Twins〜恋愛奮闘記〜

再会 Side 柊 01話

 新学期が始まるといつもの日常が戻ってきた。
 ママたちは二月にならないと帰ってこない。今はドイツのどこかにいるはず。そんなアバウトな認識だけど、私たちの生活に支障はない。
 自宅前には路線バスの停留所があるけれど、私と聖はそれには乗らない。駅から二つ目の停留所であるそこから乗ろうものなら、私は酸欠で死ねると思う。さらには、公共のバスだと停留所が多いため、学校まで一時間以上かかるのだ。
 一方、駅から出ている学校専用のバスだと始発な上に四十分程で着く。
 うちの学校はマンモス校と呼ばれるだけあって、駅と学校間を結ぶ専用のバスが出ている。正確には公共の乗り物だけでは生徒を運びきれないから、学校専用のバスが必要不可欠という話。
 とくに混む朝は、数分に一台という頻度でバスが出ているにも関わらず、混雑は避けられない。
 途中にある停留所は五つ。公共バスよりもはるかに少ないはずだけど、公共のバスとは確実に違う点がある。それは、乗る人がいても降りる人がいない……ということ。
 バスは停留所に停まる度に乗車率を上げ、重量が増す。挙句、重量オーバーのブザーが鳴るというのだからひどい話だ。
 専用のバスであっても八時台に学校に着くバスはどれも混雑するため、私たちは七時台に着くバスに乗っていた。それだとあまり並ばないし、確実に座っていけるから。
 今日は始業式ということもあり、いつもよりは二本遅い七時十分発のバスに乗って学校に向かった。
 まさか、王子様と女王様に再会するなどとは思いもせずに――。


      *****


 学校に着くと、数台のバスから生徒がちらほらと下りては各々の昇降口へと歩き出す。
 この時間帯は暢気にぶらぶらと歩いていられるけれど、八時台になるとバスの昇降場から教室棟までの地面を人が覆い尽くす。
 それらを収容するための昇降口がひとつで足りるわけもなく、混雑を緩和する目的で、教室棟と呼ばれる四つの棟の一階は全て昇降口になっていた。
 教室棟は二年次からのクラス分けで使われる名前で呼ばれている。
 一年次はランダムなクラス分けだけれども、二年次からは専門のコースに分かれる選択制になり、理棟、文棟、私棟、芸棟の四つに分かれる。
 大きな学校ではあるものの、建物はさほど複雑な構造ではない。ただ少し、特別教室へのアクセスが悪いだけ……。
 正方形のタワーの一階が職員室になっていて、そのタワーを囲むように、ひし形状に四棟の教室棟が建っている。
 各棟一階は昇降口となっており、二階が一年、三階が二年、四階が三年という教室の配置。最上階の五階は特別教科室階となっている。
 北東に位置する理棟は特選理系コースの略。主に理工系学部、医歯薬学系学部を目指す生徒が選択するコースで、一から五組が割り当てられる。
 南東にある文棟は特選文系コースの略。主には国公立文系学部への合格を目指す生徒が選択するコースで、クラス割り当ては六から十組。
 南西側にある私棟は、有名私立大を目標とする生徒が選択し、クラス割り当ては十一から十五組。
 最後、北西側にある芸棟は、その名のとおり、芸術関連の大学を目指す生徒たちのクラスである。十六組から十八組が演劇などの舞台表現専攻クラスで十九組が美術専攻クラス。最後の二十組が音楽専攻クラスとなっている。
 職員棟は四つの教室棟の中央に建っていることからセンタータワーと呼ばれているのだけど、そのタワーには一階と三階と五階の奇数階からしかアクセスができない。よって、特別教科室へのアクセスは少々不便だ。
 エレベーターは各棟に一機ずつ設置してあるものの、移動教室の際にそれを使うとまず間に合わない。二階から五階まで階段を上り、時と場合により、対角線を結ぶショートカット通路を使用。
 なんの工夫もないけれど、これが一番確実な道のり。
 もし、この学校の特徴をひとつ挙げなさいと言われたら、私は間違いなく教室移動におけるアクセスの悪さを口にするだろう。
 センタータワーの一階には職員室のほかに保健室があり、タワーと教室棟を結ぶ通路が北と南にある。
 残る西と東の三角地帯には学食という名のレストランが建っている。
 なんといってもマンモス校。一クラス三十九から四十一人編成が一学年で二十組――つまり、単純計算一学年が八百人なので三学年で二千四百人。そこに教職員が加わるともなれば、昇降口だけではなく学食だってひとつで足りるわけがないのだ。
 私と聖は一緒のクラスになることはなかったけれど、四分の一の確率で同じ教室棟になった。通称、“理棟”。私が二組で聖が五組。

