Twins〜恋愛奮闘記〜

出逢い Side 柊 02話

 二階に戻るとどちらからともなくキッチンへ向かう。
 顔を見合わせ「せーのっ!」で、飲みたいものを口にした。
「ホーミーベリー!」
 ふたりとも、バイトが終わると必ずティータイムをとる。
 疲れてるときには決まってビタミン多めの酸味ある飲み物を欲するのだ。
 そんなときにチョイスするのは大好きなお茶屋さん、カレルチャペック紅茶店のお茶。たくさんのフルーツが入ったこのお茶と決まっていた。
「聖はストレートだよね?」
「や、今日は少しだけハチミツ入れて」
「え……そんな疲れてる?」
「あのね、俺、午前中はほとんど窓拭きしてたんだよね。アレ、かなりの肉体労働だけど?」
「あ、そっか……。それにシーズン前に出たクリスマス関連の楽譜の入荷、今日だったもんね」
「そうそう、何気に真面目に働きました」
 そう言って腰を押さえる聖を見て笑う。
 年末の大掃除を兼ねた“お掃除”はかなり堪えたみたい。
「柊ちゃん。背が高いと何かと重宝されるけど意外と腰にくるんですよ」
 聖、ソレ、十六歳になったばかりの人が言う台詞じゃないよ? と思いつつ、私は違う返答をする。
「私、140センチだから190センチの人の苦労はわかりかねまーす」
 にこりと笑うと、脇に頭抱えられてぐりぐりされた。
 聖、大丈夫。心優しい柊さんは、今日のお風呂を薬湯にしてあげるから。
 甘酸っぱいハーブティを飲みながら、リビングで今日のニュースを見て過ごす。
「柊、事故渋滞でバスに缶詰になったらどうする?」
 急に訊かれて何かと思う。新譜に釘付けだった視線を上げ、聖の見ているテレビを見ると、お昼過ぎにあった事故で渋滞している道路が映っていた。
「ん……たぶん、楽譜か音源あれば生きてける。もしくは五線譜と聖のセットでも可」
「あと飲み物は欲しいとこだよね」
「うん。バスにトイレがついてればほとんど問題ないかな?」
 そんな会話をしつつ時計に目をやると、デジタル表示は四時半を教えてくれた。
「そろそろ用意しなくちゃ」
「そうだな……」
「五時には出るとして……」
「本屋と雑貨屋に寄るんだろ?」
「いい?」
「悪いって言っても寄るくせに」
「当たり! でも、聖は“悪い”って言ったことないよね?」
「本屋なら俺も行きたいし」
 ふたり笑いながら階段を上り、互いの部屋の前で別れた。
「カフェだから気取った格好して行かなくていいって言われたけど……」
 今日はクリスマスイヴで街には着飾った人が多いだろう。それを考えると、いつもより澄ました格好のほうがいいかな、とも思う。
 クローゼットを開きベルベットのワンピースに手をかけたものの、なんだかしっくりこない。
「かしこまった格好していく必要はないってママが言うくらいだから、逆に普段の格好で行ったほうがいいのかも……?」
 首を捻り考える。何せ、事前情報がカフェの名前と“ここら辺”という大まかなもののみなのだ。
 探してみたけどカフェのサイトは見つからなかったし、住所を教えてもらったわけでもないから家から歩いて三十分以内にたどりつけるであろうことしか知らない。
 結局、手に取ったのはラウンドネックのシンプルな黒いワンピースだった。ベルベッドのワンピースよりはカジュアルだろう。
 あとは、以前お母さんからもらったアドバイス――。
『きちんと感を出したいときは黒や紺、白を基調に選ぶといいわよ』
 その言葉を念頭にワンピースの中に着るニットを選ぶ。
 チェストを開け、真っ先に目に飛び込んできたオフホワイトのタートルネック。ネック部分がたっぷりとしていてお気に入りなトップス。
「うん、これに紐がボルドーの大ぶりネックレス合わせて……」
 靴もワンピースに合わせて黒のショートブーツにしよう。
 あ、タイツとバッグもボルドー、ボルドー!
 色でクリスマス感が出せればそれで良かった。
 コートはぱっと見ピンクに見えるツイードの膝丈コート。
 よく見ると、アイボリーとボルドー、黄色などの糸が使われている。スタンドカラーで形はシンプルなAライン。
 よしっ! コーディネート完了!
 あとはバッグにあれこれ物をつめたら終わり。

