Twins〜恋愛奮闘記〜

番外編 もうひとつの一目惚れ Side 木崎 02話

 初めまして――と言うだけに、彼女は俺のことを覚えてはいなかった。
 受験日に受験票を拾ったことくらいは覚えてるかもしれないけれど、今はまだ、それを確認してはいない。
 それにしても――。
 “一目惚れ”というのは実在するらしい。
 初恋がまだ、とかそんなことは言わない。初恋は小学生のときだったし、中学では彼女がいたこともある。
 でも、そのどれとも違う恋の仕方。
 今まではより長く一緒にいる相手を好きになることが多かった。クラスが一緒、クラブが一緒、委員会が一緒。まぁそんな具合。
 一目惚れとか、絶対にあり得ないと思ってた。
 目を惹く女子がいても、だからといって好きになるとは限らないし、自分は相手の中身を見て人を好きになる人間だと思っていた。
 でも、今回のこれはどう考えても一目惚れ。それでしかない。
 人間、どこでどんなことが起こるかわからないものである。
 気分的には交通事故に出くわした気分だ。
 そんなある日、ホームルームで委員決めが行われた。
 教壇に立って話を進めるのは担任。まずはクラス委員を決めて、あとの進行はクラス委員に任せよう、そんなところだろう。

 小学校から中学校という進級の場合は顔見知りが多いこともあり、リーダーシップが取れる人間がすぐに選出される。
 しかし、高校ともなるとそうはいかない。クラスの半数以上が知らない人間だからだ。
 うちの学校においては半数以上なんてものじゃない。クラスに数人知り合いがいれば多いほう。
 経験上、ここで立候補者が出るケースはきわめて低い。ともすると、推薦、という話になるわけだが、推薦しようにも人を知らなければしようがない。
 くじ引きかな。そう思った。
 このとき、高校ではクラス委員を任されないで済むと思った。みんな平等にくじ引きでもして、それでも当たってしまったというのなら諦めもつく。
 そう思ったとき――。
「木崎やれば?」
 教室のどこかでそんな声が上がった。
 声のほうを向くと、同中出身の和田(わだ)がいた。
 にやりと笑い、「慣れてるだろ?」と続ける。
 和田は小中と一緒で、クラス委員の集まりで一緒になることが多かった。つまり、こいつだってクラス委員常連組で慣れている人間なのだ。
 しばし視線が交差する。
「なんだ、木崎。クラス委員経験者か?」
 教壇から担任に声をかけられた。
 しまった。和田に気を取られ、やるやらないの意思表示をするのを忘れていた。
「経験者にやってもらえると安心は安心なんだが……」
 担任は獲物を狙うような目で俺を見ている。
 ……もういい。別にいいよ。そんな煩わしいものでもないし。
 一学年二十クラス、男女ひとりずつで計四十人。その中から選ばれるだろう学年代表からくらいは逃れられるだろ。
 俺は単純計算を済ませ息を吐き出す。即ちため息。
 ただ、ひとつくらい条件をつけさせてもらってもいいと思う。
「先生。クラス委員受ける代わりに、女子のクラス委員を推薦をさせてもらってもいいですか?」
「あぁ、かまわんよ?」
「じゃぁ……」
 俺は廊下側から二列目の前から二番目に座る彼女を指名した。天川柊さんを、と。


