うちの学校は生徒数が多い、モデルが多い、ミーハーが多い、の三拍子が揃っているのだ。
「柊も見た? 理棟の昇降口にいたらしいんだけど」
「あー……実は聖と一緒のときに昇降口で声かけられて、職員室に案内してきたよ」
「えーーーっ!? いいなーーーっ」
「で? どれだけ人間離れした美しさだったのよ!」
周りから矢継ぎ早に質問されていると、クラス担任が入ってきた。その後ろに女王様を連れて……。
クラスが騒然となるのは仕方がない。もともと冬休み明けで賑やかだったし、王子様と女王様の件がそれに拍車をかけていたのだから。
私だってリアクションを忘れるくらいには驚いた。
「ほらっ! お前らいい加減に静かにしろっ! 紹介もできないだろうがっ」
先生が出欠簿でバンバンと教卓を叩くと、教室内が静かになる。
「立川、簡単に自己紹介だけ済ませてくれるか?」
先生が女王様に声をかけると、にこりと微笑み口を開いた。
「立川怜(たつかわれい)です」
とてもシンプルに名前だけを口にした。イントネーションに訛りはない。とてもキレイな日本語。
「それだけか?」
女王様は先生の問いににこりと笑みを返すのみ。先生もそれ以上は要求せずに席を指定した。
「天川」
「は、はいっ!?」
私が席を立つと、
「天川の隣に席を用意したから、そこに座るように」
と、女王様に言う。
私は背が低いにも関わらず、窓際の一番後ろの席だった。
二学期にはなかった私の隣に、今朝、登校してきたら席が増えていた。今になってその意味を理解する。
「天川、立川が学校に慣れるまでよろしくな」
「あ、はい」
それで朝のホームルームは終わった。
「立川さん、私、天川柊っていうの、よろしくね。次、始業式で体育館に移動だから一緒に行こう?」
私が声をかけると女王様は、えぇ、と微笑んだ。
まぁ、当然の如く……私以外のクラスメイトもわらわらと集まってくるわけで、廊下に出る前にクラスメイトに周りを囲まれ身動きをとるのが難しくなった。
けど、仕方ないよね? 編入生が珍しいというよりも、とにかく容姿が目を引くのだから。
身長は180センチ近いし、手足が長く頭が小さい。典型的な外人さん、モデル体型なのだ。
いまどき茶髪なんて珍しくないけど、カラーリングしていてこの髪質というのはそうそう見られない。
女王様の髪の毛はサラッサラだし、陽があたるとキラキラと眩く光る。それはもう、後光でも差すかのように。
触ったら――たぶん、バービー人形みたいなギシギシとした手触りじゃなくて、やわらかな感触を得られる気がする。
羨ましいなぁ……。
髪の色はどうでもいい。ただ、あの真っ直ぐな髪の毛にひたすら憧れる。
「立川さん! 朝、すっごくかっこいい人と一緒にいたよね? あれ兄妹?」
「どうかしら?」
女王様はにこにこと笑ってはいるけれど、微妙な受け答えをする。
マスター情報だと兄妹のはずなのだけども、クラスメイトはそんなことを知る由もない。
気を取り直して……とでもいうかのように、「日本語上手だけど、ハーフ?」「帰国子女だよね? どこの国にいたの?」なんて質問も続く。
女王様はそれらの質問ににこりと笑みを添え、ご想像にお任せします、とやっぱりどこか微妙な返答をするのだった。
極めつけは、「もうひとりは何組?」という質問に、「さぁ?」と答えた。
始業式が終わり、教室に戻ってくる間も同じようなやり取りが繰り返され、帰りのホームルームが始まる頃には少々不穏な空気が漂い始めていた。
「じゃ、明日から授業も始まることだし、休み気分は今日まででしっかり頭切り替えて来いよー」
担任の言葉にブーイングが起こったけど、先生も慣れたものだ。そんな状況は見てみぬ振りして話しを続けた。
「立川」
「はい」
「教材届いてるから、職員室に取りに来るように。天川は立川に校内の案内頼むな」
「わかりました」
返事はしたけど……。
「立川さん、この後時間大丈夫?」
「大丈夫も何も、教材は取りに行かなくちゃいけないでしょう?」
「うん、そうなんだけど……。校内の案内入れるとちょっと時間かかるから」
「…………待ってもらえるかしら?」
「うん」
女王様は携帯を取り出しどこかにかけた。
そして、イヴの日に聞いた日本語じゃない言語を話しだす。即ち、流暢な英語。
速過ぎて何を話してるのかはわからなかったけれど、とにかく麗しい顔が最悪……と言ってるように見えた。
「お待たせしたわね。平気よ」
このとき、私は王子様が聖のクラスメイトになったことはまだ知らなかったのだ。
