10th Anniversary 夏の思い出 / 「光のもとで」シリーズ

Side 御園生翠葉 19話


 会話をしていると、桃華さんと雅さんが今日一日でとっても仲良くなったのが見てとれた。
 納涼床で女子ふたり、いったいどんな会話をしたのだろう。疎外感を覚えるわけではないけれど、どんな話をしたのかはちょっと気になる。それとなくたずねてみると、
「雅さん、語学が堪能って蒼樹さんにうかがっていたから、秘書を目指すにあたってどのくらいの言語をマスターすればいいのか、少し詳しく教えていただいていたの」
「桃華さんったら、ものすごく貪欲なうえ勤勉でいらっしゃるから、ぜひうちに就職していただけないかしら、って昨夜秋斗さんや蔵元さんが打診したほどなのよ」
「そうなんですかっ!?」
「ふふっ、そうなの! 大学で勉強を怠らなければ就職先は決まったも同然ね! 大学生になったら内部のことを勉強する名目で、アルバイトさせていただくことになったわ!」
「わぁ……おめでとう!」
 それじゃいくら時間があっても話は尽きないだろう。
 そう思った私はほんの少し肩透かしを食らうことになる。
「でも、その話をしたのは最初の一時間くらいで、あとはほとんど私の恋愛相談だったわ」
「恋愛、相談……? 桃華さん、蒼兄とうまくいってないの?」
 いやいや、そんなわけはないだろう。さっきだってふたりで仲良く外でケーキを食べていたのだから。
「仲はいいの。仲はいいのだけど……」
 桃華さんは言葉を濁し、少し俯く。
「桃華さん……?」
「…………」
「桃華さん、私から話してもいいかしら?」
 雅さんが桃華さんに訊ねると、「はい」と頷いた。
「桃華さんはその……蒼樹さんと男女の仲になりたいそうなのだけど、なかなか蒼樹さんが踏み切ってくれないらしくて……」
 突然の話題に呼吸が止まる。
「ねえっ、どうしたら手を出してもらえると思うっ!? どれだけ雰囲気作りをしても何をしても、まったく流されてくれないのっ」
 それはもう、思いつめた人の表情で、私は返答に困窮する。
 私の場合、ツカサに何度も求められてようやく応じた形であるため、適切なアドバイスなどできるはずがない。
 第一、雰囲気作りなどただの一度もしたことがないのだから。
「えぇと……――」
 だめだ、何をどうしたって言葉が続かない。
 ただひとつわかっていることがあるとしたら、
「蒼兄は、桃華さんのことをとても大切に想ってるよ?」
「それはわかってる。わかってるけど、ただ大事にされたいんじゃないもの……」
 桃華さんは、どこか悔しそうに表情を歪めていた。
 その様子に、私が思うより根の深い悩みなのかもしれない、と改めて認識する。
 自分たちのことを振り返れば、付き合い始めてから一年でそういう関係になったことになる。そして、飛鳥ちゃんにおいては付き合ったその日にそういう関係になったと聞いてる。
 そこからすると桃華さんたちは――
 確か高校一年の夏からお付き合いしているのだから、かれこれ二年くらい……?
 二年お付き合いして身体の関係がないっておかしいことなのかな……。
 何せ、その手の雑誌を読んだことがないのだ。桃華さんの相談に有益そうな情報など私の頭には何ひとつ存在しない。それに、今ここでスマホを取り出し検索をかけるのも何か違う気がするし……。
「み、雅さんっ、男女の関係になるのってお付き合いしてどのくらいって平均値があったりするんですかっ!?」
 困った末に、年長者に泣きつくと、雅さんはため息をひとつつき、
「翠葉さん、訊く相手を間違えていないかしら……? 私、男性とお付き合いをしたこともなければ、友達だって翠葉さんが一号さんだし、桃華さんが二号さんと言っても過言ではないのよ? そんな人間が、こんな高度の相談に乗れるような経験則を持ち合わせているわけがないでしょう?」
 そうだった……。
 どうしよう……。桃華さんがこんなにも悩んでいるのに、何ひとつ力になれないのだろうか。
 なんとも言えない歯がゆさともどかしさを感じていると、桃華さんが静かに口を開いた。
「キスをするまではそんなに時間かからなかったのに、エッチはどうしてだめなんだろう……」
