「音楽室の謎、解けた?」
頭を少し傾げ、視線は俺を通過してどこか遠くを見ている。即ち、“回想中”ってところかな?
もともとの会話は一週間ほど前の美術室での出来事だった。
*****
コーラス部の伴奏に助っ人を頼まれていたこともあり、芸棟の五階に上がるとレイさんが美術室に入っていくのが見えた。
あれ……? 確か、あの美術室って授業でしか使われてなくて、美術部はその隣にある第一美術室を使うはずだけど……。
レイさんが姿を消したのは第二美術室だった。
俺は完全には閉まっていなかったドアの隙間から中を覗き見る。そこにはキャンバスに向かうレイさんの姿があった。制服に、もとは生成りの白だったと思われる絵の具がたくさんついたエプロンをしている。
手をかけていたドアが少し開き、物音に気付いたレイさんがこちらを見た。
「覗き見する趣味はないんだけど、入ってくの見えたから」
嘘じゃないんだけど、言い訳がましいかなぁ? と思いつつの言葉だった。
「へぇ……レイさん、絵描くんだ」
俺はレイさんが絶句してるのをいいことに、絵の真正面に立ち鑑賞を続ける。キャンバスには白から青のグラデーションが描かれている。
“青”と一言で言っても、鮮やかな青から深みがあり黒に近い青まで色彩は様々。
「あれだね、レイさんの絵は色だけ見てると、静かな湖畔にいる気がしてくる」
“青”と言えば、一般的には“海”や“空”なのかもしれないけど、絵を目の前にしたとき、“海”は浮かばなかった。もっと静かで、もっと幻想的な場所。
たとえば、森の中。朝もやのかかった湖畔。そんなふうに感じた。
「もっとも、俺、絵のことは詳しくないけど」
絵のことなんてこれっぽっちも知らない。だから、感覚オンリーでの感想だった。
「ねぇ……朝、ピアノ弾いてる人誰だか知らない?」
え? ずいぶんと話が飛躍した気がするのは気のせいだろうか。でも、俺にとっては好都合だった。
「それ、教えたら何かご褒美くれる?」
レイさんは面白いくらいに驚いた顔をした。こんな表情もするんだ、なんて思いながら話を続ける。
「何かご褒美くれるなら教えるけど」
「意味がわからないわ」
「あぁ、そう。それは残念。じゃぁね」
早く音楽室に行かなくちゃいけなかったこともあり、俺は早々に彼女のいる美術室をあとにした。
*****
レイさんは回想が終わったらしく、
「あ、あのときの……」
と、小さく口にする。
ま、覚えてないだろうなぁ……とは思ってた。立川自身がそういう人間だし、双子ってそのあたりは似たり寄ったりだからね。
「朝のピアノの主、わかった?」
「わからないままよ。ご褒美とか意味わかんないこと言うから……」
ご褒美なんてとくに深い意味はなくて、顔と名前覚えてもらうだけでも良かったんだけど、もうそれはクリアしちゃったか。それなら……と、俺は少しステップアップしたご褒美を望む。
「うん。じゃぁ教えてあげたら、一つ、俺の話にちゃんと耳傾けてくれる?」
「そのくらいなら別に……」
「ピアノを弾いてるのは俺。で、聞いて欲しいのは、レイさんが好きってこと」
自分でもドライだなぁ……と思うような告白だった。人生初なのに。
ま、これを彼女が“告白”と受け止めてくれればの話しなんだけど。だから、“ちゃんと耳傾けて”とお願いしたわけで……。
目の前の彼女は目を白黒とさせる。
「え……? 今なんて言った?」
「だから、ビアノを弾いてるのは俺で、レイさんが好きって」
彼女は口をあんぐりと開けている。そんな顔をするレイさんは、キレイな女王様というよりも、かわいい女の子だった。
「ちゃんと聞いてて? 俺はレイさんが好きです」
あぁ……ただいま、頭の中が混線中って感じかな。彼女の記憶に残っているかは怪しい限りだけど、とりあえずの説明は試みてみる。
「俺がピアノやってるって、結構前に柊から聞いてるはずだけど? ついでに、俺たちの朝の日課も柊は話したって言ってたけど?」
