June Bride


 六月十日晴れ。湿度はそれほど高くなく、気温は例年並み。
 今日、私は大好きな人と結婚する。
 けれど、どうしてだか実感が湧かない。
 半年かけて準備をしてきて、苦手なパソコンを使ってペーパーアイテムも全部手作りしたのに。
 当日になっても、まったく「現実」を感じられない。
 家族から、友達から、周りにいるみんなから「おめでとう」と声をかけられても、それはどこかふわふわと私の周りを漂ってるように思える。
(本当に? 嘘じゃない? 私、結婚するの? 苗字が変わるの? 今日から彼と一緒に暮らし始めるの?)
 心の中で何度も、鏡の前で何度も――何度も何度も自分自身に問いかけたけど、こうやって写真を撮られている今ですら実感が湧いてこない。
 プロの人にメイクしてもらって、髪の毛だってきれいにスタイリングしてもらって、念願のウエディングドレスを着てるのに。
(これは現実なの?)
 あまりにも幸せすぎて夢なんじゃないかと思ってしまう。
 頬をくすぐる風や髪が、「現実だよ」と教えてくれた気がしたけど、まだ、私は夢から覚めない。

「はーい! 目線、こっちにお願いしまーす!」
 カメラマンさんのよく通る声。
 ぼんやりとそちらに目を向けると、
「……大丈夫ですか?」
 レンズを覗くのをやめたカメラマンさんに訊かれてしまう。


June Bride:羽桜さま


「だいじょぶ……です」
 たどたどしく答えると、カメラマンさんの後ろから大好きな彼が現れた。
「カンナ、笑顔!」
(そうは言われても……)
「昨日、眠れなかった?」
 私はブンブンと顔を横に振った。
「眠れた。ちゃんと寝た」
「うん、目の下にクマはないみたい」
(バカ……)
 クマがあってもプロのメイクアップアーティストさんにかかったら、コンシーラーって魔法の道具であっという間に消せちゃうんだからねっ?

 私の名前は高野カンナ。カンナという名前は花の名前からつけられた。
 お母さんは初産だったこともあり、私を産むのに十五時間ほどかかったという。
 私が生まれた日、以前お父さんからプレゼントされたという花が咲いたらしい。その花の名前が「カンナ」。
 花言葉は、堅実な未来、永続、情熱、熱い思い、若い恋人同士のように……。
 自分の名前が花に由来してることは知っていたけど、花言葉までは知らなかった。私の結婚が決まったとき、お母さんが教えてくれたのだ。

『このお花がお父さんからのプロポーズだったの。でも、お父さんったら花の名前も花言葉も教えてくれないんだもの。お母さん、返事するまでに一年もかかっちゃったわ』
(それはつまり、プロポーズされてから返事をするまでに一年かかったってことだよね……?)
 考えただけでもゾッとする。お父さん、よくその期間待ってられたね? っていうか、普通だったら痺れを切らして返事の催促をするものじゃないだろうか。
『もっとメジャーなお花か、メッセージーカードを添えてくれたら良かったのに』
 お母さんは懐かしそうに話しては、くすくすと笑っていた。
『でね、このお花。本当は六月末から七月に咲き始める花なの。それが六月の中旬、カンナの生まれた日に咲いたのよ。分娩室から出てきたら、お父さんがカンナ一輪持って待っててね? お母さん、思わず笑っちゃった』
 どこか嬉しそうに話すお母さんは、
『そのとき決めたの。この子の名前をカンナにしよう、って』
 いつもよりも早く咲くことがどのくらい珍しいことなのか、プロポーズに相応しい花が何かなんて私は知らない。ただ、ものすごくびっくりした。いつも厳しい顔をしているお父さんからは想像ができなくて。
 その話を彼、私の結婚相手、水野春に話したら、
「男はみんなロマンチストだよ」
 と、笑って言われた。
「ハルも?」
「もちろん。だから、俺が何かプレゼントしたら裏はないかちゃんと考えてね?」
 茶目っ気たっぷりに笑うハルの笑顔がとても好きだと思った夏――。
 あれから一年が経つ。

「ハル」
「ん?」
「今日は何日?」
「今日は六月十日。義父さんが義母さんにプロポーズした日で、義母さんが義父さんにプロポーズの返事をした日。さらにはカンナの誕生日で、俺たちが結婚する日!」
「本当? 嘘じゃない?」
「ハルくん嘘付かない!」
 茶化して言うハルにむくれた顔を見せると、「かわいくないよ」と笑って文句を言われた。
「いくら俺でもこんな手のこんだドッキリなんてしないよ」
 白いタキシードに身を包んだハルが苦笑する。陽射しが当たると、タキシードの白が強すぎてちょっと眩しい。
「カメラマンさん、少しあっち向いててもらえます?」
「かしこまりました」
 カメラマンさんが後ろを向くと、ハルは私のところまでやってきた。
 今度は髪ではなく、ハルの大きな手が頬に触れる。
「うん、きれい」
「……だって、プロの人にメイクしてもらったんだもん」
「そうだね。……でも、もの足りない、かな?」
「え?」
(何が?)
 足りないものなんてあるわけない。メイクしてもらってるとき、私はずっと鏡を見てたのだから。メイクの仕方ひとつでこんなに変わるんだ、と。
 マスカラにアイシャドウ、アイラインにチーク。仕上げに口紅とグロス。きっちりとメイクするのは苦手だから、「ナチュラルにしてください」とお願いした。その工程をすべて見ていたのだから足りないものなんて……。
「目、つぶってごらん? 俺が足してあげるから」
「何?」
「目、瞑らないとダメ」
「ケチ……」
 言いながら目を瞑る。
 すると、ちゅ、とこめかみあたりに音がした。
 柔らかい、よく知った感触。ハルの唇――。
「本当は唇にしたいとこだけど、メイクを崩すのは憚られるからね?」
 クスッ、と笑うハルの声が耳元でし、我に返った私は、
「なっ、ハルっ!?」
 真っ赤になって力任せにハルをぶつと、ベシッ、といい音がした。
「あはは、ほら自然な赤みが差した。これですっごく血色のいい花嫁さんのできあがり!」
 いつもみたいに、いたずらっ子のように笑って私から離れると、カメラマンさんの肩をポン、と叩く。
「すみません。今、最高にいい顔してるんで撮ってやってください」
 カメラマンさんがこっちを見ると、にっ、と笑った。
「いいですねぇ? 目が生き生きとしてます」
「そうでしょ? カンナはちょっと怒ってるくらいがかわいいんです」
 にこりと笑うハルには敵わない。
(――大好き)
 高野カンナ。今日から漢字一文字違いで、水野カンナになります。



Update:2012/06/10  改稿:2016/04/28

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