「それはさっきも話したけれど、年の差を気にしているからじゃないかしら? 普通に考えて、未成年と成人が付き合う場合、淫行条例とかあるわけだし……」
「私たち、『淫行条例』が適用するようなお付き合いはしていませんっ。両親だって交際は認めてくれてますっ」
「それでも周り――世間からは厳しい目で見られるものよ。交際の深度というか親密さは、蒼樹さんにとってリスクになり得るものだわ」
「わかってますっ。わかってはいるんですけど――」
 桃華さんは目に涙を滲ませていた。
 そこまで思いつめているのだろう。なのに私は、どんな言葉を口にしたらいいのかわからない。
 いつも力になってくれる友達が、目の前で泣いているというのに。
 雅さんが桃華さんの背中をさすっていると、窓をノックする音が聞こえ、蒼兄が入ってきた。
「立ち聞きしてごめん……。ちょっと桃華借りてもいい?」
 そう言って桃華さんの真後ろに立ち、蒼兄は労わるように桃華さんの両肩に手を乗せた。
 私と雅さんに反対などできるわけがない。
 どうぞどうぞ……と桃華さんを差し出すと、桃華さんは蒼兄に従って外へ出た。それと同時に外に居た男性陣が屋内に戻ってくる。そして、開けっ放しだった窓をきっちりと閉めた。
「唯兄っ、そこにあるひざ掛け、桃華さんに――」
「了解!」
 唯兄は軽快なフットワークで外へ出て、五秒と経たずに戻ってきて「任務完了!」と敬礼して見せた。
「桃華さん、大丈夫かな……」
 不安に思い窓の外を気にすると、唯兄がすかさず動き、レースカーテンをざーっと引かれてしまう。
「プライバシーは守らねばならぬのですっ!」
「あら、よくそんなことが言えますね? ガールズトークを盗み聞きしていらした紳士様方?」
 雅さんの言葉がチクリと胸に刺さったのか、男性陣は皆苦い表情を浮かべた。
 ただひとりツカサだけが、
「聞かれたくない話を聞こえる場所でしてるほうが悪いんじゃ?」
 しれっと答えては、場の空気を悪くする。すると、
「ま、何はともあれ成人している蒼樹からしてみたら、年の差ってものすごく深刻な問題なわけだよ。簾条さんが成人するか、簾条さんの成人を待たずに婚約しちゃえばまた話は違ってくるんだけどね」
 その言葉を聞いて思い出すのは、「翠葉ちゃんの気持ちが固まったら婚約しよう」と秋斗さんに言われた日のことだ。あのときの秋斗さんは、今のように真っ直ぐ私の目を見て話して――……。
 秋斗さんと視線を合わせていたところへツカサが入り込み、まるで秋斗さんの視線を遮るように私の対面に座った。
 あからさまな行動に周りが苦笑する中、
「どっちにせよ、簾条が納得できる回答を御園生さんが提示しないと、簾条は現況から抜け出せないんじゃないの?」
「ま、そうだよね。相手を求めるのって、極々自然な感情だからね」
 秋斗さんのその言葉には実感が篭っているように聞こえ、なおさら複雑な気分になってしまう。すると、
「コーヒーでも淹れなおしましょうか」
 話題を変えるように雅さんが席を立った。
「手伝います!」
「じゃ、翠葉さんはそのプレートにまたお菓子を並べてくれる?」
「はい!」
 ふたりのことは極力気にしないように――
 誰もがそう思っていたと思う。みんなまったく関係のない話をしては、軽く湿度のない笑いが発生する。
 そんな時間を過ごしていた。
「翠、そろそろラグに移動したほうがいい」
「え……?」
「血圧の上、七十五を切った。具合は?」
「あ……少しだけ貧血っぽいけれど、そんなに具合が悪いわけじゃ――」
「なら、本格的に具合が悪くなる前に移動して」
「はい……」
 そろそろと席を立ちラグへ移動すると、
「ハープ……」
 雅さんの言葉に振り返る。と、雅さんが部屋の片隅に置かれたハープをじっと見ていた。そして私へ視線を移し、
「今日も弾いていたの?」
「はい! 昨日、納涼床で作った曲をきちんと形にしたくて」
「それ、聴きたいって言ったら迷惑かしら……?」
 少し申し訳なさそうに、けれど目を輝かせてリクエストしてくる雅さんがかわいすぎた。
「全然迷惑じゃないです!」
 こんなに人がいる場所で弾くのは久しぶりだけど、みんな気心の知れた人たちだ。
 私は軽く調弦を済ませると、昨日作って今日ボートの上で完成させた曲を弾き始めた。