 クラスに着き、席に座ったときだった。携帯が鳴り、聖からだとわかる。
「どしたー?」
『三者面談の用紙、俺が二枚持ってる事実』
「あ、そうだった。ありがとう」
『ありがとうじゃないでしょ……。柊が忘れるからって俺に持たせてて、そのことまで忘れてどうするよ……』
「あははー、ごめーん」
『たぶん、これを柊に渡したところで先生に渡し忘れる気がするから、今から職員室行くよ』
「はーい」
『じゃ、階段のとこで待ってる』
「了解」
 席を立ち、教室の前のドアから出ようとしたらクラス委員の木崎(きざき)くんと出くわした。
「天川さん、おはよう」
「木崎くん、おはよう」
「……どこ、行くの?」
「聖と一緒に職員室」
「……また新学期早々なんで?」
「あ、三者面談の日程の都合であれこれ?」
「ふぅん、すでに一階混み始めてるから気をつけてね」
「ありがとう」
 そんな会話をして教室をあとにした。

「聖、お待たせ」
「じゃ、行くか」
「うん。木崎くんがね、もう下混んでるって教えてくれた」
「だろうね……階段ですらこんな状態だし」
 聖は私に壁際を歩かせ、人ごみに流されないようにフォローしてくれていた。
 一階に着くと、「久しぶり!」「宿題終わったか?」なんて会話がところどころから聞こえてくる。
 そんな中での私と聖の会話はいたって平和なもの。
「あ、今日は帰りにスーパー寄らなくちゃだ。冷蔵庫空っぽ」
「そうだっけ?」
「うん。今朝、ハムエッグ作るときに卵がラストだったし」
「それは明日の朝食と弁当のピンチだな」
「夕飯は何にしよっか?」
「んー……じゃ、俺がパスタ作るから柊はサラダ作ってよ」
「ラジャ!」
 昇降口と学食に挟まれた混雑している廊下を歩いていると、声をかけられた。
「すみません、“職員室”っていうのはどこにありますか? 迷っちゃったので案内してくれると嬉しいのだけど」
 私たちは声をかけてきた生徒を見て思考停止に陥る。辛うじて、金縛りのようなものから解き放たれたものの、次は“動転”というものに襲われた。
「ひ、聖っ! 女王様っ」
「え? あ、あぁ…………」
「聖、聖っ!?」
 動きが完全にストップした聖を揺さぶって正気に戻す。
「柊、柊、冷静になろうか?」
「聖しっかりっ! 私じゃなくてむしろ聖っ」
 聖の魂が旅から帰ってくると、まともな対応をしだした。
「――ちょうど自分たちも職員室に行くところなので、良かったら一緒に行きましょう」
 咄嗟に我を取り戻し、穏やかな笑みを浮かべて対応してるところが聖だと思う。
「もうひとりいるので呼んできますね。ちょっと待ってて」
 女王様はにこりと可憐な笑みを残して背を向けた。
 えっ……もうひとりって、もしかしてもしかしなくてもっ――1?
「王子様っ!」
 女王様が連れてきたのは、紛れもなく先日の王子様だった。
 ふたりはうちの高校の制服を着ていた。女王様は巻きスカートとネクタイとグレーのカーディガン、王子様はチャコールグレーのセーター。女王様が少し着崩しているのに対し、王子様は着崩すことなくカチッと着こなしている。
 聖も着崩したりすることなく制服を着ているので、そんなところが同じ……と思う。
 先ほど述べたように、この学校は特別複雑なつくりなわけではない。麗しき双子が職員室にたどりつけなかったのにはわけがある。
 まず、登校してきた時間帯がまずかった。この登校ラッシュじゃ職員室に誘導する表示などあってないようなもの。
 壁に記してあったところで、そんなものは人が邪魔して見えるわけがない。これらのプレートだけは天井から吊るすタイプに変えたほうがいいと思う。
 私たちはふたりの前を歩きつつ、ひそひそと話す。
「聖、ふたりともうちの制服着てるっ」
「俺もびっくりした。思わず思考停止するくらいには……。うちの学校に編入したんだな」
「すごい確率だよねっ!? 制服着てるの見たらやっと同い年って気がしてきた」
「……確かに」
「制服をきっちり着てるところがまたかっこいいよ、どうしようっ!?」
 女王様はちょっと着崩しているけども、だらしなく見えるわけではなく、ちょっとルーズな感じ……という程度で、先生が見ても不快感は抱かれないだろう。
“様になる”というのはなんと羨ましいことか……。
 かくいう私は着崩すとだらしがないようにしか見えないので、きっちりと着るタイプだった。

