私たちはというと、ドッグラン脇にあるテーブルセットに落ち着いた。
今現在、左にれーちゃん、右に聖……という状況で髪の毛についた芝生を取ってもらっている。髪が短くて自分では取りようがないのだ。
けれど、そんな時間は長く続かなかった。
「無理! どんだけ絡みやすいのよ、柊の髪の毛!」
「わー……気にしてることザックリ言われたよー。れーちゃん、それはさ、私じゃなくて私の髪の毛さんに抗議してね? 私の意志だけじゃどうしても真っ直ぐにもサラサラにもなってくれないんだから」
聖も何か言ってくれればいいのに、くすくすと笑いながらもくもくと作業を進める。
れいちゃんがきーってなりそうな勢いで顔を上げると、その先にはルイ君が立っていた。どうやら、ドッグランの中には入ったけれど、会話が聞こえる距離にはいたらしい。
れーちゃんの言葉から“ルイ”と“カフェ”だけが聞き取れた。
れーちゃんとルイ君が話すときはいつも英語。私たちと話すときは日本語になる。その切り替えっぷりにいつも感心しているわけだけど、本人たちはこれといった意識はしていないそう。
「ねぇ、うちカフェやってるんだけど、このあと暇なら寄っていかない?」
そのお誘いに聖と私のアンテナがピンっと反応する。
「知ってる! 私、れーちゃん家がカフェなの知ってるよー!」
「え?」
不思議そうに聞き返してくるのはれーちゃんだけじゃなくて、ルイ君も同じだった。もちろん、視線のみでだけれども……。
話題にしたいのは山々だったけど、自分たちのことを極力話さないふたりだから、私と聖は時期がくるまでカフェのことは黙っていようと約束していたのだ。
それがやっと口にできるともなれば、緩む顔が抑えられない。
「ね、聖?」
「うん。俺たち、会ってる……とは言いがたいけど、去年のうちにすれ違ってるからね」
聖の言葉にルイ君が片眉を上げた。
ビリーとキャリーに声をかけ、ドッグランから出てくると、ルイ君はハァハァいってる二頭に水をあげる。もう、なんていうか、舌が落ちちゃうんじゃないかと思うほどにビリーもキャリーも息を切らしていた。二頭から目を離すとルイ君は疑問を口にした。
「すれ違ってる?」
聖は答える。
「すれ違ってるよ」
ルイ君とれーちゃんは真面目な顔を突き合わせ、「記憶にない」と同時に呟いた。
「私たちは忘れないよね?」
「忘れないねぇ」
こちらも顔を見合わせ、ふたり一緒に口にする。
「王子様と女王様を見つけた日だもん」
「王子様と女王様を見つけた日だからね」
れーちゃんとルイ君は、「「は?」」と声を揃えた。見事なまでのユニゾン。声の高低差がいい感じ。
「私たちね、去年のクリスマスイヴにプロフームでディナー食べたんだよ」
「カフェに着いたとき、ふたりともマスターに声かけてからテラスに出ただろ? あのとき、マスターがいたテーブルが俺たちのテーブル」
話を続けようとしたられーちゃんに遮られた。
「ちょ、ちょっと待って、王子様の定義は知ってるけど、その女王様って何!」
「え? 女王様は女王様だよ?」
私の言葉を補うかのように聖がフォローを入れる。
「あぁ、噂とかの悪い意味は一切含まずね?」
れーちゃんは絶句し、ルイ君は珍しいことにくつくつと声をたてて笑っていた。
「ルイ君も最初は王子様ーって言われてたのに、今は俺様だっけ?」
ルイ君を見上げると笑みが消え無言になった。代わりに、それまで絶句していたれーちゃんが笑い出す。
「あ……気分害した!? これといって悪気はないんだけどね?」
否定してみるもののルイ君の表情は変わらず、れーちゃんの笑いも止まらず……。なんとなく居心地が悪くて、「芝生、本当に取れないねぇ?」と誤魔化し笑いをしながら頭を振った。
*****
ドッグランから公園の敷地外に出るまでには8分ほど歩いた。園内にいるときから私はビリーとキャリーに挟まれるようにして歩いていて、聖もでかわんこが珍しいのかビリーの隣を歩き、しきりに頭を撫でていた。
前列には聖、ビリー、私、キャリーの順に並んで歩いており、その後ろにはリードを握ったルイ君とれーちゃんが歩いている。
後ろのふたりは片言に聞こえる英語で何かを話し、私と聖はこれから行く場所について話していた。
「ね、せっかくカフェに行くなら帰りにパン買って帰ろうよ」
「おっ、いいね!」
「聖、何食べたい?」
「んー……まず食パンは外せないだろ? フランスパンとかベーシックなのが気になるな」
「私はねぇ、ベーグルとクロワッサンっ!」
「クロワッサンって太りそうだけど……」
「朝食べれば大丈夫だもんっ」
「……だといいね」
若干引きつった笑顔で答える聖を恨めしい視線で見上げると、れーちゃんから声をかけられた。
「ねぇ、誘っておいて申し訳ないんだけど、途中でスーパーに寄らなきゃ行けないのよ」
「うん、いいよー?」
答えてすぐに聖に突っ込まれる。
「いいよーって、柊。その頭だってこと忘れてない?」
「あ、そうだった。聖、どうしよう」
聖が悩んだのは数秒。
「じゃ、柊は先にカフェに行ってな。俺、荷物持ちでレイさんと一緒に行ってくるから」
「え? いいわよ。そんないっぱいじゃないし」
「まぁ、そう言わずに」
にこりと笑うと、聖はルイ君に目をやる。
「立川、悪いけど柊お願い」
「あ、あぁ」
「じゃ、柊。またあとでな」
「うん、あとでね!」
私は目先のことしか考えていなかった。つまり、ビリーとキャリーとこのままお散歩続行――それしか考えずにふたりを見送ってしまったのだ。
送り出して数十秒後。ようやく私は現況に気づく。
あ、れ……? もしかして、今、ルイ君とふたりきり!?