*****
「うちの学校、つくりはそんなに複雑じゃないの。中央に建ってるセンタータワーの一階に職員室と保健室。二階が会議室で三階から五階までが図書室。そのセンタータワーを囲むようにひし形状に建ってるのが教室棟。教室棟は全部で四棟。一階が全部昇降口になってて、センタータワーと教室棟の間にある三角のスペースが西と東に分かれて食堂になってる」
私は二階の廊下からセンタータワーと食堂の位置を指差して教える。女王様は校内マップを見ながら辟易としていた。
「よくもこんな狭いところに……」
「あはは……確かに。しかも、特別教室は全部五階に集結してるんだけど、何分アクセスが悪いのなんのって……。うちのクラスの対角にある視聴覚室に行くときは、前の授業の終業チャイムが鳴り終わるのと同時に行動開始しないと始業チャイムまでにたどり着けないから気をつけてね? それと、移動教室のときにエレベーターに乗ったら間違いなくアウトだから覚えておいたほうがいいよ。視聴覚室の隣にある化学室も同じパターン。慣れるまでは移動教室は一緒に行こう」
「……お願いするわ」
「じゃ、職員室に教材取りに行こっか!」
「……校内の案内ってこれでいいの?」
女王様が不思議そうな顔で首を傾げる。と、動作に伴って動いたロングストレートの髪が、発光でもしてるんじゃないかと思うくらいにキラキラ輝いて見えた。
「う〜〜〜んっ! びゅーてぃふぉー!!」
「は?」
「あ、ごめん。髪の毛キレイだなーっと思って」
「ありがと」
胸の内ではまだ発狂中の私だけど、そこは理性で話を元に戻した。
「今日全部案内するのはやめとく」
「なぜ?」
「だって、立川さん疲れた顔してるもん」
「………………」
「海外と比べたら日本ってゴチャゴチャして見えるだろうし、うちの学校、人口密度はヘビー級でしょ? それに、しばらくはみんなの視線がうるさいと思うんだよね。だったら、移動教室のときに少しずつ教えてくほうがいい気がする」
「………………」
「あ、今日、全部案内するほうが良かった? ……でも、今日はこのあと部活動が始まるから、部活の勧誘とかすごいことになると思うよ?」
間違いなく色んな部がこぞって勧誘しにくるだろう。それらから、女王様を私が守るのは無理に等しい。
けれど、移動教室のときならみんなが必死だからそういう心配をする必要もない。
「とりあえず、トイレの場所だけ今教えておくね。うちのクラスからだと教室を出て右に行くのが一番近いよ」
「……覚えておくわ」
女王様は緊張してるようには見えないけれど、とても言葉数の少ない人だった。
会話がなくなると、つい女王様を見入ってしまう私はひとりでずっと喋ってた。主に学校のことだけど、話題に尽きると聖の話しになる。
「私ね、双子の兄も同じ学校なんだ。聖なる夜の“聖”って字で“ひじり”って読むの」
「そう」
「クリスマスイヴに生まれたから聖と柊なんだ」
「……“holy”に“holly”なんて洒落もいいとこね」
「……ホリーにホリー?」
訊くと、面倒くさそうではあるものの、完璧な発音でスペルを一文字ずつ教えてくれた。
「初めて知った! 聖なら“saint”かと思ってた」
「“聖人”ならそうだけど、“聖なる”なら違うわ。……もっとも、“ひじり”というなら“highly”でしょうけど、それにしても響きが似ているわ」
職員室の近くまで来ると、
「もう迷うこともないから大丈夫」
と、言われた。
「あっ、あのね?」
「何かしら?」
「“タツカワさん”って呼びづらいから“れーちゃん”でもいいっ?」
「…………どうぞご自由に」
引きつり笑いのようにも見えなくもないそれを見送ってから来た道を振り返ると、そこには聖と王子様が立っていた。
「王子様っ!?」
私が口にしたのと同時に、王子様が「レイ」と私を通り過ぎて女王様を呼ぶ。ふたり並ぶと壮観だ。
王子様とれーちゃんは言葉少なな会話をしたあとこちらを振り返る。私は一心に王子様の切れ長の目を見つめるけれど、視線が交わることはない。
身長が低すぎる私は王子様の視界に入ることすらできないのだ。
「ここですっ! こーこっ!!」
跳べる限り垂直にジャンプすること数回。音声と動作を交えてやっと王子様の視界に入ることができた。
王子様は何かボソリと呟く。
流暢な英語と怪訝な顔なんて気にしない。
「天川柊、一年二組出席番号一番。聖の妹ですっ。あのっ、好きです!」
順番とか、そういうのにまで頭なんて回らない。気付いたときには口にしてた。
そんな告白が人生初の私の告白。そして、それに返ってきた言葉は「は?」という一言だった。
Update:2012/01(改稿:2013/08/18)
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