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光のもとでU+

迷路の出口

Side 藤宮雅 11話

 陽だまり荘に戻ってしばらくすると、翠葉さんたちが納涼床から戻ってきた。
「納涼床はどうだった?」
 私が声をかけると、翠葉さんは満面の笑みで振り返る。
「ものすっごく快適空間で涼しかったです! 夕方、ピンクに染まる川は圧巻でしたよ!」
「それならここから少し歩いたところからも見えたけど、とってもきれいだったわね。写真は?」
「撮りましたっ!」
 私は後に引けない状況を作るべく、アルバムの話をすることにした。
「さっき蔵元さんとも話していたのだけど、今回の旅行で撮った写真、あとでアルバムにしたらどうかしら?」
「アルバム……?」
「そう。今、色んな商品があるじゃない? 写真を自分たちで選んで、あとはプロの方が編集してくれたりする……」
 つい先刻調べたばかりの情報を味方に話を広げると、
「そういえばそんな商品形態がありますね」
「それ、私がお金を出すから参加者分のアルバムを作らない? きっといい思い出になると思うの」
「でも――」
 翠葉さんが何か言いかけたのを遮るように、
「それでしたら、うちには金がありあまってる人間がいますよ。全額秋斗様持ちというのはいかがでしょう」
 蔵元さんがしれっと提案すると、秋斗さんは二つ返事でOKした。
 呆気に取られたまま話の成り行きを見守っていると、
「アルバムにするならもっとたくさん写真撮らなくちゃ……」
 翠葉さんの不安そうな声が耳に届き、はっとする。
 翠葉さんはすべて自分が撮らなくてはいけないと思ってしまったのだろう。けれど、撮影者が翠葉さんである必要はない。
 その旨を伝えるべく口を開いた瞬間、
「翠葉ちゃん、そんなに気負わなくて大丈夫だよ」
 即座にフォローしたのは秋斗さんだった。
「ひとりがカメラマンをする必要はない。要は相応のデータがあればいいわけだから、各々のスマホで撮った写真を混ぜてもいいだろうし」
 秋斗さんの説明に、翠葉さんはほっとしたように表情を緩める。
「お嬢様、お坊ちゃま方、夕飯の準備が整いましたよ。冷めないうちに召し上がられてください」
 ダイニングから稲荷さんに声をかけられ、私たちはダイニングへと席を移した。

 夕飯はイタリアンのコースで、料理の写真を誰よりも熱心に撮っているのは唯くんだった。
 どうやら、唯くんの趣味は料理らしく、自宅では翠葉さんや翠葉さんのお母様より盛り付けにこだわるのだという。
 そういえば、私が研修を受けている期間に昼食を用意してくれるのはいつだって唯くんで、口にした料理はどれも優しい味付けで、とてもおいしく感じた。
「俺、転職するなら絶対料理人って決めてるんだよね!」
「唯兄ならその道でもやっていけそう!」
 賛同する翠葉さんに、唯くんはご満悦だ。一方で、
「唯がパソコンを手放せるとは思えないけどなー」
 蒼樹さんの言葉に秋斗さんと蔵元さんは深く頷く。
 もっとも、秋斗さんが唯くんを手放すとは思いがたい。
 唯くんが「辞める」などと言い出した暁には、無期限有給を与えてでも繋ぎとめようとするのではないか。
 そんな想像をしているところへセコンドピアットのローストビーフが運ばれてきた。
 ローストビーフなど、今まで何度も食べたことがある。けれど、今まで食べてきたどのローストビーフよりもおいしく感じた。
 一瞬何を食べたのかわからなくて、プレートに盛り付けられたローストビーフをまじまじと見つめてしまったほどだ。
 でも、そんな状況に陥っていたのは私だけではなかった。テーブルを囲む皆が感激に目を見開き、賛辞を述べる。
 唯くんが先陣を切って稲荷夫妻にレシピをねだると、桃華さんと翠葉さんも便乗する。
 その場の空気に釣られて、私も三人と同じようにレシピノートをスマホで撮影したけれど、果たして自分に再現できる料理なのかは甚だ疑問である。
 唯くんは調理工程を見るなり、
「こんな簡単なのに、こんなうまいのっ!? これは作るっきゃないでしょ」
 唯くんが絶賛する調理法に目を通してみたものの、私には理解できない工程がいくつもある。
 そもそも、一年前までは自宅で料理をする機会がなかったし、料理の経験など学校の調理実習がいいところ。自信も経験も皆無に等しい。
 それでも、あかり先生たちに喜んでもらえるのなら、がんばって作ってみたいと思う。
「唯くん……この、『ビニール袋に入れて――』ってどういうことかしら?」
「あー、これね。まずは肉に焼き目を付けるって書いてあるじゃないですか」
「えぇ……」
「全面に焼き目を付けたら、耐熱性のビニール袋に入れて、空気を抜いて密封するんです。袋は耐熱性のものなら基本なんでもいいんですけど、手近なところでジップロックなんかがいいですね。で、鍋にお湯を沸かしたら、火を止めてそこに肉入り袋をドボン! 鍋の蓋をして四十分放置! 時間になったら引き上げる。それで絶妙な火加減になるっぽいです。俺、帰ったら早速作ってみるんで、そしたら詳しい手順の写真、添付してメールしましょうか?」
「お願いできる……?」
「なんでそんな自信なさげ……? もしかして雅さん、料理苦手です?」
「……苦手、というか――学校の調理実習以外でお料理をしたことがないの」
「……あー……ま、そりゃそうか。お屋敷にはお抱えのシェフがいたでしょうし」
「そうなの……。これ、料理未経験者でも作れるかしら?」
 唯くんはニヤニヤと笑って、
「ふ〜ん。誰か、作ってあげたい人でもいるんですか?」
「えぇ、お世話になっている家の家族に」
 にこりと笑って答えると、
「ちぇ、なーんだっ! もっと甘い話題を期待してたのに」
 そんなことを言われても……。
「唯くん……そもそも、そんな出逢いがないわ」
 真面目に返答したつもりだったけれど、周りの面々に笑われてしまった。