ルイ君が私を託され了承したときにはスルーしてしまったけど、本当はそれこそが耳を疑うべき出来事だったのだ。
何を話したら……っていうか、話続くのかな!? いやいやいやいや……。続かぬのなら、続けてみようホトトギスっ! ってことで頑張るっ。
しかし、私の意気込みは無駄に終わる。なぜなら、れーちゃんと聖がいなくなった今も、私はビリーとキャリーに挟まれて歩いており、ルイ君の隣に並ぶなんて美味しいシチュエーションにはならなかったからだ。
後ろを向いて話しかけようとすると、「前見て歩け」と言われるし、ルイ君の隣に並ぼうとしてもビリーとキャリーがそれを許してはくれない。
ほぼ無言で歩くこと十分。あっという間にふたりの時間は終わり、カフェに着いてしまった。
「ねぇ、ルイ君。私、こんな頭で飲食店に入っていいのかな?」
ビルの階段を目の前に尋ねると、思い切りため息をつかれた。
「仕方ない。こいつらのせいだし」
そう言って、ワフワフと目を輝かせているビリーとキャリーを見下ろす。その二頭と一緒に自分も見下ろされてる気がするのは気のせいだと思いたい。
とりあえず、許可は得たのでそのまま階段を上がることにした。
イヴの日と同じドアを開くと大きなツリーはなくなっていた。ツリーが置いてあったところには絵が飾られており、美味しそうなコーヒーの香りが漂ってくる。
「うわぁ……いい香り。これだけで幸せになれる」
「ずいぶん安いな」
「えっ!? 今、何か言った?」
「さぁな」
店内に入ると、カウンターからマスターがひょっこりと顔を出した。
「お客さん? って、あれ? ルイと柊ちゃん!?」
「マスター! クリスマスイヴ振りですー!」
「よく来たねー! ……それにしても、その頭、どうしちゃったの?」
「えへへー……ビリーとキャリーと遊んだらこうなっちゃいました」
マスターはルイ君の顔を見る。ルイ君は面倒臭そうな顔をして一言だけ答えた。
「……こいつらが襲った」
マスターはあらら……といった感じで、視線を私に戻す。
「柊ちゃん、ごめんね」
申し訳なさそうに謝るマスターに、頭を振って全否定したら、髪についていた芝生がパラパラと落ちてしまった。
「あ……スミマセン。でも、あの、すごく楽しかったので、全然問題ないです」
芝生を拾いながら答えると、
「あとで掃くから気にしないで?」
と言われた。
ルイ君は入り口の脇で二頭の足を拭いている。二頭はお利口さんに前足と後ろ足を交互に差し出していた。
「で、レイは?」
「買い物」
「忘れられてなくてよかったよ」
マスターはどこかほっとしたような表情になる。
「じゃぁ、柊ちゃんにはミルク多めのカフェラテを淹れよう。ルイはいつものでいいな」
マスターはカウンターに二客のコーヒーカップを置くと、コーヒーを淹れ始めた。
ビリーとキャリーはリードから開放され、好き勝手に動きだす。ルイ君はその様子を見ながらテラス席に近いテーブルへと移動する。
私は店内の匂い探索しているビリーとキャリーを眺めながらそのあとを追った。
テーブルにつく頃にはビリーとキャリーも匂い取りを追え、私のところに戻ってきた。
ビリーが前足を上げた瞬間、私は臨戦態勢に入る。この子たちが二足立ちになると、私よりも身長が高くなるのだから構えないことには倒される。
よしこいっ! そんな視線をビリーに投げると、背後から「ビリー」という低い声が聞こえ、ビリーは急遽二足立ちからお座りに転向する。
それはほかの誰でもない、ルイ君の牽制の一声なわけで……。私は別にかまわないんだけどなぁ……と思いつつ、ここが飲食店であることを思い出した。
一方、キャリーはまだ私の周りをうろうろと歩いている。
「適当に座れ」
私はルイ君に話しかけてもらえたことが嬉しくて、ほわぁっとなったままその場に座る。と、「なんで……」という視線が降ってきた。
「なんでって……何が?」
訊くと「なんで椅子じゃなくて床なんだ、と呆れた顔で言われた。
椅子……床……あ――。
言われて気づくなんて間抜けな話だけど、言われるまで気付かなかったのだ。
よく考えてみたら、カフェで床に座る客はいないだろう。でも――。
「この子たちいるし……?」
二頭に寄り添われた状態で答えると、椅子に座ったルイ君は、もういい、といったふうで、テーブルに置かれた英字新聞を読み始めていた。
Update:2012/01(改稿:2013/08/18)
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