが挟まっているサンドイッチ。私が一番好きなサンドイッチだ。それから、カップにお湯を注ぐタイプのインスタントスープも。
 点滴で身体が冷えていることもあって、温かい飲み物がとても嬉しかった。
「ツカサ、ありがとう……」
「……好意はいつも、そうやって受け取ってくれるとありがたいんだけど」
「善処します……」
「……とはいえ、翠は素直は素直なんだよな……。だから、翠が自然と甘えられるように俺が努力する」
 そう言うと、お湯で溶いたスープを差し出された。

「そういえば、今日の点滴はソルデム3AGじゃないのね?」
「あぁ、ラクテック?」
「何が違うのか知ってる?」
「ソルデム3AGのほうは糖濃度が高くて、ラクテックはL-乳酸ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム水和物が入ってる」
「……お塩?」
「そう。翠みたいな体質の人間にはよく使う輸液」
「そうなんだ……」
 そんな話をしていると芳野さんがやってきて、点滴を変えていってくれた。
 あと二時間半で点滴が終わるらしい。点滴が終わるのは三時で、そのときには紫先生が来てくれるとのことだった。
 気づけばサイドテーブルに本が何冊か置いてあって、疑問に思う。
「本、持ってきていたの?」
 でも、今日ツカサが持っていたバッグに入りそうな分量ではないのだけど……。
「いや、コンビニに行ったついでに兄さんの部屋に寄って、目ぼしい本を何冊か借りてきた。だから、暇をもてあますことはなかった」
「よかった」
 ほっと胸を撫で下ろすと、
「そんなこと気にする必要ないから。スマホさえあれば読み物には事欠かないし」
「じゃ、やっぱり十階に上がってきてよかったのかな? 処置室じゃ電波入らないものね」
「あぁ、そういう意味では十階は問題なくスマホが使えるからな。午後は翠もスマホで読書でもすれば?」
「んー……私はいいや」
「なんで?」
「ツカサが本を読んでるところ見ていたいから」
「は……?」
「きれいな横顔を見て、癒されようと思って」
 ただでさえ好みど真ん中の顔なのだ。その顔が、真剣に本を読んでいるところなど、これ以上ない鑑賞状況ではないだろうか。
 それ以外だと、車の運転をしているツカサの横顔しかじっくり見られる機会はない。
 有意義な午後の過ごし方を見つけたと思っていたのに、
「……じゃ、俺は翠の顔を見て過ごすかな」
「えっ!? それは困るっ。ツカサにじっと見られてると、照れる……」
 好きな人が自分を見てくれているのは嬉しいけれど、何もすることがない中でじっと見つめられるのは、恥ずかしくてたまらない。
「それ、俺も同じなんだけど……」
 ツカサが照れるの……? 照れてるところ、少し見てみたいかも……。
 でも、同じことを言われたら、私は間違いなく困る。だとしたら、別の何かを提案すべきだ。
「じゃ、お話して過ごそう? 私の受験も終わったから、このあとは紅葉祭さえ終わればお休みの日にデートもできるし……」
「あぁ、どこへ行くかとかそういう話?」
「うん」
 そんな話をしているところに唯兄から連絡が入り、検査結果をすぐに知らせなかったことを盛大に怒られた。



Update:2020/06/03



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