     
     【Lumière】作曲/演奏:葉野えり
     注意)イヤホンで聴かれる方は最初にボリュームを小さめに設定してから再生してください。
          なお、イヤホンで聴いたほうがアイリッシュハープの音色をよりご堪能いただけるかと思います。
          途中、電車の音やレバー操作の音が入っております。ご了承ください。
          演奏へのクレームは受け付けておりません。


 フローリングは厚みのあるヒノキが使われているし、天井が高い屋内ということもあり、ハープは外で弾いたときとはまったく違う音を響かせる。
 粒子の細かい音が、四角い部屋を満たしていく印象。それは、幸倉の自宅で弾く音に少し似ていた。
 キラキラした質感は失わず、空間いっぱいに柔らかに響く。
 そこで気づく。防音室以外の屋内でハープを弾くこと自体が久しぶりであることに。
 作ったばかりの曲は不安定な部分がありつつも、目立ったミスなく弾きあげることができた。
 音の余韻がなくなると同時、部屋のあちこちから拍手をいただく。
「オーケストラの演奏ではハープのソロを聴く機会もあったけれど、そのハープ――」
「アイリッシュハープですか?」
「ええ、そう! アイリッシュハープの演奏を聴くのは初めて! 大きなハープとは違って、星が瞬くような音をしているのね? 曲もとってもすてきだったわ」
 頬を紅潮させて目を輝かせる雅さんは何歳も年上のお姉さんなのに、ものすごく純粋な反応を見せてくれるからか、とても親しみやすくて、年の近い友人のような錯覚を起こす。
「私もアイリッシュハープという楽器の演奏を聴くのは初めてです。なんというか……もっと民族色の強い楽器だと思っていたのですが、曲調によるところが大きいのでしょうか。とても親しみやすく、心に沁みる演奏でした」
「蔵元さん、あまり持ち上げないでください……。作ったばかりで圧倒的に練習の足りてない演奏だったので……。でもこれを機に、アイリッシュハープに興味を持っていただけたら嬉しいです」
「翠葉ちゃん、曲名は? まだ曲名はつけてないの?」
 秋斗さんに訊ねられ、
「曲名はツカサがつけてくれました」
「へ? 司が?」
「はい。曲に対する私のイメージを話したら、『リュミエール』って」
「まあっ、すてきっ! フランス語で『光』ね?」
「うん。悔しいけどぴったりだな。『光』をイメージした曲だったの?」
「えぇと……。納涼床、緑のカーテンから零れる木漏れ日がとってもきれいで――」
 先を続けようと思えば続けられた。でも――
「そのほかは内緒です」
 唇の前で人差し指を立てて話すと、
「隠されると余計に知りたくなるけれど……」
 言いながら、秋斗さんは外へと視線を移す。
「願わくば、この『光』が蒼樹と簾条さんにも届くといいね」
「はい……」



Update:2019/05/13



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