クラス委員というつながりを駆使してふたりで行動することもあったし、友達としてはそれなりに仲良くなったつもり。
時期尚早とは思ったけれど、一目惚れという自分の直感を信じて告白をした。それは、クラス委員の仕事を教室でしていたときのこと。
「あのさ、俺、天川さんのこと好きなんだよね」
机をあわせて真正面に座っていた彼女はきょとんとした顔で、目をパチパチと二度ほど瞬きさせる。そのあと、キョロキョロと周りを見渡した。しかし、教室には俺たちふたりしかいないわけで……。
「聖のことじゃなくて、天川さんのことなんだけど」
「え……。空耳?」
告白を空耳にされるのは勘弁願いたい……。
「空耳じゃなくて、俺が、天川さんのことが好きなんだけど……」
彼女は、
「ちょっと待って、ちょっと待ってね」
腕を俺の方に突き出す形で手のひらを向けられた。
つまり、「待って」のジェスチャー。それも引き止めるほうじゃなくて、「ステイ」のほう。
ガタンと音を立てて立ち上がり、教室の前のドアから出て行った。
あ……逃げられた。
そう思った次の瞬間、教室の後ろのドアから入ってくる。そして何かを考えてるふうにパタパタと歩き、また前のドアから出る。そんな奇行を四周ほど繰り返すと俺のところに戻ってきた。
カタン、と音を立てて椅子に座る。座るといっても椅子の上に正座。
なぜに正座……?
「木崎くん、好きになってくれてありがとう」
まっすぐ、目を見て言われた。
これは振られる。
そう思った瞬間に俺はそれを阻止した。
「まだ知り合ったばかりだから、そんな時期に付き合ってほしいとかは言わないよ」
笑みを添えて断固阻止。
「今すぐ返事するんじゃなくて、少し考えてみて。じゃ、この提出物、俺が職員室に届けるから天川さんは帰っていいよ」
そんなふうに彼女を残して教室を出た。
そのあとも何がどう変わるでもなかった。
相変わらずクラス委員の仕事はふたりきりでやるし、委員以外でも普通に話す。
クラスの連中にですら「木崎は天川狙い」って言われるほどに態度に示してきたけれど、依然、彼女の俺への対応は変わることなく"友達"のまま。
夏休みという長期休暇を前に返事をもらうことにした。
もう、振られることを覚悟して。
とりあえず、現時点での答えはもらっておこうかな、的な感じで。
彼女は告白した日同様、俺の目を真っ直ぐに見てこう言った。
「私、今まで男子に告白されたことなかったから、正直とても嬉しかったんだ。自分を好きになってくれた木崎くんはとても貴重な人だと思う」
キッパリとそこまで言うと、「思うんだけどねえええええ……」と両手で頭を抱えてしまった。しかし、ばっと顔を上げて視線を合わせてくる。とても低い位置から。
「自分が木崎くんを好きかと訊かれると、好きなんだけど友達なんだよね。この"好き"は恋じゃないと思うんだ。だから気持ちはありがとう。でも、ごめんね? 付き合うとかは考えられないみたい」
彼女らしいはっきりとした返事に笑みが漏れた。振られたにも関わらず。
だって……振られたからそこで終りとは限らないでしょ?
「大丈夫。自分、気は長いほうだから」
諦めるつもりはないよ、という宣戦布告。
彼女は少しびっくりした顔をしたけれど、とくだん迷惑に思われたわけではないようで、
「私、不屈の精神大好きっ。壁が立ちはだかったら突破せねば、だよねっ!」
満面の笑みで返された。
俺は彼女のこういうところが好きなんだけど、告白の会話にこれってありなのか?