 五時五分前に部屋を出ると、やっぱり聖とバッタリ出くわす。
 そして、お互いに言うのだ。「ハッピーバースデー」と。
「聖っ! 今年はカシミアのマフラープレゼントだよっ!」
 用意していたボルドーのマフラーを差し出す。
 ふたりして、ラッピングの“ラ”の字もうかがえない現物をそのまま渡す。それが恒例。
「深みのあるボルドーっていいよね? ありがと。早速していく」
 ゆるく首に巻いただけで上品な感じになった。
「俺からはこれね」
 聖の手には、赤いビーズがキラキラと光るヘアーアクセサリーが乗っていた。
「わっ! かわいいっ! ベネチアンガラスっ!!」
「そう。複数のベネチアンガラスで作られてるんだって。柊は葉っぱのくせして赤いもの大好きだよね」
「それ、名前とは関係ないと思うの。……でも、強いて言うなら“柊”は“赤い実”とセットなんですっ!」
「なるほど……」
 そこで納得されても困るんだけど、今はプレゼントが気になる。
 ベネチアンガラスの中でも特に好きなオロとフィリグラーナが使われてるだけでテンション上がる。
 オロはゴールドフォイルって呼ばれる金箔をガラスで包み込んだビーズで、フィリグラーナはとても細い金銀の針金が埋め込まれた繊細なビーズ。
 オロも好きだけど、夏にはゴールドフォイルじゃなく、シルバーフォイルを使ったアルジェントのアクセを好き好んでつけていた。
 こういうところで再確認。聖は私の好きなものを心得てると思う。
「ね、これ。つけてきたい」
「んじゃ、つける。サイドでいいんでしょ?」
「うん。むしろサイドしかつける場所ないし」
 私の髪の毛は顎の辺りまでしかない。長く伸ばしてみたいけど、いつも途中で挫折する。自分の髪だというのにうまく扱えなくて諦める。
 私とは違い、聖は同じ髪質の私の髪をいじるのがとても上手だ。
 芯のないふわふわとした天パはかなり天邪鬼なはずなのに、聖がやってくれると難なくまとまる。
 プレゼントされたヘアーアクセサリーは早速耳元でシャランと音を立てた。
 二階に下りて靴を履き、玄関で向かい合わせに立つ。
 相手の洋服のチェックと髪の毛のチェック。それらを済ませてから家を出るのが習慣。
 聖はカジュアルっぽく見えないブラックデニムのジーパンにグレーのシャツを合わせ、その上には前身ごろがツイードの生地、後ろ身ごろにはサテン生地を使ったジレを着ていた。コートは黒のスタンドカラー。それにさっきプレゼントしたばかりのボルドーのマフラー。
 身長があるからか、何を着ても様になってしまう聖がちょっと羨ましい。でも、自慢でもあるんだな。
 口裏をあわせたわけでもなんでもなく、今日のふたりはボルドーと黒がテーマカラーになっていた。
「よし、じゃぁ行くか!」
「うんっ! 無事、たどりつけますようにっ!」


