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光のもとでU+

迷路の出口

Side 藤宮雅 18話

 メイク道具を自室に置いて、廊下で待っていてくれた唯くんと二階へ向かう。
 建物にはエレベーターも備わっているけれど、スーツケースなど大きな荷物を持ち運びしない限り、皆階段を使っていた。
 廊下の角を曲がったとき、馴染みある香りが鼻を掠めた。なんとなしに唯くんを見ると、髪がかすかに濡れていて、髪の癖がいつもより強く出ている。
 石鹸の香りがしたのだから、汗で濡れているわけではないだろう。
「唯くんたちもシャワーを浴びたの?」
「そりゃね。ガンガンに走らされたし、ペイント弾当たるし、土の上に寝そべったりなんやかやでどろっどろ! 俺、この年でこんな汚れることするとは思ってなかったよ!」
「それはそれは……。私、この施設がどういうつくりになっているのか知らないのだけど、サバイバルゲームができるような設備があるの?」
「そうそう! サバイバルゲームを楽しむためのエリアがあって、木はそれなりに生えてるし、下草ボーボー! むっちゃ童心に返って遊んできた! しかも、えげつないほど秋斗さん射撃うまいのっ! くっそむかつくっ! あんなん反則でしょっ! 技術格差甚だしかったから、こっちチームは二発まで当たっても死なない権利強奪してやりましたよっ!」
 唯くんは顔をくしゃっくしゃにして笑っていて、口調も相応に弾んでいる。文句も言いはするけれど、これはかなり楽しかったのだろう。
「で? 雅さんたちは? 女ふたりでどんな話してたの?」
 にっこり笑顔で訊ねられて、少し考えてしまう。
 唯くんは、人の懐へ入るのがものすごく上手だと思う。いつもの軽い感じでさりげなく訊かれるから、ついうっかり答えてしまいそうになるのだ。
 さらには、唯くんのほうが身長は高いはずなのに、上目遣いで訊かれている気がするのはどうしてだろう……。
 ……あぁ、思い切り猫背で、前かがみで私の顔を覗きこんでいるからかな。
 こういう仕草は狙ってしているのだろうか。それとも、これが彼の自然体? 人への擦り寄り方が、まるで猫そのものだ。
「雅さーん?」
「あ、ごめんなさいっ」
「いや、別にいーんだけど……。今、めっちゃ俺のこと観察してたでしょ」
「はい……」
「で?」
「えぇと……猫みたいだな、と」
「じゃなくて、桃華っちとなんの話してたの? って訊いたんだけど?」
 あ、そうだった……。でも、桃華さんと話した内容はそう簡単に教えることはできない。
 私はさっきの唯くんを真似て、人差し指を唇の前に立てて見せた。
「……秘密。唯くん、ガールズトークは得てして男子禁制なものよ?」
「ま、そりゃそーっすよね? でも俺、ガールズトークには割と混ぜてもらえる系男子なんだけどなー!」
 言いながらスリッパの音を立てて、唯くんは残りの階段を駆け上がった。