     *****


「木崎くん、なんでー!?」
 クラス委員の初顔合わせに行く途中、俺は天川さんに泣きつかれていた。
 身長は低いけど、声はでかい。そして、リアクションもそれなりにでかい。
 小動物っぽいけど、そのほかが規格外。そこがアンバランスでちょっとかわいいと思う。
「だって、あのクラスで知ってる女子って天川さんだけだったし」
 それは本当。同中卒の女子はひとりもいなかった。男子ですら和田しかいないという確率の低さはマンモス校ならではだろう。
 少なくとも、同中卒の人間が四十八人はいるはずなんだが……。つまり五十人分の三人和田とは奇跡のような確率で同じクラスになったわけで……。そんな奇跡は嬉しくもなんともない。
 むしろ、天川さんと同じクラスになれたことを喜ぶべき。
「聖(ひじり)は慣れてるんだけどなー……。今回もそうなのかなー?」
「ひじりって?」
 彼女は自慢げに話す。
「聖はね、双子のお兄ちゃんなのですよ」
 話を聞いていて思い当たる人物がいた。
 あの日、彼女が親しそうに話していた背の高い男。なんだ、双子の兄妹だったのか。
 そういえば、入学式の日、廊下から聞こえてきた太郎の声はふたりの名前を呼んでいたような気もする。
 なんだ、そうだったんだ、と思い切り安堵してる自分に自分が驚いた。
「ごめん、本当は話すきっかけが欲しかっただけ」
「はい?」
「高校受験の日、受験票拾ったの覚えてる?」
 彼女は上の方に視線をやり、記憶を引っ張り出す作業中。
「あっ! 覚えてるよ。校門入ったところで受験票拾った!」
「それ、拾われた人間が俺」
「えっ!? そうだったの?」
「そうだったんデス」
「うはー、顔まで覚えてなかったよ」
 わかってましたとも。でも――俺は覚えてたんだよね。
「それで、どうして推薦……」
 じとりと見られ答える。
「だから、話すきっかけが欲しかったんだってば」
「そんなの同じクラスにいればいつだって話せるじゃんっ!」
 噛み付かれそうな迫力。かわいい女の子を演じるって感じでもなければ、わざとらしく男っぽく振舞ってるってわけでもない。きっとこれが素の彼女。
 今まで自分の周りにはいなかったタイプで、新鮮だな、と思った。
「話しかけて、お礼、言いたかったんだよね」
「お礼?」
「そう」
「なんの?」
 ……話が延々ループしそう。
「だから、受験票拾ってくれたお礼」
「あぁ」
 納得していただけたようで何よりです。
「ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
 彼女は丁寧にぺこりとお辞儀した。
 次に上体を起こしたときには、
「だからってっ! クラス委員に推薦することないじゃんっ」
 と怒られる。
「ごめん。ほとんど後先考えてなかった」
「木崎くーーーんっっっ」
 本当ごめん。ここまで嫌がるとも思ってなかった。