     *****


 駅まで徒歩十分という立地にある家を出れば、街路樹に沿ってクリスマスの飾り付けがされている。
 南口から伸びる大通りはオフィス街ということもあり、商店街のような賑わいはないものの、シーズンイベントのそれっぽい飾り付けだけは年中楽しめる。
 一月はお正月。二月はバレンタインなのに、三月はホワイトデーじゃなくて桃の節句。四月は桜祭りで五月は鯉のぼり。六月半ば頃から七夕イベント仕様に切り替わり、八月は納涼祭の飾りつけ。九月は特に何もない代わりに、十月はその反動なのか、やたらと豪華なハロウィンの飾り付けが行われる。ハロウィンが終わると、さらに華やかなクリスマス仕様にガラリと変身。
 毎年毎シーズン、趣向を変えてよくやると思う。
 南口は商店街のような活気があるわけじゃない。でも、静まりかえって寂しいわけでもない。
 今日の北口には着飾った人が多いだろう。こちら、南口は師走の忙しさを乗り越えるべく、颯爽と歩く人の姿が多かった。
 ふぅっ、と息を吐き出すと、それは白く湯気のように立ち上る。
 その白さに私は寒さを実感し、隣の聖は空を見上げ、
「寒いけど……ホワイトクリスマスにはなりそうにないな」
 私たちはビジネスマンに混じって早足で駅まで歩いた。
 駅に着き、駅と連結しているビルに入るとほわっとしたあたたかすぎる空気に包まれる。
 入ってすぐのところにあるエスカレーターを四階まで上がると、この辺りで一番大きな本屋さんがある。
 けれど、さすがクリスマスイブのこの時間。待ち合わせに使用する人が多いのか、普段よりも五割増しくらいの客入りだった。
「聖……私、埋もれそう」
「俺はいつでも新鮮で乾燥した空気を吸えるけど……」
 それはつまり、人の頭一個分くらいは背が高いけども、上の方は空気が乾燥していると言いたいんだろうか?
 時々だけど、身長差がありすぎて聖の言ってることがわからないことがある。
「なんにせよ、チビっ子柊には厳しいな」
「悔しいけどその通り。人の背負ってるリュックが凶器に見える時点でダメな気がする」
 仕方なく下りのエスカレータに乗り、二階の雑貨屋さんに向かった。
 その雑貨屋の狭い入り口を見て聖が言う。
「……本屋と変わらないんじゃないの?」
「うん。なんか、商品落として割っちゃいそう……」
 何がどうしてクリスマスに雑貨屋が混むのだろうか……。クリスマス前ならいざ知らず、今日はクリスマスイブだと言うのに。
「とりあえず、とっととこっから離脱。じゃないと、カフェにたどりつく前に柊がばてる」
「うん」
 私は人ごみが好きじゃない。
 背が低いからなのか、小さい頃から人がいっぱいのところに行くと気持ちが悪くなっていた。それが、俗に言う人酔いなのかはわからないけども……。

 ビルを出て、駅前の混雑を抜けるとそれっぽく見える商店街がある。二年くらい前に景観を整える目的で大々的な工事が行われたのだ。きれいになった商店街は統一性のあるストリートになっていた。
 ゴツゴツとした石畳を私は好きだと思うけど、世の中には困る人もいるらしい。
 斜め前を歩くお姉さんはピンヒールが石と石の隙間にはまってしまい、泣きそうな顔をしていた。
 聖が、「大丈夫ですか?」と声をかけ手を差し出すと、お姉さんは聖の手を取りぼーっとする。
 その間に私はお姉さんの靴を救出。突如現れた背の低い私に気づくと、お姉さんははっとした顔をして、「ありがとう」と足早に去って行った。
「あの人、またヒール刺しちゃいそうだね?」
 私の言葉に、
「うん。もっと足元気をつけて歩けばいいのに」
 と、聖が苦笑した。
 そんな会話をしつつ、商店街の横道に逸れる。
 数少ない情報によると、メインストリートの商店街にそのカフェは存在しないという。
「住所くらい教えてよっ!」と時差も考えずに電話してみたものの、案の定応答はなく……。
 後日、メールで丁重にお願い申し上げてみたところ、
「確か、メインストリートには面してなくて、駅から商店街に向かって歩いて二本目の横道を右に入るとか言ってた気がする。そのあたりにあるんじゃない?」
 なんともママらしいざっくりとした内容のメールが届いた。
「ま、宝探しも悪くないんじゃない?」
 聖のその言葉に頷いたけども、お店を探して早十五分。
「本当にこの一画にあるのかな!?」
「いや、あるって言われたし。むしろそれしか情報ないし……」
「古いカフェじゃないんでしょう?」
「この辺り一帯を区画整理したわけだから、古いわけはないと思うんだけど……」
 そろそろ疲れてきたよぉ……と思いつつ、何度か通った道のビルにカフェの看板を見つけた。
 実際には看板とは言いがたい。ビルの二階テラス部分に、ビルと同化した文字があるのみ。
「ねぇ、ママにメールしてもいいかな?」
「柊ちゃん。それ、ぜひとも連名でよろしく」
 ふたり揃って頬をひくつかせながら短いメールを送った。

 件名:カフェ
 本文:一階じゃないことくらい事前に教えておいてよっ! By 双子




Update:2011/12(改稿:2013/08/18)



 ↓↓↓楽しんでいただけましたらポチっとお願いします↓↓↓


 ネット小説ランキング   恋愛遊牧民G      


ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。


 ↓コメント書けます*↓

Copyright © 2009 Riruha* Library, All rights reserved.
a template by flower&clover