 二階のリビングでは、秋斗さんと蔵元さんがアイスコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
 秋斗さんがバスタオルで髪の毛を拭いているのに対し、蔵元さんは整髪料を付けて、きっちり前髪を上げた状態だ。
「秋斗様、髪質が髪質なんですから、きちんと乾かされてきては?」
「えー……面倒くさーい」
「では、その洗いざらしのボサボサ頭で翠葉お嬢様にお会いになられると?」
「……それはないな。うん、ないわ……。髪乾かして、ちゃんとセットしてくる」
「そうなさってください」
 その会話を聞いていた唯くんが、
「秋斗さん、相変らずだねー」
 言いながら蔵元さんの向かいに座る。
「雅さんも立ってないで座れば?」
 唯くんに声をかけられ、私は考える。
 目の前にあるソファーセットはコの字型ではなく、向かい合わせにソファーがセットされているタイプ。この場合、どっちに座るのが正解かしら……。
 瞬時に判断できる上座と下座はないけれど、蔵元さんが座っている方を上座とするならば、私は下座へ掛けるべきだろう。
 唯くんの隣に腰を下ろすと同時、スマホがメールを着信した。
 その場にいた三人のスマホが一斉に鳴ったところを見ると、送信者は同一人物かもしれない。
 メールを開こうとすると、隣に座っていた唯くんが「待った」をかけた。
「これ、誰からのメールか推理しません?」
「推理……?」
 私が訊ねると、唯くんはニヒヒと笑う。向かいに座る蔵元さんは、そんな唯くんを見てため息をついた。
「推理も何もなくないか? このタイミング――しかも一斉メール。こんなことをしそうなのはおひとりしかいないだろう?」
「ですよねー!」
「えっ!? 唯くんも蔵元さんも、メールを見ずに差出人がわかっちゃうんですかっ!?」
 しかも、蔵元さんの言葉遣いから察するに――
「ひょっとして、司さん……?」
 蔵元さんがこんな言葉遣いをするのは秋斗さんと司さん、それから翠葉さんくらいなもの。
 秋斗さんは数分前までここにいたのだから、秋斗さんからのメールではないだろう。さらには、翠葉さんが一斉メールを送るとも思えない。確かに、こんな手に出るのは司さんくらいなものだけど……。
 それを瞬時に当ててしまうのだから、このメンバーの侮れなさといったら、いかほどか……。
 心理学を勉強してきた私より、観察力に長けている気がしてならない。
 それともここにいる人たちは、相手の行動を予測できるほどに親密な付き合いをしてきているのかしら――
 もしかしたら、そのどちらもなのかもしれないけれど、司さんと親密な関係を築くのは、一筋縄ではいきそうにない。
 このメンバー内では秋斗さんと翠葉さんが親密な関係と言える程度で、ほかのメンバーに関しては、司さんに一線引かれてしまっている気がする。
 それでもメールの差出人を難なく推理できてしまうのは、司さんの行動パターンを熟知しているから……?
 な、悩ましい……。
 基本、人を観察するのは好きだし、観察しているほうだと自負してはいるけれど、唯くんや蔵元さん、秋斗さんたちに敵う気がしないのはどうしてかしら……。
「ま、メール見てみますか!」
 唯くんの言葉にメールを開くと、やはり差出人は司さんだった。
 それも、昼食は別で摂るから星見荘まで呼びにくる必要はない――といった内容。
 つまるところ、別行動をするから邪魔はするな、という牽制メールである。
 あまりにもかわいい独占欲に私は笑ってしまったけれど、唯くんは文句を口にする。
「ったくさ、本当はふたりで旅行に来たかったからって、ひとりでリィを独占しすぎっしょ!」
「でも、普段は見ることのできない司さんで、ちょっと親近感が湧くし、年相応でなんとなく安心するわ」
「年相応、ですか? 男なんて年代変われどみんなこんなものでしょう。たとえば、秋斗様が司様の立場でも、同様のことをしたと言い切れますね。そもそも、私たちの同行を許しさえしないでしょう」
「あー! わかるわかるっ! ったくさー、秋斗さんも司っちもやることなすこと本当似てんだよ」
「はぁ……。このメールを秋斗様がご覧になられたら――どうやって宥めます? 今から予告しておきますが、非常に面倒ですよ……」
 最後の一言に私と唯くんは苦笑した。
「でもさでもさ、夕飯はリィが作ったカレーを星見荘で振舞うって書いてあんじゃん? これ、絶対に秋斗さん対策でしょ」
「いやぁ……秋斗様対策であることは間違いないけど、たぶんそこに唯も含まれてると思うぞ」
「え? 俺っ!?」
「少し考えて見ろ……。唯は翠葉お嬢様を奪取しようとする秋斗様に便乗するだろ?」
「あー……するねっ! 間違いなく秋斗さん煽るし、便乗するね! なんだ、司っち、ちゃんと俺のことも視野に入れてくれてんじゃん!」
「お前は本当にめでたい思考回路をしているな……。ただ単に排除されてるだけだろ」
「そうとも言う……。くーっっっ! いつか司っち出し抜きてぇっっっ!」
 そんな会話をしていると、バタバタと階段を上がってくる音が聞こえ、秋斗さんが姿を現した。
「ちょっと見たっ!? 何このメールっ」
「ほら、面倒なのが来た……」
 蔵元さんの一言に、私と唯くんは肩を震わせて笑った。

「さあ、お坊ちゃま方、川原でバーベキューにいたしましょう!」
 稲荷さんがリビングへやってきて、そんなふうに声をかけられる。
 でも、まだ桃華さんと蒼樹さんの姿はリビングにない。
 呼びに行くべきか悩んでいると、
「雅さん、そんな気にしない気にしない!」
「でも――」
「今のご時世、こんな便利なものがあるわけだから、使わない手はないっしょ!」
 唯くんに見せられたのはスマホ。しかも、すでにLINEアプリが起動されていた。
 唯くんは私にディスプレイが見える状態で文字を打ち込み、「川原でバーベキュー始まるよー!」と送信するとニッと笑う。
「これでよし! さ、行こうっ!」
 唯くんはふたりが上がってくるのを待つことなく、先陣を切って外へ出ていった。
 こういう気の遣い方もあるのね――
 自分の手中にあるスマホに視線を落とし、何も映さないディスプレイをじっと見る。
 スマホは仕事でも使うし、連絡ツールとして相応に使いこなせていると思う。でも、人付き合いをしてきていない私には、唯くんのような気の遣い方はできない。
「本当に、私には足りないものばかりね……」
 その言葉を、秋斗さんに拾われた。
「雅、焦る必要はないし、こういう遠隔操作は唯の十八番だ。付き合っていくうちに覚えるよ」
「はい……」