「とりあえず、目下、俺の壁は天川さんなんだけど……」
「あ……」
「突破すべくがんばりますよ?」
天川さんは居心地悪そうに佇まいを直し、
「受けてたちます」
と、強い眼差しを返してきた。
一応これ、人生初の告白だったんだけど、どうしてこんな結末になってるんだか……。
ま、何はともあれ、俺の告白はこんな形で幕を閉じた。
*****
夏休み、俺は塾の夏期講習で忙しいことになっていた。けれど、そこで必ず会う人間がいる。太郎だ。
塾が終わった帰り道、ファーストフードで軽食を摂っているときに、天川さんに告白したことを伝えると、えらい驚かれた。
「よくアレ相手に言えたなっ!?」
どういう意味だ……。仮にもお前の想い人でもあるわけだろうに。
「俺、ダメなんだぁ……。どうもさ、おちゃらけちゃってそういう雰囲気になんねーの」
「じゃ、その軽いノリのまま言えば?」
「をぃ……他人事だと思ってずいぶんじゃね?」
「そりゃ他人事だからな」
フライドポテトを指につまんだ太郎が、「冷てぇ」と嘆く。が、
「ライバルにかける情けなんてあると思ってんの?」
「万年クラス委員の面倒見のいい木崎くんがそんな人だとは思いませんでした」
「じゃ、今学習すればいいと思うよ」
「つれねぇ……」
「つられたくもない」
太郎との会話はいつもこんな具合だ。
ハンバーガーにかぶりついたとき、
「お前、夏期講習だけじゃなくてずっとあの塾行ってんの?」
口にパンや肉、野菜が込み合っていて頷くことしかできない。すると、
「俺は無理だなぁ……。夏期講習だけでお腹いっぱいって感じ。すげぇ疲れる。何、あのハイペースな授業」
それはそうだろう……。
塾といえど、入塾テストを設けているくらいだ。それも国立と私大のいいところしか狙わないことで有名な進学塾。
大学合格率は常に九十八パーセント以上を保持している。このあたりのトップの私立と言えば藤宮学園大学。中等部、高等部は数字を見るのもいやになる倍率だが、大学はそれらと比較すれば門戸が広い。
そんなわけで、藤宮学園大学を目指す人間が多くこの塾に通ってきている。
そして、塾内でのクラス分けがまたすごい。
通常コースは学校の授業より少し先を進む程度のペースだが、特進コースは藤宮学園高等部と同様のペースで授業が進む。つまり、一年のうちに二年次までの範囲を終わらせる。
特進コースの塾生は、学校が終わったあと、毎日のように三時間から四時間の授業を受ける。そして、土曜日は午後から夜までみっちりと授業が入っている。日曜日のみ、隔週で休みがあるものの、残りの二日は、一部と二部のいずれかを選択しなければいけない。一部は朝から夕方まで、二部は昼から夜まで。
学生に遊ぶなと言うかのごとく、勉強漬けにされるのだ。もちろん部活をやる時間などない。特進コースに通ってくる人間は、高校生活を投げ打って大学受験に備えていると言っても過言ではないのだ。
その結果が、毎年合格率九十八パーセントという数字に表れるのだろう。
「お前、特進とかマジすげぇ……」
実際、かなりきついことはきつい。だが、それを太郎の前で認めるのは癪で、
「お前見てると下には落ちたくないなと思って」
「おい、それひどいだろ」
「あ、悪い。ちょっと冗談」
「それ、つまるところちょっとが冗談で、半分以上本気ってこったろ?」
「あ、ばれた?」
そんな話をしつつも宿題でわからないところがある、と太郎は問題集を取り出すのだから、まったくもって勉強しない、というわけでも考えてないわけでもない。
ただ、自分のキャラはこう、とどこか決めてしまっている節があり、それを演じているに過ぎない。結果、周りの人間はまんまと騙され、テストのときになって太郎の正体を知ることとなる。
なんだかんだ言いながら、こいつは八百人前後いるうちの二十番前後にいるわけで……。そりゃ文句のひとつやふたつ言われても仕方ないだろう。
あぁ、あれだ。白鳥――優雅に見えて、水中では必死に足動かしてバタバタ動かしてますってやつ。太郎にぴったりなんだけど、太郎から白鳥を連想できなければ、白鳥から太郎を連想することも無理だった。
アヒルかカモならまだ連想しやすいかも……?
Update:2013/08/23
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