 職員室に着くと、聖は学年主任のもとへと向かう。
「花村先生、編入生を連れてきたのですが……」
「あぁ、天川たちが案内してくれたのか。良かった良かった。まず、間違いなく校内で迷うと思ってたからな」
 なんてひどい一言なんだろう……。先日のうちの両親に匹敵すると言っても過言じゃない。
「先生……せめてセンタータワーに近い昇降口くらい教えてあげたほうが親切だと思います」
 聖の言葉に先生は、すっかり忘れててな、と朗らかに笑った。
 花村先生に王子様と女王様を引き合わせると、私たちは各々の担任のところへ三者面談の時期をずらしてもらえませんか? という内容が書いてあるファックスを持参した。
 廊下に出ると、先に職員室を出た聖が待っててくれた。
「どうだった?」
「渋々了承してくれた感じ」
「こっちも」
「仕方ないよねぇ……こればっかはママたちの都合だし」
「まぁね」
 何って、本当は三者面談が一月中にあるわけだけど、ママたちが帰国するのが二月なため、無理を言って二月にしてくださいとお願いしてきたのだ。
 何はともあれ、ミッションコンプリート。
 今のふたりにとってはそんなことはどうでもいい状況。なんせ、王子様と女王様がうちの制服を着ていたのだから。
「柊、まだ気になってた?」
 唐突な聖の質問にコクリと頷く。
「俺も」
 私はそれまでに考えてたことを聖に話した。
「私の周りって別にかっこいい男子がいなかったわけじゃないじゃない? 新(しん)くんなんてモデルやってるくらいだし……」
「そうだな……。今時っぽいっていうか、雑誌に出てるくらいには見目のいい男子は多いと思う」
「でもね、王子様みたいに後ろ髪引かれるっていうか……こんなに気になる人はいなかったんだよ」
「それ、俺も一緒」
 うちの高校はモデルをしていたり、メディアに出ている人が多い。その内の数人は友達だ。
「美羽ちゃんは確かにかわいいと思うし、笠原さんもキレイだなとは思うんだ。でも、柊と同じでそれだけだったんだよな。――でも、女王様は違う。一度視界に入ると目が離せない」
 次に、聖はさらっと現実的なことを口にした。
「マンモス校ってこういうとき不利だよなぁ……。俺たちがどっちかと同じクラスになれる確率は十分の一。これってマンモス校ならではの確率の低さだよね?」
「それ、言わないで……地底深くまで落ち込めそう」
 そこまで言ってちょっと考える。
「でも……そんなの落ち込むことじゃないよねっ!? だって、学校が一緒! 他校だったら学校で会える可能性はゼロだけど、同じ学校だったらゼロじゃない!」
「さすが柊。超ポジティブシンキング」
 くすくすと笑う聖と別れて数十分後。私たちふたりに十分の一の奇跡が起きた。



Update:2012/01(改稿:2013/08/18)



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