 川原までの道中は、秋斗さんが私の隣を歩いていた。
「簾条さんとは仲良くなれた?」
「えぇ、お友達になっていただきました」
「それは良かった。しっかりした子でしょ? 年の割に気も付くし」
「本当に。最近の高校生ってあんなにしっかりしているものなんですか?」
「さぁ〜……最近の高校生がどうかは知らないけど、俺が知ってる高校生は割としっかりした子が多いよ」
 その言葉に少し考える。
「……秋斗さんの周りにいる高校生なんて、司さんと翠葉さん、海斗さんに桃華さんくらいでしょう?」
「ま、ほかにも生徒会メンバーあたりとは交流があったよ。でも、どの子もいい子だったな。あの扱いづらい司が相手でも、めげずに付き合ってくれる程度には」
 秋斗さんはクスクスと笑って話すけれど、
「……秋斗さん、生徒会メンバーは学年の代表であったり、学校の代表者ですよ? 総じてしっかりした人が集まるものです」
「それは失礼……。でも、司や翠葉ちゃん、簾条さんと比べると、海斗は落ち着きがない気がするな」
 そこへ蔵元さんが加わり、
「秋斗様、大きな誤解をなさっていらっしゃるようなので訂正を……。海斗様が普通なんです。司様や簾条さんが年にそぐわず落ち着いるだけで、あのふたりを基準にしたら、ほかの高校生が哀れです」
「あら、翠葉さんはそこに含まれないんですか?」
「翠葉お嬢様は――」
 蔵元さんは口を噤み、考え込んでしまった。けれどすぐに口を開き、
「翠葉お嬢様は、私の知る『高校生』からは少し離れたところにいらっしゃるんですよね……。決して悪い意味ではなく――ごく普通に生きてきた高校生ほど世間を知らず、すれたご様子がまったくない。純粋すぎて、時々接するのが怖くなります」
「へぇ〜……蔵元がそんなふうに思ってるとは思わなかった」
「だって、下手なことを言って、変に何かを刷り込みたくはないでしょう? それに、秋斗様だって、そういうお嬢様に惹かれたのでは?」
「ま、そうだね。……人は無意識に駆け引きをしたりするけれど、翠葉ちゃんはしない。人やものの見方も、俺が今まで出逢ってきた人間たちとはまったく違ったし、感じ方も独特。『藤宮の人間』とわかればたいていの人間は皆似通った先入観を得るけれど、彼女はそれもなかった。俺をひとりの人間として接してくれた。そういうの、すっごく新鮮だったよね。付き合いが長くなってもそれは変わらなくて、自分に好きな人ができて、そいつとうまくいっていても、俺に向けられる好意を無視できない。見ててこっちが苦しくなるほどに、俺の想いを大切にしようとしてくれた。そいうの、どこをとっても愛しくて困るよ」
 不意に蔵元さんと目が合い、「今がチャンス?」とアイコンタクトをする。
 蔵元さんと同時に浅く頷き、私と蔵元さんは秋斗さんの両脇に立ち位置を変えた。
「今も翠葉お嬢様をお想いで?」
 秋斗さんはふっと息を吐き出し、空を見上げる。
 つられて見た空は、日本らしい夏の青空で、遠くにはモクモクと発達した積乱雲が連なっていた。
「去年の年末と変わらないよねー……。翠葉ちゃんの諦め方なんて、今でもわからないよ。ただ、翠葉ちゃん、今すごく幸せそうでしょ? 司の隣にいて、司に愛されて、すごく幸せそうだ。婚約したあとなんて、ピンクのオーラを纏ってるみたいでさ。もう、すっごく幸せそうなの。そんな翠葉ちゃんを見たら思っちゃったんだよねぇ……。この、幸せそうな翠葉ちゃんを丸ごと守ってあげたいなぁ、って。これはオフレコなんだけど、雅と蔵元だから言っちゃおうかなぁ……」
 秋斗さんは左右の私たちに「オフレコだよ?」と念を押してから、
「表では次々期会長は俺ってなってるけど、実のところ、静さんの推薦があって、次々期会長候補には司も挙がってるんだ」
 その言葉に私と蔵元さんは息を呑んだ。
「でも、もし司と彼女が結婚するならば、そんな危険なポストに司を就けたくないと思うし、今以上に危険な目に翠葉ちゃんを遭わせたくないと思う。それなら、どんな手を使ってでも俺が会長の座に就くよ。ふたり丸ごと、守りたいんだよね。ふたりが、大事なんだ」
 秋斗さんは夏の青空がよく似合う、清々しい表情をしていた。
 吹っ切れた、というのとは少し違うのだろう。でも、心にモヤモヤとしたものを抱えているようには見えないし、苦しんでいるようにも見えない。
 秋斗さんは今、どこに立っているのかしら……。
 秋斗さんは歩幅を広げ私たちの数歩前へ出てから振り返り、
「でーも、ふたりの結婚まではあと五年半もあるし? 足掻けるうちは足掻きますよ」
 そう言うと、秋斗さんはいたずらっぽく笑って見せた。


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Update:2021/01/10

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