 食後にエスプレッソとドルチェが運ばれてくると、秋斗さんが席を立つ。
 どうしたのかと秋斗さんを視線で追うと、秋斗さんはリビングテーブルに置かれていたふたつの缶を手に持って戻ってきた。
「翠葉ちゃんが大好きなカモミールティーとミントティーをセレクトして詰めてもらった」
 そういえば、以前コミュニティタワーでお夕飯をご一緒したとき、翠葉さんはルイボスティーとハーブティーを飲んでいた。
 もしかして、カフェインが飲めない体質……?
 翠葉さんは目を輝かせて、
「秋斗さん、ありがとうございますっ!」
「いいえ。こっちに一缶置いておくから、星見荘にも一缶置いておくといい」
 秋斗さんがひとつの缶を司さんに手渡すと、司さんは悔しそうな顔をしていた。
 まあ、そうね……。本来なら、司さんが稲荷さんへ事前情報を渡しておくべきところを通達しておらず、結果秋斗さんにフォローされている状況だ。それは面白くもないだろう。
 逆に秋斗さんは、この状況を見越してハーブティーを用意してきた人。
 司さんにこんな顔をされるであろうことは予想できたはずだけど、それでも事前に入れ知恵しないのが秋斗さんで、ちゃっかりフォローに回るのが秋斗さんだ。
 これはどうなのかしら……?
 司さんをフォローするのではなく、自分の株を上げる行動とも取れるけど、秋斗さんはまだ翠葉さんのことを想っているのかしら……?
 その割に、面白くないといった顔をした司さんを見る秋斗さんの目は穏やかだ。
 まるで、「フォローするならここまでしなくちゃだめなんだよ」と司さんに示しているようにも思える。
 そんな観察を続けていると、
「ねー、花火はー? 花火はいつするのー?」
 目の前に座る唯くんは、エスプレッソにこれでもか、というほど角砂糖を追加していく。
 思わずその光景に釘付けになっていると、
「雅さん、甘いですよ……。これはデミタスカップだからこの程度で済んでますが、普通のコーヒーカップならもっと入れます」
 蔵元さんの情報提供に目を瞠る。
 どれほど甘いのかと想像していると、唯くんの質問に蒼樹さんが答えた。
「花火は明日だろ? さすがに一日目にやるのはちょっともったいないっていうか……」
「そうですね……。花火は明日のほうがいいんじゃないか?」
 蔵元さんの意見が加わり、花火は明日の夕飯後ということになったわけだけど、家庭用花火の「打ち上げ花火」とはどんなものだろう……。
 私がお屋敷の片隅でさせてもらった花火は、すべて手持ち花火だった。
 それも十年以上前の話で、「花火」とは、もっぱらテレビの画面越しに見る打ち上げ花火でしかなかった。
 花火、か……。明日の夜が楽しみだわ。
 旅行の準備をしているときもワクワクしていたけれど、今はそれとはまた違う「ワクワク」を感じている。
 翌日に楽しみなことが控えている前夜とは、なんと幸せな夜なのだろう。
 私はその幸せを噛みしめながら、香り高いエスプレッソを口に含んだ。

 デザートタイムが終わると翠葉さんたちは星見荘へ帰り、シャワーを浴びていない私と桃華さん、蒼樹さんと蔵元さんはお風呂に入ることになった。
「私と蒼樹くんは部屋のユニットバスを使うので、簾条さんと雅さんは一階と二階の独立したバスルームをお使いください」
「えっ、でも――蔵元さん、運転でお疲れでしょう? 広いバスルームのバスタブのほうがゆっくりできるんじゃ――」
「それを言うなら雅さんでしょう? 何時間のフライトだったと思ってるんですか。身体は相応に疲れてるんですから、きちんとバスタブに浸かって疲れをとってらしてください」
 ピシャリと言われ、私は黙った。
「桃華もゆっくり入っておいで。猫脚がかわいいバスタブだったから、雰囲気だけでも十分楽しめると思うよ」
 桃華さんは素直に頷く。
 きっと、こういう素直なところがかわいいのだろう。
 私にも、そんな素直さやかわいげがあればいいのに……。
 せめて、ここで過ごす間は素直でいられるよう。自分が自分らしくいられるように努力をしてみよう……。
 でも、「自分らしい自分」が、「素直」であったり「かわいげ」のある人間であるかは怪しい限りだ。
 考え出すと延々と悩んでしまいそうで、私は頭を切り替え一階のバスルームへ向かうことにした。


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Update:2021/01/03

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