 委員会が行われる視聴覚室に入ると、彼女が走り出す。大声で叫びながら。
「ひーじーりーーーっっっ」
 背の高い彼はすぐ見つかる便利な目印のよう。
 突進してきた彼女の額を、ぺしっ、と片手で制止する。慣れたものだ。
 俺はそんなふたりを少し離れたところから見ていた。
「なんで柊がいるの?」
「クラス委員になっちゃったから?」
「くじ引きかなんか?」
「ううん、くじ運はまだ無事で安全」
 どんな会話だよ、と突っ込みたくなる。
 天川さんはビシっと俺を指差した。
「もうひとりの実行委員さんに推薦されちゃったの」
 彼女の指の先。俺を見つけた双子兄と視線が合う。
 人ごみの中、妹をかばいながら歩いてくると、
「初めまして、柊の兄の聖です」
 人懐っこい笑顔で自己紹介された。ので、自分も返す。
「木崎聡です」
 なんかタメでですます口調の会話って変な感じ……。
 相手も同じことを感じていたのかは不明。けれど、すぐに口調は砕けたものとなった。
「なんで柊を推薦?」
 訊かれて、彼女に答えたものと同様に答えた。
「クラスで知ってる女子、天川さんしかいなかったんだよね」
「へ? 柊とは知り合いだったの?」
「いや、入学式の日に太郎から紹介されただけ」
「……太郎って、ヤマタロのこと? タロちゃん?」
 妹に確認する兄に、俺は訊かずにいられない。
「ちょっと訊きたいんだけど……。何、太郎って中学のときはヤマタロって呼ばれてたの?」
 妹を向いていた顔はすぐ俺に戻された。
「いや、違う。うちの中学ではもっぱらタロちゃんだった」
 じゃぁ、そのヤマタロはどっから出てきた……。
 答えは妹、天川さんがくれた。
「木崎くん。タロちゃんが中学の時に入院したの知ってる?」
「あぁ……なんか受験勉強のときにそんなこと言ってた気がする」
「わぁ…………木崎くん、絶対にお人よしでいい人でしょ」
 天川さんがわけのわからないことを言い出した。
「なんで?」
 今度は兄のほうが話し出す。
「だって、タロちゃん人の勉強の邪魔するの超得意だもん。人の邪魔するくせに、案外いい点数取るし。柊なんていつも餌食だよ」
 あいつ……。
 ついついうな垂れたくもなる。
「あ、話し逸れちゃった」
 天川さんは、ごめんね、と話を戻す。
「私たちの従姉弟も同じ時期に入院しててね、そこでタロちゃんと友達になったんだって。その従弟が、っていうか、病院でつけられたあだながヤマタロみたい」
 なるほど、とても安易につけられたわけだな。あいつらしくていいかも。
「天川くんは委員慣れてるんだ?」
「望んではいないんだけどね。どうしてかそういう役どころみたいで」
 ほんの少し肩を竦めて見せる。
 嫌だとも、慣れてるとも言わず。ただ、なっちゃうんだよね、とそれだけ。
 リーダーになる人間は、自分が引張っていく、と主張する人間と、何をせずとも人が寄ってくる人間の二通りだが、天川兄は間違いなく後者だろう。そう思った。
「高校は安泰かなぁ? と思ってたんだけど。クラスに同中卒がふたりいてさ」
「あぁ、境遇は一緒。俺もそれで推薦された口」
 世間話で和田のことを話した。
「「なんだ。じゃぁ和田君のことも推薦しちゃえば良かったのに」」
 双子が口をそろえて言う。
「……そっか。それは思いつかなかった」
「「木崎くん、やっぱりお人よしなんだよ」」
 またしてもふたりは声を揃えた。

 顔合わせの合同会議が終わるころ、してやられたと思うわけである。
 まんまと双子兄に学年代表に推薦されたのだ。しかし、クラス委員を推薦されたときとは少し違う。
 俺は副代表に双子兄を推薦し返した。
「やられたなー……」
「何言ってんだか、双子兄」
「だって、まさかお人よしの木崎くんが俺を推薦し返すなんて思ってなかったよ」
「それ、ひどく俺を見くびってない?」
「いや、信じてただけ」
「信用されるほど付き合い長くないけど?」
 なんたって委員会が始まる前に初めて言葉を交わしたくらいだ。人を信じるの早すぎだろ?
「つれないなぁ。これから少なくとも三年はみっちり付き合うことになると思うよ?」
 それは暗に、この先三年間クラス委員で一緒になる、と言っているのだろう。
「俺はただ早く委員会が終わればいいと思ってただけなのになー」
「まだ言うか、双子兄」
「それっ」
「は?」
「双子兄はひどすぎっしょ? 聖って読んでよ。天川でもいいけど、うち、基本ダブル天川だからね? 呼び方でどっちか個人を特定する必要あるよ」
「じゃ、聖、で」
「頼みますわ」
「了解」
 そんな俺たちのやり取りを見ていた天川さんからは羨望の眼差しが注がれる。
「男子ってすぐに仲良くなるよね? いいなぁ。私も混ぜて混ぜてっ」
 おしくろまんじゅうよろしく、ぎゅうぎゅうと間に割って入ってくる。
「ちょ、天川さんっ!?」
「まーぜーてーーーっ!」
「わかったから! 柊、うるさいっ」
 ベチッ、と音をたてて額を叩かれ、爆音機は静かになった。
「柊さ、も少し自分の声量考えよっか?」
「ぶーーー」
「ぶー、じゃない。考えなさい」
「はい」
 渋々返事する彼女に、
「ごめんなさいは?」
 聖は小さい子を諭すように言う。
 その様は、どこからどう見ても保護者のようにしか見えなかった。



Update:Update:2013/08/23



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