愕然とした彼女が次に発した言葉は結構ひどい。
「……嘘でしょ。詐欺よ詐欺っ!」
詐欺と言われるとは思いもしなかった。
「レイさん……詐欺はひどいと思う」
俺は苦笑交じりに答える。
「だってっ。だってっ」
「だって何? 俺は嘘なんて一つもついてないと思うけど?」
レイさんはわなわなぷるぷる……といった感じで、
「買い物済ませてくるからっ」
と、スーパーに走りこんだ。
「や……だからさ。俺、一応荷物もちで一緒に来てるんだけどな」
俺はくつくつと笑いながらレイさんのあとを追った。
初対面で女王様と思った麗しい彼女は、内面はとてもかわいらしい女の子だった。そんな意外な一面を見ることができて、なんだか得した気分。
*****
帰り道、レイさんはよくわからないことになっていた。
そわそわしてるような、ツンケンしてるような……。とりあえず、自分を意識してもらえてるのかな、とご都合主義的勘違いをしてみようかと思う。そのほうが幸せだからね。
会話がなくなれば、立川の話を振ればいい。そうすることで、多少は会話らしきものが成り立つ。
そして、立川のことになると、途端に辛辣極まりない言葉ばかりが飛び出す。
うちはそんなことないんだけど、どうやらここの双子はそうらしい。ま、聞いてる分には面白くていいけどね。
カフェの建物の前まで来て、俺は再度口にした。
「さっきの、冗談でもなんでもないからね」
「えっ!?」
んー……過剰反応とは嬉しい限り。スルーされるよりも断然マシ。
「だから、レイさんのことが好きってやつ。ミーハーなつもりはない。ま、一要素は含んでるけど」
反射神経抜群の、なによそれっ! といった視線が飛んでくる。
「俺も柊も一目惚れだからさ。そこにミーハーの要素がないかと言われると、限りなく怪しい。でも、それだけじゃないからって意味」
「っ……!?」
「俺、絵のことは詳しくないけど……。レイさんも、レイさんの描く絵も好きだよ。それから、滅多に崩さない表情を変えてくれた今日のことも忘れられそうにはない」
二階に上がる階段を上ったところで俺は言う。「覚悟しててね?」と。
レイさんは目を見開いたかと思うと大きな扉を盛大に開け、
「ノーよ! ノー!」
と、強めの口調で言い放った。
つまり、俺は完全否定で振られたわけだけど、意外なことにショックはあまり受けなかった。一度ノーって言われたくらいじゃ、ね?
諦められるわけないっしょ。これで諦めてもらえると思ってるのなら、レイさん、それはちょっと甘い。
あのね、俺と柊の軸には“不屈の精神”ってものがあるんだ。だから、それに則って、これからも頑張りますよ、イロイロと。
来月にはバレンタインもあることだしね。
柊はどうするのかな? と思いつつ、まだそのあたりの話は訊いてない。でも、毎年恒例ならば手作りのお菓子を作るはず。実際、それ目当ての人間も少なくはない。
誰ってタロちゃん。タロちゃんは必ずもらえると思って朝一で柊のもとに来るだろう。それは本命ではなく友チョコなわけだけど、友チョコだろうが義理チョコだろうがもらえないよりはマシということらしい。
でも、立川がなぁ…………何か作ってきてそれを受け取るような人間じゃない。
さて、柊がどう出るのかが見ものだ。
カフェに戻ると、相変わらずビリーとキャリーに脇をがっちりと固められている柊が床に座っていた。
この日、初めて四人で会話らしい会話をした。話の内容はともかく……といった感じだったけど、柊がとても嬉しそうににこにこしてたからいいことにしよう。
こうやって少しずつ距離を縮めて、立川ツインズのテリトリーに入れることを祈る。
Update:2011/12(改稿:2013/08/18)
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